第40話 邂逅……できず
駆けつけた先では、護衛を連れた馬車が盗賊に襲われていた。
森の木々が消え、少し拓けた場所と思って出た所は小さな崖になっていた。
高さとしてもせいぜい5m程度なので、俺やリニアが落ちても、そう大きなダメージを受けることはない。
その眼下では十名以上の盗賊が一台の馬車を取り囲んでいたのである。
馬車は豪奢な飾り付けが成されており、いかにも襲ってくれと言わんばかりの風情だった。
それを守る騎士も板金鎧を身に着け、狭い山道には対応できそうにない。
現に、馬車は車軸を壊されたのか、立ち往生してしまっていた。
護衛たちはすでに二名倒されており、残りは三名。取り囲む盗賊たちは、まだ十名以上が存在している。
「こりゃ、勝ち目なさそうだな」
「ご主人様、これが噂に聞く『森を歩いていたらお姫様が襲われていた』イベントかな?」
「そんな噂、聞いたこともねぇよ!?」
先ほどの重い雰囲気はなかったことのように、リニアが場を茶化す。
だが実際、リニアが言った通り馬車は高貴な身分の者が使用しているらしく、過剰な装飾や家紋らしき旗まで掲げていた。
「どうする? 助ける?」
そういうリニアの手はうずうずと動いていた。
あの野盗がリニアの仇なのだとすれば、彼女は戦いたくてうずうずしているはずだ。
だが今の彼女は俺の奴隷。
むやみに危険を呼び寄せる行為を取る訳にはいかない。
だから、俺の意思を確認する。
「あいつら、お前の仇なんだろ? 遠慮せず暴れて来い」
「おお、話がわかる! そいじゃ――」
「巫女様、ここはもう持ちません。我々が引き付けているうちにお逃げください!」
暢気に話ができたのはここまでだった。
俺達の話の途中で、不意に騎士がそう声を上げると、馬車の中からドレス姿の少女が降りてきた。
流れる金髪は緩やかにウェーブを打ち、その艶やかさはまさに金糸を束ねたかのように光を放っている。
背もすらりと高く、スタイルはメリハリが効いていて、見た目は見惚れんばかり美少女である。
そして、現れた美少女を見て気勢を上げる盗賊たち。
明らかに育ちのいい少女は、盗賊たちの歓声を聞き、怯え、その場から逃げ出そうとして、背を向けた。
そこへ手を伸ばす盗賊。割り込み、守ろうとする騎士。
盗賊どもは、守ろうとした騎士を斬り伏せ、続けてドレスを着た女に斬りかかっていたのだ。
死んでも楽しめればいいとでも判断したのだろうか?
「まずっ!?」
それはとっさの行動だった。
俺は全力で地面を蹴り、剣を振り上げた男に駆け寄った。
轟音を立てて弾け飛ぶ地面。
悲鳴を上げてすっ飛んでいくリニア。
だが今はそれに構っている場合ではない。
俺的には、ちんちくりんな奴隷少女よりも、ドレスで着飾ったスタイル抜群の美少女の方が優先度が高いのだ。
主に異性的嗜好の見地で。
地面を抉りながら崖を駆け下り、凶刃を振り下ろそうとしている男の背後に辿り着く。
俺はそのまま、勢いを殺さず、前蹴りで男を蹴り飛ばした。
ポンという、コミカルな破裂音。
蹴られた男は風船が弾けるような風情で弾け飛び、周囲に肉片をぶちまけながら吹き飛んでいった。
砕けた肉片は散弾の様に周囲に飛び散り、盗賊も護衛も見境無く打ち砕いていく。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「あ」
そして、少女も吹っ飛んでいった。
こちらは肉片の到着よりも先に蹴りの風圧で先に飛んでいったおかげか、大した怪我はなさそうだけど……着地がうまくできれば、無事だろう……多分。
うん、ほら、飛んでいった先でメキメキと枝が折れてクッションになっている音が聞こえてきたし。
ともかく、気が付けば周囲で立っているのは俺一人という有様――いや、一人いるな。
「ぺっ、いきなりずいぶんと暴れてくれるじゃねぇか……」
「へぇ、あの惨状の中を生き延びるか?」
土砂を掻き分け、口に入った泥を吐き捨てながら立ち上がったのは、薄い皮鎧を着た一人の男。その装備の下には、引き締まった筋肉が収まっている。
俺は油断無く【識別】を起動して男の能力を探ってみた。
やはり、男はリニアの言っていた格闘家の男だったようだ。
燦然と輝く『格闘:Lv9』という文字が、正直羨ましい。
「お前の相手は本来リニアのはずだったんだが……いないからまぁいいか」
「いや、居るから……いきなり土砂ぶっ掛けるなんてヒドイ」
崖下に崩れ落ちた土を掻き分けて、リニアが出てきた。
こいつもなかなかに丈夫だな。いや、そうなるように強化したんだが。
「ぶっ掛けるならご主人様の熱いパトスにしてください」
「ダマレ、つるぺたの癖にわがまま言うな。揉めない乳に存在意義など無いのだ」
「ひっど!? ちょっと位ありますよ! 美乳ですよ美乳!」
「俺を前にして道化芝居か? 余裕かましてくれるじゃねぇか」
男は構えを取りながら、こちらの警戒を緩めない。
こういうやり取りをしてると、たいていは気を緩めるものなんだが……
「お前もそれだけの腕がありながら、何で野盗なんてやってんだよ?」
「派手な戦争が終わったからさ。局地的な小競り合いだけじゃ、俺みたいな男は食って行けねぇ」
確かに戦争は終わったが、その小競り合いでも結構な稼ぎはできるはずだ。
ここでせこせこと馬車を襲うよりは、よほど金になる。
「むしろ野盗の方が儲からないと思うんだが?」
「そう思うだろ? ところが、討伐隊とかの連中の装備を売れば結構儲かるんだぜ」
自分の存在を餌にして敵を呼び寄せて、逆にカモにしてたって訳か。
腕に自信が無けりゃ、そんな真似はできない。
いや……腕に自身があってもそんな真似は自殺行為だ。
「お前……本当は戦いたいだけなんじゃねぇの?」
「くふっ、よく理解してくれる」
戦場に出れば好きなだけ腕を振るうことができる。
そう思われがちだが、実は部隊での作戦行動では迅速な殲滅を必要とされる。
それは純粋に『戦いを楽しみたい』と思っている連中にとっては、楽しむ余地の無い戦い方を要求される。
その戦い方が気に入らないので軍を抜け、ここで野盗をやっているという訳だ。
「この間のドワーフはなかなか良かった。強くは無かったが必死に粘るその防御を崩すのは、存外楽しめたからな」
「ドノバンの必死の想いを……娯楽のように……」
「ああ、お前はあの時一緒にいた小人族か? 部下どもが慰みにと言っていたが……もう用はなくなったな。俺としてはお前の逃げ足にも少しばかり興味があるが」
「本気で頭にきました。ここまで鶏冠に来たのは何時振りでしょう……ぶっ殺してあげます。最初からそのつもりだったけど」
「おもしろい、やってみせろ」
なんだか俺が完全に蚊帳の外なんだが……まぁ、楽できるのなら、それはそれでいいか。
彼女が「魔神呼ばわり」の原因であることなんて主人公には判りませんので、吹っ飛ばされた理由はこの程度だったりします。