第30話 シーサーペント退治
カツヒトと共に紹介された宿に部屋を取り、弓の強化に入る。
この世界では【練成】は武装の性能強化にしか使われていないが、俺の【練成】は一味違う。
武装を融合させ、素材の質すら変質させて強化してしまうのだ。
正に物質干渉しまくりである。
購入した3つの弓を重ね、1つに融合して行く。
俺の筋力は桁外れに高くなっているので、多少硬くてもなんとでもなる。
しかも弓の命中には器用度が必要になるのだが、これも強化されているので、おそらくは百発百中の命中率を誇るだろう。
弾性を強化し、射出能力を強化していく。
結果として、ただのノーマルボウと表記された弓が、ロングボウへと変質していた。
ノーマルボウの攻撃力は7程度だが、ロングボウは22ある。およそ3倍の攻撃力だ。
これをさらに強化して+18にしておく。
これで攻撃力は22から122に上がった計算になる。およそ5倍だ。元のノーマルボウから計算すると17倍を超える。
実は矢の方も強化はできるのだが、使い捨てるのが前提の矢に強化を施している者はほとんどいない。
元々カムフラージュのための装備なので、これ以上の攻撃力は必要無いだろう。
「アキラ、居るか?」
そこへ扉のノックが響き、カツヒトが声を掛けてきた。
空気を読めない男だが、無断で部屋に入るような男ではないのが救いだ。
奴の槍を強化した時もそうだったが、俺が強化するところはできるだけ見せない様にしている。
「居るぞ、入って来いよ」
「邪魔をする」
カツヒトは返事を受けると間髪入れず入ってくる。
そのまま問答無用でルームテーブルの椅子に腰掛け、水差しからグラスに水を注いでいた。
「ノックするまでは礼儀正しかったのにな」
「遠慮する仲ではあるまい?」
「しろよ。つーか、気色悪い言い方するなよ! それで、何の用なんだ?」
カツヒトは俺の問いに水を呷ってから、もったいぶって答える。
「町でシーサーペントが出没する話を聞いてな」
「ああ、それは俺も聞いた。大変だな」
「俺達で退治してみないか?」
「おい……」
こいつはまだ俺の怖さを理解していない。
俺が何か行うと、それが周囲を巻き込む大惨事に発展して、結果的に魔神の悪名が響き渡ってしまうのだ。
「俺の実力は見ただろう? 下手に動くとキフォンの二の舞になっちまうんだよ」
「それは理解している。だからこそ、ここで善行を積むべきだとは思わないか? 悪名を塗り潰すために!」
「思わん、帰れ」
「そう言わずに手伝ってくれよぉ!」
おいだそうとする俺の足にしがみついて懇願する、槍を持った男。
見掛けは優男だけに、正直言って気持ち悪い。
「なんだよ、しがみつくな! ってか、ギルドの仕事受けた訳でもないのに、何でそんなに必死なんだよ!」
「実はな。村の女の子が困ってたので任せろと――」
「そうか、お前一人でガンバレ」
「シーサーペントは槍の範囲に入ってくれないんだよ!」
元来、海洋巨大生物で有るシーサーペントを倒すためには、まず船に乗って沖合いに出ないといけない。
それから敵を呼び寄せ、引き付けつつ遠距離攻撃で倒すのが基本だ。
噛み付いて来るところを迎撃するだけでは、追い詰めた時に逃げ出されてしまうし、水中から船を狙われる場合もある。
「アキラは弓を買ったんだろ? 丁度良いじゃないか、試し撃ちに行こうよぉ」
「行こうよぉじゃねぇっての!」
とは言え、試し撃ちには興味がある。
攻撃力122ってのはどれくらいの強さなのかは俺にはわからないのだ。
俺の筋力10(+99)というのは強化値である。けして筋力が10+99で109と言う意味ではない。
この数値から導き出される筋力は、なんと12万5278である。地面を割って衝撃波が発生するのも納得の高さだ。
キチンと弓を使うと攻撃力をセーブできるのか試す必要は、結局の所、あるのだ。
「まぁいい、試し撃ちには俺も興味がある。後ろからピシピシ撃つ程度なら付き合ってやるよ」
「そうか! いや、アキラなら困っている町の人を見捨てないと思っていたよ!」
「それは別にどうでもいい」
俺は正義の味方でもなんでもないのだ。
むしろ魔神呼ばわりで畏れられている存在だ。人のために何かを成そうとは欠片も思わない。
俺が力を貸すのは、自分と、自分と同じ転生者のためだけである。
あとはまぁ、ちょっとした知り合いのため位か……
「沖に出るなら船がいるよな――?」
「ああ、俺に退治を依頼した子が漁師の娘なんだ」
「その船を借り受ける事ができるのか?」
「おそらく問題ないはずだ」
「なら早速挨拶だけしてこようぜ。今日は疲れてるから寝たいけど、明日には討伐に出たいからな」
挨拶して、それから弓の使用感だけ試しておき、実戦でテストするのは明日だ。
俺は弓を専用のケースに仕舞い、カツヒトと共に依頼主の元に出掛ける事にしたのだ。
カツヒトに案内された漁師の家は結構な大きさだった。
家の脇には倉庫も併設されており、馬車と厩舎も存在している。
「彼女の家はこの辺りでは結構な網元らしくてね。漁具もそれなりに多いから、運搬用の馬車は必須だといっていたよ」
「へぇ、じゃあ依頼料は結構高いんじゃね?」
「1人頭、金貨10枚」
金貨1枚は銀貨で100枚分の価値がある。
銀貨にして千枚分。ちょっとした家庭三か月分程度の報酬である。
俺は一人身だから、これで五ヶ月は過ごせるだろう。
「だが、シーサーペントを相手にする命の値段と考えれば……まぁそれなりか」
「強敵だからな」
玄関前でそんな事を言っていると、扉が勢いよく開いて中から十歳くらいの子供が飛び出してきた。
「お兄ちゃん、来てくれたんだ!」
「ああ、シーサーペントは俺が倒すって言っただろ」
「……じゃあ、お前一人で行けよ」
「すんません、調子に乗ってましたぁ!」
即座に土下座して許しを請うカツヒト。
こいつもきっと、新しい槍の威力を試したかったんだろうけどな。
「お兄ちゃんも戦ってくれるの?」
そう言って上目遣いで覗き込んでくる子供は、なかなかに綺麗な顔立ちをしていた。
七、八年もすれば、結構な美少女に育つことだろう。今は守備範囲外だが。
「ああ、弓も買ったからな。任せとけ」
「うわぁ、ありがとう!」
パンパンとケースを叩いてアピールしてみせる。
少女は朗らかな笑みを浮かべて、礼を告げてきた。
なるほど、こんな子供に『おねがい』されては、断れ無ないか。
俺は少しだけ、カツヒトが依頼を受けた理由を知ったのだった。