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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 ニブラスの怪人編
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第159話 魔神の影響、各地の思惑

 ◇◆◇◆◇



「南方魔王はすでに死んでいるだぁ?」


 ロメイによってもたらされた報告に、ガロアは胡散臭げに眉をひそめた。

 突然軍を退いた共和国軍を押し返すため、ニブラス近郊からキフォンの北まで移動してきている。

 イライザの意外な軍師としての才能も相まって、解放軍の不利はかなり解消できていたが、それでもアロン共和国側の優勢は変わらない。

 戦力差があまりにも違いすぎるからだ。


 それなのにこの時点での後退に、ガロアは疑問に思わざるを得なかった。

 そこで主要人物を集め、会議を開いていた最中にもたらされた情報だ。


「私の【ダウジング】でも、その情報はもたらされていないのですが……」

「お前の能力は、得たい情報をすべて得れると言うわけではあるまい? 取りこぼしている情報もあるはずだ。これもその一例だな」

「確かにその可能性はありますが……」

「魔王様は私の目の前で粉々にされたのだ。間違いはない」


 苦渋に満ちた表情でロメイは強調する。

 彼にとって、目の前で主君を倒された事実は、不覚の極みだった。


「あの攻撃が何者の仕業か、いまだにわかっていない。仇を討とうとはもう思わないが、それでも誰がやったかくらいは知っておきたい」

「じゃあ、あの炎の壁は一体誰の仕業だってん――ああ、あいつか」

「心当たりがあるのか!?」

「そりゃ、一人だけな」


 ガロアは一人の男を思い出し、苦笑を漏らしていた。

 脳裏に浮かぶのは、魔神ワラキアの姿。彼が魔法を覚えたのだとすれば、そう言う事件も起こしかねないと思い到った。


「魔神ワラキア。聞いた事あるだろう?」

「最近各地で騒動を起こしている者か? 話半分だと思って聞いていたのだがな」

「キフォンは奴のせいで壊滅寸前の被害を受けたぞ」


 外壁を破壊され、ゴブリンが襲撃し、街中にまで火の粉が舞い降り、大火事が起きた。

 幸いゴブリンは問題なく撃退し、森林火災の後を開拓して農耕面積を増やす事ができたが、これも偶然の産物と心得ねばならない。


「悪気のない奴なんだが、いろいろと騒々しい奴でな。仇討ちを考えていたんなら止めようと思うんだが」

「いや、あれほどの破壊を振り撒く存在に、私一人では対処しようがない。命まで懸けようとは到底思わん」

「それが正解だな」


 ガロアはワラキアの力を直接見たわけではない。だがイリシアからは何度も話を聞いている。

 その中にはシーサーペントを湖から町まで投げ飛ばしたとか、蹴りの一つで盗賊団を吹き飛ばしたなど、冗談のような話がいくつもあった。

 多少私怨が入っている気はしないでもなかったが、それでもイリシアの話は無視できない。

 彼女が言うのだから、実際にそういう事をやったのだろうと判断する。


「あの魔力の奔流、その後に襲ってきた大瀑布は忘れられん」

「どんな殺され方したんだよ、南方魔王……」

「最初魔力だけを放射し、強引にガルベス様を目覚めさせ、その後に超高水圧の水を放射して、ガルベス様の足首を除きすべてを消し飛ばした」

「へ、へぇ……」

「その後、魔王城の北部を炎の壁で封鎖してくれてな。回り込んで人のいる町に辿り着くのに苦労したぞ」

「あー、そう……」


 ガロアは言葉を失くし、同意しかできなくなっていた。

 何をどうやれば、意図せずそんな現象を起こせるのか、想像もできなかったからだ。


「ゴホン、まあ、なんにしても、この情報は他に漏らさない方がいいな」

「ん、なぜだ? 人間共にとって魔王の存在はいない方がいいだろうに」

「そうも行かん。今俺達が生き延びれているのは、その南方魔王様のおかげでもあるんだ」

「ふむ?」


 解放軍の後ろに魔王という存在があるからこそ、ファルネア帝国もアロン共和国も全力で潰しに来れずにいる。

 解放軍を潰すことに注力し、戦力を消費し過ぎる事で、その後に魔王と対峙する戦力を残せなくなることを恐れているのだ。

 もし魔王の存在が無いと知れたら、両国は全力で解放軍を潰しに来る。

 それだけは何としても、防がねばならない。


「まあ、私も意図して吹聴しようとは思わん。そこは安心してくれていい」

「そうしてくれ」

「それで共和国軍が退いた理由だが……」


 南方魔王についての議題は、保留という事でその日の会議は終了したのだった。



  ◇◆◇◆◇


 シモンズ議員は自宅の一室でアロン共和国西方の地図を広げ、思案していた。

 突如もたらされた、トラキア山脈の切断事件。

 それはエルバハ達、東方魔王の下僕の仕業かわからないが、解放軍を自称する連中の頭を抑え込む迂回路ができた事を意味する。

 山脈の切れ目を抜け街道を南下すれば、敵の急所であるニブラスまで僅かの距離だ。


「この機会、逃すわけにはいかないな……」


 時間をおけば解放軍側も対処するかもしれない。

 この山脈の切れ目は、ある意味交通の要衝に成り得た。ここに砦を築けば共和国中央部に抜ける新ルートを制御できる。

 一刻も早く、この地点を確保しておきたい。できるならば、解放軍よりも先に。


 魔王復活の可能性もある。

 エルバハ達の謀略である可能性もある。

 だが、ここを押さえる事で得られる、様々な恩恵は、見逃すにはあまりにも惜しい。

 

 多少の危険を冒してでも確保すれば、国の利益に、そして自分の功績になる。

 だが、議長代理を務めるノーマン議員は、この時期の軍事行動に強硬に反対していた。

 それを無視することは、議員資格を剥奪されるほどの罪になる。


「いや、それでも……この好機を見逃す事こそ罪だ!」


 ついにそう決断し、勢いをつけて席を立つ。

 トラリス老を議場で紹介したことにより、シモンズ議員の発言力は大きく弱体化している。

 その失態を取り返そうと、焦りがあったことも重なったのだろう。

 こうして彼は、山脈の切れ目に小規模ながら軍を派遣する命令を発したのだった。

 無論、議会の承認を得ずに。


 しかし、それだけでは足りない。

 彼が独自に動かせる軍事力は、せいぜい数部隊に過ぎない。

 人数にして数十人。これではニブラス北部に抜けたとしても、町を落とすほどの力はない。

 ならば多少の工作は必要になる。


「確か……ウェイル卿はキフォンへ向かっていたな?」


 剣術を極めた勇者、ウェイル。

 彼はヒドラとの激戦で受けた傷を癒すべく、クラウベルの郊外で療養中だった。その傷も癒え、今は戦線へ復帰しキフォンへと向かっていた。

 ノーマン議長代理の判断で、北部防衛を優先する事になったため、彼も連絡がつき次第、湖の北部へ移動するはず。

 それまでにどうにか先んじてキフォンへの攻撃を仕掛けてもらい、イリシアと南部解放軍の主力をキフォン方面に張り付けておけば、ニブラスへの奇襲の成功率は上がる。


 そして、何かと色を好む(ウェイル)とシモンズ議員は、少なからず交流があった。

 この世界で成り上がるには、女をあてがうという手段に出る必要もあったからだ。


 ウェイルならば数の不利を補う事も可能。

 キフォンに解放軍を引きつけておき、がら空きになったニブラスの北からシモンズの手勢率いる少数部隊で奇襲。


「よし、行ける! これなら要衝の確保のみならず、ニブラスすら陥とす事が可能だ! ならばさっそくウェイル卿に一筆――」


 意気上がるシモンズ。そこで扉が控えめにノックされた。

 彼の自宅でノックする人物など、使用人しかいない。


「なんだ?」

「シモンズ様にお客様がいらしています」

「客?」

「はい。錬金術協会のトラリス様です」

「あの爺さんか……奴のせいでこちらは面倒な立場になったというのに、よくも抜け抜けと顔を出せたものだな」

「いかがなさいましょう?」

「まあいい。会うくらいなら、構うまい」


 天啓を得た機嫌の良さから、鷹揚にそう答えて来客を迎え入れた。

 奇跡的に片足を失うという重傷を負いながらも、想像以上に健康そうな顔色をしている。


「片足を失ったのに壮健そうだな、トラリス殿」

「その件では誠にご迷惑を。まさか魔神ワラキアが先手を打ってくるとは思わず……」

「我等の奥の手を察知し先手を打ったという事は、それだけ奴にとって脅威だったという事なのだろう」

「ハ、それに関しては研究とあの事故の結果を踏まえまして、さらに改良を命じております」

「研究意欲が旺盛なのは相変わらずか。それは結構な事だ」


 応接間の棚からブランデーの瓶を取り出し、自分のグラスに注ぐシモンズ。

 背後で座るトラリスを一瞥してから、尋ねる。


「飲むかね?」

「いえ、医師に禁じられておりますので」

「そうだったな。怪我はまだ完治していないのか」

「はい。それよりも……施療院で偶然ウェイル卿の話を聞く機会を得まして」


 それからトラリスは、入院患者の一人がウェイルのヒドラ退治についての話題を聞き出していた。


「ウェイル卿でも倒すのに苦労したヒドラ。その旺盛な生命力を聞いて、私は素晴らしい閃きを得たのです!」

「それは結構な事だ。それで私にどうしろと?」

「はい、ヒドラはウェイル卿すら追い込む強敵。そしてその死骸はいまだ放置されたままでございます」

「そうらしいな。腐ってなければ、だが」


 グラスのブランデーを口に運びながら、気のない返事を返すシモンズ。

 ヒドラの巨体は運ぶには大き過ぎ、専用の大型台車を必要とする。そしてその場で解体するには皮や肉が堅く、専門の技術が必要とされる。

 つまり解体するにしても運ぶにしても、手間が掛かり過ぎるため、今まで放置されていた。

 その事実を思い浮かべたから、シモンズの反応は鈍い。しかしトラリスは熱っぽい口調で説得を続ける。


「そのヒドラをキメラ化してみたら、と考えたのですよ。シモンズ議員」

「ヒドラをキメラ化?」


 ニタリと狂気すらにじませた表情で迫るトラリス。

 その裏側には屈辱の感情が読み取れた。


「はい。あの水晶の爆発は不完全でした。おそらくトラキア山脈を斬り裂いたのは、例の魔神で間違いないでしょう」

「その可能性もあったか。エルバハの罠かとも考えていたのだが……」

「無論その可能性もゼロではありますまい。ですが、エルバハだけではいささか力不足。おそらくは魔神ワラキアの仕業で間違いはございますまい。そして、その向こうはウェイル卿がヒドラと戦った場所が近うございます」

「ふむ、それで?」

「そこで放置されたままのヒドラをキメラ化し、強靭な肉体と生命力を同居させた新生命体を誕生させ、ワラキアにぶつける、という策を閃いたのです」

「ふむ……?」


 絶圏の勇者ですら追い詰めた魔獣をさらに強化し、魔神にぶつける。

 それはシモンズにとって非常に魅力的なアイデアに思えた。


 魔神にぶつけるだけではない。いまだ跋扈する魔王の下僕エルバハの撃退や、解放軍の殲滅に利用するのもいい。


「ですが私一人では山脈を超えるのは不可能。そこでぜひシモンズ議員に力をお貸しいただきたく」

「……悪くないな」


 トラリスの研究が上手く行けば、勇者すら超えうる存在を生み出す事が可能となる。

 そうなれば魔王や魔神という理不尽なバケモノに怯えることなく、生活できるようになる。

 それだけではない。戦力として使えば、南方で猛威を振るう反乱分子を蹂躙することも、そのままファルネア帝国に攻め入る事も可能になるかもしれない。

 そうなれば、トラリスを後見したシモンズの功績は後世にまで残るだろう。


「いいだろう。ちょうど山脈越えを行う部隊を派遣しようと考えていた所だ。そこにお前の提案を便乗させても支障はあるまい」


 むしろ、トラリスの提案を隠れ蓑にして派兵することすら可能となる。

 これはシモンズにとって悪い話ではなかった。

 疑われないように、ヒドラの死骸を運ぶ人足を雇い、護衛という名目で数十人の兵を派遣する。

 兵士はそのまま南に移動してニブラスを攻め、人足共はヒドラの死骸をアロン国内に運ぶ。


 ニブラスを攻める事は議会の意向に背くことになるが、イリシアの首を取る功績は独断専行を補って余りある。

 そう計算して、シモンズは笑みが漏れるのを押さえられなかった。


「一時はどうなるかと思っていたが、どうやら追い風が吹いてきているようだな」


 グラスを掲げて、そう呟き、残るブランデーを一気に喉に流し込んだのだった。



  ◇◆◇◆◇


次の話で今章をいったん終了という事にします。

その後は一週間開けて、6月4日から英雄の娘をなろうに転載しようと思います。


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