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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第18章 ファルネア帝国編
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第176話 東西和平へ

 俺はシュルジーに先導され、屋敷の裏口のそばにある一室に案内された。

 そこは人目に付かない場所で薄暗く、到底人を歓待する場所には見えなかった。


「おい、ここで茶でも振舞おうってのか。ちょっと陰気すぎやしないか?」


 もしくは暗殺を企んだかと疑ったが、考えてみれば、こいつが俺を倒せないことは、身をもって知っているはずだ。

 いまさらそんな物騒なことは考えないはずだった。


「違う! なぜ私が貴様を歓待せねばならん。この部屋には城に繋がる抜け道があるのだ」

「へぇ? いいね、そういうの。なんかワクワクするよな!」

「するものか。この抜け道を使うということは、非常時である証だろう。できる限り使わない方がいい」

「それもそうか。軍隊と同じようなモンだからな」

「ふん、わかっているではないか」


 軍隊も抜け道も、緊急時でないと役に立たない存在だ。それ故に、現代日本では無駄と罵られることも多かった。

 だが備えあれば憂いなしという格言もある通り、いざという時にその力を発揮する。

 例えば、悪名高い魔神と皇帝が密会する時……とか。


「そっちの絨毯をめくり上げろ。その下に地下道への入り口がある」

「わかった。それにしても、なんでそんな抜け道がこんなちんけな屋敷に繋がってるんだ?」

「ちんけとかいうな。考えてみればわかるだろう。この屋敷こそ、下手な軍隊よりも強固な守りを備えているということに」

「あん?」

「察しが悪いぞ。私の存在だ」

「ああ、なるほど」


 確かにシュルジーがいれば、下手な軍隊よりも身の安全は確保できるだろう。

 こと護るという一点において、こいつほど優秀な奴はいない。皇帝の逃げ込む先として、これほどふさわしい場所もない。


「やはり、戦向きじゃないが、あの皇帝は馬鹿じゃないな」

「不敬だぞ。仮にも――」

「俺はこの国の人間じゃねぇよ。敬意を誰に向けるかは俺が決める」

「――チッ」


 珍しく行儀の悪い舌打ちを盛大に鳴らすシュルジー。奴から見れば、尊敬する存在に向けてぞんざいな口を利かれたのだから、気分が良くないことはわかる。

 しかし、俺から見れば南部に攻め込んだ侵略者の親玉だ。多少話がわかるという程度でしかない。

 それに下手に出て安く見られると、また面倒なことが起きかねない。


 抜け道は地下水路に繋がっており、まるで迷路のような様相を呈していた。

 だがこの帝都は水流も多く、汚水の濁りもそれほどではないため、不快な臭いはしない。

 その水路を何度も曲がりながら、城へと向かう。


「おい、まさか俺を水路に置いていこうとか考えていないよな?」

「………………」

「こら!」

「……いや、無駄だな。お前のことだ、天井を破壊して脱出するだろう」

「その間……真剣に考慮しやがったな」

「あたりまえだ。お前は世界の諸悪の根源なんだぞ」

「そこまでひどくねぇよ!?」


 だがまあ、こいつのいう通り、置いていかれたら天井をぶち抜くつもりではいたので、反論の勢いもお察しだ。

 そうして何度か角を曲がって、そろそろ帰り路もわからなくなるころになって、上に続く梯子が目に入った。


「ここから城内に入る。いっておくが、くれぐれも……」

「暴れないから安心しろ」

「それだけではなく、余計なこともするな」

「へいへい」


 シュルジーが懸念する通り、俺は何かするたびに大惨事を起こしている。だからこの心配も、理解はできる。

 梯子を上り、城内に入った俺に、シュルジーは自分の羽織っていたマントを投げかけてきた。


「顔は隠しておけ。私が一緒だから問題は起きんと思うが、念のためだ」

「ああ、わかったよ」


 俺は一度、この城で大暴れしている。その時に顔を覚えられている可能性もある。

 ここはおとなしく従うことにして、俺たちは皇帝の私室へと向かった。


「これはシュルジー様! あの、そちらは?」

「ああ、これは私が放った密偵だ。陛下に至急お知らせしたい議があり、参内した。陛下にご拝謁願えるだろうか?」

「は、しばしお待ちを……」


 マントを頭からかぶっているので、周囲の状況がわからないが、どうやら皇帝の私室に辿り着いたようだ。

 さすが皇帝というべきか、部屋の前に見張りを置いているようで、シュルジーも畏まった言葉遣いで面会を求めている。

 その願いを受け、見張りが部屋をノックし、シュルジーが来訪した旨を告げる。

 しばらくして室内から皇帝の声が聞こえ、俺は再びシュルジーの後について室内へと踏み入れていった。


「陛下、夜分遅くに拝謁を請い、申し訳ありませんでした」

「かまわん。例の件であろう。今こちらにも情報が入ったところだ」


 まだ扉が閉まり切っていないにもかかわらず、シュルジーは話を切り出した。

 皇帝もその状況を察し、『例の件』とボカして返す。少しばかり顔色が悪そうなのだが、体調不良だろうか? 働き過ぎは良くないな。現代日本でも、異世界でも。

 そんな愚にもつかないことを考えていると、背後の扉が閉まったので、俺はマントを剥ぎ取った。


「ぶはぁ、暑苦しいったらないぜ。まったく女のマントならともかく男臭いったら……」

「ワラキア、いい加減にしないか」

「べつにいいだろ、もうお互いの事は知っているんだから」

「ぐぬぬ……」


 俺とシュルジーのやり取りを無視し、皇帝は書類の束をサイドテーブルの上に投げ出していた。

 その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。よほど悪い知らせを受け取ったらしい。俺関連では、それほど悪い話はなかったはずなのだが。


「さてワラキアよ……やってくれたな?」

「なんだよ、やってくれたって。あ、ミコラスとワリオはきちんと無力化しておいたからな」

「無力化というか、どちらも爆殺ではないか!」


 頭を掻き毟りながら、皇帝は絶叫する。もちろん扉の外にも聞こえるのだろうが、そんな事お構いなしの様子だった。ハラハラと舞い落ちる毛髪に、ストレスを感じる。

 それに、たとえ聞こえていたとしても、俺の言葉は聞こえないはずなので、意味はつかめないだろう。

 しかしここは、俺の尊厳のためにきちんと説明しておかねばなるまい。俺が椅子を持ち出しサイドテーブルのそばに座ると、皇帝も同じく席に着いた。


「俺は少なくとも、ミコラスは殺した覚えはないんだが……」

「こちらの報告では、何者かが料理に爆発物を仕掛け、それを運んだ料理人もろとも爆殺したとあるぞ」

「あ、その運んだ料理人ってのが俺な。室内に睡眠薬を撒いて眠らせ、解除できないようにマジックアイテムを仕込んできたから、爆発要素なんてなかったはずなんだけどな?」

「現にミコラスの私室は半壊しており、それに巻き込まれて死んでおるわ」

「そういや脱出の際、ちょっと強めに踏み切ったせいで部屋の一部が崩れたんだが」

「それに決まっておろうが!?」


 再び頭を掻き毟り、仰け反る皇帝。再びハラハラと金髪が舞い落ちる。この勢いは諸行無常を感じるな。近い将来、きっと禿げる。

 見るとシュルジーも右手を額に当ててうなだれている。


「幸い、こちらの被害はミコラス本人だけで済んでいて、家は嫡男に継がせればよいだろうが……問題はワリオ領のレーバー城塞の方だ」

「あー、あれな。ちょっと屋根を削ろうと思って石を投げたら、後ろから押されて狙いが逸れちまって、うっかり砦に当たってさ」

「ただの投石がなぜ砦の上半分が崩壊するという事態になるのだ?」

「石ころを強化してな……+30ほど」

「それは人の限界を超えておるのだ! いい加減理解してくれ。そんな聖剣に匹敵する石ころをホイホイ投げんでくれ!?」

「なんか、すまん」


 ちらりとシュルジーの方を窺うと、こちらも今度は胃に手を当てて前かがみになっている。心なしか、顔色が悪い。


「ところで、ワリオ領では巨人の目撃例も報告されているのだが、これももしや……」

「ああ、ゴーレムの群れで迷宮を制覇しておけば、レーバー城塞都市の資源を制御できるかと思ってな」

「確かにあそこの迷宮が、ワリオを増長させた原因ではあるのだが」

「どこをどう間違ったのか、ゴーレムの群れではなく一体の巨大なゴーレムになっちまってさ」

「どうしてそうなる!」

「それが迷宮を踏み抜いちまったから、まあ結果オーライではあるんだが」

「全然オーライじゃない!」

「そのゴーレムも北東方面に進んでって、湖に沈んだから、まあ問題はないだろ」

「大アリじゃあ!?」


 皇帝からすれば、都市の行政区域が破壊されたのだから、怒るのもわかる。しかしその代価にワリオという不穏分子を処分できたのだから、別にいいではないか。


「いいじゃん、別に。まあ迷宮が潰れたのは少々問題だが……」

「大・問・題・だ!」

「掘り返せば、モンスターの素材も埋まってるだろ。それに迷宮のお宝だって地の底だ。モンスターの襲撃を避けながら迷宮を進むより、掘り返した方が早いだろ」

「それは、そうかもしれんが……」

「それに西方魔王ミンテだっけ? そいつもあの有様じゃ、さすがに復活はできんだろうし」

「それについては感謝する……しかしだな」

「ほ、ほら、砦はまた建て直せばいいし、一石二鳥ってやつだよな?」

「ハァ、もういい」


 大きく溜息をつき、皇帝はぐったりと椅子の背もたれに身を預けた。

 その様子からも憔悴していることが見て取れる。


「あー、その……すまん、ちょっとやりすぎた?」

「なぜ疑問形なのか。まあいい、問題が解決されたことは確かだ。ならばこちらも、代価を差し出さねばなるまい」

「陛下、ということは……?」

「ああ、シュルジーよ。すまぬが魔神とともに、行ってはくれぬか?」

「ハ、ご命令とあれば」


 臣下の礼を取り、跪くシュルジー。

 これでファルネア帝国との密約は完了したというわけだ。しかし、問題はこいつが住む場所がまだ完成していない。

 湖の中に小島を作り、そこに住居を構えるとなると、俺を持ってしても結構な労力になる。


「それなんだが、まだ家の準備が整ってなくてな」

「わかっておる。こちらもすぐにシュルジーを手放せるわけではない。それに東方の様子も、少し気になるからな」

「東方?」

「ああ、アロン共和国の方で動きがあったらしい。どうも南部の反乱軍と和平の動きがあるとか」

「ほほぅ?」


 アロン共和国といえば、中立域の奥深くまで進攻し、アンサラまで攻め込んだ野心溢れる国という印象がある。

 そのアロンが和平とは、どのような心境の変化があったのやら。


「なにやら、ウェイルが敗北したとかいう噂が流れておるらしい。それが決定打になったようだ」

「なんと、ウェイルが!?」

「そういや、お前にとっては仲間だったんだっけ?」

「ああ。少々素行に問題はあったが、剣の腕はまさに神髄。よほどの強者でないと傷一つ負わせることはできんだろう」

「それほどか?」

「もちろんだ。仮にも勇者を名乗る以上、その能力に疑いはない。攻撃一辺倒だったタロスや、守りしか能のない私と違い、ある意味もっとも攻防のバランスの取れた男でもある」

「へぇ……そういやあっち方面にはカツヒトが行ってたな」

「うむ、その者が勝利したと報告を受けておる」

「なんだと!」


 俺の言葉にシュルジーは驚きの声を漏らした。

 こいつから見ればカツヒトは、身体能力に優れてはいたが、まだまだ未熟な若者という印象しかなかったのだろう。

 そんな若手が老練な仲間を打倒したと聞いて、驚くのも無理はない。


「ま、俺の仲間も捨てたもんじゃないってことだな」

「確かに……おそらく油断もあったのだろうが、だからといって、あのウェイルは簡単に倒せる相手ではない。そこは素直に賞賛すべきか?」

「シュルジーよ。しかしそれはそれで困ったことになるぞ。勇者を打倒できる戦力が新たに生まれたというわけなのだからな」

「む……?」


 勇者という存在は、それ単体で一軍にも匹敵し、だからこそ戦略兵器的な役割も持てた。

 しかしカツヒトが勝利したことで、ウェイルの価値は暴落したといってもいい。それはこのシュルジーも同じではあるのだが。


「まあ落ち着け。元々カツヒトは俺たちの仲間だ。ならシュルジーと同じように、小島に隔離してしまえばいい。何よりどこかの国に所属するとか、考えられん男だしな」


 昔は調子に乗ってトーラスの鎧を着続けて、その意味に気付かなかったくらいだ。

 所属意識という点では、俺と同じくらい薄いことは間違いないだろう。

 ならば奴がどこか……たとえばアロン共和国に利用されるなど、考えられない。


「タイミングはそちらに任せるが、小島の準備ができたらシュルジーとともに顔を出すよう、連絡をつけておいてくれるか?」

「わかった。講和の使者に反乱軍にそう伝えるよう、命じておこう」


 これでカツヒトも、一度俺の元に顔を出してくるだろう。スマホもどきで連絡を取ってもいいが、それはそれで味気ない。

 ウェイルを倒したのだから、さぞ英雄としてもてはやされているだろうし、しばらくはその美酒に酔わせてやっても、悪くはないはずだ。


「じゃあ、俺はこれで。準備ができたらまた顔を出すよ」

「うむ。畑の方も忘れるでないぞ」

「ああ、シュルジーの収監と同時にやっておく」

「まて、監禁するつもりか!?」

「余の大事な臣をぞんざいに扱うのは、さすがに抵抗させてもらうが?」

「いや、言葉の綾だから!」


 俺は慌てて手を振り否定する。

 しかしこれで、東西の戦争が終結し、平和が訪れた……ということだろうか?


次の話でこの章はいったん終了とさせていただきます。

そのあとは一週間ほど間を開けて、それから再び英雄の娘の連載に戻ります。


コミック版、もう見ていただけたでしょうか?

言寺先生は晃田先生の美麗な絵とは違い、デフォルメしたキャラが生き生きしてていいですね!

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