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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第3章 ニブラス編
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第33話 津波

 全力の引きで水面から引っこ抜かれたシーサーペントは、まるでホームランアーティストの放った飛球のように、長々と宙を舞い、ニブラスの街に落ちた。

 おそらくは街の中央付近。舞い上がった土煙の大きさが、その被害の甚大さを伝えてくる。

 その光景に、真っ先に我を取り戻したのはおっさんだった。


「ト、トリスー!?」


 愛娘の名を叫んで船の碇を上げ、港へと戻ろうとする。

 その行為に俺も我を取り戻す。


 このまま街に連れ戻されてしまっては、大問題である。

 しかも今回はキフォンと違い、目撃者がいるのだ。言い逃れはできない。


「おおっと、揺れで足を滑らせてしまったー!」


 俺はそう言葉を残してから、湖面へとダイブした。

 街に戻ってなどいられるか、俺は逃げるぞ!


 幸いにして荷物は全て【アイテムボックス】の中に仕舞ってある。

 これは長らく続けた旅生活の賜物である。世の中何が起きるか判らないのだ。


「おい、アキラ!?」


 船の縁に乗り出し、後を追うべきかどうか逡巡するカツヒトの姿が見えた。

 このまま街に戻ればどうなるか、あいつもキフォンで学んだはずだ。

 今は迷っているが結局は俺の後を追わざるを得ないだろう。でないと一生強制労働か奴隷生活に陥るだけだ。


「アキラ! 前! 前ぇ!?」


 だがカツヒトは俺の方を指差し……いや、俺の前方を指差しているのか、これは?

 俺がその方向に視線を受けると、そこには水面から首をもたげた、シーサーペントの姿があった。


 頭だけでも5メートルを超える巨体。

 全長では50メートルくらいはあるのではなかろうか?


「もう一匹いたのかよ!? 何で言ってくれなかったんだ!」

「ワシも知らんかったわ!」

「危ない、早く戻れ! くそ、今行くから、とにかくがんばれ!」


 そう叫んで船から飛び降りるカツヒト。

 だが彼が駆けつける間もなく、その首は俺に向かって襲い掛かってきたのだった。


「ぬおああぁぁぁぁぁぁ!?」


 絶叫と共に弓を引き抜き、慌てて矢を番える。

 そして、全力で弦を引いて――


 ポキン、と折れた。


 よく考えれば当然である。

 この弓の攻撃力は122しかない。それを12万を超える筋力で引き絞れば限界を超えるのも当然だった。


 カツヒトは間に合いそうも無い。

 別の武器を取り出す余裕も無い。


 なので俺は、拳を握って、渾身の力で――殴りつけた。





 水面に向かって飛び掛るシーサーペントの顎。

 俺のアッパーカットにより、首が垂直に跳ね上がり、そのまま宙を舞った。

 対して俺は反動で水中に沈みこみ、湖底に半ば埋もれるようにしてようやく止まったのである。


 これが一体どういう事態を招いたのかというと……津波が起きたのだ。


 まず最初に俺が湖底に埋もれた衝撃で、地震の様な現象が発生した。

 同心円を描いて波が湖畔に殺到し、このままでは周囲の街は壊滅的被害を受けただろう。いや、今も受けてるけど。


 だがそこへ上空数百メートルにまで打ち上げられたシーサーペントが落下して来た。

 この高度から落ちれば水面はコンクリート並である。

 シーサーペントの体は粉々に砕け散ることになるが、その質量と運動量は水中に(あまね)く伝わる事になる。


 反動で水が大量に飛び散る事になった。

 その飛距離はニブラスの街を遥かに飛び超え、周囲数キロに渡って水浸しになる。

 そして飛び散った水量分だけ水面が下がり、岸壁と津波の高さが相殺され、街への被害は軽微に至ったのである。


 湖底に埋もれた身体を引っこ抜いて、岸に辿り着いた時、すでにカツヒトと漁船の姿はどこにも見つける事はできなかった。

 湖の周辺は水浸しになっており、起こした津波の被害の大きさが見て取れる。


「あー、死ぬかと思った。呼吸不要なんて強化はやってなかったからな」


 だが、考えて見ればそういう攻撃をして来る敵もいる可能性だってある。

 魔法の有るこの世界では、いかなる状況も想定せねば安心なんてできないのだ。

 呼吸不要とまでは行かなくとも、一時間くらいは息を止めていられる様にしておいた方が良いかも知れないな。


「カツヒトは……はぐれたか。まぁ、あの槍を持たせているから、溺れてない限りはそう心配する必要も無いだろうけど……オッサンは大丈夫かな?」


 漁船で仕事するだけあって、オッサンの泳ぎは確かだと聞いた気がする。

 それに救命胴衣の類も漁船には置いてあったし、浮き輪だって常備していた。

 万が一漁船が転覆していたとしても、死ぬ事は無いだろう。多分。


「なにせ、街まで確認しに行く訳にはいかないしなぁ」


 かと言って、ここでぐずぐずしていたら、今度は討伐隊を組まれて追い立てられる可能性だってある。

 できるなら早くここから離れたい所ではあるが……


「せっかく仲間に引きこんだんだから、カツヒトを待ってやるのも必要だよな?」


 はぐれた時はその場で待機。

 山で遭難した時の心得だが、こういう時でも有効だろう。

 幸か不幸か、旅を続けてきたおかげで、食料や防寒具の類も【アイテムボックス】に入ったままだ。

 数日、ここで夜営する分には、なんら問題はない。


 こうして俺は、三日間夜営をしてカツヒトを待ったのだが、結局合流する事はできなかったのである。

 三日後、遭難者を探しにやってきた周囲の村人の声に怯え、俺は一人でその場を離れる事になったのであった。





 某日、ニブラスの街でシーサーペントが天より舞い落ちてくるという災害があった。

 シーサーペントは町の中央広場に墜落し、広場を完膚なきまでに叩き壊した。


 シーサーペント自体は水棲生物であるため、陸上では自重に耐えかね、長く生きる事はできない。

 だが死亡するまでにもがき苦しんだ拍子に、周囲の街路や民家までも破壊し、街の被害は大幅に拡大した。

 幸い、この時期のニブラスに訪れるものも少なかったため、人的被害は皆無で済んだ。

 そして、シーサーペントの死骸から、貴重な素材が採取できたため、街の収支としては五分という所で収まったそうだ。


 その後折悪しく地震が発生し、津波が街に押し寄せて来たが、これもなぜか街を飛び越えたおかげで被害は極少。

 この事からニブラスは、奇跡の町として名を馳せ、多くの観光客を呼び寄せることに成功したのである。


 漁師モリスは後に語る。

 ワラキア=キラーと名乗る旅人が、シーサーペントを倒そうとして湖に乗り出し、かの巨獣を町に投げ込んだのだ。

 彼の魔神と同じ名を名乗る男は、カーツ=ヒィトという従者を連れ、シーサーペントをまるで赤子のように放り投げたのだ、と。


カツヒトは死んでませんのでご安心を。

ここでいったん退場しますが、後で再登場予定です。

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