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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 西方鎮圧編
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第166話 魔神の提案

「さて諸君、話をしよう。あれは今から三十六万……いや一万四千年前」

「ついさっきの出来事だろう。貴様何言っている?」

「ノリの悪い奴だな」


 俺が場を和ますために軽いジョークを飛ばしてみたが、この世界の住人たるシュルジーには欠片も通じなかった。

 まあ、当たり前なんだが。


 今俺の前には、鉄壁と呼ばれたシュルジーに、彼が仕える皇帝が鎮座している。

 両者とも縄でぐるぐる巻きにしているのはご容赦いただきたい。逃げても捕まえる自信はあるが、いちいち捕まえる労力が面倒くさい。


「貴様……我の身を拉致してどうするつもりだ! まさか帝国を乗っ取るつもりじゃあるまいな!」

「んなもんは要らん」

「ならば、なぜ――」

「それを今から話し合おうって言うんじゃないか。少し黙っててくれ」

「ワラキア、貴様陛下に向かって、なんと言う口を――」

「てい」


 ヒステリックに喚く皇帝を一睨みで黙らせ、異を唱えたシュルジーにはデコピンを食らわせておく。

 俺のデコピンは一般人が受けると頭部が吹き飛ぶ威力があるのだが、ラキアすら超えるこの男の生命力ならば然程ダメージを与えられない。

 その代わりゴロゴロと十メートルばかり縦回転しながら転がっていったが。

 繋いであるロープを引っ張って元の位置まで引き摺り戻し、会話を再開する。


「頼むから茶々入れないでくれ。俺も早く帰りたいんだ」

「ならば私達を解放するのだな。これでは対等な話し合いという状況ではあるまい」

「むむ……」


 シュルジーの主張にも一理ある。

 両手両足を縛り上げ、口をふさいで一方的に主張を飲み込ませて『話し合い』を主張するのは下種のやる事だ。

 そう言うのは二次大戦前の列強のやり口で、俺はあそこまで傲慢ではない。


「逃げないと誓うなら、解いてやってもいいぞ。逃げても捕まえるけど」

「誓おう」

「シュルジー、お主……!?」

「陛下、この男の足を覚えていらっしゃるでしょう? 私達の足では到底逃げ切れません。高貴な御身を守れぬ非才、伏してお詫び申し上げまする」

「い、いや……お主が決めたのならば異論はない」

「ほう……?」


 俺は皇帝の態度に、思わず感心の声を漏らした。

 ここまでの皇帝はの態度は、実戦の空気に狼狽えるばかりの無能という印象だったが、この俺を前にして自らの命をシュルジーの判断に委ねるだけの決断力を持っている。

 そう言えば俺も、結構ファルネア帝国には結構迷惑を掛けていたような気はするが、帝国の屋台骨が揺らいだという話は聞いた事が無い。

 実は内政向けの素養を持つ統治者なのかもしれない。


「ワラキア、私も陛下も逃げぬことをここに誓おう。だから縄を解け。貴様の交渉に乗ってやろう」

「いや、上から目線で言われてもな」

「むぅ……確かに貴様は勝者だ。手段は別としてだが」

「言いたい事があるようだな」

「あの勝ち方をされて、無い方がおかしかろう! それと陛下には手を出さないでくれ。それならば、私も無駄な抵抗はせん。もし約束を違えるのなら……勝てぬまでも面倒と思える程度には、抵抗して見せる」

「その気はねぇよ」


 こっちの命を狙って来る連中ならば容赦しないが――いや、皇帝はその親玉みたいなものではあるが――まあ、無抵抗の人間を嬲りものにするのは気分が悪い。

 それに無駄な戦いを簡単な交渉で処理できるなら、こちらとしても面倒が無くていい。

 俺はレーヴァティンを振り上げ、ロープを切ろうと……して思い止まった。

 俺の攻撃力に、この剣の威力が上乗せされれば、それこそロープどころか勇者のヒラキができてしまう。

 俺が剣を振り上げた事で、皇帝は腰が抜けたようにへたり込んだが、そこで鞘に戻して手でロープを解く。格好が付か無いことこの上ない


 解放された皇帝とシュルジーは、自分の手足を揉み解しながら、こちらの出方を窺っている。

 俺はその視線を受け流しながら、【アイテムボックス】の中から、茶を用意した。

 話し合いを行うのならば、飲み物の用意は必須だ。口の湿りが舌の回りを滑らかにしてくれる。


「まあ、これでも飲んで落ち着け」

「む?」

「……毒は入ってねぇよ。俺にそんな面倒な手段は必要ない」

「それは知っている。頂こう」


 シュルジーが率先して茶を淹れたカップに口を付け、一息に飲み干す。俺はそのカップにお代わりを注いでやった。


「味は良くないが……この状態では贅沢は言えんか」

「一言多いぞ」

「陛下、毒の類は入っておりません。どうぞお召し上がりを」

「ああ、そうさせてもらおう」


 そうか。毒無効の能力を持っていたら、毒味役にはなれないんだな。

 今更ながら、そんな事を思いながら、俺も一口茶を啜る。

 三人が車座に座り、一息置いたところで、俺は本題を口にした。


「さて本題だ。今お前達は南部に攻め込んでいるだろう?」

「南部だけではないがな」

「それをやめてもらいたい」


 南部の独立運動派に、北部のエルフ達の抵抗軍。今ファルネア帝国は、俺が作ったクレーター跡の湖の南北に戦線を抱え込んでいる。

 そのどちらとも、俺は縁を持った。できるならこの戦線を引いて欲しい。


「領土を寄こせというのか? 魔神が!」

「元はトーラス王家の領土だろう。むしろお前達が侵略者だ」

「無統治領土に関しては早い者勝ちという不文律が存在するのだ」

「無統治じゃなかったじゃないか。北はエルフ、南は独立派が存在している」

「ぐ……」

「俺は主に南部の人間だがな。帝国の領土にまで攻め込もうとは思ってない。元トーラスの領土を諦めろ。そう言っているだけだ」

「目の前に吊り下げられた餌を、黙って指を咥えて見ていろと言うのか」

「別に攻めてもいいんだけどな。その時は、また今日みたいな事が起こるだけだ。今度は城だけで済むといいな?」

「我が国には、鉄壁の勇者シュルジーがいる。貴様の思うようには……」

「俺には勝てんけどな」


 例えシュルジーが無敵の防御力を誇ると言っても、それはあくまで奴個人の話だ。

 俺に投げ捨てられた経験もあるように、地盤ごと吹き飛ばされては抗う術はない。

 それはシュルジーも理解しているのか、異論は挟んで来ない。こいつは負けを認める潔さも併せ持っている。


「俺は南部で平穏に暮らしたいだけだ。そして時折北部にも足を延ばして慰安旅行をするのもいい。だがそこが今回みたいに戦争だ侵略だと騒々しいのは、少々鬱陶しくてな」

「だから帝国を敵に回すというのか?」

「トーラス王国みたいにしてもいいんだけど」


 ニヤリと、俺は不敵な笑いを浮かべて見せる。

 今なお大陸中央に存在する、直径十数キロにも及ぶクレーター。トーラス王国を一夜にして滅亡させた、恐怖の象徴。

 その意味を皇帝もようやく理解したらしい。

 目の前の男は、世の理不尽の象徴。力こそ正義がまかり通る、この覇権主義の世界において、俺ほど『わがままを通せる』人物は他にいない。


「だが……共和国は? アロンはどうする? 連中がお前たちの領土を食い荒らしているのを指を咥えて見ていろというのか? それでは我の権威がかかわる」

「そっちはそっちでどうにかするさ。最近首都に一撃くれてやったばかりだしな」

「首都? まさか、この間のクラウベル炎上事件は――!?」

「すべてが俺のせいとは言わないけどな。それに山脈が消えたのもあっただろう?」

「湖畔東のトラキア山脈か? 確かに『一部が消えた』という報告は上がってきていたが……まさかあれも?」

「そう、俺の仕業」


 こういう、暴力を背景にした恐喝紛いの交渉はあまり好みではないのだが、この際贅沢は言っていられない。

 俺もシノブやリニア、ラキアと身を固める決意をしたのだ。半ば流れに任せて身を重ねたとも言えるが、責任は取らねばなるまい。

 ならば俺の住む家周辺の安寧くらいは確保しておきたい。武者修行に出たカツヒトには悪いと思うが、俺は平和を求めている。


 俺のやった事を聞いて、皇帝はしきりに額の汗を拭き、思案し始めた。

 確かに南部の領土は魅力だろう。しかし、そのために俺を敵に回しては、帝国その物が消えてなくなる危険がある。

 拳一つでクレーターを作り、剣の一振りで山脈を切り崩す。

 そんな相手に軍事力を背景に無理を押し通すのは、愚の骨頂だ。内政に関して有能っぽいこの皇帝ならば、それは理解できるはず。


「このまま愚にも付かない侵略戦争を続けるのならば、そんな国は俺には必要ない。アロン共和国とファルネア帝国。その双方の統治組織とその周辺――つまり首都を力ずくで地図から消してみせる」

「そんな真似はさせん!」

「シュルジー。お前の意気込みは買うが、それが可能かどうか、考えればわかるだろう?」

「くっ……」


 いかに高潔な精神と理想を持っていても、力が伴わなければ意味がない。

 そして力さえあれば、どうにでもできると俺に教えてくれたのは、この世界の住人達だ。


「何もお前たちの領地まで寄こせと言っているわけじゃない。旧トーラスの領土に欲を出すなと言っている。それに……そうだな、手を出すなというだけではお前達も納得しないだろうし」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「ああ、不可侵条約を結んでくれたのなら、剣を一本贈呈してやろう」

「剣だと?」


 領土は言うなれば、俺がいなくなればいつでも手に入る代物だ。だがその代わりに二度と手に入らない代物を提示されたら、どう判断するだろう?

 さすがにアンスウェラ―やレーヴァティンを差し出すつもりはないが、この世界最高の聖剣、熾天使の剣で強化値は+30。

 強化値だけならば、アンスウェラ―やビーストベイン、レーヴァティンと同格である。

 その程度の武器を一本くれてやれば、充分国宝レベルになるはず。

 そしてその剣は、俺以外に作れるものはいない。

 領土をあきらめる代償には充分になりうるはず。


「俺はこう見えても、鍛冶師として身を立てていてな。確かこの世界の聖剣は+30だったよな?」


 確認の意味も込めて、シュルジーに問いかける。

 俺の意図を読み切れず、戸惑った表情でシュルジーは問いに肯定を返した。


「ああ、だがその所在はいまだ不明。アロン共和国内にあるという話もあるが、真偽は不明だ」

「お前のグランドクロスはそれより劣るんだよな? ならそいつより強い剣を一本、くれてやる」

「なに!?」


 グランドクロスも熾天使の剣も、すでにこの世界ではロストテクノロジーだ。

 それを超える剣を寄こすと言われて、困惑しないはずがない。

 だが俺は、ここでレーヴァティンを提示した。紫水晶の刀身を持つ、見るからに超常の力を秘めた魔剣。

 その輝きに皇帝は目を見開いて、驚愕した。


「これは……一目でわかる。強力な力を秘めている……?」

「こいつと同等とは言わんが、それに近い武器を寄こしてやることは保障する」


 さすがに魔力吸収なんて属性もった剣は、危な過ぎて渡せない。


「確かに失われた技術を持つ魔剣ならば、多少の領土と引き換えにしても充分な口実にはなるが……」

「無論、条件はそれだけとは言わんぞ?」

「ま、まだなにかあるのか!?」


 当然だ。今回の戦乱、元を質せば、勇者という存在が事の発端である。

 こいつらを何とかしないと、また要らぬ誘惑に負けて戦争を起こしかねない。


「シュルジー、お前だ」

「き、貴様……まさかそういう趣味が――」

「ないわい!? いいか? 今回の戦争は言うなれば勇者と呼ばれる異能者の存在が切っ掛けになったと、考えられなくもない」

「それは……否定できんな」

「だからファルネア帝国から勇者を献上してもらう。俺が送る剣は、その代わりだ」

「勇者を? だがそれではアロンが勢い付くだけだぞ?」

「それは知っている。だから向こうにも交渉を持ちかけてみる。えーっと、ウェイルだったか?」

「ああ」


 力を極めたタロス、技を極めたウェイル、守りを極めたシュルジー。

 この三人のうち、タロスが欠けてしまった事で、戦力のバランスが崩れ去った。

 それが事の発端だ。

 ならば各国から残る二人を取り上げる。そうすれば下手な動きはできなくなるはず。


「アロンからもウェイルを引き抜く。そして緩衝地帯に住んでもらおう」

「緩衝地帯? まさか南部連合に引き入れるつもりじゃ……」

「それこそまさかだ。そんな事をすれば、余計な詮索をされるだけだろ。湖の中央に島を作る。そこにシュルジーとウェイルを住まわせる。無論その家も俺が作ってやる。そうだな、人質に取られるのも面倒だから、望むなら家族も許可しよう」

「どこの国でもない島を作り、そこに勇者を集める、だと?」

「そうだ。そうすれば、勇者の戦力に頼った戦争は起きない。しかも余計な戦乱を起こせば、それが帝国だろうと共和国だろうと、勇者二人が止めに入れる。しかも俺の剣を持ってな」

「それは……恐ろしいな」


 シュルジーの致命的欠点は、攻撃力の不足だ。だが俺が作った剣を持てば、この弱点は消えてなくなる。

 ウェイルに関しては……よくわからんが、まあ脅威にはなるだろう。

 そして権力に属さない最強の存在が周知されれば、各国の権力者も下手な動きはできなくなる。

 まあ、俺がやってもいいのだが……メンドくさいし。


「どうだ? このアイデアに乗ってみる気はないか?」


 少しばかり悪い笑顔を浮かべて、俺は皇帝に決断を迫ってみた。


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