第19話 肉体改造
「お前、絶対おかしいし」
「いや、まぐれだって、まぐれ。てか、お前、口調変わってるじゃねぇか?」
「これが素だよ! つか、そんなまぐれねーし!」
夜営のキャンプ地に戻りながら、俺とカツヒトはお互いに突っ込みを入れ合う。
俺の放った槍の一撃で、大地は割れ、草原にはまるでクレバスのような割れ目が刻まれてしまった。
「しかしやべーな。このまま帰ったら何を言われるか……」
「自業自得だな」
「オイ、頼むから口裏合わせてくれないか?」
「なんでそんな事を――?」
とは言え、せっかくこいつは俺のチートの事を知らないのだ。わざわざ理由を述べて、揉め事を呼び込む必要はないか。
しかしさっきの現象を、どう説明すればいいのか?
「うーん、実は俺には危険なスキルがあってだな……」
「ほう?」
俺達にとってスキルとは切り札であり、最大の興味でもある。
逆に言えば、【識別】を持っていない相手には、不可解な現象をこのスキルのせいにしてしまえば、大抵は納得させられる。
幸いにして、コイツには【識別】のスキルは無い。ならば嘘八百で誤魔化すことも可能だ。
「うっかり発動しちまったが、一ヶ月に一回だけすげー威力の攻撃ができるんだ」
「ほう、それは凄まじいな」
「だがこれを使うと、一週間俺は身動きが取れなくなるのだ」
「な、なに!?」
もちろん嘘。何もクソも、今平然と歩いているじゃないか。
「今は無事に動いているが、明日の朝にはまともに動けなくなるだろう。その間俺は無防備になる」
「ふむふむ」
「だからこのスキルを使用した事は内密にしておきたい」
「なるほど!」
これで一週間は猶予ができる。
その間にゆっくり力加減を勉強して行こう。
今の俺が本気で能力を強化すれば、マジで星が割れる。
俺が攻撃を意識して効率的に動けば、ちょっと素振りしただけでもさっきのような現象が普通に起きてしまうのだ。
一般生活を送る上ではなんの問題ないが、攻撃を意識した途端、強化の効果が牙を剥く。
なので俺は鍬を使う。
攻撃ではなく耕作や畑仕事の延長だという風に意識を向けるために。
それですら、鍬の先が音速を突破しかけるのだが、これはまだマシな結果である。
アンサラ山で盗賊に石を投げつけた時だって、道端の石ころを退ける感じで投げたから、あれで済んだ。
問題はその出力は、入念な『調整』の結果でもあると言う事だ。
俺はあの事件の後、一ヶ月程度の入院期間を設計に当てて、詳細に調整した。
苦痛と混乱の最中に【練成】した身体なんて、不安定もいい所だったのだ。
もしあの身体のまま生活していたら、ちょっとした事で世界崩壊とかも充分ありえた。
拳で周辺物質を原子ごと叩き壊すとか、危なっかしくていけない。
以来、俺は自身の『設計』は入念に済ませるクセを付けたのだった。
「すまないが街までは俺は身動き取れん。お前一人に護衛を任せる事になるが……」
「任せろ。そういう事なら力になろう」
「それは助かる。街に着いたら、適当な宿に放り込んでおいてくれ」
「おう、食事の世話は必要ないか?」
「それくらいは動けるさ」
こう言っておけば、街までの一週間俺は敵が出てきても動く必要がない。
今はカツヒトがいるので、無理に俺が出る必要も無いのだ。
下手に動いて、また地面を割ったりしたら、今度こそ言い逃れができないかもしれない。
「それで君は――そうだ、まだ名前を聞いていないな」
「ああ、俺は割木明だ」
「そうか。俺は――」
「知ってる、須郷克一だろ。あれだけ派手に名乗りを上げたんだ。嫌でも耳に入るさ」
「お、おう」
こうして俺は残りの旅程を寝て過ごす口実を手に入れたのだ。
旅の同行者には、俺のスキルは【過剰暴走】という事にしておいた。
瞬間的に身体能力を強化する能力で盗賊を追い払った。そういう事にして、反動で俺は動けなくなったと言う言い訳を取り付けたのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「リディアちゃんだっけ? 体が重くなっただけだから、何も問題はないよ」
孫のリディアちゃんだけは俺を気遣って、あれこれと世話を焼いてくれる。
カツヒトもそれなりに気を使ってくれているようだが……男の世話というのは気持ち悪い上に、大雑把で困る。
「おい、体を拭いてやる」
「いらん。二、三日風呂に入らなくても死にはしない」
「遠慮するな、男同士だろ」
「男同士だからキモいんだよ! しかもなんだ、その手に持ったタワシは!」
「これか? 馬の体を洗うための物らしいが――」
「ヤメロ、俺の肌はデリケートなんだ」
とまぁ、こんな具合に雑な世話を焼こうとするのだ。
もちろんタワシ程度では傷一つ付かないが、感触が気持ち悪い事には違いない。
余計なお節介を掛けてくる奴もいるが、とにもかくにも俺は寛ぎの時間を手に入れたのだ。
トーラス滅亡の時に比べ、今の俺のは能力を控えめに設定してある。
それでも一般人とは比べものにならないほど強力なのだが、正直これ以上能力を下げるのは怖い。
それほどまでに、あの事件はトラウマになったのだ。
ただ、この一週間で何もしないという訳には行かない。
今後、大きな街に行くかもしれないのに、マフラーや仮面で顔を隠すのは、さすがに問題が出る。
そこでこの一週間で、少しずつ顔に【練成】で干渉し、変装する事にした。
今のままでは、俺は一生顔を隠して生きなければならない。
親から貰った顔に愛着はあるが、ここは涙を飲んで修正するとしよう。
ただし、カツヒトをはじめ、一定数の人には見られているので、大きな変更はできない。
これは少しずつ、日ごと顔面に【練成】をかけて、違和感なく変更していく必要がある。
こうして一週間掛けて、俺は別人へと変化していった。
そのステータスは、こうだ。
◇◆◇◆◇
名前:割木明 種族:人間 性別:男
年齢:22歳 職業:農民Lv1
筋力 10 (+99)
敏捷 15 (+99)
器用 15 (+99)
生命 30 (+99)
魔力 10 (+99)
知力 20 (+99)
精神 10 (+99)
スキル:
【アイテムボックス】
【言語理解】
【識別】
【過剰暴走】 Lv1
◇◆◇◆◇
表示のバグった【△■練成】と職業レベルを隠蔽し、【過剰暴走】と言うスキルを引っ付けておいた。
もちろん俺にそんなスキルは存在しない。言うなれば、これはダミースキルである。
万が一、力が必要な時は、このスキルを言い訳にして力を発揮すればいいのだ。
とにかく、【練成】能力に、ここまでの能力があるとは思わなかった。
武器や防具の性能を上げるだけでなく、機能や構造にまで干渉してしまったのだ。
予想以上の壊れスキルを貰ったのかもしれない。
顔は大きくは変えられなかったが、比較的すっきりとした顔立ちになり、別人と言い張れば納得してしまえる程度には変わった。
他にも身体のあちこちを設計しなおし、少々趣味に走った構造も採用している。
――おっきいのってロマンだよな。
そうしてようやく一段落付いた頃、目的の街キフォンに到着したのだった。




