第28話 新たな街へ
キフォンから逃亡――旅立って翌日。
「で、アキラが魔神ワラキアの正体だと?」
「おう」
色々と巻き込んでしまったので、カツヒトに俺の正体を明かす事にした。
こいつもキフォンを混乱に落としいれた犯人だから、もはや俺の事を口外したりはすまい。
そう判断しての事だったが……
「あの時、生贄の儀式で魔力炉を壊しちまってな。それが暴走してあの大爆発が起きたんだ」
これはシノブに話した作り話と同じものだ。
後々こいつ等が出会ったとしても齟齬は出ないようにしている。
そもそも、あの事件の生存者は俺一人なので、作り話の一つも作っておけば整合性もクソも無いんだけどな。
「俺が何かやれば、そういった大事件が起きる。キフォンでの出来事も、アロンの首都での出来事も……」
「そういえばアロンでも議事堂が破壊されたって言ってたな。あれは訓練の時の?」
「そう。だから責任はお前にもあるんだぞ」
「いや、それはどうなんだ……?」
無理やり訓練受けさせて起こった事件なんだから、管理責任としてカツヒトも同罪にすべきだろうと俺は思う。
カツヒトは納得いかない様な顔をしていたが、キフォンでの一件は反省する所があるらしく、渋々ながらも受け入れる事にしたらしい。
「確かに不可抗力と言う物があるのは確かだが……」
「それにトーラスでの事で俺を責めるは筋違いだぞ。どう考えても悪いのはトーラス王国側だ」
「それも理解している! だが、被害者の多さを考えると、どうにも――」
「じゃあなにか?俺が首でもくくればいいとでも言うのか?」
「そこまでは言ってない!」
声を荒げて否定してから、首を振って頭を冷やしたようだ。
シノブと言いこいつと言い、あの事件の事となると、俺の言い分を認めつつも微妙な顔をするよな。
「アキラはあの時前線にいなかったから知らないだろうが、本当に酷い状況だったんだ」
悪夢を思い出すかのような、湿っぽい口調。
「前線にとって、後方からの支援というのは命綱だ。それがいきなり絶たれて前線が孤立した」
「それはシノブからも聞いたな」
「シノブ……彼女か。二、三度、顔を合わせた事しかないが――とにかく、俺は前線の後ろ……つまり遊撃の位置にいたからこそ、その惨状をつぶさに目にしてしまったんだ」
補給の途切れた前線部隊は戦場で孤立、お互いの食料を奪い合う内乱にまで発展したらしい。
そこへアロンとファルネアの同盟軍が襲いかかり、疲労と飢えで力を発揮する事のできない転移者たちは次々と狩り殺されていった。
すんなり殺された男達はまだいい。慰み物にされた女たちは悲惨なものだったそうだ。
敗戦に次ぐ敗戦から一気に勝利へと転じた同盟軍の浮かれっぷりは凄まじく、更に戦乱の狂騒は周囲の村落にまで及んだ。
トーラスの領地、トーラスの国民、それだけで蹂躙の対象になっていったらしい。
「だから、あの事件で戦争が終わったのは喜ぶべき事だと理解はしている。アキラの話を聞いて、納得もした。でも微妙な感情はどうしようもないんだ。それだけはアキラも理解して欲しい」
「ふむ……」
戦時条約もないこの世界だ。
敗者に掛けられる情けなど、欠片もないだろう。
それを目の当たりにしてしまったからこそ、彼等当事者は微妙な表情を浮かべざるを得ない。
「まぁ、そこは判った。だけど俺を責めるのはよせ」
「そんなつもりはないよ。トーラスには俺達もいい感情は抱いてなかった。アキラが潰してくれたのは感謝するさ」
「なら、いい」
カツヒトはこの話はこれで終わろうとばかりに手を振って話題を変更して来た。
「それで、これからどうするんだ? アロンの首都に向かうのか?」
「お前、俺に捕まれってのかよ?」
「そういえば、アロンが後ろ盾になってアキラの賞金が復活したんだったな」
「アロンに行くのは却下だな。こうなったらファルネアに戻るか。と言う事はここでお別れだな」
アロンの首都に向かっているカツヒトとは方向が真逆だ。
こいつも俺の巻き添えを食らわせたので、俺の事を口外したりはしないだろう。ここで別れるのも選択肢としてはありだ。
「なぜだ? ここまで巻き込まれたんだ、この先もアキラと一緒に行くぞ」
「おい待て、理由も無しに男と旅するなんて御免だ」
「そっちこそ、いつの間にか俺が魔神の眷属って事になっているのはどういう事なんだ?」
蟲と炎の使い手、カーツ=ヒィト。それが魔神ワラキアの新たな眷属の名らしい。
どっから名前が漏れたのか、まったくもって謎だ。
「はぁ、まあいい。じゃあお前の槍な」
「うん?」
「それちょっと貸せ」
「嫌だ。また変な事する気だろう。薄いな本みたいに!」
「気持ち悪い事言うな!?」
これから先、俺と行動するのなら戦闘力は高い方がいい。
カツヒトの持つ槍は良品ではあるが名品ではない。
俺ならもちろんもっと強化できる訳だが、一般的な範囲としても更に強くする事ができる。
なのでその範囲内でできる限りの強化を施してやろうと思ったのだ。
ちなみにシノブほどの強化をしてやるつもりはない。
俺は男にはシビアなのだ。
「俺のメインスキルは【練成】だ。お前の槍をもっと強化してやるって言ってるの」
「こいつもそこそこの代物なんだけどなぁ」
「それだけじゃ物足りないからだよ。お前、今後は俺と一緒で『バレたら命が狙われる』存在になったんだぞ」
「う……そういえばそうか」
こいつの槍のスキルは一流ではあるが、超一流には及ばない。
武器も戦闘力も半端なのだ。能力値だけは超一流に匹敵するけど。
せめて武器くらいは抜けた物を持っていて欲しい。
「しかし、そんな時間はあるのか?」
「別に先を急ぐ旅じゃないし半日程度どこかにしけこんでも問題あるまい。それに俺も武器は用意したいしな」
鍬+50は確かに強力な武器だが、その高い精錬値ゆえにおいそれと人目に晒す訳にはいかない。
かといって素手で戦うには、俺のスペックが高すぎる。
もちろんこれは強化値を下げれば良いだけの話なのだが、そんなコワイ事はできればしたくない。
そこで考えたのが、攻撃力の上限が決まった武器を装備することだ。
候補に上がったのが――弓だ。
弓の攻撃力と言うものは、弓本体の張力に因る所が大きい。
つまり、俺がどれだけ豪腕で弓を引いたとしても、その破壊力の上限は弓の反発力までしか出ないのだ。
むしろ限界を超えた力で引けば、弓が壊れる。
もちろん使いこなすには熟練を要する武器ではあるが……そこはそれ、俺の器用度も強化によって爆上げされている。
つまり命中させるだけなら、問題なく使いこなせるはずなのだ。
これは前線をこなすカツヒトとのバランスを考えても、悪くない選択肢に思えた。
前でカツヒトが敵を押さえ、俺は後ろで弓を撃つ。
パーティとして機能しつつ、地味で目立たない立ち位置を確立できる。
「なるほど。悪くないな……なら少し北に寄る事になるが、そこにキフォンより少し小さな街があったはずだ。そこで調達しよう」
「おう、じゃあ北回りで西に戻るとするか」
こうして俺たちは新たな街に向かったのである。
カツヒトの名前が漏れた理由もいずれ説明を入れますので、しばらくお待ちを。