第2話 異世界転移
この作品は集団転移物でも、復讐物でもありませんので、御注意ください。
自分の周辺に、さわさわとしたざわめきを感じる。
そばで多くの人が戸惑う気配を感じる。
その騒ぎに導かれるように、俺はゆっくりと目を覚ました。
まず真っ先に目に入ったのが、木の枝の隙間から差し込む日の光。
そして周囲を囲む背の高い木々。
どうやらここは屋外のようだ。
「って、屋外!?」
ガバッと体を起こし、首を巡らせる。
深い森の中で、ぽつんと拓かれた空き地。
そんな印象の場所に、俺達で放り出されていた。
「おじさん、目が覚めた?」
その俺の背後から、子供のような甲高い声が掛けられる。
いや、実際子供なのだろう。振り返ると中学生くらいの少女が、心配そうにこちらを見ていた。
「あ、ああ。それよりここは? 俺は確か、電車に乗っていて――」
正直まだ二十二なので、おじさんはやめてほしい。だが、今はそれ以上に考えなければならない事がある。
そうだ、俺は朝、電車に乗っていた。
早朝のラッシュの中、先頭車両に押し込まれ、流れる景色を見ながら――
「景色を見ながら……いや、そうだ……確か車両が脱線して……」
「脱線? わたしはバスに乗ってたはずなんだけど」
「おう、オレもオレも」
そこに割りこんできた、少女と同じくらいの年の少年。
短い髪に日焼けした肌が、まさしくやんちゃ坊主と言う雰囲気だ。
よく見ると周囲の人間は大半が中高生だ。数名、社会人風のスーツを来た人間も混ざっているが、総じて若い。
とにかく状況を理解しようと、立ち上がろうとした時、よく通る声がその場に響き渡った。
「よくおいでくださった、異界の方々」
そこへ響く、重く威厳のある声。
だが姿が見当たらない。
「現在の状況に混乱しているのは判ります。ですが、まずはこちらの誘導に従っていただけるとありがたい」
「おい、どこだよ! 姿を現せよ!」
一行に姿を見せぬ声の主に、大声を張り上げる少年。
怖いもの知らずとはよく言ったものだ。
「その場に留まると危険があるやも知れませぬ。一刻も早く移動していただきたい。まずは――」
こちらの誰何の声にはまったく答えず、淡々と話を進める。
確かにここは見るからに森の中だ。このまま居座れば野犬とかに襲われるかもしれない。
誰もがその危険に思い至ったのか、仕方なく声の誘導に従い移動を開始する。
しばらく歩いていると、そこかしこで疑問の声が上がりだした。
曰く――
ここはどこか?
先ほどの声は誰か?
この先は安全なのか?
そして、体の違和感は何か……?
「軽い?」
「ああ、妙に体が軽くて、こんな森の中なのに疲れないんだよね。オッサンはどう?」
「オッサンいうな、まだ二十二だ。でも、多少はそんな感じはするけど、俺はそこまで異常とは思わないな」
「ふぅん、老けて見えんな。歳の差かな?」
「ナマイキなガキだな」
頭に軽くゲンコツを落としてやろうと思ったが、素早く避けられた。
いや、さっきのは素早いとかそういう次元の問題じゃない?
残像が見えたぞ、さっき。
「お前、えらく素早いな」
「うん、自分でもびっくりした」
自分の体を見下ろし、呆然としている少年。
それでも歩みを止めないのは、現状への不安からだろう。
そうして一時間も歩いた頃だろうか。
ようやく、森の木々が消え、目の前には中世の軍勢のごとき人の群れが現れたのだ。
軍勢の中から一人の男が進み出てくる。
鎧を着込んだ見るからに兵士な群れの中で、まるでローマ時代の貴族のような衣装を着たその男は、異様な存在感を発している。
「ようこそ、異界の方々。我がトーラス王国へ」
「異界? トーラス、王国?」
こちらの疑問に男は慣れた調子で説明を続けた。
ここは日本でも外国でもなく、異世界である事。
俺達は事故によりここに飛ばされた事。
先ほどから俺達を誘導した『声』は、彼の魔術である事。
彼等がそれを感知し、一刻も早く保護すべく動いてくれた事など。
「とにかく、ここでは落ち着いて話も出来ますまい。この先に私の屋敷がございます。そちらで御寛ぎください」
「すみません、何から何まで」
別のスーツ姿の男は、そう答えてぺこぺこ頭を下げているが……いくらなんでもあの男は怪しすぎだろう。
俺は異世界と言うのにも、納得できないでいる。
逆に子供達の方が俺より順応してるくらいだ。
「……いや、馴染みすぎだろ」
用意された馬車に乗り込んで、呆れたようにぼやく。
俺達はそのまま乗り心地の悪い馬車で、砦のような建物へ運ばれて行った。
砦のホールに集められた俺達は、再び男の前に集められた。
「申し訳ありませんが、部屋に案内する前にこちらの水晶に触れていただけますか?」
「これはなんですか?」
神官風の衣装を着た男が両手で恭しく運んで来たのは、赤ん坊の頭ほども有る大きな水晶球だった。
「これは皆さんの能力を映し出すことの出来る魔道具です。申し訳ありませんが皆さんがこちらに転移した際、異常な力を感知しました」
そう言って男の説明を聞くと、俺達がこの世界に来た際に、反動で数百人と言う人間が命を落としたらしい。
それはまるで『魔王降臨』の前触れのようだったと言うので、念には念を入れて調べておくとの事だった。
こうして、俺達は彼の『審査』を受ける事になったのだ。