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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 西方鎮圧編
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第170話 悪辣な軍師

 暗闇の中、一筋の光が床に降り注ぐ。

 それだけが、『その空間』においての光源だった。


 地下に広がった落とし穴の空間。それは周囲二十メートル四方という広大な空間だった。

 壁は剥き出しの土で、床には落下の衝撃を吸収するための藁が敷かれ、壁の一角には崩落したような痕跡が残されている。


 そんな中で、くぐもった声が発せられ、周囲の壁にぶち当たって反響した。


「ぐ……むぅ……」

「起きたか」


 目を覚ましたのは、少年から青年の狭間にいるような美形……カツヒトだった。

 その彼に声をかけたのは、五十に手が届こうかというロマンスグレイ。絶圏の勇者ウェイル。


「お前は……ああ、そうか。上手く死なずに落ちれたようだな」

「あのままだったら岩の下敷きになって、息はなかっただろうがな。私に感謝するといい」

「お前のそばが一番安全だと思ったから組み付いたのさ」


 実際は岩の下敷きになったくらいで、カツヒトは死んだりしない。だが打ちどころが悪かったのか、気絶はしていたようだ。

 それにカツヒトの言葉は、ウェイルに向けての物だった。

 ウェイルに組み付いたのは、単に彼を逃がさないため。そして彼の身を守るためでもある。

 勇者であるウェイルを死なせてしまうと、トーラス王国の暴走の再現を呼び寄せてしまいかねない。

 それに、勇者を殺されたアロン共和国が意地になって、キフォンへの弔い合戦を仕掛けてくる可能性もある。

 彼を生かして捕らえること。それが今回の作戦の肝だった。


 それにこの場は、そう言っておいた方が違和感はない。

 自分がアキラの手によって強化され、バケモノ染みた能力を持っているという事実はバレているだろうが、そこまで人間離れしているかどうかを知られているかは不明。

 ならば手札は伏せておいた方がいい。


「フン、暢気に気を失うなど……未熟な証拠だな」

「……仮にも勇者を名乗る男が、無手で無防備に気絶している俺の寝首を掻くとは思えなかったのでね」


 皮肉を言ってくるウェイルに、皮肉で返すカツヒト。だがそれは一面の意味で事実だった。

 カツヒトが槍を棄てる場面は、あの場で決闘を見ていたものは、すべて目撃していたはず。

 その彼が、落とし穴に落ちた後で剣で首を落とされていたら、ウェイルの沽券に関わってくる。

 この作戦、全てはウェイルのプライドとカツヒトの命を天秤にかけた、実に嫌らしいものだった。


「クッ、私を決闘の場に引き出した口上といい、槍を棄ててからの対応と言い、勇者の肩書を逆手に取ってくれるじゃないか」

「実行した俺が言うのもなんだが、うちの軍師は実にいい性格をしているだろう? 会った事はないんだがな」

「なに?」

「俺が解放軍に参加したのは、実は昨夜の内でね。作戦はガロアから直接指示された事だ」


 カツヒトは実はイライザと面識がある。もし直接顔を合わせていたのなら、一悶着起きていただろう。

 しかしイライザは、籠城戦の際、早々に避難民と共に前線から退いていた。

 彼女の責任感は、イリシアのそれよりも遥かに薄い。

 だからガロアは、間接的に最後の策をカツヒトに伝えていた。これが功を奏したと言えよう。


「なるほど、確かに俺を落とし穴に落とせば、無力化はできるだろうな。だがそれだけだ。我が軍の副官は、それで軍を崩壊させるほど無能ではない」

「確かにお前が死んだのなら、後を引き継げばいいだけの話だ。だけどお前は今ここで生きているだろう?」

「む……?」


 ウェイルは一瞬、カツヒトの意図を読み損ね、怪訝な表情をする。

 それを見て、カツヒトはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


「どうやらお前は、自分の価値を軽く見ているようだな」

「なんだと?」


 ウェイルは自身の事だから自覚が薄かったが、勇者という存在は外交的にも内政的にも大きな存在感を持つ。

 その彼が、生き埋めになっている。それを甘んじて受け入れ、目の前の街を攻めるられるほど、その存在は軽くはない。

 彼がこの地下で生きている限り、副官はがむしゃらになって彼を救おうとするだろう。

 それをカツヒトが告げると、ウェイルは目を剥いて否定した。


「バカな! 目の前に獲物がぶら下がっているというのに、脇に逸れるなど、有り得ん!」

「果たしてそうかな? トーラス王国がどうなったか、考えれば結果はおのずと出ると思うが」

「くっ……」


 勇者を失ったトーラス王国が迷走し、異世界人の召喚に手を出したことは記憶に新しい。

 そのまま支配欲を暴走させ、近隣に侵略を繰り返し、挙句の果てに魔神ワラキアを召喚して滅亡した。

 ましてやウェイルが失われれば、現存する勇者はファルネア帝国のみになる。

 現在は湖の北をエルフの森、南を解放軍が分断する事で直接対決は避けられているが、ここでウェイルを失いつつも解放軍を撃退したとしても、その後に待っているのはシュルジーによって率いられたファルネア帝国の反撃である。

 ならばアロン共和国としては、是が非でもウェイルの身は確保しておかねばならない。


「つまり、お前がここに落ちた時点で、副官にどんな命令を下していようと、彼はお前の救出に向かうって事だ」

「それがどうした! 数は我が軍の方が勝っている。俺を助け出した後で街を攻略すればいいだけの話だ!」

「それが簡単にできないよう、俺はお前をここまで引き摺りだしたんだよ」


 カツヒトとウェイルが落ちた穴は、街の外壁の近くである。

 そこはもちろん弓の射程内であり、キフォンの勢力圏内だ。

 ウェイルを助け出そうとすれば、そこに雨のように矢が降り注ぐ事になるだろう。


「お前を助けるために足を止めたら、それはキフォン側からすればいい的になる」

「ならばキフォンを陥としてから俺を助ければいい!」

「その時は俺がこの藁に火をつけて一緒にお陀仏と行くだけさ」


 カツヒトは床一面に敷き詰められている藁を指さす。よく乾燥している藁は実に燃えやすいだろう。

 戦慄した表情を浮かべるウェイルに、カツヒトはトドメの言葉を放った。


「お前は確かに剣術では最強の一角。正面からでは勝ち目は薄い。だが燃え盛る炎の中で生き延びる術は持っているのか?」

「まさか、最初からそのつもりで……」

「うちの軍師は性格が悪いと言ったろう? 兵士一人切り捨てる策くらいなら、簡単に思いつくらしいぞ」

「外道が――」


 指摘の通り、ウェイルには炎に巻かれて生き延びるような能力はない。

 一面に藁を敷き詰められている以上、この穴倉に逃げ場はない。


「ま、俺がやらなくても、危なくなったらここに火矢を撃ち込むくらいの事はやらかしそうだよなぁ?」


 肩を竦めて、カツヒトはどっかりと腰を下ろす。

 彼の役目はウェイルと一騎打ちを行い、彼内容ならば指定の場所まで誘導し、一緒に落下する事だ。

 彼が初期の魔法を習得していることは、一騎打ちの最中にウェイルも把握していた。

 この藁に火をつける事くらい、容易いだろう。

 そしてその時間を稼ぐだけの技量を持っていることも、思い知っている。


「シュルジーの奴が生きている以上、お前は死ねない。引退もできない。因果な物だな」

「おのれ……」

「そのお前が捕らわれている以上、仲間はお前を助け出さねばならない。それがこの場所――キフォンの勢力下であっても」


 カツヒトの主張はウェイルも正確に把握していた。

 副官が無理にキフォンを攻めれば、自分は目の前の男と一緒に火炙りになる。

 助けに来れば矢の雨に晒される。

 生きて帰れたとしても、勇者を失った責任は問われるだろう。おそらくは死を持って。


「わかるか? ここに落ちた時点で、お前の軍はもう詰んでいる。お前たちの負けだ」

「ぐぅ……」


 キフォンという要衝と勇者という存在。どちらも失ったら痛い事は間違いない。

 しかしどちらがより痛い目を見る事になるかと言えば、これは間違いなく共和国軍だ。

 ウェイルを失っては解放軍を撃退したとしても、その後にやってくる帝国軍に抗する事はできないのだから。


 どうにか突破口はないか、思案するウェイル。

 だが出口である崩落口は二十メートルも上空で、他に出入り口はない。

 いや、出入り口らしいものはある……


 ちらりと、壁に残された崩れた痕跡を見やる。

 だがその視線の動きに、カツヒトは敏感に気付いていた。


「そこから出るのは諦めた方がいいぞ。確かにその崩れた跡は、穴を掘った時の通路のものだ。しかし天井――俺達が落ちた場所だな。そこを崩した時、連鎖的にその通路も崩落するように仕掛けておいた」

「なんだと……?」

「つまり、決着がつくまで、俺とお前はここから出る事はできない」


 その時、頭上で時の声が響き渡り、同時に悲鳴と岩の着弾するような衝撃音が鳴り響いた。

 ウェイルを捕らえられた事を察知し、副官が救出部隊を差し向けた騒動である。

 それをウェイルも穴の中から察する。


「バカな、俺の事は放置して街を攻めれば――!」

「それができない事は、俺も説明したよな?」

「おのれぇ……」


 街が落ちる時はウェイルも殺す。その手法は説明された通り。

 それをキフォン軍が共和国軍に告知し、その結果、副官はウェイル救出に向かったのである。

 結果は無論惨敗に終わる。

 身を隠す場所もなく、街壁からさほど離れてもいない。足を止めればいい的になり、しかも統率の崩れた場所にガロア率いる精鋭冒険者たちが攻め込んでいく。

 共和国軍に勝てる道理が無かった。


「地上の状況はまあ、あんな感じだ。そこでな? ひとつ提案があるんだが」

「提案だと?」

「そうさ。あんた……いや、共和国軍は停戦する気はないか?」


 カツヒトの提案に、ウェイルは目を見開いて驚愕する。

 この場で停戦協定を持ちかけられるとは、想定外の話だったからだ。


「考えればわかるだろう? あんたたちはすでに不利に陥っている。これ以上の戦闘は無意味だ。あんたを失えば、共和国の行く末はトーラス王国の二の舞になる」

「議会がそんな無茶をするはずが――」

「トーラス王国に対しても、そう思っていたんじゃないか?」

「うぬ……」


 数十人の国民を生贄にして、異世界人を召喚する。そんな無茶を、当時狂人を見るような目で見ていたのは、ウェイルも同じだ。

 無論、破鎧の勇者タロスを失う前のトーラス王国に関して、そんな感想は抱いていなかった。

 かの国はタロスを失ってから、急速に歪んでいったのだ。

 それがアロン共和国に起きないとは、ウェイルも断言できない。


「こちらが主張したいのは、キフォン、ニブラスまでの独立だ。つまり旧トーラス王国領を取り戻したい」

「それで? こちらにどんな利益があるというのだ?」

「無論、お前が生きて戻れる」

「……キフォンとニブラスを制圧し、ファルネアに隣接しない程度に南部を制圧するという手もあるのだぞ?」

「それももちろん考えてある……らしい。その時はファルネア帝国に軍を通過させる権利を与えるとか言っていたな。そうすれば飛び地としてアロンの領土を掠めとれるとか? 代償に要求するのは、もちろん旧トーラス領だが」

「き、貴様ら――!?」

「おいおい、俺が考えたんじゃないぞ? うちの軍師が考えたんだからな!? それにその手段だと飛び地の税を回収する際に通行料が請求できるから、二倍お得だとも言っていたな」


 射殺さんばかりの視線を送るウェイルに、カツヒトは慌てて手を振って弁解した。

 嫌がらせという点において、天性の才能を発揮するイライザの本領発揮というところか。

 カツヒトの言う主張は、旧トーラス領南部を受け取る代わりにアロン共和国領へ攻め込めと、ファルネア帝国を(そそのか)すという脅しでもある。

 そんな真似をすれば、最終的には帝国に組み入れられる可能性もあるが、南部は何と言っても魔神の徘徊する危険地帯だ。

 より広範な版図を手にできたのなら、無理に手を出してくる可能性も少ない。


「こちらはあんたを生かして返す。あんたは国に帰って『勇者の名に懸けて』俺達との約束を守る。それだけで南部の戦乱……少なくとも南部東方の戦争は終わる」

「だが西方はどうする? ファルネア帝国との戦乱も終わっていないのに、こちらだけ手を引けというのか?」

「それは向こうの担当が何とかするさ。あっちの軍略担当も、こっちに匹敵するくらい性格悪いらしいし」

「私の一存では、それは答えられん」

「もちろんそうだろうさ。だがこのまま放置すれば、上の被害はどんどん増える一方だぞ」

「ぬぅ……」


 自らの不注意により窮地に陥り、そのせいで部下が死に瀕している。

 それは理解している。だからこそウェイルは煩悶した。


「くっ、しかし確約はできんぞ?」

「もとより承知。あんたがアロンの国内を掻き乱してくれるだけでも、こちらとしてはありがたい。そして無理だった場合はあんたの名声が地に落ちる。それだけでもこっちとしては、戦果と言える」


 勇者の名声を地に落とせば、今後の外交活動や内政にも影響が出る。

 この約束は……単なる口約束にはならない。


「無論、あとで書類にして残させてもらう。あんたのサイン入りでな。ついでに血判も押してもらうか?」

「おのれ……だが致し方あるまい。無為に部下を死なせるわけには行かぬ。その申し出、受けさせてもらう。だから兵を退かせろ!」

「承知した」


 カツヒトは勝ち誇った笑みを浮かべ、作戦完了の信号弾を魔法で打ち上げたのだった。


南部西方の戦乱は、これで一旦の終結になります。

次の更新は六月ごろになる予定ですので、もうしばらくお待ちください。

それまで英雄の娘(https://ncode.syosetu.com/n4069ea/)の更新に戻ろうと思います。

こちらの再開は四月になる予定です。

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