第162話 判明した事実
特に依頼で集まったわけでもないので、俺はその場で仲間達と相談し、遠征部隊に参加することを決めた。
シノブは俺を崇拝の域まで尊敬してくれているし、リニアはなんだかんだ言いながらも世話を焼いてくれる。ラキアに関しては言うまでもない。
なので特に反対意見は出なかったので、すんなりと決定する。
本来ならば拠点になる宿に荷物を預けてから参加するのが正解かもしれないが、俺達は【アイテムボックス】のスキルがあるため、ほとんど手ぶらに近い状態だ。
しかも荷車に乗って、そこで雨露をしのいでいるので、正直言うと宿に泊まる理由があまりない。
柔らかいベッドや風呂は恋しくなるが、それだって宿に行けば手に入るというモノでもなかった。
俺はガラガラと荷車を牽き、一団のリーダーと思しき男に声をかける。
「済まないが、魔王城に向かう集団のリーダーはあなたですか?」
一応初対面なので、できるだけ丁寧に話しかける。
無論相手も、必要以上に丁寧な対応を取る俺に不審な目を向けるのは、まあ仕方ないところだ。
彼等からしてみれば、俺達は上前をハネる為に飛び込んできた、余所者に過ぎない。
「ああ、そうだが?」
「魔王城に探索に行くと聞きまして。こう見えても腕には自信があるので、参加させてもらえないかと」
「この土壇場でか?」
案の定、ジトリとした視線を向けてくる男。
確かに俺は一見すると、アヤシイ。腰に差していたカタナはカツヒトに譲ってしまっていたので、丸腰。
しかも荷車を牽いている。そんな男が戦力になるとは考えにくい。胡乱な目を向けるのも頷ける。
「ああ。俺だけじゃなく、彼女達もかなりの実力者なんだ。損はさせないよ……シノブ」
「ああ」
俺は幌の掛かった荷台に向けて声をかけ、シノブに外に出てきてもらう。
彼女も押し出しは強い方ではないが、その剣術レベルの高さは圧倒的だ。
超一流に手をかけた熟練者の力は、ぜひ欲しいに違いない。向かう先が生死不明の魔王の元なのだから。
「まだ子供じゃないか」
「こう見えても【剣術】が7レベルですよ、彼女」
「……ほう?」
明らかに疑ってかかる視線。
その視線も仕方ない所だ。シノブの手足は細く、体格は小さい。剣の達人と言われても、にわかには信じられないのも無理はない。
「済まないが、少し試しても?」
「彼女の他にも魔術師が二人同行しているんだが……まあ、構いませんよ」
「ほう、魔術師二人とは、羨ましい」
魔術は比較的簡単に覚える事ができるこの世界だが、実戦で使える魔術書は相応に高価だ。
遠距離攻撃の手段として弓などの武器がある以上、無理に魔術に金をかける冒険者は多くない。
パーティ共同で金を出すにしても一人が限界なのが普通。二人も仲間にしているのは、かなり贅沢な構成と言える。
「縁に恵まれましてね」
軽く答える俺に対し、男は剣を抜いてシノブと相対していた。
その動きに勘付き、ぞろぞろと周囲を取り巻いてくるその仲間達。どうやら、いい見物ができたと考えているだろう。
「おい、どっちに賭ける?」
「いくらなんでも、あの嬢ちゃんじゃレヴさんに敵う訳ねぇぜ」
「だよなぁ。レヴさんに銀貨二枚」
「しょっぺぇな、お前。俺は銀貨十枚だ!」
この世界の物価で言うと、銀貨二枚、およそ夕食一回分という所である。
十枚はかなり張り込んだ方だよな?
その後も次々とレヴと言う男に掛ける声が飛び交う。どうやら結構な信頼を集めている男らしい。
そして残念ながら、シノブに賭ける声は一つも上がらない。
そこで俺はふと気付く。これ、結構なもうけるチャンスなんじゃないか?
シノブの強さは俺も知るところだ。しかも彼女はカツヒトのような能力を下げるアイテムは持っていない。
つまり全力。勇者を名乗るバケモノ達ならともかく、そこらの男に彼女を倒せる道理はない。いや、時には俺みたいなのがうろついていたりするけど……
「じゃあ、俺はシノブに金貨で十枚」
「うおおおぉぉぉぉ!?」
俺の声に、見物していた男達が一斉にどよめく。
俺一人で周囲の男達の賭け金に匹敵する額を提示したのだ。俺以外の者にとって、これでシノブが負ければ、彼等の賭け金はほぼ倍になって返ってくる計算になる。
逆に言えばシノブが勝てば、俺の賭け金が倍になるわけだ。
「なんとも無粋な……すまんな、騒々しくて」
「いえ、お気になさらず」
答えるシノブもいつものバスタードソードの身を引き抜き、対峙する。
さすがに一般人を相手にアンスウェラ―を抜くほど無茶はしない。
「悪いが同行する以上、腕前の確認は必須でね。それでは始めさせてもらおう」
「いつでもどうぞ」
言うが早いか、一息に懐に踏み込み斬りかかっていくレブ。
対するシノブはそれに対抗するでもなく、攻撃を受け流すに留まっている。
その表情には『どうしたものか』と言う逡巡が見て取れる。
つまり、ここで自分の実力をどこまで開示していいのか、迷っているのだ。
「ふむ……?」
俺もシノブの戸惑いは理解した。
ここで俺達が本気で、勇者に対抗できるほどの強さを持っていると見せつける事は簡単だ。
だが見ず知らずの男にそれを教え、良いように利用される危険も、皆無ではない。
「シノブの判断に任せるよ」
「いいのか?」
「ああ、お好きにどうぞ」
「そうか?」
俺は攻撃を躱し続けるシノブにそう声をかけておく。彼女も、余裕を見せながら、返事をしてきた。
だがその態度にレヴと言う男は激高する。
「この、勝負の最中に……舐めるにも程があるぞ!」
「む、すまない」
シノブも覚悟を決めて、剣を一閃する。
ただの一振り。それだけでレブの剣が宙に舞った。
次の瞬間には喉に剣が突き付けられている。その動きがレヴには全く感知できなかった。
「私の勝ちで問題ないだろうか?」
「え? あ、ああ……その、そう、だな……」
何が起きたのかようやく理解できたレヴは、ようやく負けを認めた。
その宣言に、さわさわと驚愕が広がっていく。
他の男達は驚愕したようだが、俺から見ればいつもの光景。むしろシノブは実力を一割も発揮せずに勝利している。
強者であることは認識させ、だが実力の上限は推測すらできない。そんな塩梅の実に見事な勝利と言えよう。
「という訳でして、同行に問題は無いですよね?」
「あ、ああ……他の者も彼女と同じくらい腕が立つのか?」
「一人は確実に。もう一人は……戦い方が違い過ぎて比較できませんね」
「お前は?」
「頑丈さには自信がありますよ」
ラキアならば、シノブに対し圧倒的な戦闘力を発揮できる。
リニアはシノブとは立ち回りが違い過ぎて比較できないが、実力は劣るモノではない。
俺の頑丈さも、シノブの剣でダメージを受けるほど低くはない。
つまり嘘は言っていない。
「これだけの腕があるなら問題ない。むしろ同行者として心強い。歓迎するよ」
俺に向けて右手を差し出し握手を求めてくるレヴ。
圧倒的実力を見せたシノブではなく、俺をリーダーとして認識している辺り、見る目は悪くない。
「ああ、よろしく。出発は今すぐ?」
「そうだな。もうすぐ出発する予定だ。君達の準備は大丈夫なのか?」
「それは安心してくれ。町に来たばかりだから旅支度は済んでいる。というか、旅支度のままだ」
「ならばすぐにでも用意を。すぐに出るぞ」
レヴは敗北を誤魔化すかのように言い捨て、立ち去っていった。彼にもプライドがある以上、完膚なきまでの敗北は思う所があるはずだ。
ここは追及するのも可哀想というモノだろう。
「ところで掛け金は――」
「台無しだ、アキラ……」
レブと爽やかに握手を交わしながら、掛け金をせしめようとした俺に、シノブが苦い顔でツッコミを入れてきた。
いいじゃないか、それくらいの娯楽は……
クジャタの町を即座に出発して三日。
俺達の足ならば一時間もあれば走破できる距離を、それだけ掛けて南の砂漠までやってきた。
ここから先は荷車は使用できない。
「ラキア、シノブ、リニア。荷車で行けるのはここまでだ。降りてくれ」
「むぅ、快適な旅だったのじゃがなぁ」
「仕方ありませんよ。この先は砂漠です。砂が車輪を飲み込んで、身動きが取れなくなってしまいますから」
ごねるラキアをリニアが諭す。
まるで姉が妹を宥めるかのような態度である。
見たところ、長女の立ち位置にリニア、次女にシノブ、末妹にラキアという感じに収まっている。
見た目と全く逆なところが面白い。
いつもならば荷車ごとアイテムボックスに放り込むところだが、人目があるのでそれはできない。
俺達の荷車はテントも兼ねているので、この先は野宿になる。
「荷車はここに置いて行くのか?」
「残念だがここから先には荷車はいけないだろ」
「そりゃそうだが、思い切ったモノだな」
この三日でレヴはかなり俺達と親しくなっていた。
敗北した直後は微妙な気分だったようだが、強者とのパイプを結ぶのは、冒険者や傭兵にとって大きな保険になる。
プライドと天秤にかけてどちらを取るかは、考えるまでもない。
それは他の冒険者も同じだ。
飛び込みの仲間である俺達と反目するよりは、友誼を結んでいた方が利になると理解していた。
そのおかげでよくある、新人に対して絡んでくるという事件が起きていない。
「そう言えばキフォンの方で戦乱が起きていたのではなかったのか? レヴはこっちに来てていいのか?」
カツヒトはその話を聞いていたからこそ、キフォンに向かっている。
それなのに、二十人を超える冒険者がここに集まっていた。
二十人という人数は、冒険者パーティとしてみれば四パーティ程度に匹敵する人数だ。しかし軍としてみれば、小隊一つ分にも満たない。
無論、編成する基準も違うだろうが、少なくとも日本ではそうだった。
だがしかし、そんな少人数でも今のキフォンには喉から手が出るほど欲しい戦力のはず。ましてや冒険者ともなれば、一人当たりの戦闘力は雑兵のそれとは比べ物にならない。
「ああ、なぜかキフォン側の攻勢が弱まってな。どうやらアロン国内では北方の守備を強化する方針に変換したようなんだ」
「へぇ?」
「話ではアロケンとかいう砦が落とされたらしい」
「ぶほっ!?」
聞きなれた名前を聞いて、俺は思わず吹き出さざるを得なかった。
つまり今キフォンには戦乱は存在しない。カツヒトは、とんだ無駄足を踏むことになる。
具体的に言うと、俺のせいで。
「なんてこったい」
「本当にな。噂じゃワラキアの仕業らしいぜ」
「そ、そうなのか……?」
「神出鬼没な上に迷惑極まりない存在だよ」
「そう、だな……ハハハ」
これはもう、ひきつった笑みを浮かべるしかない。まさかこんな所にまで、あの一撃が波及しているとは思わなかった。
元を正せば、岩盤を割るための軽い一発だったのだが……
そんな感じで無駄話に興じながら、砂漠の中を行軍していく。
日差しが厳しいので、皆金属鎧を避け、皮鎧を着用。マントを羽織って直射日光を避けていた。
この環境によって否応なく防御力を落とされ、体力を削り落とされていく。
そして、ようやく辿り着いた先には魔王が待っている。そのコンボでガルベスは侵入者を撃退し、魔王と呼ばれるにふさわしい被害を振り撒いていた。
だが今はその魔王が存在しないという情報が入っている。
「この先に炎の壁が立ちはだかり、討伐軍の侵入を拒んでいたのだが……確かに無くなっているな」
レブの言葉通り、噂の炎の壁は消え去っている。
というかその壁、一年前に俺が作ったやつで間違いないだろう。
という事は、魔王ガルベスが死んだのって、俺のせいか? うっかり【天火】の魔法で焼き払ってしまったのだろうか?
「おい、レヴ! 見ろよ」
「なんだ?」
斥候役の男が先行し様子を窺っていたのだが、慌てた様子で戻ってきていた。
レヴがその声に反応し駆け出して行く。俺もその後を追う。
しばらく進むと、砂漠が異様な姿に変貌していた。
それは、まるで陶器でできた平原というべきだろうか?
砂が溶け、焼き固められ、ガラス状にすら変化している場所がある。
その有様が視界一杯に広がっていたのだった。
「これは……?」
「陶器状に固まっているな」
「おそらく何らかの理由で砂漠が泥濘化して、そこへ炎の壁が立ち塞がった事で焼き固められたのだろうな」
「泥濘化? この砂漠でか?」
「ああ、普通に焼かれただけならガラス状に溶けて固まるが、そうでない場所もある。まるで陶器のように。多分だが……間違いはないだろう」
レヴの推測に、俺は当時の状況を思い出した。【天火】の魔法を使う前に、俺は【創水】の魔法を使っていた気がする。
だとすれば、この光景にも納得がいく。
「全部俺のせいじゃねぇか……」
全力で【創水】を使い、その後に使った【天火】。
今更ながら、自重すればよかったと後悔するのだった。