第43話 急報
再開していきなりですが、主人公は2話ほど出てきません。ご了承ください。
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アルフレッドの補佐で私はようやく故郷のニブラスへ戻ることができた。
心配する家臣達を押し留め、魔神ワラキアのその後を追跡しようとしたが、骨折による発熱で倒れてしまった。
アルフレッドは剣の腕はかなり立つが、治癒を施せる神聖魔術の心得はない。
雑な戦場での応急処置法で骨を固定された私は、体力不足に陥り、家臣達の前で不覚にも意識を失ってしまったのである。
これには家臣たちも慌てふためき、私が何を言っても有無を言わさず、実力行使でベッドに押し込められてしまったのだ。
「もう、大袈裟だと言ってますのに」
「そういうお言葉は人前で倒れないようになってからにしてくださいまし、お嬢様」
ぷりぷりと怒りをあらわにするメイド長が私の世話を焼いてくれる。
なんだか、子供の頃に戻ったような気がして、少し懐かしい。
私も子供の頃は体力不足でよく倒れていたものだ。そのたびにアルフレッドが治癒術の使えるメイド長のところまで私を担いで行ってくれたのだ。
彼が私を背負わなくなったのは、いったい何時からだろう。それだけにこの間の一件は、少しだけ嬉しい。
「お嬢様がワラキアに襲撃された噂は、すでに市井の間に出回っていますわ」
「そう……アレは想像以上に理不尽な存在だったわ……」
「もう危ない事はおやめください。このニブラスは先代が命を投げ出して自治を勝ち取った街。それを担うお嬢様の身に何かございましたら……」
「判っているわ。今回の一件で魔神の強さも理不尽さも、骨の髄まで思い知ったもの。素人がどうにかできる相手じゃないわね、本当に」
「理解していただき、良うございます。ところで、噂を聞きつけてノーマン様がお越しになるようですが、お会いになりますか?」
ノーマンというのは、アロン共和国の有力者だ。
このニブラスは、父が命を投げ出す事を代償に、自治権を勝ち取り、王国来の貴族制度を維持している。
これはアロン共和国内において、異例の制度でもあるのだ。
それだけに、この街は他の町や有力者から、少しばかりきつい目を向けられている。
だが、それでも私の力が必要なのだ。
父の命だけでは自治は勝ち取れなかっただろう。
私の【千里眼】と【ダウジング】というスキルは、戦場において情報面で大きなアドバンテージを得ることができる。
ましてや魔神が野放しでそこらをほっつき歩いているこの時勢では、私の能力は非常に有用なのだ。
父亡き後、私の後見として支えてくれた資産家が、ウィリアム=ノーマンである。
トーラス時代からアロン寄りに在ったニブラスでは、父の生前より親交の深かった人物だ。
「それは――断れないわね」
「お体に障りますようでしたら、お断りしても差し支えございませんが……?」
「ただの骨折よ。倒れたのは旅の疲れが出ただけ。面会だけなら支障がないわ」
「では、そのようにお伝えしてまいります」
ノーマンは父の死後、私の親代わりとして奮闘している。
結婚相手すら探し出そうと縁談を持ち込むくらいだ。
決して悪意からの行動ではないだけに、非常に断りづらい。だが心から私を心配してくれているのがよく判って少し嬉しい面もある。
そんな微妙な相手なのだ。
兄代わりのアルフレッドと、父代わりのノーマン。
彼ら二人がいてくれたからこそ、若輩の私が街の運営なんてものをやっていけているのだ。
ノーマンは昼食後すぐに駆けつけてくれた。
これは私の負担を考えてと言うより、先走ってワラキアを追跡したこの身を心配しての事だろう。
「イリシア、今回の件は本当に心配したのだからな」
「申し訳ありません、ノーマン様。愛する街が破壊されて、つい頭に血が昇ってしまいました」
「お前が街を愛してくれているのは良く判るが……無茶が過ぎる」
「重ね重ね、申し訳ありませんわ」
「ノーマン様、お嬢様も反省しておりますので、お説教はその辺りで――」
心配からか、私を責めるような口調になるノーマンに、メイド長が口を出して押さえてくれた。
本来なら不敬に当たる行為だが、メイド長もノーマンも、長年の付き合いがあり、気心が知れている。
もちろん最低限の礼節をわきまえてはいるのだが、私の身を案じるが故の諫言程度ならば、受け入れてくれる。
「ああ、済まない。確かに時間を掛けては身体に障るな。それで本題だが……ワラキアは、どうだ?」
「どうだ、と言われましても……」
あまりにも理不尽な攻撃、そして唐突過ぎる登場。
私が見たのはたった一蹴りした、その一場面に過ぎない。だが――
「危険、ですわね。私が見たのは蹴り一つでしたが、それだけで人が粉々に吹き飛び、その破片で騎士達が打ち倒され、アルフレッドも危うく命を落とす所でしたもの」
「蹴り一つで騎士が全滅か……拳一つで国を滅ぼした奴ならば当たり前かも知れんが、改めて聞くとまさに化け物だな」
「ええ、近隣の娘でしょうか……十にも満たぬと思しき娘も巻き込まれ、土砂に埋もれていましたわ」
「子供すら容赦なく巻き添えか。これは早急に手を打たねばなるまい」
ノーマンは私の言葉を聞き、顎に手を当て思案する。
時間にしてほんの三十秒ほど。すでに対案は存在していたのかも知れない。
「ウェイル君を……呼ぶしかないか」
「なっ、あの『絶圏』ウェイルをですか!?」
『絶圏』のウェイル。
それはアロン共和国内で唯一、『勇者』と呼ばれる存在だ。
卓越した【剣技】スキルと、【受け流し】と言うスキルの二重効果で、あらゆる攻撃を受け流すことが可能な男だ。
トーラス王国の東部の侵攻を、この男一人で支えていたと言っても過言ではない……超絶の剣士。
そしてその名声は、彼が魔法すら斬れる魔剣ヴァルムンクを手に入れた事で不動となった。
魔法すら斬れる――それはすなわち、魔法すら受け流せるという事に他ならない。
剣も魔法も、彼の身には決して届かない。
その絶対の防衛圏故に、絶圏と呼ばれるようになったのだ。
対してファルネア帝国には『鉄壁』のシュルジーという男がいる。
この男はあらゆる攻撃に耐え抜く防御力を持つのだとか。
とにかく、ウェイルという男は、いわばアロンの切り札とも言うべき存在で――そして女癖が悪い事でも有名な男だった。
手を出した女は数知れず、彼の立ち寄った街では必ず一人は『ウェイルの子』と言う存在がいるとまで言われている。
だがその戦闘力は、トーラス王国の召還者ですら手を出しあぐねるほど卓越していた。
「お前のような娘のいる場所に呼びたい相手ではないが、な。事態は悪化の一途を辿っておる」
「それは、理解していますが――」
アンサラに姿を現して以降、魔神の活動が活発化している。
これは『アロンが下手に魔神を刺激したから』と言う世論が存在するほど、アロン側にとっては悪手であった。
故にここらで汚名返上したいと言う思惑があるのだろうけど。
「しかし、トーラスの残党もまだ息を潜めている現状で彼を呼びつけるのは――」
「ん? どうかしたのか?」
反論を述べている最中、私の右腕が不意に震えだした。
怪我のせいとか、寒いからとかではない。これは――
「まさか、【ダウジング】の?」
「お嬢様、こちらに紙とペンを用意しております」
「ありがとう」
私のスキル、【ダウジング】は意図的に発動できるものではない。
この世の事実を神の視点で語るこのスキルに、感知できないモノは無い。
だが、それが『知りたい事であるか』はまた別の話で、まったく知りたくも無い情報がひょっこり出てくることも多い。
そして発動はまったくのランダム。私の意図通りに動いた試しは無い。
だが少なくとも、トーラス崩壊の犯人を当て、ワラキアの居場所を感知したところを見ると、私の潜在的な願望に付随して発生している事は確かなようだ。
メイド長が持ってきたペンを手に取り、紙にペン先を落とす。
すると、腕がまるで何者かに引っ張られたかのように乱雑に動き、いくつかの文字を描き出した。
そこに書かれていた文字はごく短い文章で――
『南方 魔王復活』
とだけ、書かれていた。