第25話 ある日、森の中――
無駄に時間を食ってしまったが、俺とカツヒトの顔を売ると言う目的は一応達成する事ができたか。
後は依頼達成してギルドにも『カツヒトの相棒としての俺』を売り込んでおけば、コイツも余計な事は言えなくなるだろう。
「それで、何の依頼を受けたんだ?」
街を出て、隣接する森林地帯へ足を向けながら、俺は詳細について説明を求めた。
とりあえず今の所、カツヒトに付いて行く事しかできない。
「うん、この先の森にゴブリンが住み着いているらしくて、その討伐」
「そりゃ大変だ」
ゴブリンというのは子供くらいの背丈の亜人種だ。
ただしその筋力は大人のそれを遥かに超える。一般人では討伐するのは少し難しいだろう。
更に繁殖力も旺盛で、一匹見かけたら十匹は居る程に増える。
この世界のGと言えば、ゴキではなくゴブリンを指すほどに嫌われている生物だ。
「確認されているだけで30匹ほど」
「おいィ!?」
多いわ! なんでそこまで放置してたし!
「つーか、それを俺達2人で引き受けるのか?」
「余裕だろう?」
「……そりゃ、まぁな」
ゴブリン程度の攻撃ならば、傷一つ負わない。
罠を仕掛けてくる知性も無い。
俺が怪我する要素はまったく無い。カツヒトは知らんけど。
「それとジャイアントビーの蜂蜜採取も」
「こらこら!?」
ジャイアントビーというのは、体長20cmほどの大型のミツバチである。
日本のミツバチは一度針を刺すと死んでしまうのだが――確か針が神経に直結してるんだっけ? だが、この世界のミツバチは何度でも刺せる。
しかもデカイし群れる。
なので下手に襲われると、命の危険のある害虫として見做されている。
だがその蜂蜜は濃厚にして芳醇。
究極の嗜好品の一つとして名が挙がるほど、美味なのだ。
「確かにそりゃ儲かりそうな依頼だけど、アレの相手はヤバイだろ」
「俺の風魔法で動きを固めてしまえば大丈夫さ!」
「俺はどうすんだよ」
「逃げろ」
「っざけんな!」
まぁ俺だって4、5cmの針ブッ刺された程度ではダメージを負ったりしないけどな。
皮膚すら貫けないだろう。
「で、だ。この先の森にジャイアントビーの巣とゴブリンの集落があるのは判っているんだけど、結構広いだろ?」
「そうだな」
「二手に別れて見ないか?」
「うん?」
確かにこの先の森は結構広い。
二人一緒に行動して巣を探し、集落を探すとなると結構な時間が掛かるはずだ。
だが二人が別行動して探すのならば、捜索範囲は単純計算で2倍だ。
「俺がジャイアントビーの巣を探す。アキラはゴブリンの集落を頼めるか?」
「判った」
俺のパラメータについてはカツヒトも周知している。
その補正値が(+99)である事もだ。ただしカツヒトはこれを加算値として認識しているが。
ともかく、この能力ならばゴブリン30匹程度、訳無く捌けると信頼しての発言だろう。
「だけどお前、忘れて無いか?」
「ん?」
「俺は一度【過剰暴走】すると、一ヶ月は身動き取れなくなるぞ」
「あー、まぁなんとか、なる……んじゃないかな?」
「忘れてやがったな……」
実際のところは『そういう設定』なだけなので、俺としては問題ないのだが。
それに、話題の種は撒いておいた方が、名を売るのは楽になるか。
一日でゴブリン30匹を倒し、ジャイアントビーの巣を持ち帰った冒険者カツヒトとその相棒って知れ渡るのは悪くない。
「じゃあ、俺はこっから森の北側を探して見るわ。お前南な」
「了解した。見つからなくても夕方には集合しよう。あの山に日が掛かったらキフォンの南門で」
「おう」
それにコイツの目が無い方が俺も全力で戦えるって物だ。
こうして俺たちは別行動を取る事にしたのだった。
ゴブリンの巣を探し、彷徨う事、2時間が経過した。
未だ集落は見つからない。
「ひょっとして南側にあるのかな?」
すでに昼時を回り、少々空腹になってきた。
朝出発する時に貰ってきたサンドイッチを口に運びながら、ダラダラと歩を進める。
「あー、いっそ森ごと焼き払いてぇ」
対峙したら問答無用で敵を蹂躙する俺の力も、こういう捜索というのには役に立たない。
足で地道に捜索するしか無いのだ。
「あ゛ー、めんどくせー」
思わず天を仰いで嘆息した、その時。
足元でぶにゅりと言う感触がした。
「お?」
恐る恐る足元に視線を落とす。
一瞬何かの糞でも踏みつけたかと思ったが、そこにあったのは折れた地面に落ちた枝と、そこにぶら下がっていたらしい水風船のような物体。おそらくはこれがジャイアントビーの巣だ。
内部にたっぷりと液体を内包した1mを軽く超えるそれは、まるで水袋のようにだらしなく地面に広がっていた。
そして踏みつけたそばから顔を出す、20cm程度の蜂の姿。
「しまった、こっちが先に見つかったか……」
一瞬にして大量のジャイアントビーが這い出してきて、外敵――つまり巣を踏みつけた俺――に殺到してきたのだった。
「うおおおぉぉぉぉおおおおおおおお!?」
瞬く間に体中を蜂に覆われ、ちくちくとした感触が全身に走る。
どうやら必死に針を付き刺してきているらしい。もちろん俺にダメージは存在しない。
「痛くないけど気持ち悪い!」
目の前を真っ黒に染めるほどに湧き出たジャイアントビーの大群。
それが全身を這い回る感触というのは、非常に気色悪い。
虫というのは至近距離で見る物ではない。好きな人には申し訳無いが、少なくとも俺の趣味には合わない。
集った蜂を追い払うべく、ブンブンと腕を振り回す。
その勢いに周囲の風が真空波を発し、四方八方に飛び散るが、効果は薄い。
群体相手にパンチというのは相性が悪いようだ。
俺に攻撃系の魔法は存在しないので、こういう状況で敵を一網打尽にする手段が思い浮かばない。
いや、ない事は無いけど……
脳裏に一年前の惨劇がよぎる。
核崩壊すら引き起こした全力強化パンチなら、こいつ等を吹き飛ばす事が可能だろう。
周囲の森と、キフォンの街ごと。
「ダメじゃん……」
そもそも、あの時と今では強化レベルが違う。
あの時は、強化も全力で掛けていたので、ああいう現象が起きたのだ。
状況の落ち着いた今、俺の強化値は控えめに設定してある。
もう一度あの現象を起こそうと思ったら、一度強化しなおす必要があるのだ。
どうしたものかと思考の袋小路に嵌りかけたその時、遠くで女の悲鳴が響き渡ったのだった。