第151話 魔神式問題解決術
俺とシノブは揃って岩場を駆け下りていく。後からおっかなびっくりという態で獣人達も続いてきた。
普通なら尻込みするほど急峻な岩場を、それでも無難に滑り降りてくるところはさすがの運動能力だ。
岩場の下では俺の声に反応したリニアが近くの村人を殴り飛ばし、子供を確保してチョロチョロと逃げ回っている。
回避能力の高いリニアならではの時間の稼ぎ方だ。
一拍遅れて起き上がったカツヒトも、それに続いて残る二人を確保していた。
突如乱入してきた少年と小人族の姿に当初は戸惑っていた村人達も、肝心の子供を奪い返されたとあって即座にリニア達を追い回しにかかる。
そこへ俺とシノブが、嵐のように飛び込んでいった。
「な、なんだ、お前達は!」
「あ、お前はさっきの!?」
俺達の姿を見て誰何の声を飛ばす村人。先程挨拶をして別れた連中は驚愕の表情を浮かべている。
まさか助けてくれた恩人が奇襲を仕掛けてくるとは思わなかったらしい。
「さっきはよくも騙してくれたな。これはお礼だ!」
俺はそう叫んで闇影を引き抜き、峰打ちで男の頭頂部を叩き伏せる。
ボクンと鈍い音を立てて、男の身長が頭一つ分低くなった。
「アキラ、むやみに殺すな!」
「お、おう。うっかりしてた」
肩まで頭をめり込ませた村人は、邪魔になるのでちょっと遠くへ行ってもらおう。
軽く蹴飛ばし、戦場から退場してもらう。蹴とばされた男はそのまま空高く舞い上がり、星になって消えた。
殺すなというシノブの主張も俺は理解できる。
この村人達はしょせん下っ端に過ぎない。コイツ等の背後にはエルバハという巨人族がいる。その連中が生贄を求めるから、今回の騒動が起きたと言っていい。
エルバハが野放しのままでは、別の村や集落が似たようなカモにされるだけだ。
巨人が俺達程度の旅人相手に逃げるとは思わないが、それでも村人に居場所を聞いた方が楽に事態を収拾できる。
リニアは相変わらず、その場に留まりつつ、あざ笑うかのように掴みかかる村人を避け続けている。
あれはやられた方はかなりイラっと来るだろう。
そしてカツヒトとシノブは敵の手足を斬り裂いて動きを封じ込め、魔法を使って場を惑乱させていた。
あまりにも一方的すぎる蹂躙だと、すべて倒しきる前に連中が逃げ出しかねない。
風で砂埃を起こし、火で視界をふさぎつつ、こちらの有利を悟らせない。
村人達にしたら、こちらの身体能力は優れていても、あくまで少数の暴漢が乱入してきたとしか思っていない。
「ッと、そういや、そういう事もあるか」
俺はそこまで思考を巡らせ、村人が逃げる状況を想定してみた。
こちらが少数である以上、蜘蛛の子を散らすように逃げられては、それらを捕縛するのは手間になる。
ならば纏めて捕縛しやすい状況を作ればいい。
「周囲を封鎖するぞ……【土壁】!」
俺の起動言語に反応し、周辺の地面が絶壁のごとく立ちはだかる。その壁は岩場よりも高く、山の頂上に迫らんとするほどの高さまで伸びあがった。
高さ百メートルを超える壁に四方を囲まれ、内部は完全に闇に包まれた。
日の傾きつつある現在、百メートルを超える土壁の下にまで日光が届かないからだ。
「アキラ、暗い!」
「す、すまん……今明かりをつけるから」
「ちょ、待ってください、ご主人――」
リニアが何か言おうとしていたが、今はとにかく明かりが最優先だ。
俺達はともかく、獣人共は村人に襲われれば怪我を負う。
「【光明】」
再び俺は起動言語を解き放つ。その言葉に従い――太陽が地上に顕現した。
「ああああああ! 目が、目がぁ!?」
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃあああああああああああ!」
阿鼻叫喚の大絶叫が轟きわたる。そりゃそうだ、スタングレネードも真っ青の閃光が突然目の前に現れたようなものである。
かくいう俺も、完全に視界が潰され、周囲の状況を見失ってしまった。
だが頑健極まりない俺の身体は、即座にその光量に合わせて瞳孔を調整し、周囲を探れるようにしてくれた。
見ると、村人と獣人達が眼を押さえて地面を転がりまくって悶絶している。
カツヒトも大事な槍は離さないまま地面に転がっていた。下敷きになっている子供が少々かわいそうである。
シノブは……言うまい。いや、強いて言うなれば女子にあるまじき格好でのたうち回っていたとだけ言っておこう。
リニアはちゃっかり両目を押さえて下を向き閃光から逃れていた。
「つ、つまり……リニアが言いたかったのはこういう事だったんだな」
「そうですよ! 早く消してください、早く!」
さすがに一番付き合いの長いリニアだ。俺が漏らした『明かりをつけるから』の一言で、この惨状を一瞬にして推測したらしい。
だが想像できたのならもっと早く警告があってもよかっただろうに。いや、俺がその暇を与えなかっただけではあるのだが……
とにかく、この明かりはさすがに危ないので消去しないといけない。
しかし――
「なぁ、リニア。これ、どうやって消すんだ?」
「【消魔】とか覚えてませんでしたか?」
「覚えてないな」
「確かここに魔法陣のサンプルが――」
「眩しくて見えん」
子供をおろし、ごそごそと背嚢を探り出したリニアだが、俺の一言に完全に凍り付いた。
こんな状況で紙を出しても、光の反射が強すぎて書かれた文字が見えるはずがない。
彼女は数瞬悩んだところで、パパッと魔法陣を描き呪文を発動させた。
「【土壁】」
リニアの放った魔法は地面からではなく、俺の立てた土壁から水平に生えてきた。
それが閃光と俺達の間に影を落とし、ようやく視界が元通りに戻る。
「ふぅ、ひどい目に遭いました」
「まったくだ」
「誰のせいですかね?」
じとりとした視線を向けるリニアから俺は目をそらす。
確かにミスではあるが、幸いな事に目を潰されて村人たちの大半は昏倒している。
今のうちに縛り上げておけば、苦労はあるまい。誰一人逃がす事なく、最小限の被害で事を収めたのだから、結果オーライと言うべきだろう。
ありったけのロープを使い、生き残っていた村人全員を縛り上げる。
死者は全部で四人しか出ていない。三人はライカンスロープ達が勢い余って奪った命だ。
残る一人は最初に俺が頭を殴った一人。今は衛星軌道辺りで大地をやさしく見守ってくれている事だろう。
他に目立った被害と言えば、五人が失明したくらい。あの閃光をまともに見てしまったアホウ共だ。
こちらの獣人でもジャックが失明してしまったが、こちらは俺が【錬成】で目を直しておいた。
お詫びに夜目は利くし鷹並みの視力も与えてやったので、異論は無いだろう。
「さて……尋問の時間だ。楽しい楽しい、尋問の時間だ」
俺は調理用のナイフを舐めながら、村人達の前に立つ。
まさか味方ごと土壁に閉じ込め閃光の渦に叩き込むとは思わなかったようで、俺に対して恐怖を有り有りと浮かべていた。
「ん~、恐れる事は無いぞ。閃光で目を潰される程度、可愛いものだ。そこのシノブなんて味方ごと焼くと巷で評判の爆炎少女だぞ」
「断じて違うし!」
「まあ、評判なんてそんなモンだ。俺がいい例」
「ご主人の場合はあながちデタラメではないのでは……?」
「だまらっしゃい」
俺はリニアの後頭部をぺしんと叩く。すると彼女は大袈裟にもそのまま空中を二回転した挙句、地面に顔面をめり込ませた。
なんと大袈裟な奴だろうか。
「ひぃ! 仲間まで……」
「この程度ではコイツは死なん。だがお前はどうだろうな?」
「ま、ままま待て、待ってくれ!」
「聞きたい事は一つ、エルバハ共のねぐらはどこだ?」
「し、しらな――」
しらばっくれようとした村人の前に、俺はナイフを勢いよく突き立てる。
調理用とは言え俺がいつも使っているナイフだ。その切れ味はそこらの聖剣よりも遥かにいい。
ナイフはやすやすと柄まで地面に埋まり、そのまま小さなクレーターを足元に作る。
村人はそれを見て顔面を蒼白にした。ついでにお漏らしもした。むさいオッサンの失禁シーンなど見たくもねぇ。
「俺は気が長い方じゃない。ついでに言うと、お前らの命にも対してこだわりはない。すでに一人星にしちまったしな」
戦いの最中、頭を陥没され、蹴り飛ばされて遥か彼方へと飛んでいった仲間の事は、こいつも覚えていたらしい。
青白い顔が、蒼白を通り越して土気色に変化したところで、自白を始めた。
ただし歯の根が合わない有様なので、何を言っているのか明確に判別がつかなかった。
「あひょ、あひょこのひゃ、ひゃま……どきょ、どどどどきょかに……」
「わからん。殺すか」
「あそこの山! 山のどこかにいるきゃら! たしゅけて! たしゅけ……ぶえええええぇぇぇぇぇ!」
ついに大の男が泣き喚き始めてしまった。
身も世もなく泣き喚き、じたばたともがき続ける男を放置して、俺は別の男に尋ねる。
「おい、あいつのいう事は本当か?」
「ほ、本当だ! 俺達は正確な場所を知っているわけじゃない。指示された場所に生贄を縛って放置しているだけで」
「じゃあ、次の生贄はお前等な」
「なっ!?」
「冗談だ。だが嘘だった場合は生贄の方がマシだと思うような目に遭わせるからな」
「ヒイィィ!」
「ちなみに連帯責任だ」
絶望に顔を歪める男を無視して、俺は背後を振り返った。そこには俺の作った土壁を消すのに四苦八苦しているリニアとラキアの姿があった。
俺の流し込んだ魔力が多すぎて、解呪するのに時間がかかっているのだ。
幸いラキアはかなりの魔力を持っているので、十分程度の時間で元の土塊へと戻す事ができた。
「って話らしいんだけどな?」
「うむ、なんにしてもエルバハは放置できん」
カツヒトは腕組みをしてエルバハ討伐を進言してきた。
だがそのねぐらがわからない以上、根絶は難しい。
害虫と同じだ。巣穴ごと根こそぎ退治しないと、どこからともなくまた出てくる羽目になる。
「生贄を食いに来る奴を仕留めるだけじゃダメなのか?」
目を癒してもらったジャックが俺にそう尋ねてきた。彼等ライカンスロープとしては、この村に襲い掛かるエルバハさえどうにかすれば、どうにかなると思っている。
だが住み着いているエルバハの数がわからない以上、当面の敵を仕留めても意味がない。
その辺りも村人に確認した方がいいだろう。
「そうだな……エルバハはこの山にしか出てこないのか?」
「ああ、そうだ。いや、この山と近隣の三つかな。それ以外には目撃証言はない」
「あの山と、あの山か」
「ああ」
村人から詳細な出現報告を聞き出し、さらに近隣の集落や住人の分布を検討する。
やはりエルバハの住む山に居つく住民はいないらしい。
ならば、答えは簡単だ。
「敵がどこにいるかわからない。敵の数もわからない。しかし住む場所はわかっていて、そこに住民もいない、と」
「ご主人、何をする気なんです?」
「簡単だ。あ、シノブ。アンスウェラ―を貸してくれ」
俺はリニアにそう答えると、エルバハが住むという山に向かって全力でアンスウェラ―を横薙ぎに振り抜いた。
無論、俺の能力にアンスウェラ―の攻撃力を上乗せすれば、とんでもない衝撃波が発生する。
それは一直線に山へと飛んでいき、周辺の山脈ごと大地を薙ぎ払った。
今度は閃光は一切発生しない。
その代わり大地を揺るがす轟音と衝撃が周辺に撒き散らされ、目的の山だけでなく周辺の山を呑み込みながら消滅していく。
破壊の嵐が収まった後は山脈が真っ二つに斬り裂かれていたのだった。




