第155話 三度目のニブラス
再開します。
そんなわけで、俺達の同行者に二人目の魔王が参加する事になった。
ある意味ラキア以上に周囲に気を使わない性格なので、正直言うと先行きは不安で仕方が無い。
しかし、それ以外にも利点は存在していた。
その一つが、俺達の最大の難点……つまり、鍛錬相手の存在だ。
特にカツヒトはシュルジーとの敗戦以来、鍛錬を欠かしていない。だがビーストベインを持つカツヒトが満足に戦える相手など、そこら辺にいるわけがない。
結果的に闇影を片手に自身の力に制限を掛けて、猛獣やモンスター相手に戦うしかなくなっていた。
ところがネフィリムが参加した事で、カツヒトやシノブはいい鍛錬相手を得た。
ネフィリムも強さを求める二人の鍛錬に付き合うのは楽しいらしく、毎日毎日周辺でドッカンドッカンと鍛錬に励んでいた。
おかげで周囲の地形が大変な迷惑を被っていたが、そこはカツヒト達の礎になったと諦めてもらおう。
「いいけどよ……鍛錬のたびに周囲を吹っ飛ばすのはやめてくれませんかねぇ?」
「…………ぺっ」
早朝の鍛錬で近くの草原にクレーターを作った三人に、俺はそう苦言を呈したが、ネフィリムは唾を吐き捨てて拒否した。
「おい、お前勝者には敬意を払うんじゃなかったのかよ?」
「確かにお前は強い。敬意を払うに値する男だ。同時にラキアを巡る恋敵でもある。馴れ合うわけにはいかんと判断した」
「ああ、そう……」
「我のために男二人が争うなんて、罪作りな我じゃ」
「黙れ、おバカ」
身体をくねらせ頬を染めるラキアの後ろ頭を、はたいて黙らせておく。
ツッコミを入れておいてから、俺はフライパンを振って朝食の準備を整えていった。
俺達の分はアスパラとベーコンを炒めたものとトースト。ラキアの分は白子をバターでソテーしたものとレタスを一緒に挟んだサンドイッチだ。
「そういえばお前はなに食うんだ? 好き嫌いとかあるのか?」
「俺か? 特に好き嫌いは無いぞ。パンも野菜も人も、なんでも食うぞ」
「人は食うな!?」
ネフィリムには好き嫌いが無いそうなので、ラキアと同じ物を食わせておく。
彼女の食事は特殊なので、調達に苦労するのだが、今は食材に余裕がある。
それになんだか、ラキア一人だけ違う食事を取っているのは寂しそうに見えたからだ。
「ラキアと同じ食事か。それも悪くない」
「じゃあ、我もアキラと同じものを!」
「ラキアはは私達と同じじゃ栄養が取れないでしょ!?」
シュタっと手を上げたラキアに、今度はリニアがツッコミを入れる。
こうしてネフィリムは、俺達に予想以上の速度で馴染んで行き、ニブラスへと到達したのだった。
湖岸の町、ニブラス。俺達にとっては何かと因縁のある町でもある。
トーラス王国崩壊時、俺の正体を見抜いた遠見の巫女イリシアの治める町。
初めて訪れた時、シーサーペントを釣り上げ、大被害を与えた町。
そしてラキアと出会った町でもある。
その他にも、俺が全裸で走り回ったとか、家畜ドロを行ったとかいう噂も流れていたか?
「この町では、俺に関する噂でろくな物が無いんだよなぁ」
「最近は独立派の連中にとって、北側の最前線でもあるらしいぞ?」
「そうなのか? じゃあ、ここは戦争が起きるのか……」
シノブの説明を聞き、俺はこの町の知人を思い浮かべる。
ここには長く逗留した事が無いので、知り合いは多くない。
それでも漁師のモリス親娘や、武器屋のパリオン爺さんなど、印象深い連中が多い。
モリスのオッサンには俺の顔を知られているが、町中に俺の似顔絵等が貼り出されていないところを見ると、意外とオッサンは人に話していないのかもしれない。
「一回顔を出しておくのも、悪くないかもしれないなぁ」
「トリスちゃんのところか?」
「モリスのオッサンのところだろ、そこは」
幼女の名前が先に出る辺り、カツヒトの趣味を疑いかねないところはある。
まあ、こいつの場合、子供が困っているのを見捨てられないから、あのシーサーペント退治を引き受けたのもあるだろう。
俺とカツヒトがそんな感傷に浸ってると、リニアが妙な噂を聞きつけてきた。
彼女は見かけが子供であり、人に警戒心を抱かれにくい。
しかも中身は結構周到な大人なので、情報を聞き出す能力に優れている。
「ご主人、ご主人! 今この町では妙な怪人の噂で持ちきりだそうですよ?」
「妙な怪人? ああ、下半身裸で町中を駆け回ったという……」
「それはご主人本人じゃないですか」
「俺じゃねぇし! いや、俺だけど濡れ衣だし!?」
ラキアにちょっかいを出されて夜の街を疾走したのはわずか一ヶ月程度前の話だ。
ネフィリムは何事かと可愛らしく小首をかしげているが、これの中身が十メートル超えの巨人と知られたら、また騒動が起きるだろう。
「それで? 俺じゃないなら誰だって言うんだ?」
「それがですね、『怪人チャック・ザ・リッパー』と呼ばれる存在が、この町に出没しているらしいんですよ」
「チャック・ザ・リッパー?」
なんだ、その娼婦専門の切り裂き魔みたいな名前は。
「目を離した瞬間に娼婦が切り裂かれでもしているのか?」
「なんですか、その殺伐とした怪人は?」
「俺の故郷の世界じゃ、そういう存在がいたんだよ」
「なんて恐ろしい世界ですか……」
元々は英国で六人ほど被害者を出したのだったか? なんにせよ、今回の話には関係あるまい。
「それで、なにをしたんだ、そいつは?」
「なんだか襲撃者ではあるらしいんですが……被害者が存在しないんですよ」
「被害者が存在しないぃ?」
被害者がいない襲撃事件なんてあるのか?
「いや、被害者がいないわけじゃないんです。被害者がいるのは確かなのですが、決して名乗り出ないそうです」
「名乗り出ないのに被害者がいるとなぜわかる?」
「捕まえてやると息巻いて見回りに出た冒険者がいるんですよ。でもよく朝早くに町を出て、詳細を全く聞けないんだとか」
「なぜそいつらが被害を受けたとわかる?」
「町を出る時、顔面蒼白で逃げるように去っていったらしいんです。それを見て、あれは絶対被害を受けたと判断されたと」
「へぇ?」
被害者と目される連中は皆生きて町から逃げ出している。
死者を出さない怪人と言うのも、なかなかに興味深い。
「冒険者ギルドでは、捕まえた人間には賞金が出るって話も聞きましたよ?」
「賞金かぁ」
俺は金を練成できるので、金には困ってはいない。しかし稼ぎが無いとなると、怪しむ連中も出るかもしれない。
特にルアダンの町を出てからは、鍛治師としての仕事は請けていない。公的な収入が無い状態では、冒険者ギルドの職員に怪しまれる可能性も出てくる。
「その捕縛ってのは生死不問って訳じゃないよな?」
「殺害はさすがに。何せ死者は出てないので、そこまで酷い依頼は出てないです」
「賞金額は?」
「金貨で二十枚。結構な額ですよ」
金貨二十枚。ちょっとした新人兵士の年収に匹敵する。死者が出ていないと言う割には高額な賞金だ。
「妙に高額なんだが、理由があるのか?」
「すでに十数人は町から逃げ出しているらしいので。その分町に入るお金が減っていると考えれば、ありえない額じゃないですよ」
「十数人か、結構多いな」
それだけの数の冒険者を町から追い出したとなると、宿泊費や食事代など、結構な損害を町に与えた事になる。
特に冒険者は、仕事が成功すると打ち上げを開く事も多いため、店の儲けが大きい。
そういった存在を数パーティ分、追い出してしまったとなると、その損害は見過ごせない。
「なるほどな……そういえばこの町、そういうのを見抜ける領主がいたんじゃないのか?」
この町自慢の美少女領主、イリシア。
トーラス王国を滅ぼした俺を見抜き、南方魔王や央天魔王の復活を見抜いた『目』を持っている、この世界最高の情報収集能力を持つ少女。
俺の行為を見抜くくらいなんだから、そんな怪人だって見抜くことができるはずだ。
「それがここの領主様、最近は前線に張り付いているらしくって、町にいないんだそうです」
「そりゃ残念。なんだか一目見てみたいと思っているが、なかなかタイミングが合わないよなぁ」
「ご主人? どこの領主でも遭う事は難しいと思いますよ。ましてやここの領主様となれば、その危険性は他と比較にならないはずです」
「うっ、それもそうか……」
イリシアの持つ能力で俺の顔は向こうに知られている。
あれから多少顔の印象を変えて、見抜かれ難くしているが、そういうのを含めて見抜ける能力の持ち主だ。
君子危うきになんとやら。危険な存在相手にわざわざ近付く事も無いか。俺は学習する男なのだ。
「そうだな。今は、魔王二人を連れ歩いている事だしな」
「それ、考えてみれば卒倒物の事実ですよね?」
「俺本人も魔神扱いだしなぁ」
「わたしだったら失神します」
「そんな事は無いぞ! アキラは別に怖くないし」
容赦なく失神宣言するリニアと、拳を握り締めて俺を弁護するシノブ。
俺は思わずシノブの頭を撫でて、その熱意に感動してしまった。
「シノブはいい子だなぁ」
「こ、子供扱いはやめてもらいたい」
むぅっと頬を膨らませるが、その仕草が実に子供っぽい。彼女も十六になるのだから大人扱いしないといけないのだが、こういう仕草が実によく似合う。
この話を聞き、カツヒトは槍をしごいてやる気を見せていた。
「町に迷惑を掛ける怪人退治か。日頃の鍛錬を試すチャンスだな」
「お前が言うか? この町に結構な被害を出したの、忘れてないだろうな?」
「それは俺ではなく、アキラだな。俺はむしろ巻き込まれた側だ」
「てめ、こういう時だけ無関係の振りを……」
俺はカツヒトを締め上げるべく詰め寄るが、そこにネフィリムが割り込んできた。
「冒険者を数十人追い出す怪人か。腕が鳴るよな!」
「なんだ、お前も参加するつもりか?」
「なんだよ、俺だけ仲間外れにする気かよ」
「いや、賞金は冒険者ギルドが出してるってことは、冒険者じゃないと……」
「ふむぅ、冒険者か……」
そこでネフィリムは顎に手を当て考え込んだ。そして思案する事数秒、あっさりと決断を下す。
「よし、俺も冒険者になる!」
「やめろ!」
案の定、無茶な決断をしたネフィリムに、俺は即決で否定を突きつけた。
魔王が冒険者? 正気か。
「あー、ずるいぞネフィリム。我も冒険者になる!」
「よし、なろう。なに、俺達の能力ならば何の問題も有るまい!」
「有りまくりだ!」
ネフィリムの考えに、ラキアも尻馬に乗ってくる。
考えてみれば、俺達の中でネフィリムとラキアの二人だけが冒険者資格を持っていない。
ギルドに参入する利便性を、彼女達だけが受けられない。だがその必要性はあるのだろうか?
ギルドに参加する事で得られる利点は、まず身分保障。
これは偽名でも登録可能だし、背後にギルドが付くだけでも信頼を得られるので、ラキア達魔王にとっては美味しい制度だろう。
次に銀行機能。
ラキア達は現金を持ち歩いていないので、あまり必要ないように思われるが、欲しいものは実力で奪い取る魔王気質が抜けていない彼女達にとって、現金を持たせておくと言うのは悪くないかもしれない。
際限なく買い物をされる危険性は有るが……特にネフィリム。奴はあれが欲しいと思い立っったら、唐突に強盗事件を起こしそうだし。
そして連絡機能。
俺がカツヒトを探す時に使った連絡網だが、俺達はスマホモドキがあるので困らない。
だがラキアとネフィリム、それにリニアは持っていないので、この連絡網の存在はありがたいだろう。
「あれ、実は悪くない考えか?」
「で、あろう?」
ネフィリムは自信満々に応えてみせる。実際、彼女達が魔王と疑われた時、ギルドカードに違う種族が記載されていたなら言い逃れもしやすいかもしれない。
それにラキアはともかく、ネフィリムはいつ俺達の元から去るかわからない。
こいつは気まぐれな存在だから。
「そうだな。登録するだけなら、いい考えかもしれないな」
こうして魔王二人はギルドに登録する事になったのだった。
別作の話になりますが、前前作の半竜少女の奴隷ライフのエイルを描いていただきました!
よかったら見てください。ヒャッホゥ!
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