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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第16章 東方魔王編
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第147話 雨よ、さらば

大変お待たせしました。再開します。

 俺とカツヒトはレイノルズの死亡を確認し、最低限のミッションはコンプリートしたと判断し、即座にクラウベルから脱出した。

 間の悪い事に議事堂破壊という最大級のテロに街門は閉鎖されていたため、当初の予定通り壁をぶち破ってのダイナミックエスケープである。

 どうせこんな街は二度と来ない。跡を濁しまくったとしても、何ら支障はないはずだ。


 白昼堂々と壁をぶち破り、人目のない場所まで離れて【アイテムボックス】から荷車を取り出す。

 そこにカツヒトを載せて、俺は一目散にクラウベルを後にした。


 快調に首都から離脱しつつ、先ほどの騒動を思い返す。

 俺にとっては聞き捨てならない情報も存在していたからだ。


「それにしても、対俺用の兵器ね……」

「あの規模なら、アキラが傷付く事は無いだろう?」

「まぁなぁ」


 カツヒトの言う通り、俺ならばあの程度の爆発では傷一つ追う事は無いだろう。

 トーラスでの核爆発にすら耐えたのだ。建物一つ吹き飛ばす程度の爆発など、そよ風みたいなものである。

 だが問題なのはそこじゃない。


「俺専門の兵器を開発……つまり、対俺用の組織がつくられているという事か」


 組織というのは、非常に厄介な物だ。

 個人ならば、俺は恐れる者などいないのだが、組織の監視の目となると逃れる難易度は格段に上がる。

 そこらで買い物する時でさえ、店主を疑ってかからねばならない。

 いや、往来の住民ですら怪しく思えてくる。そういう監視を疑ってかかれば、俺の安らかな生活にも影響が出る事は間違いない。


「いっそ組織ごと潰すか?」

「どこに殴り込めばいいんだよ?」

「ぐぬぅ……それもそうだな」


 カツヒトは気楽にそう口にするが、そもそもにして、どこを攻撃すればいいのかがわからない。

 こうなってくると、シュルジーと殴り合う方が、よっぽど楽に思えてきた。

 あいつと殴り合ってるとスキルが上がるし、良い案山子である。


「まぁ、考えていても仕方ないか。しばらくはアロンに近付かなけりゃいいだけの話だし」

「そうしたら際限なく兵器が開発されて行かないか? それもそれで面倒そうだが」


 カツヒトの言う通り、放置しておけばさらに高威力の爆弾が開発される可能性もある。

 むしろその可能性の方が高い。

 しかし、である。開発だってタダでできるわけじゃない。俺が大人しく隠遁し、鳴りを潜めておけば、その開発費は無駄になっていく。

 そうなれば、兵器開発など無用の長物。やがては厄介者扱いされ、立ち消えてしまうだろう。


「いや、しばらくは大人しく隠れるとするよ。元の世界でも無駄な兵器開発はその内消えてただろ」

「そりゃそうかもしれないが、いいのか?」

「いいさ」

「いや、そうじゃなく……大人しくできるのか?」

「…………」


 多少自覚のある俺はそのツッコミに関しては答える事無く、黙って先を急いだのだった。





 未だ火柱を上げ続けるハギスの町を通り過ぎ……いや、バァレさん親子の事は多少気にはなっていたが、様子を見に行って泥沼に陥りたくなかったので素通りしたのだ。

 そのまま健脚を活かして、アロケン北部の荒れ地まで駆け抜ける。

 温泉の吹き上がっている岩場まで到達し、ようやく帰り着いたかと気を抜いたところで、俺達は見えない壁に行く手を遮られた。


「ぶべっ!?」

「うおぅ!? どうしたんだ、アキ――うぎゃ!」


 唐突に急停止し、その拍子に前方に投げ出されるカツヒト。そしてそのまま見えない壁に激突し、ずるずると鼻血を吹いて地面にずり落ちてくる。

 カツヒトが鼻血を出すほどの強度というのは、驚くべき事だ。

 なにより、俺の疾走の行く手を遮るほどの硬さがあるのだから、驚愕の硬度と言える。


「なんら、これは――結界?」

「とりあえず鼻血拭け、カツヒト」

「ふまん」


 鼻血を押さえるために篭った声を漏らすカツヒトに、ハンカチを渡しつつ前方の壁――おそらくは結界――を調べ始める。

 そこには周囲を気遣っているのか、適度な柔らかさを持った、それでいて強靭な見えない壁がそそり立っていた。

 カツヒトが酷いダメージを受けたのは、俺が凄まじい速度でその壁に衝突したからだ。


「なぜこんな物が……まさか、シノブ達の身に何か!?」

「逆だろ。こんな結界を張れるのは、バカげた魔力を持つラキアしかいない。つまり彼女達は中で健在って事になる」

「結界を張らねばならない事態になったという事は……誰か来たのか?」

「かもしれないな。だからラキアが人払いのために結界を張ったか」


 その結論に辿り着き、カツヒトは緊張していた身体の力を抜いた。

 もしシノブかリニアが拉致されたとしたら、ラキアがここに結界を張って立て篭もっているはずも無いし、怪我などをしていた場合は俺に連絡してくるはずだ。

 何も言わずに人払いの結界を展開しているという事は、何者かが近付いてきたので、追い払うなどの目的で立てたと推測できる。


「それなら安心だな。それじゃあ……どうやって中に入るんだ、これ?」


 カツヒトはゴンゴンと結界を叩いてみるが、壁はびくともしなかった。

 奴の筋力は四千を超える。つまりそれ以上の魔力を込めた結界という事になる。

 シノブの魔力なら弾く事は可能だろうが、彼女は【火属性魔法】しかスキルを持っていない。シノブが結界を張ると、そこには炎の壁がそそり立つはずなのだ。


「ラキアの張った結界だとすれば……込められた魔力は考えたくも無いな」

「それ、俺がビーストべインを使って全力で斬りつけたとしても破れないんだが?」

「とりあえず、連絡してみよう。俺が帰って来たとわかれば解除するだろう」


 俺は謎電波で通信する謎スマホを取り出し、シノブに連絡を取ってみた。

 この際メールでは反応までにタイムラグがあるかもしれないので、直接会話だ。冒険者ギルドの通信魔法の混乱は、少々我慢してもらおう。

 しかし、いつまでコールしても、シノブの出る気配はなかった。

 スマホは壊れると困るので、俺は強度をしっかりと強化していたはずだ。つまり呼び出しに出ないというのは、出れない状況にあるか、それとも……


「この壁、電波遮ってんじゃねぇか!?」


 謎電波を放射して、アンテナ無しで互いに連絡を取れるスマホだが、この結界がそれすらも弾いている可能性がある。

 なにせ生成したのがラキアだけに、そういう所まで気を回すとは考えられない。


「しょうがない、ぶち破って突入するぞ」

「どうやって破るんだよ。俺じゃ……ああ、アキラなら大丈夫か」


 例えラキアの結界と言えど、俺のパワーならば問題なくぶち破れるはずだ。

 俺は拳を握り締め、全力を持ってラキアの結界に叩き付ける。無論、発生する衝撃波の事も勘案して、斜め上方向に拳を振り抜いた。

 パキンと乾いた音を立てて、砕け散る何か。そして過剰な破壊力を秘めた衝撃波が斜め上方向へ突き進み、やがて遥か彼方で雲を割って天へと消えていった。

 ためしに手を前方に突き出してみるが、遮る物には何も当たらない。どうやら無事に結界の破壊に成功したようである。


「よし、帰るぞ……我が家へ!」

「いや、あそこは仮の宿だがな」

「こまけーことはいーんだよ!」


 俺のボケにツッコミを入れるカツヒトを荷台に放り込み、女達が待つ保養地へ向かって再び進み始めたのだった。



  ◇◆◇◆◇



「あひん!?」


 唐突に奇妙な声を上げて飛び上がったラキア。妙に色気の混じったその声を聴いて、シノブは怪訝な表情をした。

 捕まえてきた鳥を捌く手を止め、原因を尋ねる。


「どうしたんだ、ラキア。まるで痴漢に遭ったような声を上げて」

「うむ。何者かが我の膜を固い何かでぶち抜いたのだ」

「なんだか卑猥な表現に聞こえるんだが?」

「ん~、シノブは何を想像したのかなぁ? 我、生まれたばかりだから、さっぱりわからないぞぉ」

「やめなさい、オッサン臭い」


 容赦なくセクハラに走る淫乱魔王の頭を、リニアがジャンプして叩く。

 シノブは想像して顔を真っ赤にしており、鳥を捌く事に集中している振りをしていた。こういう反応だからこそ、からかい甲斐がある。


「それで、なに気に聞き捨てならない事を言ってましたが?」

「ん? ああ、そうだな。我の張った結界を力ずくでぶち抜くなど、普通の人間にできる事ではない」

「つまり、普通じゃない人間なら可能って事ですよね?」

「うむ!」


 リニアとラキアのやり取りを聞いて、ようやくシノブはそれが示す結果へと辿り着く。

 ラキアの魔力は桁が違う。それを結界魔術でさらに強化した人払いの防壁。それを強引に破れる存在など一人しか知らない。


「アキラが戻って来たのか!」

「まるで待ちわびていた夫が帰って来たかの表情……いや、あれはどちらかというと、大好きなパパが帰ってきたと知った子供の顔ですね」

「まだまだ情緒的に訓練が必要だのぅ」

「そんなことはどうでもいいんだ! それにしてもなぜ力ずくで破ったりしたんだ? 連絡をくれればいいのに」


 シノブがまるで図星を突かれて照れ隠しするかのように、急激な話題転換を仕掛ける。

 彼女の持つスマホの原理は、彼女自身でもわからない原理で動いている。その通信範囲は、日本の時と比較にならないほどの広さと安定感を持っていた。

 それなのに連絡一つ寄越さずに、強引に結界を破るのは納得がいかなかった。


「ラキアの結界が、通信を阻んだんじゃないですかね?」

「あの結界、通信まで妨害できるのか?」

「『つーしん』ってなんだ?」


 シノブとリニアの会話に、ラキアは首を傾げて質問する。

 その姿は愛らしく、あどけなく、全く邪気を感じさせない。同じ女性ですら見惚れるほどの、無邪気な表情。

 それだけに、シノブも毒気を抜かれてしまった。


「ああ、もういい。そういう可能性もあるかもしれないのか。後でアキラには謝っておかないとな」

「最近謝ってばかりですね、シノブは」

「なんだろう、すごく理不尽な言いがかりを受けた気分……」


 眉間を揉みほぐしながら、懊悩するシノブ。この中では一番常識人なだけに、一番わりを食っているとは、まだ気付いていなかった。



  ◇◆◇◆◇



 ファルネア帝国には雨季がある。

 西方の海から吸い上げられた水蒸気が雲になり、季節風に乗ってファルネア帝国の国土を潤すのだ。

 初夏の蒸し暑い季節をこの降水によって乗り切るのが、ファルネア帝国の農耕の周期になっている。

 今年も乾燥した大地に雨が流れ込む時期がやって来ていた。


 麦畑に雨が降り注ぎ、力無く萎れていた麦穂がむくむくと力を取り戻していく。

 後は雨が上がった時期に収穫を行えば、今年の冬は越せる。農民達は、安堵の息を漏らしていた。

 特に今年は魔神の被害により、耕作地が荒らされ、交易路まで寸断されている。

 国の支援により、損害は最小限に抑えられてはいるが、貯蓄を行う余裕はすでに無い。

 だがこの収穫さえ無事に済めば、少なくとも支援を打ち切られても冬は超えられる。


 そう思った矢先だった。


 突如として、未知の力により雨雲が吹き飛ばされる。

 力を取り戻しつつあった麦穂が、再び力を失い首を垂れた。


「な、何事……!?」


 驚愕に天を仰ぐ農民達。

 季節風によって運ばれてきた雨雲はきれいさっぱり吹き飛ばされ、空には、清々しい程に憎らしい晴天が広がっていた。

 突如として訪れた快晴に、呆然と立ち尽くす民衆。


 アキラが結界を破壊するために放った衝撃波の仕業なのだが、これによりファルネア帝国は、後にかつてない不作に陥る事となる。

 ミューゼル皇帝は即座に国庫を解放して備蓄を放出。民衆をギリギリの状況で支援して急場を凌ぎ、どうにか冬を超えたという話だ。



  ◇◆◇◆◇


今章は8話くらいで終わる予定です。

いつも通り隔日で投稿します。

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