第163話 砂漠の脅威
まるでガラスと陶器によって固められた平原のような場所を、俺達は進んでいく。
つるりとした表面は逆に足を滑らせやすく、意外と行軍速度が上がっていかない。それでも砂よりは遥かに進みやすかったのだが。
「こんな事だったら荷車を置いてくるんじゃなかったな」
「ご主人、この状況は知らなかったのですか?」
「知るわけないだろ。来た事ないんだし」
「それもそーですねぇ」
砂漠は平たいと思われがちだが、実のところ風などで砂が積み上げられ、凹凸が激しい。
それがガラス状に固まった山ともなれば、登りにくさはさらに上がる。
砂山を登るのと、公園の築山を登る違い、と言えばわかるだろうか?
「ダメだな。この先の山は迂回した方がいい」
「そんなに高いのか?」
「ああ、斜面が急すぎて、回り込んだ方が楽だ」
レブは正面に立ちはだかった砂丘を見て、そう判断を下した。
もちろん俺達ならば、物ともせずに駆けあがる事が可能ではあるが、それを見せてやる理由もない。
「幸い、さほど大きな砂丘じゃない。ここは迂回して体力を温存した方がいいだろう。それにもうすぐ日も暮れる」
砂漠に入ってすでに四時間は経過している。
前半の砂の中での行軍と、ガラス丘の行軍で、すでにかなりの時間を浪費してしまった。
ここは魔王城に着く前に一泊した方が賢明という所か。
「そろそろキャンプを張ろう。穴は掘れるか?」
「いや、ダメだ。ガラス層が厚くてスコップが通らねえ。どれだけ厚いんだ、この層……」
斥候の男にレブが訪ねるが、あいにく否定の言葉が返ってきた。
平原での野営の場合、草を毟って火を確保し、後は毛布にくるまるだけでも夜を超す事はできる。
しかし砂漠となると、そうはいかない。
夜になると容赦なく気温は下がるし、吹き付ける風が砂を舞わせ、場合によっては砂嵐になる可能性もある。
朝方になれば容赦なく日差しが照り付け、暑さが体力を奪う。
そして様々な種類の害獣。
サソリやヤスデなどの毒を持った昆虫や、水や食料を狙う獣達。そう言ったモンスターという範疇にすら足を突っ込んだ害獣が、夜闇に紛れて忍び寄ってくる。
これを避けるためには、まず穴を掘って風を避け、体温を奪われないように天幕を張り、昆虫の接近を警戒する必要がある。
しかしこの丘ではスコップが通らないため、穴を掘る事ができない。
この遮るものの無い砂丘で風に吹き付けられながら、一夜を過ごさねばならない。
「面倒だが、しかたないな。テントはどうだ?」
「留め具はかろうじて打ち込めるが……使い捨てだな、くさびの先が壊れちまってる」
「なんとまあ……ここまで苛酷になるのか」
テントを固定するくさびをガラス層に打ち込むのだが、分厚く焼き固められた層に阻まれ、くさびの方が壊れる始末だった。
「どれだけ念入りに焼き固めたらこうなるんだか。この下、一メートルはこんな感じなんじゃないか?」
「その可能性は充分にあるなぁ」
冒険者達も愚痴を漏らしながら野営の準備に入る。
日が傾いたとはいえ、まだ太陽は出ている。その強烈な日差しが体力を蝕んでいく。
俺達もテントを設営し、野営の準備に備えていた。
特に美少女揃いの俺達のパーティは、テントによって他との視界を遮る必要がある。
ここまで何人も、シノブに色目を使ってくる者がいたからだ。
ちなみにリニアはまだ子供に見えるし、ラキアはその美貌からいるだけでトラブルを巻き起こしかねないので、常にフードを被って顔を隠してもらっている。
それでも体付きはマントの隙間からも垣間見えるらしく、むしろその行為がミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
何をやっても様になる美少女というのは、ある意味罪作りな存在である。
シノブがアンスウェラ―を使ってガラス層に亀裂を作り、そこにくさびを打ち込んでテントを設営する。
他のパーティからも協力を要請され、シノブは俺に向けて許可を求めてきた。
一応俺が彼女達のリーダーなのは、すでに周知されている。
「ああ、構わないぞ。だが気を付けて行けよ? 襲ってくるのはモンスターばかりじゃないからな」
「私がアキラ以外に身を許すとでも? そんな奴は返り討ちにしてやる」
「レヴさんすら撃退できる相手を襲ったりなんかしねぇよ!?」
俺が色々揶揄した警告を発すると、協力を願い出てきた冒険者は手を振って否定した。
しかしだからといって安心していい訳ではない。シノブは最近足を出す服装をよくしている。
足を守るために膝上丈のソックスやタイツ、レッグウォーマーなどは装備しているのだが、それでもももをちらりと見せるコーディネートを好んでいた。
無論、若々しい素肌が垣間見えるとあって、俺の視線はそこに誘導されている。
そんな俺を面白がっているのかもしれない。だがそれは、他の男の視線も集めるという効果もある。
ガラス層にひびを入れるために屈んだり四つん這いになったりする体勢を取って、ムラッと来る男がいないとも限らない。
そういう相手に対する警戒心が、シノブにはまだ薄い。
「まあ、念のためは必要だしな。リニアも一緒に言ってやってくれ」
「む? うーん、それもそうですね。わかりました。わたしとしてはご主人と一緒の方がうれしいんですけど」
「それともう奴隷じゃないんだから、ご主人はやめてくれ」
「このご主人は、旦那って意味のご主人なんですよー?」
肩を抱いて身をよじらせ、しなを作って見せるリニア。以前ならば『お子様が――』と切って捨てるところだが、最近はそうはいかない。
いろいろとやらかしてしまったので、そのシーンが脳裏によぎる。
シノブのような露骨な挑発と違い、仕草で微かに色気を混ぜ込んでくる。これが年の功というものか。
「とにかく! ほんとに周囲には気をつけろよ? 男にも、モンスターにも!」
「りょーかいです!」
「じゃあ、行ってくる」
気軽に手を振る二人に俺は少しばかり心配になりつつ、手を振り返したのだった。
今回も、シノブが【アイテムボックス】の能力を持っていることは周囲に知らせてある。
なのでちょっとした食料は彼女が持っていたと言ってごまかす事が可能だ。
冒険者達四パーティに加え、俺達を含め五パーティ。それだけの人数に肉を振舞って、愛想を振りまいておく。
本来ならば飲料水でその容量のほとんどを持っていかれるところではあるが、そこは【創水】が使えるリニアがいるので、心配がない。
多彩な魔術を使えるリニアの存在は、この遠征隊でも大きな意味を持っていた。
水の心配がいらないだけでなく、氷も出せるので、気温による日中の消耗を押さえる事ができる。
他にも生ぬるい酒にも、氷を入れてくれるので、多少マシな晩酌を楽しむ事ができた。
そういう人材だけに、リニアには他の冒険者からも一目置かれていた。
生活魔法と呼ばれる水属性魔法様々である。
その夜もいつものように水と酒を振舞って、英気を養っていた。
ここまでくれば魔王城まであとわずか。そこに存在するお宝までもう少しである。
だがその夜はいつもと違った出来事が起きた。
「ん?」
真っ先に気付いたのは、やはり経験豊富なレヴだった。
カップに満たした酒の表面が、わずかにさざ波を立てたのに、目聡く気付く。
その振動は、断続的に、そして規則的に続き、次第に強くなっていく。
「総員警戒! 敵だ!」
リニアに酒を注いでもらい、にやけた表情だったレヴが一気に引き締まる。
だが俺にはそれがどういう意味なのか理解できていない。
「なぜ敵だとわかる?」
「ここをどこだと思っている? 魔王城の一歩手前だぞ。ここまでモンスターが出なかったことがおかしいくらいだ」
「あ、なるほど」
「しかもこの近辺はサンドランナーと呼ばれるモンスターの生息域だ」
「サンドランナー?」
「ご主人、サンドランナーというのはですね――」
レヴの言葉に、リニアが説明をしてくれる。
サンドランナーというのは、この近辺に生息する巨大な昆虫系モンスターで、いわば陸上に住むアメンボみたいな奴だ。
蜘蛛の一種らしいのだが、足先が平たい板状になっていて、それで身体を砂から支える事ができる。
しかも中央四本の足で身体を支え、前後四本の足を櫂のように使い、滑るように高速移動して襲い掛かってくる。
全高だけで五メートルほどもあり、全長ともなると十メートルを超える者もいる。その巨体と砂場という戦場の利を活かし、襲撃してくる厄介者。
しかも群れを成してくるので、危険度は激高。
「それがここに迫ってきてると?」
「おそらく間違いない。定期的な震動は足を砂に突き刺す時の揺れだ。幸い揺れが定期的だから、数はおそらく一匹」
「わかった、俺達も戦闘の準備をしてくる」
「頼む。シノブ嬢ちゃんには無理をさせるかもしれん」
この遠征隊の中で一番腕が立つと思われているシノブは、おそらく最前線に立たされる。
それをこの男は謝っているのだろう。
「俺も前に立つ。耐久力には自信があると言っただろう」
「ああ、頼む!」
巨大生物が相手とあって、多くの冒険者たちが盾を装備していた。
この砂漠では金属鎧を着ていると火傷をしてしまうため、皮鎧しか着れない。
なので防御力を強化するには盾に頼るしかない。そう言えば、俺は盾系の装備を持っていなかったな。
手持ちにある武器はクロスボウが複数。闇影もないし、近接武器すら持っていなかった。
「オゥ、なんてこったい」
「アキラ、私の武器を使うか?」
「シノブは二刀流で戦うのだろう? ならその剣は必要だ」
二本剣を持っているシノブが俺にそう申し出てくれるが、今回は断っておく。
「私は魔法も使う事があるから……」
「いや、戦いの選択肢は多い方がいい。それはお前が持っとけ」
俺の場合、最悪拳でぶん殴るという手段も存在する。無理に武器に頼る必要もない。
いや、敵が来るまでに剣を作っておく手もあるか。
必要なのは鉄だが……銅貨を金貨に変える事ができる俺ならば、そこらの石でも鉄に変化させる事ができる。
しかしここは、ちょっとオシャレに紫水晶を加工してみよう。
【世界錬成】のスキルで、こわい棒用の紫水晶に干渉し、その形を刀身へと変化させる。
出来上がった刀身はクリスタルセイバーという名称が付いていた。基礎攻撃力は154とかなり高めだ。
そのままでは硬い代わりに脆いので、強化を施し、切れ味を増していく。
今回は俺以外が使用する可能性も考えて、+30という強度を与えていく。それにシュルジーのようなバケモノもいる事だし、俺も攻撃力を強化する手段を持っていても悪くないだろう。
そうして出来上がったのがこちら。
◇◆◇◆◇
晶剣クリスタルセイバー+30 銘:レーヴァティン
攻撃力:2687 重量:4 耐久値1000
魔神ワラキアの作成した呪われた魔剣。紫水晶でできた刀身は凄まじい切れ味を持っている。
その刀身は魔法を吸収し、切れ味をさらに増加させる性質を併せ持つ。
また吸収した魔法を放出することも可能。
◇◆◇◆◇
「なんだ、これ……」
いや、ただの紫水晶で剣を作っただけなんですが……なぜ魔法を吸収する能力とか、それを放出する能力とか付いているのか?
攻撃力自体は、シノブに与えたアンスウェラ―よりさらに上。あまり高すぎない程度の悪くない数値だ。
いざという時はこれをシノブに与えれば、更に火力アップが計れると考えていたのだが、付加効果が酷過ぎる。
この世界の最強の剣である熾天使の剣が攻撃力4467。シノブの持つアンスウェラ―が2093。
対シュルジー用を考えて、アンスウェラ―よりやや強めに練成しておいた。だが強くし過ぎると、俺が使えなくなるので本末転倒である。
なのでこの程度に抑えていたのだが……問題は魔力を吸収してさらに攻撃力が上がるという性質だ。
この付加能力、高い魔力と攻撃魔法が使えるシノブに最適なのじゃなかろうか?
「ご主人……それ、なんで、しょう?」
俺より上位の鑑定能力を持つリニアが、レーヴァティンを見て掠れた声を上げる。
攻撃力では熾天使の剣に一歩劣る武器だが、付加能力がそれを補って余りある。戦慄するのも無理はあるまい。
「あー、いや。なんか、できちゃった」
「『できちゃった』じゃありませんよ。作るのはわたしの子供だけにしてください!」
「その例えも大概だな、おい!?」
狼狽して意味不明な事を叫びリニアに、ツッコミ返す俺。
だが詳しい話をする暇もなく、サンドランナーと呼ばれるモンスターが襲来したのだった。