第3話 選別
言われるままに、一人一人水晶球に触れて行く。
そして、触れると眼前に半透明のスクリーンが現れ、その人物の身体能力や技能が表示されて行くのだ。
そこに映る文字は明らかに日本語では無いのに、するすると頭の中に入ってくる。
これまでにおよそ十人が識別を受けたが、共通しているのは【言語認識】と【アイテムボックス】と呼ばれる技能の二つ。
そういえばオッサン天使が俺に【識別】と言う能力を与えていた。それがある以上、俺はあの水晶無しでもお互いの能力を見る事ができると思うのだが、いまいちそのやり方が判らない。
何人かが識別を終え、水晶を持つ神官や、最初に語りかけてきた男が驚きの表情を浮かべるものが数人いた。
まるで褒め称えるかのように持ち上げ、一人ずつ屋敷の中へと案内して行く。
そしてついに俺の番がやってきた。
「どうぞ、この水晶に触れてください。何、気負う必要はありません」
「はぁ」
気負うなと言うので、気軽に水晶に触れて見る。
するとこれまでの者達と同じく、目の前に半透明のスクリーンが表示された。
そこにはこの様に書かれていた。
◇◆◇◆◇
名前:割木明 種族:人間 性別:男
年齢:22歳 職業:無職 Lv:○$×#
筋力 10
敏捷 15
器用 15
生命 30
魔力 10
知力 20
精神 10
スキル:
【アイテムボックス】
【言語理解】
【識別】
【△■練成】 Lv○$×#
◇◆◇◆◇
「あの、これは……」
一目で判る、あからさまに失望した表情。
ってか、魔力10って低いな!
「表示が一部エラーを起こしてますね?」
「ああ、これはおそらく【物質練成】と言うスキルです。【物質練成】とは装備に干渉し、性能を強化する能力が主ですね。付与術などで使われる事が多いです」
「付与、ですか?」
「ええ、この世界では魔法で武装を強化する事ができます。【物質練成】は装備に魔法を付与し、効果を強化させる能力ですね」
「へぇ」
「それにしても、レベル表記までエラーを起こしてますね」
戦闘でも使えない能力ではなさそうだ。
それなのに、なぜあんながっかりした表情をしたのだろう?
「まぁ、スキルの詳細については後ほど。今はお疲れでしょうから、中に入ってお休みください」
「……判りました」
俺はその場をわざとゆっくりと離れ、彼等の会話に聞き耳を立てる。
その甲斐あってか、はっきりとは聞こえなかったが、会話の断片だけ拾う事ができた。
「怪し――力者は居り――んでしたな」
「あれほどの被害――た――、さぞ――まじい――者が――できたと思ったのに」
「最後の者など、あま――酷い。【物質練成】など、この――の者でも――ておりますぞ」
「だ――レベルの表記が――」
「魔力10ではろくに――でしょう?」
「まさに。しか――の――能力。子供――はないか?」
「【アイテムボックス】の荷運び――せいぜいでし――か?」
「それすら――るまい」
「では、――通りに」
「任せる」
部分部分しか聞き取れなかったが、どうやら俺はボロクソにけなされているらしい。
それにしても子供並とか聞こえたぞ?
俺、運動にはそれほど自信がないけど、そこまで酷かったかな?
案内された部屋はまるで牢獄のように小さく、ベッドと水差し一つ置いてあるだけの、粗末な部屋だった。
「申し訳ございません。なに分、お客様の数が多いため……」
「いや、横になれるだけありがたいよ。ありがとう」
案内してくれたメイドにそう告げて、俺はベッドに腰掛ける。
この部屋には椅子すら用意されていないのだ。
「それでは、何かございましたらお呼びください。そちらに呼び鈴がございます」
サイドテーブルの上には、小さなベルが乗せられていた。
これを鳴らして人を呼べという事なのだろう。
「判りました。この水は――構いませんか?」
「どうぞご自由にお飲みください。果汁や酒精の類もお出しできますが、お持ちしますか?」
「いえ、水で充分です」
慣れない山道を一時間も歩かされたのだ。
予想以上に疲労が溜まっている。
水分を補給して、早く横になりたかった。
「それでは失礼します」
優雅に一礼して、メイドが退出する。
俺は早速グラスに水を注いで一口含んだ。
「生温――!? それに変な風味が……」
冷蔵庫のような利器がこの世界にあるとは思えない。
そして日本のように水道水を直で飲める国はむしろ少ないと聞いた事がある。
おそらく、この変な風味も殺菌していないが故の物かも知れない。
「やっべえ、あんまり飲まない方がいいのかな?」
食中毒とか怖いし。この世界だと抗生物質の存在も怪しい。
そうなると食中毒は、致命的になりかねない。
多少喉が渇いているけど、ここは我慢して寝る方がよさそうだ。
メイドさんに果汁や酒を要求する手もあるけど……いや、よそう。そこまで手間を掛けさせるのもなんだか悪い。
それに味の濃い物は何が入っているか判った物ではない。
そうして軽く目を閉じ……疲労からか、あっという間に眠りに落ちてしまったのだ。
「どうだ?」
「ああ、よく眠っている」
「見知らぬ土地で、あっさり水を口にするとはな。こいつ等は警戒心が無さ過ぎるだろう」
「おかげで有用な連中を仕込むのも大変だ。だが、こう言うバカを処理するのは楽だな」
扉の軋む音。
何者かが部屋に侵入してきている。
だが俺は目を開ける事ができなかった。
頭が重く、侵入者がいるというのに、危機感がまったく沸いてこない。
乱暴に縛り上げられ、担ぎ上げられる感触。
そして部屋を出て……階段を降りている?
今度は重い扉の音が響き、顔に熱風が吹き付けられる。
そして響く――絶叫、悲鳴、怒号。
「な、なんだ!?」
ここに来て、俺はようやく目を開くことができた。
そこには……黄色い光を満たした巨大な炉と、そこに投げ込まれる子供達の姿があった。