第165話 二度目の対戦
王冠をかぶった男と、その前に立ちふさがるシュルジー。
この二人の関係。光景から導き出される答えは……
「あ、お父様ですか。初めまして」
「違う!」
「へっ、冗談だよ」
いくら俺でも、そこまで馬鹿じゃない。奴が身を挺してまで守らねばならぬ存在。
そして頭上に王冠を掲げる存在。そんな奴は一人しか思い浮かばない。
「ファルネア皇帝……か」
「な、ななな……なにが……」
当事者である俺と、戦場で緊急事態に慣れたシュルジーは即座に状況に対応していた。
しかし常時王宮に篭っている皇帝に関しては、そうもいかないらしい。
突如城を破壊し、壁をブチ破って登場した俺に、混乱したままだった。
「ああ、悪いがこっちもトラブルでな……見逃してくれるのならすぐにでも立ち去るが?」
「貴様、ファルネア帝国の王宮に攻撃を仕掛けて、ただで帰れると思うな!」
「だから事故だって言ってるだろ。直せって言うならすぐ直すけど、今はそれどころじゃないんだよ」
俺をここまで吹き飛ばした爆炎。
その発射地点のすぐそばにシノブがいたはずだ。彼女も俺の強化を受けているので、大事には至っていないと思うが、それでも心配である事に変わりない。
できるだけ早く戻って、安否を確認しておきたい。
「ここで会ったが百年目という奴だ。丁度いい、あの時の決着、つけさせてもらうぞ」
俺を憎々しげに見つめ、腰に差した剣ではなく、後ろに吊り下げた戦槌グランドクロスを取り出すシュルジー。
更におっとり刀で衛兵達まで駆けつけてきた。
「チッ、人目が多いな……」
せっかく今の顔はあまり広がっていないのだ。できるなら衆目に晒されるのは遠慮願いたい。
俺は久しぶりにマフラーを取り出し、口元を覆って顔を隠す。
シュルジーだけなら、まあ、仕方ないと言えるが……そう言えば、こいつに顔を見られているのに、俺の顔はあまり広まっていなかったな。なぜだ?
「なあ、あんた……シュルジーっつったか?」
もはやシュルジーと一戦交えるのは、避けられなさそうだ。
そしてコイツと戦うのがどれほど面倒か、俺は身をもって知っている。
だからこそ、時間を稼ぐ事にした。カツヒトは元より、奴と戦う際のシミュレーションは、俺だって積んでいる。
まずは時間稼ぎ、それさえ成功すれば俺の勝利は確定である。
「なんだ?」
「なんで俺の顔が世間に広まっていない?」
「む……うるさい、だまれ」
「いや、冥途の土産的な物で、教えてくれてもいいだろう?」
俺の質問にシュルジーは嫌そうな顔で視線を逸らす。
こうやって会話に乗ってくれる辺り、こいつは悪い奴じゃない。人の話を聞くだけの余裕があり、部下を気遣う配慮のできる上官だ。
ある意味、勇者という言葉を体現したオーソドックスな存在と言える。
おそらくは力を持つ自身を、そう言う言葉に当てはめる事で律しているのだろう。
「下手なんだ……」
「はい?」
「私は絵が下手なのだ! 貴様の顔を似顔絵師に伝えても、それを表現する事ができなかったのだ!」
「あぁ……」
情景を人に伝えるというのは、ある意味見たものを表現できるだけの表現力が必要とされる。
現代のように、モンタージュで見ながら作れるわけじゃない。
そういう意味で、奴には絵の才能……もしくは表現者の才能が無かったのだろう。
「そっか、お前も万能ではなかったんだな」
「ええい、うるさいと言っている!」
「まあ、気持ちはわかるが少し落ち着け」
実は実生活はダメ親父的存在だったのか、こいつ。だとしたら部下に慕われるのもわかる気がする。
完璧超人の下につくより、弱点を持つ愛嬌ある親父の方が親近感を持てるのは、よくある話だ。
無敵の戦闘力を誇り、責任感も強く、部下への配慮も忘れず、国への忠誠も高い。
だがそんな存在に率いられることは、部下にしてみればプレッシャーでしかない。
しかしこいつは、絵がど下手とかの弱点を持っているので、そこで親近感を稼ぐ事ができている。
名前だけで寝た子も泣き出す俺とは大違いだ。
「お前、つくづくずるい存在だな」
「何を言うか! ええい、いい加減誤魔化すのはよせ。堂々と勝負しろ!」
戦槌グランドクロスをこちらに突き付け、戦闘態勢を取るシュルジー。
それに呼応して、駆け付けた周囲の衛兵達も槍を構えた。
だがシュルジーはそれを見て、制止の声を上げる。
「お前たちは手を出すな。これは私と魔神の勝負だ。余人が手を出す事は罷りならん!」
「しかしシュルジー様! 御身に万が一の事があれば――」
「私が同じ相手に二度も敗北を喫するとでもいうのか?」
「いえ、そんな事は……」
「ならば見ているがいい。鉄壁の威名は伊達ではない事を見せてやろう」
「おおっ!?」
シュルジーの大見栄にどっとざわめく衛兵。
その合間に衛兵の後ろに隠れる皇帝。
いや、いいんだけどな。その行動自体は正しいんだ。すこしへっぴり腰が情けなく見えただけで。
まあ、非戦闘員ならば、こんなものだろう。
「行くぞ、ワラキア。今こそ悪の費える時……!」
「いや、悪いけど……俺の勝ちだわ」
「なに……」
俺の宣言と同時に、シュルジーはカクリと膝を崩し、へたり込んだ。
そのままブルブルと震え、再び立ち上がる事ができないまま、前のめりに倒れる。
同時に周囲の兵士達も、次々と倒れ始めた。
「き、貴様……いったい……」
呂律の回らぬ舌で問いただすシュルジー。だがすでに戦場の形勢は確定した。
ここからの逆転は不可能だ。
俺の【世界錬成】の弱点といえば、接触していないと発動できない事だ。
だが、その効果を『伝達』させる事で、多少のフォローは可能。
今回俺が打った手は――
「空気をな……麻痺毒に変化させたんだよ」
シュルジーの脇に膝をつき、奴の武装を剥ぎ取る。
それに抵抗するだけの力を、シュルジーはすでに持っていなかった。
「麻痺毒、だと……」
「詳しくは教えてやらん」
俺の【世界錬成】は接触でしか発動しない。だがその手は常に、空気に『触れて』いる。
ならば空気その物を変化させてしまえばいい。
幸いというか、シュルジーには毒無効などの特殊能力は持っていなかった。対して俺は、自分を毒の効かない身体に作り替えている。
倒すだけならば純粋に能力値を強化する手もあったのだが、それだと周囲の被害がどれほどになるか、俺ですら見当もつかない。
また、上空に放り投げ、大気圏外まで投げ放つ手もあったのだが、相手を投げるという行為はすでに一度やっている。
奴も警戒しているだろうし、そうなると戦闘技能で劣る俺が奴を掴めるチャンスは無いと見ていい。
ならばと考えたのが、今回の手である。
無造作に手に触れた空気を変性させる。
その異常に気付かせぬように、無駄話をして注意を逸らす。
「おのれ……卑怯な……」
「俺はお偉い騎士様じゃないんでね。不意打ち騙し討ち、なんでもありなのさ」
騎士道とは正反対の卑怯卑劣な手だが、そこにこだわっていてはこの世界で生きていけないと、今まで散々思い知らされている。
最初に毒を盛り、縛り上げて召喚の餌にしようとしたのは、この世界の人間達だ。
「さて、丁度いいからお前等には来てもらうぞ」
俺は【アイテムボックス】からロープを取り出し、麻痺して動けないシュルジーと皇帝の身柄を拘束する。
この先、俺の住むルアダンの町は、ファルネア帝国からの独立で戦渦に巻き込まれる可能性が高い。
ならばその前に、こいつらを確保して、交渉してしまえばいいのだ。
「きさま……いや、魔神よ。私は構わないから陛下は……陛下だけは……」
持ち前の生命力の高さからか、シュルジーはいまだ言葉をしゃべる事ができている。
だが皇帝や周囲の兵士は、すでに言葉も発せられないほど、麻痺が行き渡っていた。
「いや、殺すつもりはない……まあ状況次第だがな。とにかく交渉したいだけだから、大人しくしてろ」
右肩にシュルジーを担ぎ上げ、左肩に皇帝を担ぎ上げる。
そして俺は、破壊され尽くしたファルネア帝国の謁見の間から姿を消したのだった。
あまり速度を出すと、シュルジーはともかく、皇帝が風圧で弾け飛んでしまうので、俺は控え目な疾走で往生から逃げ出した。
あの場にいた衛兵は全員痺れさせたし、その他の雑兵が何人来ようと敵ではないのだが、人質の安全までは保障できない。
むしろ権謀術数渦巻く貴族達の中には、この機会に皇帝を倒して帝位を簒奪してしまえと考える者もいるかもしれない。
そうなれば新たな戦乱が巻き起こることは容易に想像できる。俺としては、火種になるのは勘弁してもらいたい。
そんなわけで無理に戦うのではなく、その場からの逃亡を選択したのだった。
控え目とは言っても、馬よりも速い速度で破壊された街路を駆け抜け、崩落した街壁をくぐり抜け、街を出る。
そのまま時速八十キロ程度の速度を維持しつつ、南方へ向かい、森の中でようやく足を止めた。
途中で皇帝が風圧を受けて『あばばばばば』とか訳の分からない言葉を発していたが、まだ息はある。
手頃な樹木を蹴り倒し、その幹の上に腰掛け人質二人を放り出した。
「さて、お二人さん。まだ元気はあるかな?」
ついでにシュルジーのロープを+10程度まで補強しておく。
こいつは基礎能力が高いので、野営用のロープでは引きちぎられる可能性もあったからだ。
「き、きさま……先ほどの速さは……」
「あれが俺の全速力だと思うなよ? まだ一割も出してないからな」
「なん、だと……」
まだ痺れが残るのか、呂律の回らないシュルジーに触れて、【錬成】をかける。
体内の毒素だけを無毒な物へと変化させ、解毒しておいた。同様に皇帝も毒を抜いておく。
「まあ、話は後だ。もう少し待っててくれよ?」
【アイテムボックス】からスマホモドキを取り出し、シノブの番号をコールした。
なんとなく流れ的にシュルジーと皇帝を拉致してしまったが、このまま放置する訳にもいかないので、きちんと後で元の場所に送ってやらねばならない。
そうなると時間がかかりすぎる。その前にシノブの安否を確認したかった。
コールすること数回。繋がると同時に、シノブの元気な声が響き渡った。
『アキラか!? 無事なんだな? 今どこだ?』
「落ち着け。今ファルネア帝国の南にある森の中だ」
『そんなところまで飛んでいったのか……いや、成層圏まで飛ばなくてよかったけど……』
「上を向いていたら、そうなっていただろうなぁ」
小さな板……シュルジー達からすれば、そう見えるだろう。それに向かって話し出した俺を見て、驚愕の声を上げる。
「なんだ、それは……まさか通信の魔道具!? そんな小型化できるのか?」
「うるさい、少し黙っててくれ。お前達との話は後だって言っただろう」
『え? あ、少し声が大きかっただろうか?』
「いや、そっちの話じゃないから。それで、シノブは無事なんだな?」
『私は大丈夫だ。冒険者が何人か火傷したけど』
「そうか、そっちの処置に任せる。俺はちょっとこっちで野暮用ができたから、少し遅れて戻る」
『無事ならいいのだけど……大丈夫なんだな?』
「ああ、少し迷惑かけた人がいてな。『話し合い』で解決してくる」
『またか。まあ、話し合いで済むなら、それに越した事はないけど』
「またかってお前もわりと辛辣だね。まあそういうわけだから、こっちの事は心配しないでくれ」
「了解した。リニアさんにも伝えておこう」
「頼む」
リニアへも安否を伝えてくれるという事なので、これで一安心である。
俺は通話を切り、スマホモドキを【アイテムボックス】へ仕舞い込む。
そこで俺は、ようやくシュルジー達の方へ向き直った。
ここから先の『話し合い』で、ルアダンを始めとする南部西方の安全に関わってくる。
腰を据えてかからねばならないだろう。
活動報告でも載せましたが、ドブロッキィ様より、破戒眼のユーリのユーリを描いていただきました。
https://12847.mitemin.net/i294321/
これはハの人が暴走した気持ちがわかりますね。