第42話 巫女の決意
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私の強引な復讐に付き合って、騎士が二人も命を落としてしまった。
そして山賊の歓声に怯え、背を向けた私をかばうために、また一人斬り伏せられてしまう。
「……あ」
アルフレッド、【千里眼】を使用するたび護衛してくれる騎士だ。
父が存命の時代から尽くしてくれた献臣でもある。
名前を叫び手を伸ばそうとして、その前に山賊に立ち塞がれた。
その目は血走り、理性の欠片も感じることはできない。
「誰か――」
助けて……その声は口から漏れることなく――私は宙を舞った。
何が起きたのか理解できない。
いきなり目の前の山賊が爆散し、その風圧で吹き飛ばされた。
くるくると回転する視界の中、山賊の向こうに足を振り上げた男の姿があった。
「あれは……ワラキアああぁぁぁぁぁ!?」
「あ」
怒りが本流のように噴出し、淑女にあるまじき絶叫が喉から迸る。
魔神はその声に呆けたような表情を返し、足を下ろしていた。
やっちまったか、と言わんばかりの余裕が癪に障る。
私はその顔を焼き付けるように睨み付ける。
周囲には山賊と一緒に吹き飛ぶ騎士たちの姿。
小さな少女が巻き添えを食って、崖壁にめり込んでいくのも見えた。
やはり奴は倒さねばならない。
子供にまで容赦なく災厄を振りまくような奴は、生かしておいてはならないのだ!
その決意を固めたところで、私の空中遊泳の時間が終わる。
確実に命にかかわるような勢いだったが、幸い着地点に大きな木が茂っていて、私の体を優しく受け止めてくれた。
もちろん、『優しく』と言っても、限度がある。
メキメキと枝をへし折り、同時に私の骨もあちこち折れ、10m近い高さから何度も枝に叩き付けられながら、地面に落下する。
普通ならば死んでいる。だがこうして命があると言うことは、神は私に魔神を倒せと仰られているのだろう。
魔神と出会い、直接手を下され、それでもなお――命がある。
これこそが私の使命、そう確信してから……私は意識を失ったのだ。
頬に伝い落ちる露の感触で目を覚ました。
気が付けば日の位置が違う。どうやらほぼ一日近く、意識を失っていたらしい。
「うっ……いたた……」
立ち上がろうとして脇腹の痛みに顔をしかめる。
服を捲り上げてみると、真っ白な日に焼けていない肌が、あちこち裂傷やら打撲やらで酷い事になっていた。
特に脇腹の青紫に変色した打撲痕は、見ていて気持ちが悪くなるほどだ。
これは骨まで折れているかもしれない。
「うう……ぐすっ、おのれ、ワラキアめ……」
立ち上がっただけで体力を使い尽くしてしまい、一歩も歩く事ができない。
ワラキアの起こした爆発で、野犬などの猛獣がこの場を離れていたから一夜を越える事ができたのだろう。
だがその幸運だって、何時までも持つ訳じゃない。
一刻も早くこの場を離れ、せめて人のいる場所まで辿り着かないと……待っているのは猛獣の餌か、野盗の慰みものだ。
だけど、私の足はピクリとも反応しなかった。
「このままじゃ……獣に襲われちゃう。でも、痛い……」
歩けるようになるには、身体を休めなければならない。
身体を休めれば、獣に餌にされてしまう危険が高い。
その相反する事態に、絶望感が染み出してくる。だが、そこへ再び幸運が舞い降りてきた。
「巫女様! イリシアお嬢様! ご無事ですか!?」
「その声、アル!? ここよ!」
視界を飛ばすという能力の都合上、私には護衛が必須である。
アルフレッドは幼い頃からその護衛を引き受けてくれている、私の最も信頼できる家臣だ。
ガサガサと草を掻き分け、見慣れた甲冑姿と落ち着きのある表情が目に入った。
すでに二十歳を超えたはずだが、その声の張りはいまだ少年のように若々しい。
「お嬢様、良くぞご無事で!」
「いえ、アルフレッドこそ、よく見つけてくれました。他の護衛たちは?」
「残念ながら……山賊に斬り伏せられた先の二名はすでに。生存していた他二名は爆発をまともに食らって息絶えました。私は地に倒れていたので、最小限の被害で済みましたが」
「あなたも斬られていたでしょう? 傷は?」
「幸運にも致命傷には程遠い物です。この程度ならば、行動に支障はございません」
「そう、よかった」
アルフレッドは私が動けないと見るや、マントに包んで私を背負う。
いまだ傷も癒えていないと言うのに、本当に無茶をする。
「馬車はどうなりました?」
「襲われた時点で車軸が折れていましたし、あの爆発で粉々になっています。残念ながら、山を降りるには私の背で我慢していただくしか」
「そう、馬車は残念だったわね。でもあなたの背も乗り心地は悪くないわ」
「それは重畳」
お互いに冗談を飛ばしあえるのも、長い付き合いと信頼がある故の事だ。
彼ら忠臣がいる限り、私はワラキアに負けたりなんてしないんだから!
◇◆◇◆◇
その日、魔神ワラキアにニブラス領主であるイリシア嬢が襲われると言う事件が起きた。
この事件で護衛四人が死亡し、さらに現地の子供まで巻き込まれると言う酸鼻極まる事件である。
さらにワラキアが暴れた事で森の動物たちが恐慌状態に陥り、周囲の人里に下りてくる事件も多発。猟師たちはしばらく寝る間も無く狩りに出る羽目になった。
だがこれは、ワラキアが起こした事件としては、非常に小規模であったため、クジャタの住民たちはその胸を撫で下ろして、自らの幸運に感謝したと言う。
この一件に少女が巻き込まれたことにより、近隣では『悪い事をするとワラキアがやってきて食べてしまうよ!』と言う脅し文句が、子供を持つ親の間で流行したらしい。
同時に、娘を持つ親たちはワラキアが腹を膨らませた小さな少女を連れてまわしていると聞いて、心底震え上がったそうな。
クジャタ編はここで終了となります。
次は別作を切りのいい所まで進めてから始めようと思うので、少し間が空くと思われます。
トップランナーを2月から再開し、5話程度進めてからこちらに戻る予定ですので、2月半ばになるでしょうか……