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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第17章 ニブラスの怪人編
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第158話 魔神逃走

 シノブとリニアを引き連れ、俺は夜道を急いでいた。

 先程の怪人、確かに『怪人』と呼ばれていただけの事はある。

 神出鬼没の登場に、俺の不意を打つほどの体捌き。いや、攻撃を実際に躱して見せたのだから、相当な回避能力を持っているのだろう。


 そして肉体ではなく精神にダメージを与える攻撃……


 俺は無意識に口元を覆い続けていた。

 そしてゾクリとした感覚を背に受ける。


「――っ!?」


 声もなく背後を振り返る俺。その俺を怪訝な表情で振り返るシノブ達。


「どうかしたのか、アキラ?」

「今……視線が……」

「まさか、後をつけられている!?」


 俺をかばうように、シノブとリニアが立ち塞がる。俺ですら敵わなかった相手だというのに、なんと頼もしい。

 いや、そうじゃない。二人の足が少し震えているのが見て取れた。

 彼女達も怖いのだ。俺という存在でも仕留めきれなかった怪物が。


 気を抜けば、唇を奪われる。女性である彼女達にとって、その嫌悪感は俺なんかとは比べ物にならないほど大きいだろう。

 それでも俺を守るために、こうして立ち塞がってくれている。

 その姿がこれまでにないほど、愛おしく感じた。


「無理する必要はないさ。宿まで戻れば、無関係の人間は入ってこれないし、部屋を施錠することもできる」

「しかし……」

「明日の朝、町を出よう。奴の根城はこの町だ。町を出たら追っては来ない」


 今ならわかる。他の被害者達もこんな気持ちだったのだろう。

 町から出ないと、どこから奴が現れるかわからない。いるのかどうかわからないが、常に背後に視線を感じる。

 そんな恐怖に追い立てられるようにして、逃げだしたのだ。


「そうですね。ギルドの依頼達成率が下がってしまいますが、あんなのを相手にするよりはよっぽどマシです。ご主人の貞操の方が大事ですから」

「そ、そうだな。さすがにあれは……その、聞いていたのとは違う」

「シノブ、お前が何を聞いていたのか少し気になるんだが……?」

「いや、昔先輩に見せられた、薄い本の話だから気にしないでくれ」


 彼女は一部耳年増な感じがすると思ってみれば、そう言う先輩の影響だったか。

 以前からいるという話は聞いていたが、その先輩とは一度きちんと話し合う必要があるだろうな。生きていれば、だが。


 不安を紛らわせるために、わざと軽い口調で無駄話を繰り返しつつ、ようやく宿屋の前まで戻ってきた。

 そこで俺は再び背に悪寒を感じ、振り返った。

 暗い路地の影、そこに背の高い、体格のいい男の影が存在した…………ように見えた。


「いっ!?」

「いるのか、アキラ?」


 思わずひきつった悲鳴を上げた俺に、シノブが敏感に反応する。

 こういった護衛任務に関してはリニアよりもシノブの方が場数を踏んでいた。

 気楽な冒険者を続けてきていたリニアでは、こうはいかない。


 背の高い男の影……に見えたのは、路地の隅に積み上げられていた、空き箱の山だった。

 どうやら神経過敏になっていて、大きな影が全てあの怪人に見える状態になっているらしい。

 いわゆるPTSDという奴だろうか。


「いや、気のせいだった。でもあまりいい状態じゃないな」

「今日は早く休もう。今晩はわたし達がアキラの護衛に就くから。部屋もそういう風に交換してもらおう。宿の人に言えば、カツヒトにも伝えてくれるだろうし」

「そ、そうだな。悪いけど、頼む」


 こんな状態では、安心して眠る事なんてできやしない。

 こそこそと宿に入り、リニアに部屋の交換を言伝(ことづて)してもらう。その間シノブは入り口を警戒し、俺は待合の椅子に座ってカタカタ震えていた。

 滞りなく、交換を了承してもらい、自室に籠る。そこで俺は真っ先に部屋の施錠を行った。


 いや、鍵をかけるだけでは心配だ。

 俺は部屋の扉と壁、窓ガラスに到るまで徹底的に強化を加え、+120というとんでもない強化を行っておいた。

 倍率にして、9万2709倍という数値である。これならば例え核爆発が起こっても、この部屋の中は安泰だ。


「ふぅ……」

「ご、ご主人、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃ?」

「このくらいしないと、安心できないんだよ」

「破鎧の勇者でも破れないんじゃないですかね、これ……」


 あのシュルジーの防御力に匹敵すると言われた攻撃力を持つ勇者か。

 確かにこの壁、今の俺でも破るのは難しいほどの硬さだ。(くだん)の勇者でも不可能だろう。


「つまり、あの怪人も破れないという証明でもあるな」

「そりゃそうでしょうけど」


 そこで俺は、部屋の隅でモジモジとしているシノブに気が付いた。


「ン、どうかしたのか、シノブ?」

「い、いや! なんでもないぞ、なんでも!」


 なぜかものすごい勢いで首を振るシノブ。

 だがその顔は真っ赤に紅潮している。


「あ! さてはシノブ……この部屋にアキラと朝までって事で興奮していますね?」

「そ、そんな事ないし!」


 リニアがシノブの内心を見事に読み当て、それをわかりやすい態度で否定している。

 そう言えば外から入れないという事は、中からも出れないという事である。

 彼女たち二人は俺という猛獣と同じ檻に閉じ込められたという状況だ。


「そう言えばご主人、先程口直しをしてくれると言ってましたが?」

「そう言えばそんな事を――」


 リニアの言葉に、シノブはさらに顔を赤くする。

 だが俺としても、リニアの提案にはぜひ乗りたい気分だ。あの気色悪い感触を抱えたまま、眠りにつきたくはない。

 俺はいろいろ茹った頭でそんな事を考え、リニアをやや強引に抱き寄せた。





 翌朝、俺は気怠い気分で目を覚ました。

 ベッドの隅にはシノブとリニアが俺に寄り添うように眠りについていた。いつもなら少々はしたない妄想を抱くところだが、彼女達のおかげで俺はまるで、母に抱かれているような安心感に包まれ眠る事ができた。

 二人が風邪をひかないよう、毛布を掛けてから部屋の施錠を解く。

 

 自信にあふれた足取りで、部屋の外へ踏み出していく。

 今の俺なら、あの怪人が現れても返り討ちにする自信がある。

 それくらい、支えてくれる存在というのは力になると、実感できていた。


 顔を洗おうと宿の裏にある井戸へと足を向けると、そこにカツヒトが先に来ていた。

 妙に疲れた表情をしているところを見ると、かなり夜遅くまで頑張ったのだろう。


「おはよう、カツヒト」

「お? ああ、アキラか。おはよう」


 なぜか挙動不審に視線を彷徨わせるカツヒト。もしやこいつも怪人に出くわしたのか?


「なんだ? ひょっとして怪人に出くわしたのか?」


 俺の浅い戦闘スキルでは奴に攻撃を当てる事ができなかったが、カツヒトくらいの腕なら当てる事ができるだろう。


「い、いや……残念ながら出会わなかったよ」

「そうか? 悪いけど勝負は中断して町を出ようと思うんだ」


 奴に対するトラウマはシノブ達の献身で埋める事ができたが、それで危険が去ったわけではない。

 俺はもう覚悟ができたが、あの被害が彼女達に及ばないとも限らない。

 あの怪人が『男専門』と決まったわけではないのだ。


「む、諦めるとは珍しいな。アキラの力なら周辺ごと纏めて吹き飛ばせるだろう? 昨夜みたいに」

「なんだ、知っていたのか」

「そりゃ外壁に穴が開いていたんだから、誰の仕業かすぐに推測できるさ。それで、討伐できたのか?」

「いや、俺の攻撃を衝撃波ごと回避しやがった。あれはリニア並みの回避力があるぞ」

「それは……厳しいな。俺は元より、シノブでも不可能かもしれない」


 俺達の中でも圧倒的に高いスキルを持つリニアの回避。それに匹敵するというのは、かなりの強敵の証だ。


「ああ、俺達の攻撃を擦り抜けて、彼女達が被害に遭う可能性を考えると、この町に長居するのは危険かもしれないと判断した」

「確かに一理あるな。無駄に危険に立ち向かう場面じゃないか」


 俺達に怪人を倒すべき理由はない。多少の怪我くらいなら許容範囲だが、彼女達の貞操に関わるとなると話は別だ。


「悪いが勝負はなかったことにしてくれ。ダメだって言うなら俺の負けでも構わない」

「くっ、確かに勝利報酬は欲しいが、それを受け入れると俺のプライドが傷つくな……わかった、この勝負は別件で着けよう」

「じゃあ、俺はギルドに依頼放棄を報告してくる」

「ああ、では出発の準備は俺の方でやっておこう」


 そう言うとカツヒトはうがいをした後、宿の中に戻っていった。

 その背中を見て、俺はふと思い出す。

 俺の部屋には今、シノブとリニアがあまりにも無防備な姿で眠っているのだ。


「ち、ちょっと待て! お前はそれより先に食材の仕入れを頼む」

「お? そ、そうだな! そうだった、そうだった」


 何かを思い出したかのように、カツヒトも慌てて方向を変える。

 俺の部屋は徹底的に強化しておいたので、中を誰かに覗かれたという事はないはず。

 だからカツヒトに昨夜の醜態を悟られたという事はない。


 瞬く間に視界の外に逃げ出していったカツヒトを見て、俺はそんな疑問を感じていた。

 そこに入れ替わるように別の人影が姿を現した。

 服をだらしなくはだけた、ラキア――ではなく、ネフィリムの姿だ。


「ネフィリム、ちょっとは隠せよ。おはよう」

「おう、おはようさん。ちょっと昨夜は疲れちまってなぁ」

「夜遅くまで頑張ってくれたのか?」

「ああ、『頑張った』ぜ」


 ニヤリと意味深な笑みを浮かべるネフィリム。

 その意味は俺にはわからなかったが、とりあえず町を出る事をネフィリムに伝えておく。

 一人一人に伝えるのは非常に面倒だが、ここで伝えておかないと、それはそれで面倒な気がしたからだ。

 だがネフィリムは、俺の決定に異を唱えた。


「怪人ごときに背を向けるのは癪なんだが……」

「そりゃ、お前は平気かもしれないけどさ。シノブやリニア、ラキアの安全も考えると、やはり撤退がいいと思うんだ」

「逃げたら負けって事になるじゃねぇか!」

「落ち着いてくれ。そしてよく考えてくれ。お前の前でラキアの唇が変態に奪われる可能性があるんだぞ?」

「む……それは……」


 口ごもるネフィリムに、俺はさらに最悪の展開を突き付けていく。


「それだけじゃない。あれだけの体捌きを持つ相手だ。俺達の守りをかいくぐって、女達を拉致することも可能かもしれない」

「ぐぬぅ……」

「お前もラキアだけじゃなく、美味い飯を提供してくれるリニアが攫われる事態は避けたいだろう?」

「それは……ゆるせんな」

「シノブだって、お前には何かと気を使ってくれているのは理解しているだろ?」

「あ、ああ……女の身体の扱いについていろいろと教えてもらったよ」


 ネフィリムは女性になったことでトイレや立ち居振る舞いなど、様々な環境の違いが発生している。

 それを細々とサポートしていたのがシノブだ。

 そういう意味で、ネフィリムは生活面でシノブとリニアに非常に世話になっている。


「そんな彼女が拉致されたら? 見ての通り、あの二人は結構な美少女だ。攫われたらどうなるか、わかるな?」

「お、おう」

「そんな事態になったら、俺はまたこの一帯を吹き飛ばしかねない。いや、世界を滅ぼしかねないぞ」

「それは……嬉しくねぇな」

「だからここで退くのは恥じゃない。彼女達の安全のための、必要な措置だ」

「ああ、わかった。あいつらの為なら仕方がねぇ」


 ネフィリムも、最終的に街を出ることに納得してくれた。

 あの怪人の正体には俺も興味が無い事はないが、それ以上に怖気の走る趣味に付き合う義理はない。

 こうして俺達は、他の被害者と同じようにニブラスの町を去ったのである。


おおっと、被害が少ないぞ?

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