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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 西方鎮圧編
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第169話 カツヒトの一騎打ち

 ぎりぎりと軋むような音を立てて、街を守る巨大な門が開いて行く。

 本来ならば、この門は軍隊や大型の馬車の通行の場合に利用される物だ。しかしその門を開けてまでして、中から出てきたのは……一人の青年だった。


 いや、少年と言っていい年齢かもしれない。

 しかし長大な槍を肩に担いだその姿は、歴戦の貫録を漂わせていた。


「ウェイル様、キフォン側から……その……」

「良い、見ればわかる!」


 その様子を報告に兵士を、ウェイルは吐き捨てるように追い返した。

 軍勢を率い街に迫って、出てきたのは若造一人。全世界でも有数の戦歴を持つ彼からすれば、舐められたとしか思えない。


「たった一人で、この人数を押さえるとでも言うつもりか?」


 街に迫る配下の数は千を超える。軍勢としては小規模とは言え、一市街を制圧するには充分な戦力だったはず。

 本来ならば、全戦力を投入して抵抗すべき場面。

 そこで出てきたのが少年一人。


「何らかの策か……だが一人ではそれを弄する時間すら稼げまい」


 キフォンの街は東側に森林地帯が存在するが、それ以外は平原が広がっている。

 前夜からどうにかその森林地帯に引きずり込もうという罠が各所に存在していたが、配下の斥候がことごとく無効化し、共和国軍は北側より肉薄していた。 

 もはや場面は総力戦しか選択肢にない状況のはず。


「いや。歴史上、城と策に頼って攻略軍を撃退した例は多いか」


 ウェイルは過去の歴史を思い出し、気を引き締め直して馬を最前線へと押し立てる。

 万が一何らかの策が存在するのであれば、後方に下がっていては対応に遅れるかもしれないからだ。


「ウェイル様?」

「前線にて指揮を執る。横陣から魚鱗へ変更。そのまま前進」

「ハッ!」


 命令を下した直後、滑らかに陣形が変化していく。

 包囲のため横に広がっていた陣形が、三分の一ほどに縮まり、代わりに厚みが増し、中央が突出する三角形の陣形へと変化していく。


 その変化を見て取り、ただ一人飛び出してきた少年――カツヒトは大音声にて宣言する。


「俺は南部解放軍、実務指揮官ガロア付き補佐官、カツヒト! アロン共和国司令官、絶圏のウェイルに一騎討ちを申し込む!」

「なにっ!?」


 この宣言に、ウェイルは目を剥いて驚愕した。

 ウェイルとて、自分の実力に自信を持っている。その自分に敢えて無名の少年が挑んでくる。

 そんな事態は通常なら有り得ない。


 無論、ウェイルに挑む若手がいなかったわけではない。だがそれは乱戦の最中や、街などでそれが許される状況での話だ。

 この軍と軍を向かい合わせる場面で、申し込まれるなど、通常では考えられない。

 それでも少年は飛び出して一騎討ちを申し込み、後方のキフォンに動きはないという事は、少年を捨て石にする覚悟がキフォン側に存在するという事だ。


「子供を時間稼ぎに利用するか……非道な」

「いかがなさいます?」


 副官にそう尋ねられ、ウェイルは煩わしそうな視線を彼に向けた。

 だからと言ってこの申し出、断るわけにはいかない。


 ウェイルは勇者として世間に名を馳せている、超絶の戦士だ。

 それが少年からの一騎討ちから逃げたとなると、それは軍全体の士気にも関わる。

 それだけではない。勇者という存在は、その名声があるからこそ対外的な抑止力や国内での信頼にも直結している。

 ここで逃げたり負けたりしてしまっては、今後の立場にも、国政にだって影響が出る。


「受けぬわけにも行くまい。俺に失脚しろとでもいうつもりか?」

「いえ! そのようなつもりは毛頭――」

「ならば黙って見ていろ」


 副官を一喝しておき、ウェイルは馬の腹を蹴って戦列から飛び出していく。

 そのままカツヒトの前まで進み出て、剣を彼に向けた。


「俺がウェイルだ。貴様、この状況を理解して一騎討ちを申し出ているのか?」

「もちろん。普通ならばただの捨て石にしかならん状況だな。だがもし俺が勝てば一発逆転だ」

「ほう? 貴様が俺に勝てるとでも?」

「俺に言わせれば、勇者などしょせん人の枠に収まる程度の存在にしか過ぎない。俺はもっとすごいバケモノを目にしてきたからな。なんとかなるだろう」

「なに……?」


 明らかに勇者と呼ばれるウェイルを侮る発言に、彼は不快気に眉を潜めた。

 そもそも、カツヒトの言う『バケモノ』の心当たりなど、数える程しかない。

 彼と同じ立場にいるシュルジーか、それを超える存在……即ち魔王か魔神。どちらも見過ごすわけには行かない存在だ。


「どうやら、貴様には聞かねばならぬ事ができたようだ。いいだろう、その申し出、受けて立つ!」


 一喝しヒラリと馬から飛び降りるウェイル。それを見てカツヒトは肩を竦めて聞き返した。


「いいのか? 馬に乗ったままでも構わないのだぞ?」

「歩兵相手に騎乗したままなど、俺の沽券に関わるわ!」


 愛用の魔剣ヴァルムンクを構え、カツヒトと対峙する。

 カツヒトもまた、ビーストベインを構え、戦闘状態に入った。その気配は共和国軍と解放軍、双方にまで伝わっていく。

 息をのむ緊張が戦場全体に張り詰め――そして弾けた。


 先手を打ったのはカツヒトだった。

 槍の最大の長所である射程。それを活かした鋭い突き。

 それは魔槍(ビーストベイン)の力もあって、凄まじい鋭さを持ってウェイルの顔面に迫る。

 だがウェイルはこれを難なくヴァルムンクで受け流して見せた。


 その背後に走る衝撃波。

 カツヒトの一閃は空気を巻き込み、槍の長さ以上の殺傷範囲を持っていたのだ。

 しかしそれとてウェイルを傷付けるほどではない。

 かつては魔王ネフィリムの一撃も受け流した技は、今なお健在である。


 突きを放ち、前にのめったカツヒトに、ウェイルは反撃の一撃を加えようとするが、これは槍を旋回させ石突の部分で弾き返す。

 槍を棍のように扱い、懐に入られた後も五分に打ち合うカツヒト。

 技量では圧倒的にウェイルが上回っているが、それを補って余りある身体能力をカツヒトは持っていた。


「ぬぅ!?」

「まだまだだ!」


 予想外に粘りを見せるカツヒトに、ウェイルは驚きの表情を浮かべ、しかし攻撃の手は緩めない。

 カツヒトもカツヒトで、何とかウェイルを自身の有利な距離に突き放そうとするが、これも適わない。

 嵐のように切り結ぶ両者に、両軍から感嘆の声が漏れ始めていた。


「おおっ、予想以上にやるなぁ!」

「予想以上って……嬢ちゃん、あいつの腕知らなかったのかよ!?」


 城壁の上から、カツヒトの戦いを眺めやるネフィリムは、その健闘に喝采の声を上げていた。

 そして自信有り気な様子だったのに驚くネフィリムに、ガロアは呆れた反応を返していた。


「おう。あいつが本気を出したのを見るのは、これが初めてかもな。訓練の本気は結構見ていたんだが」

「訓練じゃ、底は計れないからなぁ」

「それにしても、あの相手、どっかで見た気が……?」

「ありゃ勇者の一人、絶圏のウェイルだ。最初からそう言っていただろう!?」


 とぼけた反応を返すネフィリムに、ガロアの突っ込みは止まらない。

 だがそれを無視して、ウェイルに見入るネフィリム。やがて記憶の糸が結びついたのか、ポンと手を打って声を上げた。


「あ、あいつアレだ! 俺を殺した奴!」

「は? 殺した?」

「あ、いや。魔王を殺した奴」

「だから勇者ってのは、そう言う存在だって言っているのに……」

「人の理など知らん。それにしても、あいつも老けたなぁ」


 切って捨てるネフィリムに、どこの田舎娘だという視線を向けるガロア。

 だが、魔王が倒された時期を考えると、若い娘がウェイルの顔を知らない事もあるかもしれないと、強引に納得しておく。

 そんな暢気な雰囲気を漂わせる二人とは別に、戦況はさらに逼迫した事態に陥っていた。


 カツヒトは確かに身体能力で圧倒しているが、ウェイルの技はそれを的確に受け流し、状況を傾けさせない。

 懐から張り付いて離れないウェイルに、カツヒトはじりじりと不利に追い込まれつつあった。


「チッ、さすがに戦い慣れている!」

「若造とはくぐってきた修羅場の数が違うのだよ!」


 舌打ちをし、不利を認めざるを得ないカツヒトとは対照的に、ウェイルは徐々に余裕を取り戻しつつある。

 槍の一振りごとに砂埃は舞い上がり、視界を煙らせるが、ウェイルがそれに気を取られるほどでもなかった。

 やがてジワリと戦いの場が移動していき、街門の近くまで押し返されていく。


「くそ……このままじゃ……」

「降参するのならば、命だけは助けてやってもいいが? 貴様のこの技量、ここで散らすには惜しい」

「うるさい!」


 大きく飛び退る事で距離を取ろうと画策するカツヒト。だがそれに張り付くようにウェイルも距離を詰める。

 横薙ぎの牽制は剣で受け流され、上空へと穂先を跳ね上げられる。

 自身の攻撃の勢いに引っ張られ、体勢をのけぞらせるカツヒト。

 そこへ切り返しの一撃を見舞うウェイル。


 本来ならば、迎撃など間に合わないタイミング。

 しかし強化されたカツヒトの能力は力ずくで槍を引き戻す事に成功していた。

 槍を振り下ろし、ウェイルの切り返しを打ち落としにかかる。


 剣を打つ事で、ウェイルの手から叩き落そうという意図を察し、とっさに剣を引くウェイル。

 カツヒトの槍はそのまま止まらず、強く地面を叩くことになった。


 凄まじい勢いの振り下ろしに、穂先が地面にめり込んでいるビーストベイン。それは攻撃にも防御にも、一拍の遅れを見せる事になる。

 自らの勝利を確信し、カツヒトへと踏み込んでいくウェイル。

 そして同じように勝利を確信し、してやったりという笑みを浮かべるカツヒト。


「なんだ――?」


 カツヒトの笑みに違和感を覚え、一瞬剣を鈍らせたウェイルは、そこで足元が浮き上がる様な感覚に捉われた。

 いや、実際宙に浮いていた。

 振り下ろした槍が何か硬質な物体を叩き、そこが爆発したのだ。


「――なにぃ!?」

「うまくかかってくれたな!」


 驚愕の声を漏らし、宙に打ち上げられるウェイル。そこへカツヒトは槍を捨てて組み付いて行く。

 ウェイるは爆発した地面に足場を失い、カツヒトの突撃を躱す事ができなかった。


「貴様、死ぬ気か!?」

「まさか! 貴様が死んでも俺だけは生き残るつもりさ!」


 爆発した地面は直径にして十メートル程度だろうか。

 しかしカツヒトに組み付かれたウェイルは、この領域から飛び退く事ができない。


「貴様、これが狙いか!」


 指揮官であるウェイルを落とし穴に嵌めて隔離する。そうすれば後方に控える軍勢は指揮官を失う事になる。

 数に劣る解放軍が勝利するには、何よりもウェイルという超人を切り離す必要があった。

 だからこそ、カツヒトにことさら挑発させて断れない一騎打ちに持ち込み、落とし穴のある位置まで引っ張りだしたのだろう。


「悪いが地の底まで付き合ってもらうぞ、勇者様!」

「おのれえぇぇぇぇぇ!!」


 ウェイルとて、副官の教育はしっかりとやってきている。

 ここで自分が退場したとしても、問題なく軍を率いてくれるはずだ。

 しかしそれでも、自分が策に嵌められ、戦場から退去させられたことが口惜しくて堪らない。

 これはその怨嗟の声に他ならなかった。


 崩れ落ちる地面と共に、ウェイルとカツヒトは、暗闇の中に落ちていったのだった。 


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