第20話 検問
キフォンの街は元トーラス王国中央に近い、そこそこ大きな街だ。
ただし、今はアロン共和国の勢力範囲化にあり、前線へ兵力を運ぶ中継点として栄えているらしい。
そう言う重要拠点だけあって、街の出入りは厳しくチェックされる事になる。
それこそ、【識別】の水晶球を使うほど厳密に、だ。
「おい、ちゃんとトーラスの紋章は隠しておけよ?」
「任せたまえ。俺もそこまで愚かでは無い」
「ホントかなぁ……」
「アキラこそ、もう動けるのか?」
「ああ、身体は少し重いけどな」
というか、まったく問題は無い。顔面改造を始め、すでに【練成】で修正済みである。
今なら【識別】を受けても誤魔化せる自信があるのだ。
カツヒトと二人でコソコソ内緒話をしているうちに、俺達が検問を受ける番がきた。
馬車に乗っている連中が順番に水晶球に触れては、馬車に戻っていく。
「次、残っているのはそこの男達だな」
「あ、はい」
いつの間にやら、残っているのは俺達二人。
先にカツヒトが水晶に触れ、【識別】を受ける。顕れたカツヒトのステータスを見て、門番が驚きの表情を浮かべた。
「驚いたな、凄まじい能力じゃないか」
「これでも騎士だからね。腕には自信がある」
「ほう、騎士と。どこの所属かお聞きしても?」
「い、今は遊歴の身。仕える主は持っておりませぬ」
カツヒトは汗を流しながら、言い訳を垂れ流す。
遊歴とは、主人を持たず、各地を放浪して腕を磨く騎士の事だ。いわゆる武者修行の貴族と看做される事が多い。
こいつは貴族じゃないが、それなりに仕立のいい服を着ているので、そう見えなくも無い。
背負った槍もそこそこの名品なだけに、説得力がある。
もっとも、そういう騎士はスパイの役目を背負う事も多いので、警戒はされるだろう。
「なるほど、ではその気になりましたら、キフォン領主様をよろしく」
「心に留めておこう」
疑うべき所が見つからなかったのか、兵士はお約束な返答だけを返し、反応を探る。
それに対し、貴族らしく、慇懃な態度で頷いてみせるカツヒト。
カツヒトの疑惑をとりあえず保留にしたのか、続いて門番は俺の前にも水晶球を持ってきた。
「従者の方も、【識別】を受けていただきます。申し訳ありませんが、これも職務ですので」
「あ、ああ」
俺は別にカツヒトの従者ではないが、ここはそう勘違いさせておいた方が面倒が無い。
言葉少なく頷くだけに留めて、水晶球に触れる。
そこに顕れた数値を見て、門番は今度は首を傾げて見せた。
「能力の後ろに補正値がある? このような表示は始めてみるが……」
俺の強化値の表示を見て、兵士は首を傾げて見せた。
ここは畳み掛けるように説明して、事をうやむやにするに限る。
「これは俺――私のスキル【過剰暴走】の効果です。月に一度しか使えませんが、スキルを使用すれば、この分だけ加算されるのです」
「ほう、それはなかなか良い切り札ですな」
もちろんこれは嘘で、正確には加算ではなく、強化値である。
表示されている筋力10(+99)という数値は、109ではなく1.1倍を99回重ねて12万5278になっているのだ。
これはカツヒトを遥かに超え、人外レベルの能力である。
これだけあれば、そこらのゴロツキでは傷一つ負う事無く勝てるだろう。
この世界最強の剣『燭天使の剣+30』の攻撃力が4467であることを考えれば、どれほど規格外か判る。
「それにしては従者殿は体が重そうですな」
そりゃ、リディアちゃんには俺が動きが取れない演技を見せておかないといけないからな。
体の重そうな演技をしておく必要があるのだ。
「スキルの反動で身体を傷めまして。街道沿いに盗賊が出たのですよ」
「なんと!? すぐさま討伐隊を送りましょう。どの辺りです?」
「いや、騎士カツヒトと私で撃退致しましたので、ご心配なく」
「お二人でですか。盗賊はもしや少数で?」
門番は俺の答えに首を傾げてみせる。
馬車には結構な人数が乗っている。2人で撃退できる人数では少数が限度と思ったのだろう。
「いや、10人以上はいたな。ここから5日ほど先に放置してある」
「10人を2人で! さすがは腕自慢の騎士様だ」
「さすがに処理まではする余裕がなかったので、道端に放置したままだ。できれば人を派遣して、きちんと埋葬してもらえるとありがたい」
これは別に人道的観点から言っている訳ではない。
この世界では、死体を放置するとアンデッド化して人を襲う可能性があるからだ。
「承りました。至急人を手配致しましょう」
門番は一礼して、他の兵士に連絡を告げていく。
「皆さんの検閲は終了しました。問題ありませんので入街していただいて結構です。お手数をお掛けしました」
乗客に慇懃に一礼してから、カツヒトに向き直る。
「騎士様はよろしかったら連絡先を教えていただけませんか? ひょっとしたら討伐報酬が出るかも知れませんので」
「ああ、そういう物もあったか」
通常街道沿いに出没する盗賊は、街にとっても害悪にしかならない。
そこで往来を阻害する盗賊には討伐報酬を掛けられる事が少なくない。
これを狙って盗賊を狩る『冒険者達』も存在するくらいには、割がいいのだ。
「俺はまだこの街に付いての知識が無くてな。お勧めの宿など、教えてくれないか?」
「それでしたら、南通りの3つ目の角を曲がった所にある白樺亭がお勧めですよ」
「では、そこに逗留する事にしよう」
どうも信頼していいか悩んでしまうのは、人間不信が過ぎるのだろうか?
この世界で真っ先に裏切られた記憶があるので、どうにも疑り深くなっている。
門番はカツヒトの力を知っているので、騙すと言う事は無いだろうと考え直す。
「そっか、じゃあ俺もそこに泊まるかな」
「アキラなら大歓迎だ」
「歓迎って……別にお前の宿じゃないだろ」
調子を合わせてくるカツヒトにツッコミを入れてから、俺達は街の中に入ったのである。
それでは帰省しますので、10日ほど反応できなくなります。
感想返し、誤字指摘など遅れる事になりますが、ご了承ください。