第38話 彼女の動機
少しシリアス展開です。
野盗を目指して山の中を彷徨い歩く。
その山は街道から少し外れた所にある小さな山だ。だが小さいといっても人の足で探索するにはかなり広い。
元の世界の大阪にある、世界有数の小さな山とは違って、本格的な山岳である。ここを探しきるのは結構な労力が必要になるだろう。
だがそんな山を、リニアはすいすいと登っていく。
この足取りは彼女の敏捷度による物だけではない。まるで目的地が判っているかのような足取りだった。
「おい、ひょっとして目的地を知っているのか?」
「んー、野盗のアジトは知らないよ。でも、大体は判るかもー」
「何で判るんだよ?」
「ソレはね……あ、アキラ。少し寄り道していい?」
会話をぶった切って、いきなり寄り道を宣言してきた。
その、珍しく真剣な表情に、俺は一瞬気圧されすらしたのだ。
「なんだよ、いきなり――」
「どうしても寄らなきゃいけない所があってね」
つまり、彼女の順調な足取りは、そこへ向かうための物だったという事か。
まぁ、目的も無く山を彷徨うよりは、目的があった方がいい。あてどなく探す羽目になるのだから。
「遠くじゃないなら別にいいけどよ」
「やった! 多分すぐ近くだよ」
ぴょんと跳ねて山道を外れ、草むらの中へ分け入っていく。
だがその視線は油断無く周囲を走り、今までに無く警戒している様が見て取れた。
「やけに警戒してるな?」
「アキラはさ――わたしがなぜ行き倒れてたと思ってる?」
「そりゃ……小人族だから?」
「ひどーい。いくら小人族でもそこまで計画性が無い訳じゃないよ! むしろ旅慣れている分、他の種族よりも周到かもしれないんだから」
がさがさと分け入る彼女の後ろを付いていきながら、そんな会話を交わす。
だが不思議と彼女の顔がこちらを向く事は無い。
そんな行動を不審に思い始めた時、続きを話しだした。
「わたし達はね。二日前にここを通ったの」
「わたし達?」
彼女は複数形でそう称した。つまり誰か連れがいたという事か?
「うん。ドノバンって言うドワーフで腐れ縁の二人連れだった。でも仲は悪く無かったよ。わたし達はね、ちょっとした近道のつもりでこの山に入って――野盗に襲われたんだ」
それで金品を奪われ、かろうじて町まで逃げ延びたが行き倒れてしまったという訳か。
ちょっとした、というところが実に小人族らしい理由だ。
「野盗は10人くらいは居たかな? わたしの火力じゃ一掃って訳にも行かなくてね」
魔力6ではさもありなん。むしろ目潰しするのが精々といった所だろう。
「もちろん、わたし一人なら逃げ延びる事もできたかもしれない。でもドノバンはドワーフだからね……」
「ああ、足が遅いのか」
ドワーフという種族はアンサラのウォーケンの体格を見ても判る通り、力が強くタフで――鈍重だ。
この山の中という地の利を握られていては、元の足の遅さもあいまって、逃げ切る事は不可能に近いだろう。
「それに腕利きの格闘士まで野盗に居たんだ。わたしでも逃げ切れたかどうか怪しかったよ」
「へぇ、運がよかったな」
「運じゃないよ。ドノバンが一人残って、わたしを逃がしてくれたの。ほら、わたしはこれでも『女』だからさ。逃げないと酷い目に遭うだろうって」
「そりゃ……漢だな。そいつ」
「おかげで逃げ延びれたんだけどねぇ」
そこでようやく、リニアは足を止めた。
そこは少し拓けた広場のような場所で、そこかしこに戦闘の痕跡と血の跡が残されていた。
――そして、ボロ雑巾のように打ち捨てられた、ドワーフの死体も。
「――なっ!?」
「こんなになっちゃったら、意味ないじゃない……判ってたけどね、こうなってるって事は」
ここに来て、俺はリニアががむしゃらとも言える熱意で力を求めた理由を知った。
彼女は――
「復讐、するつもりなのか?」
「仇討ちって言ってよ。わたし達小人族だって、それくらいの義理は感じるんだよ」
「それでこの仕事を請けたのか」
「色々と都合が良かったんだよ? わたしが力を得るため、復讐の助力を得るため、アキラに返すお金を得るため……」
「ふん、いいように利用してくれた訳だ」
「ごめんね」
そう言って泣きそうな目で俺を見つめる。
利用されはしたが……彼女の想いは本当だった。だから悪い気はあまりしないかもしれない。
それに命を懸けて女を逃がした漢と、命を懸けて復讐に向かう女。
いい話じゃないか。
そういう意気込みは、嫌いじゃない。
「ま、いいさ。やる事が変わった訳じゃないし、お前も俺の奴隷のままだ。状況としては何も変わらない」
「手伝ってくれるの?」
「元よりその予定だったろう。それより……」
討ち捨てられたままのドワーフを見やる。
体中にある打撲痕。剣の傷も見受けられる。
リニアと組む上で必要なのはタンクとしての性能。つまり打たれ強さが必要になる訳だが……それが裏目に出たのか、酷い有様だった。
「彼を埋葬してやろう。それくらいはしてやらないとな」
「うん」
俺はドノバンの死体に近寄り、【練成】を起動して、傷を消す。いわゆる死に化粧というヤツだ。このまま埋めてやるのは忍びない。
捩れた手足が正常な場所へ戻り、傷が塞がり、皮膚の色が戻っていく。
「アキラ、ありがと」
「これくらいは別に……」
続いて鍬を取り出し、近くの樹の根元に穴を掘る。
+50という強化値もあって、楽々一人分を埋める穴を掘り上げてみせた。
「うわ、すっごい早いね?」
「鍬の能力と、俺の力があればな。これくらいは楽勝だ」
ドノバンを埋めた後は樹の表面を鍬で削り取り、そこに彼の名前を刻み込んで墓の完成だ。
その間にリニアが近くの花を摘んできて、樹の根元に供えた。
「ありがとね、ドノバン。おかげでわたしは生き延びる事ができたよ」
震える声で、墓代わり樹に語りかけるリニアをおいて、俺はその場を離れた。
誰しも聞かれたくない事や表情はある。しばらく一人にして置いてやるのも、主人の甲斐性という物である。
間を置かず、リニアのすすり上げるような嗚咽が響いてきた。どうやら戻るのはしばらく後になるようだ。
周囲を警戒しながら小一時間ほど時間を潰した頃だろうか。
そろそろリニアも落ち着いた頃かと判断して、彼女の元に戻ろうかと思い出した頃、小さな叫びが聞こえてきた。
俺はまず、それがリニアの叫びじゃないかと疑い、彼女の元へ駆けつけた。
「リニア、無事か!?」
「あ、アキラ? もう、どこ行ってたのよ!」
すっかりいつもの調子を取り戻したリニアを見て、とりあえずは一安心した。だがやはり、目元が少し赤く腫れている。
どうやら先ほどの叫び声は彼女ではないらしい。
「いや、ちょっとばかり小用をな。それより、さっきの叫びが聞こえたか?」
「ん? 何も聞こえなかったよ?」
リニアは聞こえてなかったらしい。俺の気のせいか、と思い始めた頃、再び小さな音が響いてきた。今度は金属音である。
「なに、剣戟音?」
「みたいだな。どうやら俺たち以外で盗賊に鉢合わせた連中がいるらしい」
現在進行形で襲われている連中には悪いが、俺たちとしては山の中を彷徨わずに済んでラッキーというしかない。
ただこの状況、俺としては非常に嫌な記憶を呼び起こすのだ。
具体的に言うとキフォンの森を焼き払った事件である。
「大変だ。早く行こう、アキラ!」
「あー、助けに行くのはやぶさかじゃないが……事は慎重に運ぼうな?」
できれば、森を焼くような行動とかは慎むように。
まぁ、リニアの魔術スキルは水属性しかないので、山火事にはならないだろうけど。
緊迫した状況にも関わらず、俺はそんな暢気な事を考えていたのである。
書き貯め予約投稿分はここまでです。