第15話 土産
俺はシノブを置いて、そこらに倒れている兵士の剣を集め始める。
さすがに前線に出てくる騎兵だけあって、雑な剣は一つも無い。
全てがバスタードソードの良品、しかも付与も+5以上は掛かったものばかりだ。
だが今の俺にはそれらの付与は邪魔になる。
【練成】を起動してささっと解除し、ただの剣に戻した。
「おい、今一体……」
その【練成】を見咎めたのか、シノブが肩越しに声を掛けてくる。
俺は振り返りもせずに、その声に答えた。
「これが俺の本当のスキルだよ」
「って、他者の掛けた付与をあっさりと――それってとんでもない事だぞ」
「俺も自分がトンでもないのは理解してる。あ、そうだ。ついでに邪魔になるからその鎧も脱いでおいてくれ」
「ぬ、脱ぐ!?」
今度は剣を三つ重ねて、更に【練成】。
このままではただのバスタードソードの強化版にしかならない。
シノブは剣士にしては筋力がやや低めだ。
これは魔力に偏重した分のシワ寄せが出てると見て間違いない。
低い筋力は基礎攻撃力の低下を招く。ならば武器の威力に高い数値が必要になってくる。
【練成】スキルが、物質そのものに影響を及ぼし、溶けるように三つの剣が一つに重なって行く。
そのままでは三倍重い鉄の剣になってしまうのだが、必要な要素、成分だけを残して、金属の強化を図って行く。
そうして出来上がったのは、黒い刀身を持つ長めのバスタードソードだ。
いや、これはすでにバスタードソードとは言わない。
すでに別次元の魔剣といっていい。
俺はこれに、さらに【練成】で威力強化を行っていく。
この世界では、通常レベル8もあれば超一流と呼ばれる。10レベルともなれば、伝説の域だ。
それはつまり、鍛冶師と付与師、双方の力を合わせても+20が限界値という事でもある。
先ほど生成した魔剣の基礎攻撃力は120あった。これに限界の+20を超える+30の付与を施し、完成させた。
できた剣を【識別】してみると――
◇◆◇◆◇
魔剣アンスウェラー+30
攻撃力:2093 重量:4 耐久値200
魔神ワラキアの作成した魔剣。世界でもトップクラスの攻撃力を誇る。
◇◆◇◆◇
「うん、非常識だ」
たった+30――とはいえ、この世界で認識される上限値だが、それだけでも俺の鍬+50をあっさり飛び越えてやがる。
やはり武器として作られたものは攻撃力が高いな。
だがこれだけの攻撃力を持ってしても、俺には傷一つ付けられないのだ。生命力30(+99)は伊達じゃない。
「よし、できた。ほら、これ持ってけ」
「わ、ありがと……ってなんだこれ、凄まじい力を感じるのだが!?」
シノブは鎧を脱ぎ終えていて、いつもの騎士装束だけに戻っている。
そして、受け取った剣の力を感じ取り、あわあわとうろたえた。
「【識別】によると、魔剣アンスウェラー+30って言うらしい。攻撃力も半端ないから他人には見せるなよ?」
「そんな危険な物を、私に寄越すな! っていうか、+30だと!? そんな強化値は伝説の中だけだぞ!」
「わはは、これでお前も俺の共犯者だ!」
さて、次に防御だ。
シノブは基礎攻撃力の低さを、両手で剣を持つことで補っているようだ。
だから彼女は盾を持ち歩かない。これだけの重装備をしているのに、だ。
だから彼女の鎧を強化しなければならない。
問題は鎧をいつも着る訳には行かないと言う事だ。それでは彼女の身の安全には繋がらない。
そこで彼女の着る服に強化を施す事にした。
したのだが……
「お前、そのややこしい服をいつも着てるのか?」
シノブが着ている服は騎士の正装だが、それはあちこちに飾りが付いた少し派手なものだった。
これを日常的に着ているのだとしたら、その根性は中々褒め称えるべきかもしれない。
「さすがにそんな訳無いだろう。これは仕事中だけだ」
「了解了解、それを聞いて安心したぞ」
だがそうなると、何を強化すべきか……いきなり騎士装束を作り変える訳には行かないし。
ふと、彼女の襟元を見ると、下に着ているシャツが覗いていた。
「なぁ、その装束の下にも何か着ているのか?」
「ん、ああ。アンダーシャツくらい普通着るだろ?」
「よし、それを強化しよう」
「はぁ?」
「脱げ、その装束もだ!」
「ちょ、ちょっと待て!?」
彼女は顔を赤く染めてもじもじと身をくねらせる。
「そういうのは順を追って、その……いや、街を救ってくれた恩人であるお前になら、別に捧げても……うん、礼は返すっていったし、騎士に二言はないから」
「何言ってる? 早くしてくれ。他に人が来たらどうするんだ?」
「そ、それは困る! アキラになら別に構わないが、誰にでもと言う訳じゃないんだぞ」
「そりゃそうだ。俺もシノブにだからしてやるんだぞ」
「そ、そうか? それなら――」
もうこれ以上は限界と言うくらい、顔を赤くするシノブ。
もうちょっとで鼻血噴くんじゃないか、コイツ?
「余り見るなよ。私はその……初めてなんだ」
「俺も初めてだな」
――服を強化するのは。
シャツ一枚になったシノブは、予想以上に華奢な体格だった。
これはもう、小学生でも通用するんじゃないかってくらい小さく細い。
「よし、俺の【練成】は接触じゃないと効かないからな。少し触るぞ?」
「あ、ああ……ん? 【練成】? あぅ」
返事を待たずに、胸を鷲掴みにする。だが掴めるほどなかった。残念。
まぁ、別に触れるのは胸じゃなくてもいいのだけど、これくらいの役得は欲しい。
とは言え、あまりにもボリューム不足である。役得感が薄い。
「小さいな。それに堅い……」
「う、うるさい! まだまだ育つ予定なのだ、放って置け!」
さすがに失礼な台詞は聞き逃さないのか、シノブが拳を振り上げ怒った態度を取る。
俺はそれを無視して、服に強化を施していった。
彼女が殴ったところで、俺にはダメージ一つ与えられない。
ついでにふにふにと揉み解していく。小さいが感触は悪くない。
手に伝わる感触を満喫しながら、俺はアンダーウェアの耐久力を更に高め、いくつかの性能も付与していく。
「よし、完了。そのシャツはいつも着て置くように心掛けろよ?」
「ふぁ……え、シャツ――?」
「そこらの鎧より防御力があるからな。それで身を護れ」
できたシャツに【識別】を掛ける。
◇◆◇◆◇
――アンダーウェア+50
防御力:117 重量:0.1 耐久値300
付与:防汚、耐熱、耐寒
魔神ワラキアの作成したシャツ。鋼鉄の鎧に匹敵する防御力を持つ。
汚れず、燃えず、寒さにも耐えうる一品
◇◆◇◆◇
女の子だから肌に傷が付いちゃいけないと思い、+50まで強化したのだが……
すでにシャツの領域を超えている。
チェインメイルの防御値ですら36程度だぞ。
「なんだか、私のシャツが神々しいのだが……?」
「そりゃそうだ、強化を施したからな」
「強化!? ああ、そういう事だったのか……てっきり――」
「『てっきり』なんだよ? 子供に手を出すほど落ちぶれてないぞ、俺は」
頼めばサリー辺りなら触らせてくれそうだしな。
つい揉み解しちまったのは、男の性ってやつだ。
「それじゃ、俺は行くぞ。お前も元気でな」
「す、すまない。街を救ってもらっただけでなく、こんな凄い物まで……」
「気にすんな、同郷の誼だ。それに美少女に死なれちゃ、後味が悪いからな」
「その、できるなら、私もお前と――」
「一緒に? だから無理するなっての。恩人がいるんだろ、あの街に」
「ああ、そうだ。でも……じゃあ、もう一度、街に来てくれるよな?」
「ほとぼりが冷めたらな。んじゃ、俺行くわ」
「絶対だぞ、絶対にまた顔を出してくれよ!」
これ以上長く居座ると、彼女の様子を見に斥候が来るかもしれない。
感極まった風のシノブを置いて、俺は挨拶もそこそこに、その場を駆け去っていくのだった。
一時的にシノブさん退場です。
ようやく助走が終わった感じです。
次から本格的にコメディ寄りに移行する予定ですので、苦手な方はご注意ください。




