第27話 スタコラサッサッサのサ
キフォンの街へ凱旋して見ると、街はタイヘンな事になっていた。
森に近い側の街壁はなぜか粉々に粉砕され、隣接する民家にまで被害が出ている。
さらに森の火事の火の粉が、風に乗って街中まで飛来し、あちこちで火の手が上がっていた。
トドメは火事で森の獣達が暴走し、ゴブリン達も逃げ出し、火の少ない方向――すなわち街へ殺到して、守備兵と戦闘が起こっているのである。
幸い死者は出ていないようだが、キフォンの受ける損害は天文学的な数値になるだろう。
少なくとも個人で賠償できる額では収まるまい。
「よし、カツヒト――」
「タイヘンだ、早く救援に向かわないと!?」
「おい、カツヒト!」
「なんだ、この忙しい時に!」
人命救助に駆けつけようとするカツヒトの肩を押さえ、俺は今後の方針を告げる。
ここで真っ先に人助けに向かおうとする彼の性向は好ましい物ではあるが、ここで足止めを喰らう訳にはいかない。
「いいか、俺は組合に行ってこの蜂蜜を提出してくる。ゴブリン退治はこの状況だ……キャンセルしても、問題はあるまい」
「そりゃそうだろうけど、今はそれ所じゃ――」
「お前は一足先に宿に戻って、荷物を纏めておいてくれ」
「なっ、お前――まさか逃げる気か!?」
当然である。
この状況を作ったのは俺で、拡大させたのはカツヒトである。
この場に留まって、もしバレたらそれこそ大変な事になってしまう。
その前に逃亡をかますのが、もっとも正しい判断だろう。
「当たり前だ。確かに人助けは重要だが――いいか? 俺たちはしょせん部外者だ」
本当は部外者どころか、事態の基点に位置するものだが、ここは気にしないでおこう。
いくら俺が金を合成できるからといって、それを人前で晒す訳にはいかない。
人間、金が絡むとどんな残酷な事でもできるモノだ。
「この地にはこの地の流儀がある。そこへ俺達のような部外者が紛れ込むと、余計な手間を掛ける事に繋がる」
「それは……確かに、そういう事もあるかも知れないが――」
「それともお前……ここに留まって賠償金払いたいか? どれくらいの額になるだろうな?」
「ぐっ!?」
もちろんカツヒトだって、当面生活する程度の額は持ち合わせている。
今回仕事を受けたのは、あくまで俺とカツヒトの顔を売るのが目的だ。
だが、さすがにこの惨事の賠償を賄えるほどの額は、持ち合わせていない。
「人には、どうにもならない時が……確かにある。それが、今だ」
「そう、かな?」
「そうだ。それにな、俺たちは逃げるんじゃない。新たな世界に――旅立つんだ」
「お、おう……そうか?」
今だ疑問符を浮かべてはいるが、俺の主張を受け入れてはくれた。
そういう訳で、カツヒトは不安定な足取りながらも宿に向かったのである。
その後ろ姿を見送ってから、俺も冒険者ギルドへ向かう事にした。いつもよりしっかりと、マフラーで口元を覆いつつ、だ。
冒険者ギルドは、想定以上の賑わいを見せていた。
それはこの街の混乱に起因する物らしい。
消火のための人員募集、猛獣退治やゴブリンに対応するための護衛募集、この混乱ではぐれた家族を探して欲しいという、捜索依頼。
様々な仕事がここに流れ込み、それを求めて冒険者が集まっている。
俺はごった返す人の群れを掻き分け、カウンターで蜂蜜を提出して報酬を受け取った。
蜂蜜はここに来る前に【アイテムボックス】から取り出しておく。
転移者以外でも使える事は使えるのだが、この能力を持つものはあまり多くない。変に目を付けられるのだけは勘弁だ。
「それで、蜂蜜はこれで良いとして、ゴブリン討伐の方はこの状況だからキャンセルしたいんだが……」
「確かにこの森林火災では討伐は不可能ですね。街に逃げ込んできている個体も存在しますし」
「非常時だから、キャンセル料とかは――?」
「はい、この非常時ですから発生しません。御安心ください」
「そりゃ良かった」
「報酬をお支払いいたしますので、少々お待ちいただけますか?」
「オッケー、待ってるよ」
手持ち無沙汰になった俺は、改めて周囲を見渡す事にした。
次々と張り出される依頼票。それに群がる冒険者達。
いつもの数倍も活気に満ちたロビー。
そこで一人……いや、一パーティだけ大きな声を張り上げて、仕事とは関係の無い主張をする者達がいた。
「本当よ! 私は見たの、全身が蟲でできたバケモノの姿を!」
「本当だ、そいつは蟲を雲のように纏い、朧な人型の姿を取って俺達に襲いかかってきたんだ!」
見た事のある連中だった。
というか、さっき森の中でゴブリンに襲われていた連中だった。
「そいつは蟲をブレスのように吹き付けて攻撃してきたんだ。運よく俺達には当たらなかったが、直撃を受けたゴブリンの頭蓋が粉々になったんだ」
「見て、これよ! この返り血、その時に浴びたゴブリンの血なの!」
「あの威力……あれは新種のモンスターなんて範疇で収めていいモノじゃない。おそらくは上位の――」
「ひょっとしたら……魔神ワラキアの眷属かも知れない」
「魔神だと!?」
おい待て。俺に眷属なんていないぞ。
というか、俺がワラキアって事は知られてないはずなんだが……?
「そういえば、この間の首都砲撃事件もワラキアの仕業だって……」
「あれって確か西の方の草原だよな?」
「ここから徒歩で数日の距離だ。今は調査隊が向かっているはずだが――」
「この街にやってきたってのかよ、魔神ワラキアが!?」
あのアマ、せっかく助けてやったってのに、人に罪を着せ――いや、間違いなく俺のせいだけど――とにかく、俺のせいにするなよな!
これだから異世界人は信用できん。
しかもそれを聞いて、何人かがギルドから駆け出して行きやがった。
これは噂が広がるのも時間の問題か……?
思わずフード付きマントのフードを目深にかぶって顔を隠す。
「お待たせしました――どうしました? フードをそんなに深くかぶって?」
「いや、別に……それより報酬を早く」
「ああ、すみません。こちらが蜂蜜採取の報酬になります。純度が高かったので、少し高めに査定しておきました」
「そりゃありがたい。感謝するよ」
「どういたしまして」
にっこりと魅惑的な笑顔を浮かべる受付嬢。
ああ、こんな騒ぎなんてなければ、常連になったのにな……
「それじゃ俺はこれで。また頼むよ」
「はい! またのお越しをお待ちしておりますっ」
しばらく来る事はないと思うけどね。逃げ出すから。
こうして俺とカツヒトはコソコソとキフォンの街から逃亡したのである。