第39話 ニブラスの巫女
今回は別視点でのお話になります。ご注意ください。
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私の名前はイリシア=エル=ニブラス。
トーラス王国領ニブラスの町の領主の次女として産まれた、巫女と呼ばれる存在だ。
一年前まで私の存在は王国でも最重要の存在だった。
召喚者たちを戦力として使用する侵略戦争。
もちろん、そんな強く危険な能力を持つ者を呼び寄せる以上、監視と警戒をしな訳にはいかなかった。
召喚者だけではない。召喚した者も力を不当に溜め込んでいないか監視しないといけない。
召喚術が成功すると、まず召喚者の名前と能力が通信魔術で王国と各有力貴族へと知らされる事になっていた。
この段階で有用な人材を確保すべく、貴族達は動き出すのだ。
以前はそこから似顔絵を各地に配布して、名前と顔を一致させていたのだが、私が能力に目覚めてからは状況が一転した。
私の能力は2つ。【千里眼】と【ダウジング】である。
【千里眼】は視点を遠くの場所に移す事ができ、その場にいなくとも遠くの状況を知る事ができる。
だが、この能力を使っている間、私は目が見えない。
つまり無防備な状態になってしまうのだ。
【ダウジング】は文字を使って知りたい事柄をなぞる事ができる能力だ。
ただし、これも知りたい事柄が確実に聞きだせるというわけではない。
ともかく、これによって私は呼び出した者の顔を見る事ができ、それが何者かを【ダウジング】で知る事ができた。
一年前のあの日も、私は召喚者を監視するために【千里眼】の能力で覗き見ていたのだ。
そして、研究者達の動向も監視していた。
召喚を受け持っていたキルケゴール伯爵は、権力にはあまり興味を持たない研究一筋の人柄ではあるが、それでも強い力を持つ召喚者が真っ先に出会う事になる人物である。
彼がその気になれば、召喚者の一部を囲い込んで一大勢力を作る事だって出来る。
その危険性は他の貴族達も把握しており、間者をかなりの数送り込んでいた。だが、私が直接監視する事で、その危険性は大幅に減少したのである。
あの日も私は定例の召喚儀式を監視する任務をこなしていた。
だが、その後の『処置』で何らかの不具合が発生したらしく、魔力貯蔵庫が暴走。あまりにも巨大な爆発が発生した。
その衝撃は王都にまで及び、トーラス王国は致命的なダメージを受けることになった。
それからしばらくして、私の【ダウジング】によって、その原因となる人物の名前がワラキア=キラーという名前である事が判明した。
それを公開した結果、ワラキアという男は高額の賞金首として手配される事になった。
その後、私の住むニブラスはかろうじて大崩壊の被害を免れる事ができたが、直後に攻め込んできたアロンに抗する事ができず、軍門に下る事になってしまった。
トーラスを食い取る事はもちろん、その後のファルネアとの戦争にも、情報という物は重要だ。
【千里眼】を持つ私の能力は戦争では大きな意義を持つ。
だからこそ、私は自分の能力をアロンに売る事でニブラスの自治を勝ち取る事ができたのだ。
それから一年。
生き延びるだけで必死なトーラスの民達と同様、私も日々を必死に生き抜いていた。
そんなある日、アンサラと言う街でワラキアが現れたという情報が入ってきた。
私の【ダウジング】でも犯人はワラキアだという結果が出ている。
ワラキアはその後、キフォンの西の草原を経てキフォンへと移動していた。
そこでカーツ=ヒィトという仲間を迎え、キフォンの街を焼き払ったのだ。
配下の存在も【ダウジング】によって名前だけは知る事ができた。
【千里眼】は過去や未来を見ることはできないので、そのタイミングで見ていなかった事が悔やまれる。
私の住むニブラスに近い町のため、不安に思っていたが――案の定、災厄はニブラスに降りかかった。
町の民を悩ませていたシーサーペントを利用して市街中央部を徹底的に破壊していったテロリストが現れたのだ。
しかしこの時、私の見た顔はワラキアのそれとは微妙に違っていたのだ。
だがこの犯人も【ダウジング】によってワラキアの仕業であると判明した。
この結果を受けて、私は堪忍袋の緒が切れた。
トーラスの崩壊はともかく、私の愛する住民達に手を出したのだ。これを許す訳には行かない。
とは言え、直接戦っても勝てるはずが無い。そこで奴のそばに近付き、見逃すことなく奴の動きを妨害し賞金稼ぎたちの力で復讐するべく、奴の潜伏するクジャタの町に向かったのである。
奴は変装しているらしい。【千里眼】で見る映像と、似顔絵に微妙な差異が存在するのだ。
顔を自由自在に変えられるのならば、生半可な人材を刺客に送っても見逃してしまう可能性がある。
ならば、【ダウジング】の能力を持つ私が出向くしかないのだ。
奴の現れる場所を【ダウジング】によって先読みし、クジャタ近郊の山に足を向けた。
私個人の戦闘力は一般人とまったく代わらないので、護衛の騎士を付けての追跡だ。
だが不幸にも私は山賊の襲撃を受けた。
しかもただの山賊ではない。中にやたら腕の立つ格闘家の男が一人、紛れ込んでいたのだ。
騎士達は私を守るべく、決死の覚悟で戦いに身を投じていく。
だが、勝てる見込みがまったく無い。
ワラキアに対し怒りに身を任せた結果、この有様である。
まさに関わるだけで不幸を振りまく魔神の本領発揮というところだ。
戦いは騎士達の劣勢が極まり、結局私は自分だけ逃げ出さねばならない状況になってしまった。
騎士達も命がけで逃がすための時間を稼ごうとしてくれるが、実力差があまりにも大きすぎた。
もはや逃げ切れない。
ならば騎士達とともに、せめて一太刀でも足掻いてみせる。
最後までワラキアの悪意に屈しない。
それこそが私にできる最後の抵抗だと覚悟を決めて。
だが粗野な男たちを前にして足が竦んだ。
私は反射的に背を向け、その場から逃げようとしてしまった。逃げ場なんて無いと言うのに。
そんな私をかばうように、割り込んでくる騎士。
私をかばったが故に無防備になり、斬り伏せられたその姿に、絶望の声を漏らす。
だが、その時――不意に世界が爆発したのだ。
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ダウジングは本来地下の水脈や鉱脈を見つけるための占術的行為を差しますが、この場合『隠れた鉱脈(情報)を見つけ出す能力』というという意味合いも兼ねて、こう名付けました。
ご了承ください。