第173話 魔神の悪巧み
首尾よくミコラス侯爵を長期の眠りにつかせた俺は、その足で更に南に位置するワリオ伯爵領へと向かっていた。
こちらはミコラス領と違い、迷宮を持つ土地らしい。
迷宮とは坑道などの入り組んだ地形が、俗にいう『迷宮化』することによって、モンスターが出没する危険地帯と化す現象なのだが、この街の物は少し事情が違っていた。
ワリオ伯爵領の迷宮は、いわゆる『魔王の遺産』である。
西方魔王ミンテが破鎧の勇者一行に倒された時、その居城が地に落ちて地面に埋まり、そこが迷宮と化した場所だった。
それ故に住民は常に魔王復活の方を恐れ、そのストレスの矛先を逸らすため常に外側……つまりトーラス王国への敵愾心を育て続けてきた土壌がある。
そこまで恐れるなら移住すればいいと思うのだが、こういう世界の人間というのはなかなか移住しようとしないものだ。
「ま、日本も昔はそんなだったっけ。先祖伝来の土地を捨てるくらいならとかなんとか……それより後でギルドに寄らないといけないな」
今回、俺は厨房仕事を放り出して、イコラの街を出たことになる。さいわいと言っていいのか、脱出の際に爆発騒ぎが起きているので、その辺りを上手く言い訳に使えば、どうにかごまかせるだろう。
どうせ今回も、俺の仕業ってことにされるんだろうし……いや、間違いなく俺の仕業ではあるんだけど。
ミコラス領から南下していくと、やがて大きな城塞都市が見えてくる。
ワリオ領最大の都市であり、領主の住む都市でもあるレーバー城塞都市である。
迷宮が存在する街だけあって、冒険者を始めとした荒くれ物の出入りが激しい。なので他の街よりも門番は物々しい雰囲気を放っていた。
つまり、俺のような怪しい男でも街に入ることはできる。
俺はチェックを待つ冒険者たちの後ろに並び、自分の番を待っていた。
前方では門番相手に騒ぎを起こした冒険者が門番に取り押さえられ、連行されている場面だった。
その手際は、想像以上に良かった。おそらくああいったトラブルは日常茶飯事なのだろう。
「はー、冒険者をあっさり取り押さえるとか、なかなか腕利きだ」
「あぁん? お前この町は初めてか?」
そんな声をかけてきたのは、俺の前に並んでいたがタイのいい冒険者だった。
巨大な戦槌を担いでいるので、力自慢の冒険者なんだろう。いかにも歴戦という風情である。
「ああ、迷宮ってのを経験してみたくてね。新人なんでお手柔らかに頼むよ」
「俺たちがお手柔らかに対応しても、迷宮はそんな区別をしてくれねぇぞ」
「肝に銘じておく」
「それに警備兵どももな。見ての通り荒くれ者ばかりの街だから、兵士も腕利きなんだ。下手な真似をしたらあっという間に牢屋行きだぜ」
「やっぱ鍛えられてんだな」
「まぁな」
フンと鼻を鳴らして前を向く男。どこかキフォンの街のガロアに似た印象がある。
ぶっきらぼうな態度だが、世話好きな雰囲気を漂わせていた。
「あんたはこの街は長いのかい?」
行列はまだまだ長い。俺は暇潰しも兼ねて目の前の男から情報を収集しようと試みた。
男も暇を持て余していたらしく、俺の話に乗ってくる。
「あん? そうだな、かれこれ五年になるか。今回は街の外の護衛を引き受けてたんだ」
「街中での稼ぎはやっぱり迷宮かい?」
「もちろんだな。俺はそこそこ深いところまで潜れるが、浅いところでも結構稼げる。もっとも死亡率もそれなりに高いけどよ」
「結構厳しめの迷宮ってことか」
「そうさ。だからお前も入るんなら気を付けな」
「そうさせてもらうよ」
男はそういうと俺の腰元に目をやる。そこには魔剣レーヴァティンが差されていた。
そして身体には防具らしいものは全く身に着けていない。
「なんか口だけっぽいな。武器はいいモンを持ってるようだが防具くらい着とけ」
「お、おう」
俺は基本的に防具を身に着けることはしない。それは俺の身体が、下手な防具よりも防御力が高いという点もある。
鎧などはむしろ動きを阻害するだけの存在に過ぎない。
だがこの男のように、身に着けないことで違和感を感じる者もいるというのは、参考になる。
ダミーのために鎧を身に着けるというのは、悪くない考えに思えた。
「そうだな、街に入ったら買うことにするよ」
「おう、素直な奴は長生きできるぜ」
がはは、と野卑とも取れる豪快な笑いを上げる男。
そうこうしているうちに、俺たちの順番が回ってきた。先に男が冒険者証を提示していた。
男はそれなりに著名な人物だったのか、門番はそれを一瞥しただけで顎をしゃくり、中に入れと促していた。
続いて俺の番。
例によって冒険者証を提示し、迷宮に挑むためにやってきた旨を述べた。
こういう返事をする新人も多いのか、門番も特に驚いた風ではない。しかし――
「それにしても、クジャタからミコラス領を経由とは、珍しいな」
ミコラス領は交易都市である。それは街道の要所ということだ。
ミコラス領から四方に街道が伸び、ファルネア帝国の各地へと伸びている。
逆にミコラス南方にあるワリオ伯爵領は南北からしか街道が繋がっておらず、南からはかなり距離がある。
クジャタは南のワリオ領より更に南に位置するため、ミコラス領を経由して北からやってくるというのは、大きな遠回りとなっていた。
しかも記録としては冒険者ギルドで依頼を受けただけで、それも途中放棄している。
「ええ、ちょっといろいろありまして……」
「そういえば、ミコラス領で騒ぎがあったそうだな。領主館が襲撃されたとか」
「み、耳が早いですね?」
「ギルドから、警戒情報が回ってきたんだよ。さてはお前、騒動を恐れて逃げてきたな?」
「いやあ、ははは……」
門番に追及されぬよう、疲労の濃い声で愛想笑いしてごまかしておく。冒険者のすべてが面倒ごとを喜ぶような体質ではないため、こうして騒動から逃げることは珍しくない。
もっともこの街の門番は、それで情けをかけるような甘い存在ではなかった。
「しばし待て、もう少し履歴を精査する。南部のスパイの可能性もあるからな」
「うっ」
確かに現在の情勢では、それを疑われても仕方ない。
特に国をまたいで活動する冒険者には、そういった嫌疑がかけられやすい。
俺もまた、そういう冒険者の一人だ。そして、嫌疑で済まない実績もある。
もっとも、冒険者証では個人情報と討伐履歴、あとは立ち寄った町くらいしか記載されていないので、怪しまれることはないだろう。
「ふむ……クジャタの前はニブラス、その前は順次北上してルアダンか?」
「え、ええ。商人の護衛をしてまして。ルアダンの災害にも巻き込まれたんっすよ」
「そういえばあの町はワラキアに滅ぼされたんだったか。厄介ごとに巻き込まれやすいようだな」
「らしいですね。いや俺もかなり紙一重でした」
「それで、なぜ南まで戻ってまたこっちにやってきたんだ?」
ルアダンはアロン共和国北部の城塞都市。その名はこのワリオ伯爵領でも知られている。
そこが崩落したことは、この街にも届いていたようだった。しかしそれは俺にとっても好都合。
ピンチをチャンスに変えてこそ、一流の冒険者だ。
「いや、ルアダンで財産を失いましてね。それで南方に行く商人の護衛についたんですが、あっちもキナ臭いじゃないですか。だから戦乱を避けるように、安定したファルネア帝国内へ移動してきたんですよ」
「で、ミコラスでも……か。行く先々で災難に巻き込まれているんだな。運の無い奴め」
「返す言葉もないっすね」
「この街には何をしに?」
「もちろん、迷宮に挑戦するためですよ」
「鎧もなしにか?」
ここでも鎧がないことを疑問視された。やはり用意しておいた方がよさそうだ。
「いや、持ち合わせが心許なくて」
「まあいい。街に入るには銀貨三枚だ。なければ別の何かで代用しても構わん」
「いや、あります」
懐から銀貨を取り出し、入市税を支払う。【錬成】で作ったものではなく、依頼をこなして得たものだ。
【錬成】で作った金貨や銀貨は汚れなどがほとんどないため、贋金を疑われる可能性もある。
それに、偽者じゃないと判明したとしても、汚れのない貨幣はその出所を疑われる可能性もあった。
「そうだ、迷宮に行く前に防具を揃えたいんですが、おすすめの武具屋とかあります?」
「あん? 持ち合わせが少ないのにか? まあいい、それなら大通りに面してる店はほとんどが信頼できるぞ。裏通りにある店はあまり信用するな」
「わかりました、そうします」
俺は門番に頭を下げ、レーバー城塞都市に足を踏み入れたのだった。
城塞都市というだけあって、レーバーの内部は細い街路が入り組んだ圧迫感のある作りだった。
その中で目抜き通りだけはやや広めに作られており、そこを荷を積んだ馬車がひっきりなしに往来している。
これは街中だけではライフラインを賄いきれないため、城壁の外まで食料や水、資材を運び込む必要があるためだ。
この辺は城塞都市ゆえの難点というところだろうか。
「さて……どうするかな?」
皇帝から聞いたところによると、この地を治めるワリオ伯爵はミコラス侯爵の、いわば腰巾着と伝えられていた。
ミコラス侯爵を無力化した今、奴は積極的に主戦派を支持するとも思えない。
だがワリオの発言力は侮れない。それはこの都市が抱える迷宮が、巨大な富を産出しているからである。
迷宮はモンスターが湧き出る危険地帯。
裏を返せば、モンスターという資源を生み出す金の卵ともいえる。
骨や皮などの素材に、魔核と呼ばれる魔力の篭った結晶体を持つものも多い。
これらを売り払えば、それは充分な『資源』と呼ぶに値する。
ワリオが厄介なところは、この資源を生み出す迷宮を抱え込んでいるところである。
奴の場合、たとえ主戦派から意見を翻したとしても、その資金力をバックボーンにあれこれと皇帝に口出ししてくる可能性があった。
しかも奴の抱える迷宮は、かつて魔王だったミンテの城でもある。
そこには、人の手に及ばぬ技術で作られた魔道具や装備が眠っていると言われている。
事実、いくつか強力な武具が発掘されたという報告もあったらしい。
「そういった装備も厄介だし、それが金になってワリオを支えているってのも問題なンだよな」
いうなればワリオは『田舎の成金』である。金を持っているからこそ気が大きくなり、身の丈に合わぬ野望を抱く。
ワリオの場合は、元トーラス領をできる限り取り込み、より大きな利権を握ること。そして魔王の脅威のない土地に配置替えしてもらうことらしい。
今のファルネア帝国ではワリオが割り込むだけの土地はない。だからトーラスを取り込み、増えた土地を自身のものとすることで魔王のそばから離れようという魂胆である。
そのためには主戦派であるミコラスを支援し、トーラスの領土を少しでも多く確保しなければならなかった。
そして家格がやや劣るワリオでも、金の力があれば発言力を確保できていた。
「つまり、ワリオの金をどうにかする必要があるってことなんだよな」
通りの隅に立ち、フム……と顎に手をやって思案する。
ここでワリオをぶっ飛ばした場合、もちろんここに後釜の領主がやってくるだろう。
そいつがワリオと同じ道を歩まないとは限らない。莫大な富は人を狂わせるに余りある。
「後釜もぶっ飛ばさなきゃならないとなったら、面倒だしな。といっても根本を潰すとなると……」
それはこの街の資金源、すなわち迷宮をどうにかしなければならないということになる。
だがそれは、この街の繁栄を潰すということにも繋がる。
そうなれば多くの被害が出るし、それをネタに皇帝に苦言を呈される可能性もある。
「ならば……迷宮の方は、ちっとばかし骨を折るとするかな」
この街の繁栄を適度なレベルに制御する。
そのためには、迷宮という存在が邪魔なことに変わりない。
かといって迷宮を木端微塵に粉砕しては、帝国の経済に混乱が起きてしまう。
「迷宮をどうにかすることはまあ、既定路線だが……要はモンスターの発生を制御すれば、資源の制御に繋がるってことかな?」
今回は力任せに吹っ飛ばすのではなく、別の手段を講じるとしよう。
さいわい、そのための手段は心当たりがあった。
その手でレーバーの資源を控えめに制御することができるだろう。
予約投稿、失敗してた(´・ω・`)
アキラはこの時点で、ミコラスの死を知りません。
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