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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 西方鎮圧編
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第168話 キフォン攻防戦

  ◇◆◇◆◇



 キフォン東方戦線。そこは現在大陸最大の激戦地と化していた。

 とは言え、元々参加している人数が少ない地域の上、双方に優秀な治癒術師が同行しているため、死者の数はそれほど多くない。

 それはつまり、戦線の膠着を意味していた。


「市民の避難はどの程度住んでいますか?」

「はい、八割がたは」

「明日にも共和国の部隊がやってくるかもしれません。今日中に九割まで完了させるように」

「ハッ!」


 その最前線で指揮するキフォン市長。その声には多少の苛立ちが混じっていた。

 アロン共和国の主力部隊は撤退を始めている。しかしその主将たる勇者ウェイルがまだ殿を勤めており、その部隊がキフォンの追撃部隊を撃退、さらに逆撃に出て街のそばまで迫ってきていたからだ。

 あらゆる攻撃を受け流す彼を、物理的な攻撃で倒すのは不可能に近い。

 前線指揮官のガロアとしても、彼と戦い勝利するのは荷が重かった。


 そのため、今は軍師として収まっているイライザが一計を案じてはいたのだが、その工程の進み具合が芳しくない。

 このままではウェイル一人の手によって、南部解放軍の東方戦線が崩壊してしまう危険もある。


「例の工程はどの程度進んでいます?」

「ハ、例の空間はほぼ完了していますが、爆薬の設置がまだ……新しく導入した『こわい棒』の取り扱いに尻込みしている技師も多く……」

「急がせなさい。扱いを間違って爆死するのが先か、明日攻め滅ぼされて死ぬのが先かの違いでしかありません」

「は、はい」


 人数に劣る解放軍が共和国軍と五分にやりあえた理由の一つが、この新兵器の存在である。

 ダリル傭兵団よりもたらされたこの武器が、数の不利を一転させた。

 魔法を使えないものでも【火球(ファイアボール)】と同等の破壊力が使えるようになるため、戦況が大きく変化したのだ。


 しかしそれでも、魔法すら受け流すようになったウェイルは手に負えない。

 現在はガロアが冒険者の一団を率い、敵の進撃ルートに罠を仕掛けて回って足止めしているが、それも効果は薄い。


「やはり、明日が勝負になりますか……」


 市長は絶望的な顔で街壁を見上げる。

 ワラキア騒動以来、より高く頑丈に作り上げた防壁のおかげで、その向こうの景色を見る事ができない。

 そこには、彼等の生死を分ける策が施されている最中のはず。

 策士イライザと巫女イリシア。この二人によって組み上げられた大勇者用の切り札。

 これが通用しなかったら、大人しく降伏するつもりだった。


「だがそのためには……一枚、手札が足りませんね」


 策の成功には、少なくともウェイルと五分に打ち合える存在が必要。

 ガロアも一流の冒険者ではあるが、そこまでの力があるかというと、いささか心許ない。

 頭を悩ませ、懊悩する市長の元に、伝令が駆け付けたのはその時だった。


「市長、ガロア隊長に面会を求めてきている者がいるのですが……」

「ガロアに? どなたでしょう?」

「カツヒトと申しています。以前、ガロア隊長から勧誘された経験があるとか」

「ほう?」


 この時期にガロアに勧誘されるほどの猛者が訪れたというのは、心強い。

 手駒不足を補える優秀な人材である事に期待しながら、市長は客人の待つ応接室に向かったのだった。





 翌朝、市長の予想通り、アロン共和国の精鋭部隊がキフォン東方へと姿を現していた。

 城壁の上からその整然と隊列を整える姿を見て、ガロアは下品に唾を吐いて見せる。


「チッ、やっぱり罠は効果出してやがらなかったか。向こうも優秀な斥候を用意しているようだ」

「仮にも勇者の率いる部隊ですからね。罠にかかる様なへまをさせないためにも、準備は怠りないというところでしょう。


 陣を構える敵兵の数は、軽く見積もっても千を超える。

 対してキフォン側の戦力は三百の冒険者達。ガロアの指揮力が有るからこそまとまって行動できているが、本来野放図な者が多い冒険者だったらまとまりを欠き、太刀打ちできないところだった。


「しかし、大丈夫なのですか?」


 ガロアの横に立ち、戦場を眺める市長は不安を隠せないでいた。

 この大舞台に、ガロアが選び出した戦力は昨夜訪れたばかりの新人。しかも二十歳にも満たない若者だった。


「ああ。あいつならしっかり役目を果たしてくれるだろうさ」

「カツヒトは見掛けより腕が立つぞ? 少なくともそこのハゲよりはな」

「これは剃ってるだけだ!?」


 市長のさらに隣には、褐色の肌をした、小柄な少女の姿がいる。

 カツヒトとともに訪れた新参者、ネフィリムだ。


「しかし奥方……」

「俺はあいつの嫁じゃねぇ。俺の嫁はラキア一人だ」

「は? ええっと……」


 美少女が他に嫁がいるという主張をするため、一瞬混乱する市長。

 だがそれを口にする暇もなく、新たな来客が彼の元に訪れていた。


「ここにいらっしゃいましたか、市長様!」


 壁上の回廊を駆け寄ってきたのは、ドレスを纏ったイリシアだった。

 彼女の偵察能力は前線には必須のため、ニブラスに戻ることなく、キフォンにまで来てもらっている。

 その背後には、紙とインクを抱えた侍女の姿もあった。


「イリシア様、ここは最前線です。危ないですよ」

「その時はガロア様が守ってくださるでしょう? それにアルフレッドも」


 そう言って彼女が背後を振り返ると、何やら紙束を抱えた騎士が階段を上ってくるところだった。


「イリシア様、お一人でこのような場所に……」

「アルフレッド、事は危急を要するものです。私一人では判断しきれません」

「それはそうですけど」


 そう言うとイリシアは、市長に向けて一枚の紙を差し出してきた。

 そこには歪な文字が殴り書かれている。


「これは――」

「なんだ、嬢ちゃんは字が下手だなぁ!」

「あの、この方は?」


 可憐な容姿のわりにぞんざいな口を利くネフィリムに、イリシアは怪訝な表情を向ける。

 美姫と名高い彼女ですら霞むほどの美貌。なのにその言動は野卑野蛮を極めていた。


「ああ、彼女はネフィリムさん。昨夜訪れたガロアの知人の奥方――ではなく、連れ?」

「おう、同行者で構わねぇぜ」

「そ、そうなんですか? いえ、今はこちらが先です。それとこれは【ダウジング】による筆記なので、私の字が下手なわけではありませんから!」


 ぷっくりと頬を膨らませるイリシアに、侍女とアルフレッドがクスリと笑みを漏らす。

 厳しい戦場での毎日だが、彼女の表情は平和な時よりも豊かになっている。それが幼少時より見守ってきた彼等にとって、なおさら嬉しい。


「……これは!」


 だが、緩んだ雰囲気もそこまでだった。

 マテウスがメモに目を通した直後、驚愕の声が漏れる。

 紙には一言『東方魔王、降臨』という一文が存在していたからだ。


「東方魔王が復活……だって!?」

「しかも、ただ復活ってわけじゃなさそうだぞ。降臨ってことは、もうすでに――」

「そう言えば風の噂では、トラキア山脈が斬り裂かれたという話がありましたね」

「アレが東方魔王の仕業と? 確かに彼の剛腕の巨人ならば可能かもしれませんが……」

「しかし、よりによってこのタイミングかよ……コイツは他には?」

「知らせておりません。ここにいる者だけです」

「それは良かった。姫、できるならばこの情報は内密に。兵達の士気にかかわりますので」

「わかりました」


 緊迫した会話に神妙な顔で頷くイリシア。それを横から見ていたネフィリムは、ポンと手を打って口を滑らせる。


「ああ、それだったら、心配はいらねぇぞ」

「え?」

「あ、いや……」


 ここに来るまでに、彼女はカツヒトに魔王である事は口外しないように口止めされていた。

 だが元来がお調子者のため、うっかり口を滑らせてしまう。しかし、ギリギリで踏みとどまり、口篭もる事に成功した。

 それでも、彼女の言動が不審に思われた事は間違いない。


「あー、えっとな。そいつはその……ワラキアに負けたって話だ」

「そうなのですか!?」


 事実、ネフィリムはワラキアに敗北していた。腕相撲でだが。


「そうそう。しかも跡形も残らねぇくらいコテンパンに、だ」

「まさか東方魔王が……ワラキアとはそこまで――」


 戦慄の表情を浮かべるマテウス。

 かつて彼に蹴り飛ばされた経験のあるイリシアも、さもありなんという表所をしていた。

 コテンパンに敗北したことも事実だし、跡形も残らないくらい変貌したことも事実だ。


「うん。俺は嘘言ってねぇな……」

「なぜ、首を傾げているのです?」

「いや、自己確認って奴?」


 ネフィリムとしてもカツヒトは別に嫌いではない。もしそうなら、身体を許したりはしない。

 彼は弱く、しかし強くなることに貪欲だった。その性向はネフィリムとしても、非常に好ましく思っている。

 彼女は弱者は嫌いだ。しかしそこに安住しないカツヒトに関しては、好意を持っている。

 だからうっかり口を滑らせ、嫌われずに済んで安堵していた。


「そう言えば南方魔王の時もワラキアが倒してましたね」


 イリシアは入ったばかりの最新の情報を思い出し、ポンと手を打った。

 それを聞いて、市長は微妙な顔をして見せる。彼もキフォンを焼かれた、いわばワラキアの被害者の一人だ。


「あの魔神、いい事をしているのか、悪い事をしているのか、判断し辛いのですが……」

「がはははは! あんたにそう言わせるんだから、ワラキアも大したもんだ!」


 豪放に笑い飛ばすガロアに、恨みがましそうな視線を向ける。

 その様子が緊迫していた兵士達にも伝わり、緊張が解れていく。

 イリシアの情報により、緊迫した雰囲気が流れたため、兵士は不安を感じていた。

 それをガロアが笑い飛ばした事で、大した問題ではないと兵達が察し、安堵が広がったのだ。


「なんにせよ、東方魔王に関しては後回しだ。今は目の前のあいつ等をどうにかしねぇと、俺達に明日はない」

「そうですね。その……彼は本当に?」

「カツヒトを信じろ」


 不安を隠せないイリシアに、ネフィリムは胸を張って宣言して見せる。


「確かにウェイルは強敵だが、今のあいつなら充分に相手にできるはずだ」

「貴方はウェイル様をご存じなのですか?」


 ご存じも何も、ネフィリムはかつてウェイル達と死闘を繰り広げた間柄である。

 特にネフィリムにとってはウェイルは相性の悪い相手だった。

 巨人の彼の攻撃はウェイルによって尽く受け流され、薙ぎ払う攻撃はシュルジーによって受け止められ、打つ手を無くしたところにタロスの一撃が決まって敗北した。

 その過去は彼……今は彼女だが、トラウマとなって残っている。

 それでも今のカツヒトならば、『目的』を達成するのに充分な技量があると断言できた。


「市長! 共和国軍が前進を始めました!」


 そこへ物見に立っていた兵士から警告が飛んできた。

 見ると土煙を上げて軍勢が前進してきている。

 千を超える軍勢なので、その速度はそれほど早くはない。しかし一糸乱れぬ隊列は、練度の高さを予想させていた。


「ついに……始まりましたか!」


 市長が、震える声を上げる。

 ここから先、策が嵌れば彼等は生き延びられる。しかし失敗すれば死が待っている。

 その結果の全ては、カツヒトという新入り冒険者に託されている。

 いかにガロアの信任が厚く、美女の太鼓判があったとしても、安心出来ようはずがない。

 しかし、今更作戦の変更も、配置変更もできはしない。


 ゆっくりと、街門が開いていく。

 ここにキフォンの命運をかけた作戦が開始された。


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