第35話 練成の正体
小人族のリニアを連れて食堂に入る。
俺も酒しか口にしていなかったから、食事をするのは都合がいい。
それに世間での魔人ワラキアの噂は、男の二人連れである。
子供連れとなれば、疑いの目を避ける意味でも大きい。
給仕に席まで案内され、適当なディナーセットを頼んでおく。
寒い街路を歩いた生で身体が冷え切っている。早く温かい物を食べたいのだ。
「わたしは、こっちのフライの盛り合わせとカルボナーラのパスタを大盛りで。それと鴨のグリルに付け合わせにピクルスも」
「おいおい、人の金だと思って遠慮がねぇな」
「各2人前ずつ」
「本当に遠慮がねぇな!?」
どれだけ食うつもりだ、このチビッ子。どう見ても身体の体積に収まりそうに無い。
俺の心配を他所に、リニアは薄い胸をトンと叩いて、ドヤ顔を決めてくる。
「まかせて。大食いには自信がある」
「別に褒めてないぞ」
「ぬぅ……」
会話しながらも念のため【識別】を飛ばしておく。
そこに現れたのは、このようなパラメータだった。
◇◆◇◆◇
名前:リニア=ノートン 種族:小人族 性別:女
年齢:108歳 職業:魔導師 Lv:17
筋力 12
敏捷 94
器用 72
生命 22
魔力 6
知力 83
精神 121
スキル:
【水属性魔法】 Lv8
【看破】
【魔力操作】
【回避】 Lv9
◇◆◇◆◇
異様に高い敏捷性と精神力はさすが小人族と言える。
知力もかなり高いが……魔力があまりにも低い。能力値と職業適性が全く噛み合っていない。
それともう一つ注目を集める数値があった。
「108?」
「お? ああ、そっか。わたしを【識別】したんだ?」
「げ、判ったのか?」
そこで運ばれてきたカルボナーラに、リニアは早速フォークを絡めて口に運ぶ。
「ふぉうひえふぇふぉ――」
「飲み込んでから話せ、行儀の悪い……」
「んく、こう見えてもわたしも識別系のスキルがあるからね」
彼女は【識別】ではなく、【看破】というスキルを持っている。
これは識別系のスキルなのだろうか?
「【看破】は【識別】の上位スキルなの。アキラがどのようなスキルを持っているか、一目で判るんだぞ」
「へぇ……」
「スキルに偽装を掛けている事も判るよ」
「なっ!?」
そこまで見抜くのか。【看破】というスキル名はさすがと言うところか。
だが、このようなスキルがあるのなら、これからは少しばかり注意して生活しないといけないな。
「それにしても珍しいのはそちらでしょ。なに、その【世界練成】Lv不可説転というのは」
「はぃ? 不可設定?」
「あるでしょ?」
「俺にはバグった文字しか見えん」
「そうなの?」
レベルが設定されていないなら、バグるのも当然か。
だが、このスキルに関しては、自身を練成した時でさえ詳細を見抜く事はできなかった。
それなのに彼女は一目でその正式な名称まで見抜いたのだ。
「今まで見た練成師は大抵【物質練成】の能力だったからね。世界そのものを練成するのかな?」
「そうなのか……いや、大概なんでもありな能力だとは思っていたがな」
「それにレベルも――普通は10が限界なのだけど。はむ」
まるで子供のような表情で食事をしつつ、俺の秘密をあっさりと見抜いて行く。
こいつはもう、放って置いていい存在じゃないのかもしれない。
「でもアキラが悪人で無くてよかった!」
「あ? そんなのは最初に出会った時に見抜いてたんじゃないのか?」
前科があれば、職業にそれが表示される。詐欺を行えば詐欺師、殺人を行えば殺人者と表示されるのだ。
【看破】の能力があれば、真っ先に気付いたはずだ。
「私やアキラのような能力は、そう簡単に使っていい能力じゃないのよ。誰しも自分の本性を覗き見られて、気分がいいはずも無いでしょ?」
「そりゃそうだが……」
「だからわたしは自分が【識別】された時か、必要最低限の時しか【看破】しない様にしているのだー!」
マナー的にはそれは正しいのかもしれない。だが、それは自身の身を危険に晒す決意だと思う。
この世界ではちょっとした油断が命に関わるのだ。
「まぁ、気を付けとけよ」
「うむ、まだ4回しか騙された事はないから、安心するといいよ」
「4回もかよ!?」
よく生きてたな、このガキ。いや、今はその他にも聞かねばならない事がある。
「それよりも年齢だ。108ってなんだよ。偽装か隠蔽しているのか?」
「いや、本当の年齢だよ? それよりも女性の年齢を覗き見るのはマナー違反だぞ」
「そういう問題かよ。小人族ってのはそんなに長生きなのか……」
「平均して200年ほどは生きるよ。もっとも寿命まで生き延びる小人族は少ないけどね!」
「そりゃなんでだ?」
「好奇心、猫を殺すのだ」
エヘンとばかりに胸を張る。
その様子は子供らしくて見た目的には可愛いのだが、何を言いたいのかさっぱり判らない。
「つまり?」
「余計な事に首を突っ込んで、大抵は寿命の前に殺されるのです」
「ああ、小人族ならば、さもありなん……」
好奇心旺盛過ぎる小人族ならば、確かにそういう事は多そうだ。
だがそんな中で100を超えるほど生き延びているという事は、彼女は好奇心の少ない小人族なのだろうか?
それを尋ねると、心外とばかりに頬を膨らませて見せた。
フライの盛り合わせが詰まっていたからでは無い。
「いや、わたしも人並みに好奇心は強いよ。だけど、危険かそうでないかを判断する高い知性が備わっているだけ」
確かに彼女の知力は特筆すべき物がある。
ここまで高い知力はシノブ以来では無いだろうか?
「危険を認識し、危ないと思ったら好奇心を押さえ込む精神力もある。だからこそわたしは長生きできたの」
「なるほどね」
つまり彼女は、好奇心の誘惑に抗しきる事で危険を避けてきたのだ。
それですら、4度も騙されたそうだが。
「で、なぜ行き倒れてたんだよ? しかも店の前で」
「それは……追い剥ぎに遭ったのです……」
彼女は、魔術師向きなスキルがかなり高いが、基礎になる魔力が低い。
回避スキルがあるので、戦闘で生き延びるのは得意そうだが、決定力に欠けるだろう。
「アキラが助けてくれて助かったよ。命の恩人だね、アキラは!」
「そうかそうか。なら適当に感謝しておいてくれよ」
「うむ! この恩は命に代えても返す」
「そこまでは必要ないから」
鼻息荒く宣言するリニアを、適当に往なして食事を進める。
その日のリニアはそれはもう、食べた。食べまくった。
なんと一人で銀貨40枚分も食べたのだ。
おかげで俺は、金貨をもう一枚【練成】する羽目になったのである。
不可説転と言うのは仏教用語で、とんでもなく大きな値の事を意味します。
不可設定はアキラが聞き違えたんですね。