第156話 冒険者、魔王
ラキアとネフィリムのギルド登録。
本来ならば、魔王の二人が登録できるはずが無い。しかしギルドの登録と言うのは俺でも可能なくらい、審査が雑である。
俺の場合、本名で顔を変えただけで登録できた。
登録カードには種族や能力値が記載されるが、それを職員に見られることは無い。
ギルドに慣れているリニアと俺で二人を案内し、ニブラスのギルド支部に足を踏み入れる。
そこはいつものギルドではありえないくらい、閑散としていた。
「なんだ、ギルドってのはもっと賑わっていると思ってたのに、意外とショボイんだな」
人の姿の無いギルドを見て、ネフィリムが容赦ない感想を述べる。
いつもならこんなことを口走ると、絡んでくる性質の悪い冒険者がいるものなのだが、今はそれすらいない。
「なんかあったのかもな。ちょっと待ってろよ」
「おう」
「こっちで待ってましょう」
「リニア、リニア! 何か注文しても良いか?」
リニアが窓際に設置されたテーブルにラキアとネフィリムを連れて行く。
このギルドでも軽く飲食できるようなスペースは設けられていた。そこで早速ラキアがフルーツタルトを注文している。
リニアもその程度で目くじらを立てたりしない。俺は彼女にも給金として、ある程度の給与を与えている。
勝手の違う場所だけに、俺にライバル心を持つネフィリムも、素直に言う事を聞いていた。
周囲をキョロキョロと見回す姿は、とても剛力自慢の元巨人には見えない。
あっちはリニアに任せておけば問題も無いだろう。俺はカウンターに向かって受付に新人の登録に来た旨を告げた。
「新人二人の登録に来たんだが」
「あ、はい。えっと……ご本人様ですか?」
「いや、登録するのはあそこの二人だ」
窓際で店員に注文をしている三人を指差す。受付嬢はその光景を見て、少しの間言葉を失った。
そこには、どう見ても美人姉妹がお茶を楽しみに来たようにしか見えない光景が広がっていたからだ。
スタイルの良さが隠し切れない村娘風の衣装を着たラキア。
タンクトップとホットパンツという、あからさまに自分の肉体美を前面に出すネフィリム。
双子のような二人に挟まれ、意外とスタイルがいいくせにマントでその体型を隠すリニア。
リニアがダボッとした服装を好むのは、彼女が情報収集の際に子供の振りをしてくる事が多いのもある。
その服装のおかげで、近所の美人お姉さん二人に連れてこられた子供にしか見えない。
「あの、えっと……」
「まあ、気持ちはわかりますけどね。あそこの三人、それなりに強いので」
「そこは自己責任ですけど……本当にいいのですか? なんだが普通にモデルとかになれそうな人ですけど」
実際はそれなりどころか、一国にすら匹敵する強者達である。
あの二人が不合格ならば、この世界から冒険者が誰一人存在できなくなってしまう。
「戦闘力は折り紙付きだから、そこは気にしないでくれ」
「そうなんですか? なら良いんですけど……」
「そういえば、妙に人気が無いんだけど、何かあったのか?」
ネフィリムが疑問に思ったことを、俺も尋ねてみる。
ヤツだけでなく、俺も不思議に思っていたからだ。
「ああ、それでしたら町の西……そちらに向かう街道で共和国との戦いが始まっていまして。イリシア様も切羽詰っているんです」
「へぇ……」
「冒険者の方々も、そちらに。赤竜の牙のガロアさんが率いているので、意外と人が取られてしまいまして」
「あのオッサン、妙なカリスマがあるんだな。毛はないのに」
俺の呟きに受付嬢もプッと吹き出す。山賊みたいな外見の癖に豪放磊落な性格で面倒見のいいあの男は、妙に男に好かれる性格をしている。
それに町の美少女領主を守るためとあれば、応募者が殺到するのもわからないでもない。
それにガロアの指揮力ならば、死亡する可能性も低いと思われているらしい。
「それでは、登録でしたらこちらの書類に記入してください」
「これは俺が代理で書いても?」
「代筆が必要な方もいらっしゃいますので、それは大丈夫ですが、後で本人に確認してもらう事になりますよ」
「ああ、そうしてくれて構わない」
確認を取った事で俺は書類とペンを持って、ラキア達の元へ向かう。
そこには来たばっかりのタルトを頬張る、魔王二人の姿があった。
「おう、登録は済んだか?」
「いや、まだだが……お前、すっかり女体を楽しんでるな?」
クリームで口の周りを汚すネフィリムの姿は、まるで年頃の少女のようだ。
これが筋肉ダルマの成れの果てとは、とても思えない。俺の【世界練成】スキルの恐ろしさの片鱗を見た気分である。
「今までは果物も『肉』も丸かじりだったからな! こうやって綺麗に皮を剥いてあるのは初めて食べる」
「その『肉』について詳細を……いや、いい。とにかくこの書類を書け」
「俺は字はわからんぞ?」
「代筆するから。リニアが」
「ええっ、わたしですかぁ!?」
「俺も字は怪しいところがあるんだよ」
俺の持つスキルの一つ【言語理解】は会話の方はともかく、書く方はやや怪しい。
全く読み書きができないわけではないのだが、スキル任せの文法ではやはり自信を持って正しいと言い切れない。
「わかりましたよ、もう。まずは名前から」
「ラキアだ」
「ネフィリム」
「聞かなくてもわかってますけどね! 偽名とか使う気は無いんですか?」
「なぜ我が自らを騙らねばならぬ?」
「俺は俺だ」
リニアの懸念もわからないではないが、こいつらに偽名を使いこなす事は不可能だ。ここは本名でも問題あるまい。
「次に年齢です」
「0歳」
「0歳」
「いや……事実ではあるんですけど……」
生まれ変わったばかりだからな。
脂汗を流しながらも、リニアは言われた通りに記載していく。
「出身地」
「地面の中」
「洞窟の中」
「……もういいです」
この調子で書類の空欄を埋め、俺は二人を伴って受付嬢へ書類を提出した。
一連の情報に目を通し、顔を上げた受付嬢の表情は――強張っていた。
いや、気持ちはわからんでもない。本当に。
「あの、これは……」
「かわいそうな子達なんです」
「職業が魔王ってなってますけど?」
「十四歳くらいの病気なんです」
「年齢は0歳ですよ?」
「数を数えるって難しいですよね」
俺は受付嬢の質問に、まじめな顔をして答えていく。ラキアやネフィリムには答えさせない。
いや、答えたところで正気とは思われないだろう。
「一応身元の保証もギルドが請け負うことになるのですけど……」
「俺を身元引受人にしてくれて構いませんので」
「それは未成年者に対する制度なんですけど」
「未成年ですよ。0歳ですから」
「……………………」
お互い顔を引きつらせながら問答を続け、結局俺が管理責任者になる事で登録カードを発行してもらった。
まあ結局、この非常識魔王共は俺が面倒を見ることになるので、問題は無い……はずだ。
魔王二人が正式に冒険者ギルドに加入した事で……いや、俺も何を言っているのかわからないが、とにかくこれで依頼を受ける事ができる。
チャック・ザ・リッパーとやらの捕縛依頼は事後受諾方式なので、捕まえるまでは特に契約を交わす必要は無い。
問題はチーム分けである。
俺達は全部で六人いる。全員でまとまって探すのも効率が悪い。
ツーマンセルは最低ラインとして、3チーム。安全を期して三人一組の2チームでもいい。
「三人組で2チームが無難かな?」
「確かに六人全員で動くのは非効率的だからな。だがどう分ける?」
カツヒトは俺達全員を見渡し、首を傾げる。
俺達はクセの強い性格をしている。誰が誰と組んでも、問題を起こしそうだ。
「そうだな。怪人って言っても殺人は起こしてないわけだし……」
「でも、被害者が町から逃げ出すほど、心に傷を負っていますよ?」
「危険な存在ではあるんだよなぁ」
何がどう危険なのかわからないのがもどかしい。被害共も、せめてどう危険かくらい情報を残していけばいいのに。
とにかく、俺達の中には女性が多い。人数にして3.5人だ。ちなみにネフィリムは0.5人扱いである。
もし、性的な犯罪者だった場合、トラウマを抱えそうな人材もいる。主にシノブだが。
敵が性犯罪者だった場合、種族的ビッチであるラキアの心配は要らないだろう。
リニアも見かけ通りの年齢ではない。その年の功と経験があれば、早々ダメージは受けないはず?
ネフィリムに至っては、逆に食いつきかねない。
だが純情なシノブは、精神にダメージを負いかねない。それだけは絶対に避けねばならない。
「シノブは俺と組むように」
「ご主人、ずるい! わたしも組みたいです」
「我も、我も!」
「ラキアがいるなら俺も!」
「カツヒト以外全員じゃねぇか」
さすがに一人と五人に分かれるのは無理がある。
男を一人ずつ各チームに入れる意味でも、俺とカツヒトが別れるのは悪くない。
シノブを俺のところに入れるとして、残り一人。
ネフィリムはラキアと一緒にいたいと主張しているので、二人まとめてカツヒトと一緒のチームに入れよう。
ならば残るリニアは俺のところに。これで三対三になる。
戦力的にも、頭一つ抜けている俺と、それに次ぐラキア・ネフィリム組とバランスが取れている。
「問題は……常識力だな」
「失礼な。俺は常識人だぞ!」
「我も常識くらいわきまえておる!」
「俺は……自信は無いな!」
相次いで否定するカツヒトとラキアだが、説得力はまるでない。
そして非常識を認めるな、ネフィリム。
「少なくとも俺達はアキラよりはよっぽど常識的だ!」
「そーだ、そーだ!」
カツヒトの発言に、拳を振り上げて同意を示すラキア。だが、俺が非常識の権化のような意見はいただけない。
「ほう? ならば問題を起こすんじゃないぞ?」
「それどころか、お前より先に怪人を捕まえて見せるさ」
「ほうほう。ならば競争するか? そうだな……俺に勝ったら貴様の槍を更に強化してやろう」
「なに!?」
「代わりにお前は何を出す?」
俺が槍を強化すると言うと、カツヒトは明らかに目の色を変えた。
ヤツにとって愛槍が強化されると言うのは、自身の技量が伸びるのと同等の喜びである。
だが世界そのものに干渉できる俺に、ヤツが釣り合う物を出せるかどうかが問題だ。
「俺の提示した物に釣り合う条件を、お前は出せるか?」
「くっ……」
「ふっふっふ、勝負の前に勝負あり、だな?」
「ならば……仕方あるまい。これを出そう」
そう宣言すると、懐からスマホモドキを取り出した。
ささっと操作して、一枚の写真を俺に提示する。そこには滝壷で水浴びをしている水着姿のエルフ女性の姿が写っていた。
更に次のページに進めると、シノブとラキアの姿も。
「お、お前……いつの間に!?」
「フフフ。シノブ達の写真はもちろん、エルフの女性達は貴様も見たことがあるまい。しかも水着姿だ」
「あの時お前の姿が見えないと思っていたら、こんな事をしていたのか!」
あのエルフの村で、カツヒトはほとんど俺の前に姿を見せず、いつの間にか果実酒を手に入れたりしていた。
誰から手に入れたのかが不明だったのだが、こうして女性を誑しこんでいたのか。
シノブ達の画像は滝壷ではなく、店で試着しているシーンだった。
水浴びしに行った時はまだスマホを用意してなかったから、俺が村を出てから、また水着を買いに行ったのか?
「ちなみにこの画像データはここにしか存在しない。無論、言うまでも無いが」
「しかもプリンターなどのアウトプットする機材も無い以上、その中にしか存在しない貴重な画像と言うわけか」
「そうだ。それをアキラ、お前にやろうじゃないか」
「……いいだろう。報酬として不足なし。これで勝負成立だ」
「成立だ、じゃなあぁぁぁい!」
俺の後頭部をシノブが叩く。無論ダメージは無い。
「いいいいいつの間にそんな画像を!?」
「おお、これは我か? すばらしい絵画じゃな!」
「むぅ、やはりわたしだけ露出が足りませんでしたね。今度わたしも買いに行きます!」
横から覗き込んでいた女性陣が相次いで批評する。
シノブ以外は全く恥ずかしがっていない。水浴びの時の彼女は、かなり冒険していたからな。
俺としてもこの写真を見ていると、あの時の柔らかな感触が思い浮かべられ、色々と『捗る』だろう。
シノブは色々と異論があるようだったが、勝負は成立した。こうして俺とカツヒトによる怪人捕縛競争が始まったのである。