第149話 村人と獣人
先行するシノブとカツヒトを追いかけ、岩場の向こう側から聞こえてきた悲鳴の元へ向かう。
この近辺はトラキア山脈と呼ばれる南北に伸びる山脈が近いため、かなり切り立った地形になってきている……らしい。リニアの説明だから、かなり大雑把だけど。
岩場の向こうで待っていたシノブに、俺は声を低めて尋ねかけた。
「どんな様子だ?」
「見ての通り」
簡潔に答えたシノブの言う通り、一目見て状況は把握できた。
まず最初に目に入ったのは、壊れた檻付きの馬車。その折が壊され、気を失った少年を抱える上半身狼の獣人が三人。
そして彼等に取り囲まれている、鍬や鋤を構えた人間の男が四人。うち一人は地面に倒れ、血を流していた。
「獣人に攫われた子供を村の男たちが取り返しに来て、返り討ちに遭ったという所か?」
「多分、そうだろう」
ここは巨人の眷属が住む山だと思っていたが、獣人が出てきたか。
まあ、子供を拉致しようって連中を見逃すのも、俺にとっては後味は悪い。
「ならやる事は簡単だ。獣人を排除して子供たちを確保。気は進まないが野郎を助けるとするか」
「だけどどうする? 私の魔法では少々火力過多だ。子供まで巻き込んでしまうぞ」
「じゃあ、俺が投石で――」
「やめるんだ。世界が滅ぶ」
「そこまで……?」
だがしかし、シノブの心配も的を射ている。
俺の投石はクレーターができるレベルだ。ここから男だけを狙撃するのは非常に難しい。
シノブの火属性魔法も、魔力は高いが制御力が低いため、男だけを倒すのは難しかった。
「そうなると、リニアかカツヒトが適任か。意外と遠距離型に適性がある奴がいなかったんだな」
「アキラに強化してもらってから、力押しに頼り過ぎてる気はするかも」
しょんぼりと肩を落とすシノブをスルーしてラキアが手を挙げた。
「じゃあ我がやろう! 我ならあの程度の輩などイチコロなのだ」
「お前、攻撃が全部範囲攻撃じゃねぇか!」
小声で突っ込みながらも、物理的な突っ込みは我慢した。
俺の突っ込みは威力もそれなりなので、相応に音が響く。ここはグッと我慢が必要だ。
「とにかくここは俺が牽制するから、どうにかして子供を確保してくれ」
「じゃあ、俺もここから牽制するか。子供はリニアかシノブに任せる」
制御力が高いカツヒトは、こう言う援護に向いている。魔力も俺の強化で上がっているので、後衛の真似事くらいなら軽くこなせるだろう。
「えー、我は?」
「おとなしく見てろ」
「えー?」
残りの三人の中で、最も素早いのはリニアだ。
打たれ強さも勘案するとラキアに行ってもらうのが一番いいのだろうが、彼女の場合、何をしでかすかわからない。
相談してる間にも、村人の包囲陣はじりじりと狭まっている。
「よし、じゃあ合図と同時に行くぞ!」
カツヒトが即座に詠唱状態に入り、俺達は飛び出す準備をする。
詠唱の完了と同時にカツヒトは立ち上がり、注意を引くように大声で魔法を起動した。
「【風弾】!」
使ったのは空気を固めて叩き付ける、殺傷力の低い魔法。だが破裂する風が相手の視界を防ぐ効果もあるため、こういう時の時間稼ぎにはちょうどいい。
バンと派手な音を立てて、男たちと獣人の間に【風弾】の魔法が弾ける。
その衝撃で土埃が舞い上がり、目潰しのような効果を発揮していた。
同時に敏捷度に優れたリニアとシノブが敵陣の群れに駆け込んでいく。
小さく素早く詠唱するカツヒトの魔法の選択は実に正しい。こいつは実は魔法使いに適性があったのかもしれないと思えるくらいだ。
「ぐわぁ!」
「な、なんだ!?」
元々、獣人は知能の低い敵じゃない。言葉を話す事も可能だ。しかしモンスターである事には変わりない。
シノブが瞬く間に岩場を駆け下り、男達の懐に潜り込んで腕に斬り付けていく。
そして、その後を追っていたリニアが取り落とした子供の奪還を果たす。
実に見事な、見惚れるようなコンビネーション。
「何者だ――お前ら!」
獣化しているせいか、やや篭った声で獣人が問いかけてくる。だがそれに答えてやる理由もあるまい。
俺は岩場の上に立ち、最近出番のなかった機械弓を構えて警告を発した。
「悪いが子供たちは返してもらったぞ。これ以上やるなら手加減はせん!」
「……くっ」
獲物を奪還され、腕を斬り裂かれ、高所から弓で狙われる。
獣人達にとって、この状況はもはや詰みと言っていい。それは知性ある獣である連中も理解していた。
だからこそ舌打ちし、たがいに目配せした後素早くその場から撤退した。
「待て!」
「いい、カツヒト。追う必要はない」
一旦退く事でこちらを釣り出す魂胆かもしれないのだ。ここは我慢して護衛に徹するべきだ。
それに俺達はしょせん行き摺りの関係である。無理に討伐まで引き受ける必要もない。
俺は敵が戻って来る事を警戒しつつ岩場を滑り降りた。
そのまま倒れたままの男に歩み寄り、様子を窺う。
「あ、あんた達は……?」
「通りすがりの冒険者だ。見たところ危なそうだったから加勢させてもらった。余計だったか?」
「……いや、助かったよ」
どこかおどおどした様子で礼をいう男。
俺はそれを流して、倒れた男をざっと診察する。と言っても、俺に医療的な知識はほとんどない。
【世界錬成】スキルを使って男を怪我していない状態に戻すのが精一杯である。
幸い男は命に別状はなかったようで、ほど無くして意識を取り戻した。
目が多少泳いでいるが、以上は無さそうなので安心する。
「リニア、そっちの子供はどうだ?」
「どうやら薬で眠らされているようですね。他の異常は無いです」
リニアが抱えていた子供の容態を探るが、こちらも異常はないようだった。
問題があるとすれば、子供の方が体格がいいので、足を引きずっているくらいか?
「お前らは歩いてきたのか? なんだったら村まで送ってやるけど?」
「えっ? あ、その……さすがにそれはお手数かと。ご厚意はありがたいのですが」
「そうか? 気にしねぇけど」
俺がそう申し出たが、男達はそれを丁重に断ってきた。
俺達も行きずりなので、無理に押し掛ける訳にもいくまい。
「本当に大丈夫ですので、ありがとうございました。お礼はあまり差し上げられませんが……」
そういって懐に手を差し入れる男。
だが俺としてもはした金をもらいたくてやった訳じゃない。
「いや、気にするな。礼が欲しくてやった訳じゃないし」
手を振って謝礼を断り、シノブ達に合図を送る。リニアが子供達を男に渡し、俺のそばまで戻ってきた。
男達も、子供を受け取ってホッとしたような表情を浮かべている。
「被害が無くてよかったよ。でも見たところ馬も連れてないみたいだが……本当に大丈夫なのか?」
「ええ、おかげで助かりましたとも。今はいろいろと緊張しておりますので、おすすめはできませんが、いつか村に立ち寄ってください。この先のリュエルという村です」
「ああ、そのうちな」
男は山の麓の方を指さし、そう言った。
俺もそちらに視線を誘導されたが、深い森に遮られて村の姿など見えはしない。
「それでは、我々はこれで。待ちくたびれている人もいますので」
「ああ、気をつけてな!」
男達と手を振りあい、別れを告げる。
戦闘の影響か、最後まで強張ったままの顔で、男達は立ち去っていったのだった。
その後、俺達は荷車を【アイテムボックス】にしまい込み、徒歩で山脈に足を踏み入れた。
エルバハと呼ばれる巨人が住み着いたと噂される山。そんな場所だから、警戒を緩める事はできない。
しかも山道は厳しさを増していき、荷車では到底進めないほど道は荒れてくる。
「こりゃ、早めに荷車をしまっておいてよかったな」
「そうだな……」
シノブは背後を振り返りながら、生返事を返していた。
おそらく別れた子供たちが気になっているのだろう。彼女のそんな優しいところは長所だと俺は思う。
もちろん、こんな場所で振り返っても、男達の姿はない。
「気になるのか?」
「ああ……」
「まあ、あの男達がついてるんだし、大丈夫だよ」
無責任とは思うが、俺は忍にそんな安請け合いをして見せた。だがシノブは、小さく首を振って俺の言葉を否定する。
「違うんだ、アキラ。私が気にしているのはそれじゃない」
「違う?」
予想外のシノブの言葉に、俺はきょとんとした表情を返す。
そんな俺を無視して、シノブは自分の思いを口にした。
「思い返してくれ。あの場に有ったのは壊れた檻付き馬車とその馬。それと獣人と男と子供だ」
「ああ、それが?」
聞き返すと彼女は、自分の言葉をまとめるかのように顎に指をあて、慎重に言葉を紡ぐ。
「男達は一見普通の村人だった。実際対峙してみても、その印象は変わらない。獣人が子供を攫って馬車で逃げていたのなら……徒歩の村人達は、どうやってあの男は馬車に追いついたんだ?」
「……あ!」
そこで俺は、ようやくシノブが疑問に思っていたことを察する事ができた。
馬車に乗る獣人たち。それを追う普通の村人。そう考えても、村人が追い付けるはずがない。
「じゃあ……どういう事だ?」
「私達が見ていたのは、壊れた馬車と村人、子供を抱えていた獣人。ひょっとして……」
「シノブはこう言いたいのですか? 本当は逆なんじゃないか、と」
シノブの言葉をリニアが継ぐ。俺はその結論に唖然となった。
子供を攫い、馬車に乗って逃走していたのが男達。それを追っていたのが身体能力に優れた獣人達。
確かにそれならば、速さ的な辻褄は合う。
「いや、でも……獣人だぞ? それもおそらくライカンスロープ種だ」
ライカンスロープは日頃は人の姿をしているが、いざとなったら半分獣のような獣人へと変化するモンスターの一種だ。
獣化した時は人として分類される獣人族よりも獣よりの姿へと変化し、再生能力を持つ。
その時の身体能力は非常に高く、戦闘力もそれに応じて高い。
仮にもモンスターに分類される、ライカンスロープ。耳や尻尾だけが獣な獣人族とはまた違う、本格的なモンスター。
そんな連中が子供を抱え、男と争っているなんて場面を目にすれば、どっちが悪かなんて考えるまでもない。
「ご主人、ライカンスロープはモンスターと認定されてはいますが、必ずしも悪とは限りません」
俺の考えを、リニアが否定する。さらにそれをラキアが補足した。
「ライカンスロープは人から感染や儀式によって進化した連中だ。その思考も進化前の人間に多分に引きずられていることが多い。我も連中の料理に助けられたモノだぞ?」
「じゃあ……」
ラキアの言葉が真実だとすれば、あの獣人は別に人を食う様なモンスターじゃないという事になる。
ならば、あの場面。子供を守ろうとしていたのは……
「アキラ、それはそれとして……囲まれたようだぞ?」
「なにっ!?」
慌てて引き返そうと考えたところで、カツヒトが水を差してきた。
いや、むしろ渡りに船の可能性もある。巨人が住む山で、俺達を意識して包囲するような連中なんて、数えるほどしかない。
エルバハという巨人ならば、姿を隠すことなく襲い掛かってくるだろうから。
「誰だ! 潜んでいるのはわかっているぞ!」
カツヒトに駆け引きは通用しない。だが予想通り先ほど追い払ったばかりの獣人だとすれば、その方が話は早い。
そして予想通り、岩陰から姿を現したのは、三人の獣人――先ほどのライカンスロープ達だった。
「やはりお前達か」
「子供達をどこへやった! まさかあの連中に引き渡したのではあるまいな?」
「その通りだ」
「なんて事を……貴様ら、いったい何をやったか理解しているのか!?」
血走った眼で、歯ぎしりすら交え、獣人の男が吼える。
だが俺達がその事情まで知るわけがない。
「知らん。が、さっきやっと連中が怪しい事に気付いた。できればお前たちの事情も教えてくれ」
「なっ!? 貴様、そんな調子の良い事を――」
「待て、コネリー!」
激昂するコネリーという獣人を、別の獣人が止める。彼は怒りに染まった眼をしていながらも、冷静さを残していた。
「あの腕前を見ただろう。話し合いができるなら、ここは事情を話し協力してもらった方がいい」
「ジャック、お前まで何を――」
「数で劣るのはいかんともしがたい。さっき奪還が成功したのは、本当に幸運だったんだ……」
「……くっ!」
コネリーが歯噛みして悔しさを表明する。
会話の主導権をジャックが受け継ぎ、今度は温和に話を再開する。
「話し合いはいいが、戻りながら話そう。今は少しでも時間が惜しい」
「……ああ、わかった」
シノブの推測通りなら、拉致したのは男達の方だ。ならば何をされるかわからない。
一刻も早く戻った方がいいだろう。