第150話 魔神式奇襲術
俺達は山を下りながら、ライカンスロープたちから事情を聞き出す事にした。
まずは互いに自己紹介。俺達はそれぞれ正式に名乗り、抵抗の意思が無い事を示すため武器を収める。
無論、俺は本名だ。世間に拡散している、謂れのない悪評高い通称ではない。
男達の名前はジャックを筆頭に、コネリーとライアン。いつもは獣人の姿を隠し、人の姿で冒険者として生活しているらしい。
そもそもライカンスロープとは、人の姿と半獣人の姿を使い分けるモンスターの一種だ。
逆に言えば、人の姿を取っている間は見分ける術がほとんどない。
銀の武器に弱く、タフで怪力で再生力が高い。そんな特徴を持っている。映画のように満月になると勝手に変身するという設定は無いようだった。
彼等の繁殖は二通りの方法がある。
一つは通常通りの性行為による交配。ただしライカンスロープとしての因子は劣勢遺伝らしく、異種族と交配した場合、そちらの特徴が強く出るらしい。
このままではライカンスロープという種は滅んでしまうだろう。
そこで二つ目の手段を、彼等は多用する。
二つ目の手段は、感染による繁殖だ。
噛みつく等して唾液を体内に大量に流し込む事で、相手の肉体を上書きしてしまうのだ。
遺伝子としては劣勢らしいが、細胞としては圧倒的強者なため、体液を流し込まれると数日でライカンスロープとして生まれ変わるそうだ。
ただしなぜか性行為では感染が発生しないため、しっかりと噛み付く必要があるらしい。
説明の途中、性行為という言葉でシノブが顔を真っ赤にしていた所を見ると、やはり彼女はまだ子供である。
男達も少々話しにくそうにしていた。こちらは『ラキアの様な美少女の前でこんな話は――』という態度だったが。
「その感染もすぐに完了する訳じゃないと言ったな? 数日かけて身体を作り直すが、その間は高熱を発し死亡することも少なくない。寝込んでいる間は厳重に監視しておかねば命にかかわる」
「その感染中の子供が攫われたと? 何のために攫うんだ?」
人間の子供をモンスターへの生贄にするという話は、こちらの世界でもまれに聞く話だ。それならば理解もできる。
だがライカンスロープの子供、しかも人なのか獣なのか定かではない変異中の子供を攫ってどうするというのだ?
「生贄だ。ライカンスロープは再生する。それは腹の中でも変わりはせん。胃の中で生きながら溶かされ、もがき苦しみ、死んでいく……」
「つまり腹持ちがいいって事か。なんとまぁ……それでそのけったいな要求をしている連中ってのは?」
「この山脈にはエルバハと呼ばれる巨人達が住み着いている。麓に住む人間共は連中に生贄を捧げる事で、目溢ししてもらっていると言うわけだな」
「連中が言ってた村か。捨てて別の場所に移りゃいいのに」
「エルバハの監視下にあるという事は、他のモンスターも手が出せないからな。生贄を絶やさない間は、あの村はこの大陸で最も安全な場所だ」
巨人が住む山の小さな村なら、わざわざ軍隊が攻め入る必要性もない。重要拠点ならばともかく、そうでないなら経費と人の無駄になるだけだ。
もちろん完全に勢力下にあるとなれば、治安のために軍を派遣することもあるかもしれないが、この地は旧トーラス王国領であり、南部独立派が離反した後は中立地域とも言える場所にあった。
アロン共和国が軍隊を派遣して治安を整えてやる理由も少ない。
「つまり、攫われた子供をお前達が取り戻したところに俺達が乱入して、人攫いに餌を与えて解放しちまったってわけか。なんとも、その……スマンな」
「まあ、普通はライカンスロープと人が争っていれば、人の方に加勢したくなるものだからな。だが我等ライカンスロープは、あまり人に害を与える種族ではない」
檻付きの馬車しかなかったのは、それにあの連中が乗っていたから。
追いつけたのは、追跡者の側が獣人だったから。
今頃連中は、馬車の馬を使って、村へとひた走っているのだろう。
「子供を感染させたんじゃないのか?」
「あれは孤児だ。我等にとっても人口問題は切実な社会問題でな。生きる術を持たぬ孤児を引き取っては育て、同意の上で同胞に迎え入れている」
「それならいいんだが……いや、いいのか?」
今は戦乱の時代だ。孤児は各地で生まれているし、そのままではのたれ死んでしまう様な子供も多い。
そんな子供を引き取り、育て、その上で同意を得てライカンスロープに変化させる。
それ自体は悪い事じゃない気がする。
人間だってホイホイ召喚実験しているわけだし?
「無理強いしていないなら、別にいいのか?」
「無論、感染者は厳選している。力を悪用しそうな人物はむしろ狩っている。迷惑になるようなことはしていないはずだ」
だが他にも疑問は残る。それを今度はシノブが口にした。
「それにしてもわざわざ危険を冒してまでライカンスロープの集落から子供を攫うなんて、おかしくないか? そっちの労力の方が、よっぽど危ない」
「ああ、それは確かにな……どうしたシノブ。今日はやけに鋭いぞ?」
「いつも鈍いみたいに言うな! 私はそれなりに知力は高いんだぞ?」
俺が茶々を入れると、むきーっと言わんばかりに手を振り上げて抗議する。
この反応の良さが癒される。
「エルバハが要求する生贄は子供ばかりだ。だから奴らの村には、すでに子供がいない。子供がいなければ……」
「その村の未来はないも同然だな」
次世代の担い手が食い物にされているのだ。働き手は次々と老いて行き、次の世代は食われていない。
そうなれば、村はやがて死に絶えてしまうだろう。
だからこそ生贄を外部から調達するという手段に出たのか。
「ライカンスロープは一応モンスターに分類されている。そこから子供が攫われたとしても、それを国に申し出る事はできない」
「助けを求めれば、逆に討伐隊を組まれかねないからな」
「そうだ。つまり我等からならば、事は大きくならない」
「チッ、国や冒険者の介入を阻止できるってわけか……」
ジャックの説明を聞き、カツヒトが吐き捨てるように呟く。いまだ正義感を振りかざすコイツにとって、今回の事件は許されざる行為だ。
「事を公開する訳にはいかないのか?」
「言っただろう。我等はライカンスロープ。人間から見ればモンスターなんだ」
救いの手よりも先に討伐の手が回る方が早い。誰にも助けを求める事の出来ない弱者。
そんな連中を、カツヒトが見捨てられるはずもなかった。いや、カツヒトだけじゃないか。
「アキラ、私達も協力しよう!」
「そうだ、今回の事は俺達が余計な手出しをしたのが発端だし――」
「シノブ、カツヒト。その『余計な手出し』を率先して行ったのは、お前らだ」
「うぐっ!?」
二人揃って言葉を失う。こいつらはこういう所はそっくり似てやがるな。
とは言え、そんな生贄を行う村を野放しにするのは、俺も気に食わない。
トーラス王国の事件の時もそうだが、この世界の連中は人を食い物にしすぎる。ここは『魔神様』の怒りに触れてもらうとしようか。
山道を降りきったところで、俺は荷車を出して、ジャック達にそこに乗るように指示した。
ライカンスロープ達の足は人間と比べてもかなり早いと言えるが、それでも俺やリニアに比べると鈍亀レベルだ。
一刻を争うのならば、彼等の足に合わせる必要はない。
「乗れ」
「いや、馬がいないぞ?」
「いいから乗れ。それから乗ったらしっかりと荷車につかまれ。でないと振り落とされるぞ」
「え? 振り落と――?」
半信半疑のまま荷車に乗り込み、荷台の縁につかまるジャック達。
この辺りはイヌ科の属性を受け継いでいるのか、実に従順である。
「よし、つかまったな? それじゃ行くぞ」
俺は荷車を牽く位置に着き、カツヒトとシノブ、ラキアはジャック達の補佐に着いた。
俺が荷車を牽くと見て、苦笑を浮かべるジャックだが、その様子を見て危険だと判断したらしい。
「おいアキラ。いったい何が……」
その言葉が終わる前に、俺は全速力で走り始めた。
その日ライカンスロープ達は、生まれて初めて――音の壁を突破した。
一際高い山を迂回するかのように回り込み、街道から大きく外れた切り立った崖の隙間に、その集落は存在した。
俺達が山を登り、そして説明を受けながら下るという時間はやはり如何ともしがたく、男達はすでに村まで辿り着いてしまっていた。
三人の子供を村人に引き渡し、感謝される男達を、俺は近くの崖の上から覗き見る。
「遅かったか……」
「なに、どうせ殲滅するのだ。今から強襲を掛ければいい」
威勢のいいことを言うカツヒトだが、とりあえず俺はその頭を押さえて屈ませる。
こいつの持つビーストベインには、特に光の反射を抑える工夫などはしていない。崖の上から怪しい光が見つかったら、俺達の接近がバレてしまう。
「座ってろ。それから向こうには人質がいる事も忘れるな」
「む、そういえばそうだったか……」
だが今回に限っては、カツヒトの速攻案は悪くないように思えた。
なぜなら、今人質の子供達は無防備に男達に担がれたままであり、村人達も奪還できた喜びで気が抜けている。
要人護衛には『魔の十秒間』と呼ばれる瞬間があり、宿泊施設を出る時や、目的地に着いた時、車に乗り降りする瞬間が最も警備が手薄になるという。
今回も、今がその瞬間なのかもしれない。
「だが、崖の上というのがネックだったか。ここから駆け下りたら、さすがに防備を固められる……ん、そういえば狙撃……?」
要人暗殺で最も警戒されるのは狙撃である。
要は崖から駆け下りるから音が立ち、相手に警戒されるのだ。ならば駆け下りなければいい。
俺は周囲の人材を見渡し、吟味を始めた。
まず、ライカンスロープ達は論外だ。耐久力、戦力ともに物足りない。
シノブ……はさすがにかわいそうだ。ラキアも無理。子供を助けに行くついでに村ごと全てを吹き飛ばしかねない。
俺も今回は不可能だ。となると……リニアかカツヒトになるな。
「よし……リニア、カツヒト」
「なんでしょう、ご主人?」
「なんだ? 攻めるなら早くしよう」
カツヒトはともかく、純真無垢な、濁りのない目を向けてくるリニア。
彼女に俺の作戦を実行させるのは少々可哀想に思えてきたが、ここは非常時である。
俺はリニアの腰に手をやり、優しく抱き寄せた。
「な、なんです、こんな時に……その、私としては人目の有る場所はさすがに……」
「行ってこい!」
「え? ふぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
抱き寄せたリニアをそのまま担ぎ上げ、俺は村の中へ投げ込んだ。
リニアは狙い過たず村の中央付近、子供たちのそばに着弾する。
頭から地面にめり込み、犬な神様っぽい某推理サスペンスの死体みたいな恰好でリニアが地面に突き刺さっていた。
ピクピク動いてる所を見ると、やはり無事だったようだ。
それを見てカツヒトはさすがに非難の視線を向ける。
「今のはさすがに……」
「何を言っている。次はお前の番だ」
「へ? ちょっと待てえええええぇぇぇぇぇぇぇぇああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はカツヒトを抱え上げ、槍投げのごときフォームで頭から村の中に投げ込んだ。
リニアの隣に犬で神な感じに突き刺さったカツヒトを見て、俺は作戦の成功を確信した。
カツヒトと入れ替わりに地面から頭を引っこ抜いたリニアが、こちらに手を振り上げ抗議の声を上げる。
「何するんですか、ご主人! 殺す気ですか!?」
「何言ってる、さっさと確保しろ!」
突然目の前に振ってきた美幼女に村人は呆然と立ち尽くしている。
それも当然だろう。だからこそ実行した価値があるという物だ。
リニアは俺の意図を即座に把握し、言いたい事を飲み込んで即座に村人を自慢のアッパーカットで殴り倒し、子供を確保した。
その頃にはカツヒトも地面から頭を引っこ抜き、体勢を立て直している。
「な、なんだ、お前達は!」
ようやく村人が誰何の声を上げるが、それも時は遅し。
子供の安全を確保してしまえば、後はこちらの物だ。俺は突然の凶行に呆然とするライカンスロープ達にも指示を出した。
「行くぞ、お前ら! 今が攻める好機だ!」
「お? お、おう――」
どこか戦慄した表情で、だがようやく事態を把握したジャック達は、おっとり刀で崖を駆け下り始めたのだった。
そう言えば今章はTSキャラが出る予定ですので、苦手な方はご注意ください。
ヒロインじゃないです。




