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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 西方鎮圧編
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第167話 和平締結

 俺の勧めに、皇帝は即答を避けていた。

 その眉間には、苦渋を示す深いしわが刻まれている。時間にして数分、それだけ経ってようやく重々しく口を開いた。


「即答はできん。確かに伝説の聖剣レベルの武具は魅力だ。しかしそれでもシュルジーは我の大事な臣下である。少なくとも、物と交換するような真似は出来ん」

「へぇ……」

「陛下――!」


 感心するような俺の相槌と、シュルジーの感嘆が重なる。

 確かに皇帝の主張も一理ある。欲深い権力者ならば、領地と異能者、それと二度と手に入らない魔剣を天秤にかけ、魔剣に偏ることは想像に難くない。

 領地も、勇者という名の異能者も、いずれは手に入るかもしれない代物だからだ。


 しかしこの魔剣に関しては話が違う。

 魔神と呼ばれる俺自ら付与する剣は、おそらく二度と手に入らない。

 だからこそ交換条件として成立する訳だし、その機会を逃そうと考える権力者は少ない。


 それでもこの皇帝は、シュルジーを選択した。

 有能な臣下を手放すまいと、俺にノーを突き付けてきたのだ。

 臣下想いのその判断は、実に評価できる。


「いいね。だがあんたは一つ勘違いしている」

「勘違いだと?」

「ああ。別に手放せという話じゃないんだ。あんたが自由に戦力として使えない場所に隔離するだけ」

「よくわからんのだが……」

「俺は湖の中央に小さな島を作ると言ったろう? そこに大使として住み込んでもらおうと思っている」

「大使だと?」


 今まで俺は、【土壁(アースウォール)】の魔法で、何度も数百メートルという壁を作っている。

 その魔法を使えば、湖の中央に小島程度の代物を作ることも可能なはず。

 そこにシュルジー達を住まわせ、出国を管理するだけだ。


「そしてその島には俺も隠居させてもらう。そうすれば、お前達も魔神の脅威に怯えずに済むだろう?」


 俺の目標は、大人しく平和に過ごす事だ。

 ちょっとばかりやり過ぎてしまう事も多いので騒動になっているが、人目のない小島ならばそれほど騒ぎにはならないはず。


「つまり、お主が隠居する島に、監視役としてシュルジーを派遣するという事か?」

「まあ、対外的にはそんな感じで説明がつくんじゃないか? もちろん生活物資の補給くらいはさせてもらうつもりだが」


 ルアダンから引っ越す事になるが、あそこも最近越してきたばかりだ。

 しかも費用もほとんどかかっていない。ならばちょっとばかり沖合に移動しても、問題はないはず……多分。

 安定志向のシノブ辺りが文句を言うかもしれないが、今回は我慢してもらおう。


「……取引を受け入れれば、魔神の脅威を取り払い、シュルジーという戦力を失う代わりに魔剣という力を手に入れられることになる、か」

「結果的にはそうなるな。無論シュルジーの出入りは監視、場合によっては制限させてもらうが、それでもあんたの臣下である事は変わりない。これなら文句もあるまい?」

「ふむ……シュルジーよ、異論はあるか?」

「私は陛下のご命令とあれば、いかような任務も果たして御覧に入れましょう」

「では魔神を倒せという命令はどうだ?」

「陛下……意地悪を仰いますな」


 冗談交じりにとんでもない事を言い出す皇帝だが、トーラスの連中よりよっぽど話ができる印象だ。

 シュルジーを臣下として惜しんでいるところも大違いだ。


「だがワラキアよ。すぐにという訳には行かん」

「なぜだ?」

「アロン共和国の事があるからだ」

「……ふむ?」


 皇帝の言う事も理解できる。

 この世界で残る勇者は二人だけ。その戦力に依存している以上、片方だけが無力化されたのでは、下手すれば共和国の全面攻勢を呼び込みかねない。

 だからシュルジーの引退はウェイルを何とかしてから、もしくは同時にしろ、とこう言っているのだ。


「ウェイルって奴か。会ったことはないんだが、いずれはカタを付けないといけないとは思っている。無論、シュルジーの派遣もそれからでいい」

「それともう一つ……いや、関連すれば無数にある問題がある」

「まだあるのか……」

「ああ、国内の主戦派の意見を封じねばならん」

「ほう?」


 確かに俺の要求をそのまま飲むということは、魔神の圧力に屈したと国内および諸外国に取られかねない。

 それは下手をすれば内乱を呼び込む可能性もある。

 この『話のできる皇帝』が弑逆され、『話の出来ないバカ』が帝位を簒奪する事態は、俺だって避けたい。


「東方にいるミクラス侯爵、そして南東部に位置するワリオ伯爵。現在主戦派を主導しているのはこの二名だ。領地がトーラスに接しておるから、余計に声が大きくなっていてな」

「なら、そいつらをぶっ飛ばして来ればいいんだな?」

「現状ではいささか国益を害していると言わざるを得ん。しかし一族の者に罪は無いし、領民は言うまでもない。彼らを我の一方的な意見で処罰すれば、両名やその臣下が反駁し、国内の治安が乱れる可能性もある」

「ふぅん、治安を心配するってことは、お抱えの騎士団とか持ってるってことか?」

「国境近くの領地だから、もちろんそうだ。我が罰のために両名を呼びつければ、疑心暗鬼に駆られて私軍を動かしかねん。それくらいには、我の影響力は弱っておる」


 武闘派でないがゆえに、そういった派閥に影響力を持てない、ということか。


「わかった、そっちは俺がどうにかしよう。民間人に被害を出さねばいいんだな?」


 皇帝は表立って動くことはできない。ならば神出鬼没な災害呼ばわりされている俺が動けばいい。そう考えて、皇帝に提案してみた。

 俺の返答を受け、皇帝は喜色満面の表情を浮かべる。よほど頭を悩ませていたらしい。


「できるのか!?」

「俺を誰だと思っているんだ?」

「その場にいるだけで災害をもたらす魔神だが」

「く……案外外れてねぇし」


 まあいい。要はそいつらを黙らせれば、南部西方の治安は回復すると考えられる。

 なら俺たちの新生活のため、少々痛い思いをしてもらうとしよう。


「では、事が済めば、停戦条約は解放軍と結べばよいのか?」

「とりあえず、旧トーラス領だけでいいから、独立は認めてくれ。ああ、できればアンサラまでは認めてほしいな」


 アンサラはシノブの第二の故郷であり、ファルネア帝国の西端に位置していた。

 この条件では、アンサラだけが帝国領に組み込まれてしまう。


「アンサラか……あそこの麦の生産量は目溢しするには少々惜しいのだが……」

「その代わり、二度と手に入らない魔剣を手に入れるじゃないか。そうだな……なんだったら代わりの穀倉地帯を俺が作ってやろうか?」

「なに!? そんな真似までできるのか!」

「ただし一時的だぞ」


 アンサラの山の中で、俺は畑を強化する事で桁外れの収穫量を誇っていた。

 穀倉地帯を失う帝国に、補填として軽めの強化を施して回っても、悪くないだろう。


「そうだな……今後十年。アンサラの代わりに、帝国近辺の収穫量を倍に増やしてやる。それでどうだ?」

「十年……できれば二十年は欲しいところだ」

「ここで交渉して来るのかよ。欲が深いと損をするぜ?十五で納得しとけ」

「仕方ないな、では十五年で」


 俺と皇帝は、まるで商人のような愛想笑いを浮かべつつ、がっちりと握手した。

 それをシュルジーが微妙な表情で見ていたのは、まあどうでもいい事だろう。





 俺は皇帝とシュルジーに別れを告げる事になったのだが、さすがにその場に放り出すというのも気が引けた。

 それに収穫量を増やすという能力を、皇帝が疑問視していた問題もあった。

 武器に関しては現物をその目で見たので信じてくれたのだが、農作物はそうも行かない。

 そこで俺は、皇帝と共に首都の近くの畑に強化をかけてやることにした。

 お試しという事で、畑は一面だけ。しかも強化強めでやってやる。


 そのためには俺も首都の近くまで戻る事になってしまったのだが、これにもまた問題があった。

 俺は皇帝を拉致した不埒物で、賞金首で、町を破壊した犯罪者だ。

 それが堂々と首都まで戻ると大混乱が起きてしまう。


 なので指定の畑に強化を施した後は、首都に戻らずそのままシノブ達の元へ戻る事にした。

 往復が激しい距離になってしまうが、俺にとってはどうという事もない距離だ。


 目的の畑に到着し、その持ち主の農家に白金貨を払って実験台になってもらう。

 最初は胡散臭げに見られていたが、シュルジーが前面に出る事で、事無きを得た。

 ちなみに皇帝の顔を、その農民は知らなかった。まあ、そういう事もあるだろう。


「我は皇帝なのに……」

「陛下のご尊顔は、下々の者にはあまり拝する機会がございませんので」


 こっそり落ち込む皇帝を慰める勇者というのも、珍しい光景だったかもしれない。

 そんな二人の脇で、俺は畑をパンパンと叩いて強化を終える。本来有り得ないほどの速度で改良された畑に、二人は目を見張って驚いた。


「もう終わったのか!?」

「強化とは、もう少し時間のかかるモノのはずだが……」

「俺のは特別製でね。といっても戦闘中にごそごそかけれるほどお手軽ではないんだが」


 本当は戦闘中だろうと【錬成】をかける事は可能だ。だがその構成を考えねばならないため、少々面倒な事になる。

 それにこちらの手の内をすべて明かしてやる義理もない。戦闘に使えないという事にしておけば、何時かは役に立つかもしれない。


「これでこの畑はかなりの速度で作物が育つようになったはずだ」

「そうなのか?」

「俺の時は一週間で二、三か月くらいの成長を見せたぞ」

「それは……一週間で作物が取れると言っているような物じゃないか」

「そうだな。毎週収穫祭だったな」

「つくづくバケモノだな、貴様……」


 シュルジーが失礼な事を抜かしているが、ここは商売相手の手前、聞かなかったことにしておく。

 だが皇帝は俺の能力にさっそく目を付けたようだ。


「その能力があれば、我が国の農民の暮らしも、国力も、大きく成長するな……」

「協力はしないぞ」

「金は出すぞ?」

「あんたは自国民以外の農民が飢饉に陥った時に手を差し伸べるタイプか?」

「そんな面倒な真似はせん。他所の国で飢饉が起きたのなら、それは他所の国の問題だ。協力を要請されたのなら話は別だが」

「俺もそういう訳で協力はしない」

「……非常に残念だ」


 未練がましく、俺を見る皇帝。だが俺は権力者に利用されるのは御免被りたい。

 ここで一つ、釘を刺しておくことにする。


「言っておくが、俺にちょっかい掛けてきたら、ファルネア帝国がトーラス王国の二の舞になるからな?」

「わかっておる、無理強いはしない。だが我が国が飢饉に陥った時は協力を依頼するかもしれんぞ」

「きちんと節度を持って対応してくれるのなら、ある程度は応えよう」


 だましたり強制しようとしないのならば、俺もある程度の妥協はする。

 一方的に利用されるのだけは勘弁だが……


「この畑はあくまで一時的な物だ。二か月もすれば、元の状態に戻る」


 畑に施したのは+10。計算では七十日程度で強化は使い果たされ、元に戻るはずだ。

 ここは一時的に国に借り上げられた実験場なので、それだけの期間、農民は自分で仕事はできないのだが、代わりに白金貨を支払っておいたので、生活に困る事は無いだろう。

 なにせ白金貨は、ちょっと大きめの地主の年収に匹敵する価値がある。


「じゃあ、俺は例の二人と『おはなし』してくる。しばらくしたら顔を出すから、連絡事項はその時にしてくれ」

「うむ。我もこれから南部の連中と交渉に入らねばならぬから、忙しくなるだろう」

「政治向きの話はそいつらとしてくれよ。俺が干渉するのはここまでだ」

「なんだ、解放軍と手を結んでいたのではないのか?」

「全然違う。俺の生活域が戦場になりそうだから、首を突っ込んだんだよ」

「そうだったのか。てっきり解放軍と手を結んだのかと……」

「そんな面倒な真似はしないよ。俺は平和な余生を望んでいるんだ」

「そのわりには各地で騒動を起こしているのだな」

「世の中には不可抗力というモノも存在するんだ。皇城に突っ込んだのも、結局のところそれが原因だし」


 ぶつぶつと不平をこぼす俺を、『何を言っているんだ?』という表情で見やるシュルジー。

 実に失礼な態度だが、せっかく帝国と和解したのに、ここで波風を立てるのも面倒だ。

 俺はこれ以上の面倒を避けるために、とっとと退散する事にした。


「それじゃ、あとは勝手にやってくれ。くれぐれも南部に手を出すんじゃないぞ?」

「ああ、わかっている。こちらもこれ以上領土を荒らされるのは御免だ」

「シュルジー。ここからなら皇帝を城まで送り届けれるよな?」

「誰に向かって話している。この世界で貴様以外に不覚を取る相手などおらん」

「そりゃ頼もしいこって」

「皮肉か!」


 皇帝は俺に対し、敵意を持たないようにしているが、シュルジーはいまだに微妙な感情を持っているようだ。

 帝国一筋、武術一辺倒に偏向してきた武人らしいとも言える。

 正直体育会系とも似通った性質は、俺とはそりが合わない。互いに不快な思いをする前に別れた方がいいだろう。


「島は大きめに作っといた方がいいな……」

「なに?」

「いや、なんでもない。それじゃまたな」


 皇帝と鉄壁の勇者。双方に手を振り、俺はその場から退散した。

 こうしてファルネア帝国と、南部解放同盟は和解へと進むことになったのである。


この章の本編は、ここでいったん終了となります。

この後、カツヒトサイドの動きを3話ほど書いて終わりです。

次回からアキラたちは出てきませんので、ご注意ください。


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