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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第18章 ファルネア帝国編
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第177話 湖の謎

  ◇◆◇◆◇



 ()()はただ、命じられたことを実行しているだけだった。

 単に『行け』といわれ、その言葉通り歩を進めた。

 途中にある『巨大な穴』に足を取られても、その先に巨大な湖が存在したとしても、その歩みを止めない。

 水深は深く、水圧が()()に容赦なく襲い掛かっても、注ぎ込まれた膨大な魔力が身体を補強し、弾き返す。

 本来なら水に侵食され、崩れてもおかしくないはずの土の巨人は、黙々と歩みを続けていた。


 やがて湖の底を横断し、反対側――つまり北東部に上陸する。

 無論、そんな巨人が現れたとあっては、騒ぎにならないはずがない。

 しかし百メートルを軽く超える巨人を相手に、彼らが取れる手段は少ない。

 弓矢や投げ槍はあっさりと弾き返され、魔法も表面をわずかに削るのが精いっぱい。

 森に住むエルフたちが爆発する投擲武器を持ち出したが、これも大きな効果を発揮することはできず、早々に撤退した。


 先日、広範囲に及ぶ地盤沈下で、アロケンの街を失ったばかりの人々は絶望した。

 もはや人に対抗する手段はない。あれほどの巨人相手では、たとえ魔王の名を関する者たちでも、有効な手が打てたかどうか……

 しかしそこに新たな希望が姿を現した。


 巨大な像に対してあまりにも小さな希望。それは一匹カナブンの姿をしていた。


 この地において、ただ本能のままに生きることに疑問を持った()は、自らの縄張りに混乱をもたらした巨人に、大きな憤りを覚えていた。

 その怒りに任せて無謀ともいえる体当たりを敢行するカナブン。しかし、巨人はびくともせず、それを跳ね返す。

 とはいえ、その巨躯に刻まれた傷痕は、他の人々の攻撃のそれを大きく上回っており、カナブンの攻撃が有効であることを証明していた。


 ここにきて、巨人は初めて障害となる存在を認識した。

 巨大な腕を振り回し、足を踏みしめ、纏わりつくカナブンを撃退しようとする。

 だがカナブンもその敏捷性を活かし、掠りもさせず避け続け、反撃を続けた。

 巨人はアロケンの街があった場所の手前で立ち往生し、長きにわたって戦い続けることとなった。


 その戦いは一か月の長きにわたって続き、やがて決着がつく。

 ただ命じられ、進むことだけを目的とし、障害を排除するために動く巨人と、自我を持ち、学習することを会得したカナブン。

 生み出した存在は同じワラキアでも、彼らの成長力に大きな差があったのだ。


 やがてカナブンは右足にのみ攻撃を集中し始め、その足をへし折ることに成功する。

 動きを封じられた巨人はその後、なす術もなく攻撃を受け続け、やがて粉々に砕かれてしまった。


 こうして再び民衆を守り抜いたカナブンは、北の守護神の名を確固たるものにしたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 皇帝との謁見を終えた俺は、ようやくシノブたちの元に戻れることになった。

 反抗勢力を失ったファルネア帝国は、今後緩やかに融和路線へと変更していくだろう。

 そして西側のアロン共和国にも動きがあり、和平へと動いている。これに関してはカツヒトグッジョブとしか言いようがない。

 おかげで期せずして東西の和平交渉が同時に進行することになり、勇者という戦力を隔離し、本来あるべき国の状態に戻すことで安寧を取り戻すという目論見に大きく近づいた。


「ファルネアが私を手放すということになれば、アロンも渋々ながら同意するだろう」


 俺を見送るために街門まで出てきたシュルジーが、いつものしかめっ面でそう口にした。


「そうか? ウェイルを切り離すのが最後のヤマだと、俺は思ってるんだけどな」

「引き留めるデメリットの方が大きいだろう。なにせ、そうなった場合は南部の抵抗勢力だけでなく、ワラキアまで敵に回るのだから。そしてその時は俺も駆り出されるだろう」

「多分そうなるだろうな。なるほど、シュルジーと俺の組み合わせか。確かに敵に回したくない」

「それだけではない。カツヒトといったか? 今や南部の英雄になったお前の仲間も、参戦してくるだろう。そうなればアロンに勝ち目などあろうはずがない」

「そうだな、対するアロン共和国はウェイル一人。数では圧倒的に不利になる」

「ましてやお前は神出鬼没。私がウェイルを引き付けている間に、首都クラウベルを落としてしまえば、あっという間だ」

「完全に詰んでるじゃねぇか」

「いっそ、このまま協力してアロンを滅ぼすのも有りだぞ?」


 ニヤリと悪戯っぽく笑うシュルジーに、俺は虚を突かれた。

 この男がそのような提案をすること自体、想定していなかった。もちろん本気で言っているわけではあるまい。


「冗談でもやめてくれ。そのあとの処理で皇帝の胃に穴が開いちまうぞ」

「ハッハッハ、それは困るな!」


 快活に笑うと俺に向けて右手を差し出してくる。俺はその手をがっしりと握り返した。


「ではな。お前には思うところが色々とあるが、国内の混乱を収めてくれたことだけは礼を言う」

「おう」

「その代わり別の混乱が起きたけどな」

「お、おう……」


 これ以上居座ると、この男からどんな恨み節を聞かされるか、わかったものではない。

 今後は近所に住むことになるわけだし、あまり関係を拗らせたくない。


「じゃ、俺はこれでな」

「ああ、迎えに来るのを待っている」


 この後、俺はシノブたちを回収して、新たな新居を作る必要がある。

 名残惜しいが、これまでだ。

 俺はシュルジーに背を向け、勢いよく走り出した。

 いきなり全速力だと街に被害が出てしまうので、最初は軽く。やがて全力で。

 こうして俺のファルネア帝国訪問は幕を閉じたのだった。





 俺が南方魔王の遺跡のそばから吹っ飛んで、もう二日も経っている。

 すでに調査は済んでいるかもしれないが、シノブたちならその場に残って待っている可能性がある。

 それに俺の足なら、クジャタも南方魔王の遺跡も、大して違いはない。


 街から充分に離れたのを確認してから、俺は大きく地面を蹴った。

 それだけで俺の身体は軽々と宙を舞う。体重に比して筋力がハンパない結果だ。


 一蹴りで数百メートルも宙を舞い、蹴った場所に小さなクレーターができていた。

 そのまま何度も跳躍を繰り返し、その日の昼前には砂漠地帯へと辿り着いていた。

 今回は同行者もいないので、手加減する必要はない。

 俺の派手な行軍に、砂漠のミズスマシ……サンドランナーが集まってくるが、すべてキック一発で吹っ飛ばしていく。


 そしてしばらくして、俺は目の前に崩れた建物の残骸が目に入った。

 おそらくあれが、南方魔王の遺跡なのだろう。

 その手前に数人の人影が見える。総じて小柄なその人影は、間違いなくシノブたちだ。

 そして他に人影がなかったので、俺はそのまま跳躍して彼女たちのそばに着地した。


「ただいま、みんな」

「アキラ――おかえり!」

「もー、どこいってたんですか!」

「アキラー、お腹すいたー」


 三人それぞれが歓声を上げて俺に飛びついてくる。

 シノブは純粋に喜びを表して。リニアは少し拗ねたような表情を浮かべて。あとラキアはあとで話がある。第一声がそれってどうなんだ?


「いや悪かったな。でも収穫はあったぞ」


 俺は三人を日陰に誘導しつつ、ファルネア帝国での出来事を説明しておいた。

 リニアは俺に【創水(クリエイトウォーター)】の魔法で水を作り出し、さらに氷の魔法を使って冷やして、冷たい水を振舞ってくれた。


「さすがリニア、気が利くな」

「奴隷時代が長かったですからね。本来わたしは尽くすタイプなんですよ?」

「それにしても、たった二日でファルネア帝国と講和してくるとはな。アキラのやることは全く想像がつかない」

「わたしもお腹がすいたぞ」

「ラキアさん。それは、今関係が無いから」


 執拗に空腹を主張するラキアに、呆れたように答えるシノブ。

 それはそれとして、聞いておかねばならないことがある。


「そういえば、冒険者たちはどうしたんだ?」

「ああ、遺跡には見ての通り何も残っていなかったんだ。だから先に帰ってもらった」

「それは都合がいいな」


 この後は急いでルアダンの町まで戻り、湖の中央に島を作らねばならない。

 元々あまり荷物のある家ではないが、引っ越しの準備も必要だろう。

 それに、ルアダンでは俺の鍛冶の力が必要とされている。

 それに関しての連絡も、しておかねばならなかった。


「ついでに西方魔王の根城も潰したから、もう復活はしないだろうな」

「ああ、それか。一瞬だけミンテのバカが復活した気配があったのだが、アキラが始末してくれたのだな」

「は?」

「ミンテが復活した」

「会ってないぞ?」

「潰れたんだ、きっと。ゴーレムに踏まれたのだろう?」

「魔王ってのはそんなのばっかりか?」

「間が悪いからマ王とかな!」


 ケラケラ笑うラキアにデコピンをお見舞いしておく。縦に二回転ほどして頭から砂漠に墜落したが、ラキアなら問題なかろう。

 しかし、噂では南方魔王も復活直後に吹っ飛んだと聞いている。そして東方魔王だけは、カツヒトとともに行動している。

 後は北方の魔王だけなのだが……まあいいか。


「まあいい。これからすぐルアダンに戻って引っ越しの準備するから」

「湖の中央に島ですか。少し不便じゃないですか?」

「でも、個人所有の島とかカッコいいじゃない」


 リニアは不服そうだが、シノブはどこか楽しそうだ。

 俺たちは駆け足のペースで砂漠を戻っていく。もっとも駆け足といっても、ちょっとした車よりも早い。

 砂煙を起こしながら、突進していく。その進路には往路で突っ切ったサンドランナーの残党がいたが、さらに数を増した俺たちの敵ではない。


 砂漠の端で荷車を回収し、そのままルアダンに向かう。

 クジャタによると他の冒険者と鉢合わせしてしまう可能性があるので、通り過ぎた。

 そうして夕方には、ルアダンに到着していた。


「それじゃ俺は湖に出てくるから、その間リニアたちは引っ越しの準備をしておいてくれ」

「りょーかいです!」

「なぜわたしに聞かないのか……」

「シノブはなんだか、そういう家庭的なことが苦手そうだから」

「そ、そんなことは断じてないぞ!」

「ご飯はまだかのぅ……」


 まるで痴呆老人のような口調になったラキアは放置しておく。

 俺は心肺能力もかなり強化されているので、船を用意する必要もない。

 そこらの木をを一本引っこ抜き、枝を落として丸太にする。そしてオールになる板を用意して湖に漕ぎ出していった。




 湖の中央付近で俺は丸太を【アイテムボックス】にしまい、湖の底に潜っていった。

 錨のようなものがないので、しまっておかないとどこかに流れて行ってしまうからだ。

 わざわざ潜らないといけないのは、【土壁アースウォール】の魔法の射程範囲があまり広くないせいだ。

 その距離はせいぜい十メートル少々。ほとんど湖底まで潜らないと、発動できない。それに水中では発音ができないため、魔法では少々難があった。それに魔力が切れれば、崩落してしまわないかも心配だ。


 その考えの元に湖底まで潜ってきたのだが、そこで俺は奇妙な光を目にすることになった。

 薄い光が湖底の一点から発せられており、光が届かないはずの固定が明るく照らされている。


「がぶ、ごぼぼ……」


 なんだ、あれは――といいたかったが、水の中では上手く発声できない。

 当然のことではあるが、これでは魔法も使えない。それに関しては、【錬成】がある。

 それよりもあの光が問題だ。


 俺は無造作に光のそばまで泳ぎ寄り、その正体を目にした。

 それは湖底の泥の中に埋まった青い石だった。握り拳より少し大きいくらいのそれは、泥を通してなお、輝きを周囲に振りまいている。

 【識別】の能力を使い石の正体を調べた結果、それは潜在力を蓄積する効果がある石らしい。

 魔光石と名付けられたその光に、俺は見覚えがあった。

 それはトーラスの実験施設で俺が投げ込まれた、あの魔光炉の光に似ている。


 そういえば、ここは湖の中心地。つまり、俺があの大爆発を起こした地点でもある。

 ならば、これはあの施設の残骸という可能性も、充分にあった。


 そしてもう一つ思い出したことがあった。

 ニブラスで漁師のモリスが言っていた言葉。シーサーペントは本来海に入るモンスターで、この内陸の湖にいるはずがない、と。

 おそらくこの光を浴び続けた魚が、大きすぎる力を取り込んで突然変異を起こしてしまったのだろう。

 さらにはニブラスの北で出会ったヒュドラも、怪しい。


 ならば、これは放置しておくのは危険だ。

 もっとも俺ならば、元より大きなキャパシティを持っているため、平気で持ち歩くことができるはずだ。

 特に【アイテムボックス】の中なら、安全だろう。


 とりあえず危険物を処理した俺は、続いて島の創造に移った。

 水中では魔法は使えないので、【錬成】の能力を使って湖底の土を盛り上げていく。

 やがて水の上に三百メートル四方にも及ぶ島が完成した。

 さらに中央部を盛り上げ、万が一水位が急増したときの避難場所も作っておく。

 最後に船が着きやすいように、浜辺や桟橋を形成しておく。あとは船を用意すれば、ルアダンやファルネア帝国に楽に往来できるようになるだろう。

 家は俺だけではなくリニアがいた方が良さそうなので後回しだ。

 こうして俺たちは、新たな新居を湖に構えることになったのだった。


今回はここで一旦終了とします。

そろそろ終盤に向けて動き出してますね。

次はまた一週間ほど間を開けてから、英雄の娘の連載に戻ります。そのあとは別作品に手を付けて、それからまた英雄の娘をやってからこちらに戻りますので、しばらく間を置くと思われます。

4か月くらい空くと思いますが、しばらくお待ちください。

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