第146話 クラウベルの惨劇
突如として俺達の目の前で議事堂が炎上した。
大地を揺るがすほどの爆音と、ハギスの町を彷彿とさせるほどの火柱。
木端微塵に粉砕された建材が四方八方に飛び散って、非常に危ない。
なんだか判らないが、とにかく俺達は顔を隠していた仮面を外し、集まり出したやじ馬に紛れ込む事にした。
炎上する公共施設のそばでアヤシイ仮面を着けて徘徊していたなんて、それだけで拘束されてもおかしくはないのだ。
ましてや俺達は、直前に警備兵と話をしている。目を付けられていてもおかしくない。
野次馬の振りをしながら、カツヒトと二人で周辺を徘徊し、野次馬整備をしている警備兵に話を聞くことができた。
「兵隊さん、これは何があったんで?」
「下がれ、危ないから!」
「危ないと言われても、家が近くなんだよ。事故の原因も判らずに避難できるか!」
「ああ、もう! 対ワラキア用の兵器が暴発したんだ! 想定より威力が弱かったのが救いだ」
「わ、ワラキアだって!?」
「しかもこれで手加減したってのかよ!」
「ヤベェ、逃げないと……」
おい待て、警備兵はちゃんと『対ワラキア用の兵器』って言っていただろ。
なぜ俺のせいになってるんだ?
だがそれを口に出したら、俺の正体を勘繰られてしまうかもしれない。ここはグッと我慢するしかなかった。
その時俺の背後から肩を叩く者がいた。
振り返ると先程の老紳士の議員がそこにいたのだ。
「ああ、やはり君達だったか。無事でよかった。仮面は飛ばされたのかね?」
「あ、ええっと……確かノーマンさんでしたか? あなたも無事でよかったですね」
仮面を外していたとはいえ、俺の仮面は顔の上半分を隠す程度の物。見る者が見れば、一目で看破できてしまうだろう。
それに服装や体格は全く変わらない。後ろ姿で判別するなら、仮面は特に疎外要因とならない。
それに、この老紳士が無事だったことは、俺にしても喜ばしい事だ。別段憎しみを持たない他人ならば、できる限り平穏でいて欲しいものだ。
「ハハ、運よくね。しかし私が離席した間に何があったのか――」
「なんだかワラキア用の兵器が暴発したとか? 警備の人からの情報ですけど」
「まさか! そんな物まで用意していたというのか……攻めてくる相手なら対抗せねばならんが、自ずから火中に手を突っ込むなど――いや、これは君達に言っても詮の無い事だな」
「い、いや……ははは」
まさか俺に対する兵器が開発されていたとは思わなかった。だがこの程度の火力なら、心配するほどではないか?
そうこうしている内に吹き飛ばされた議事堂内から、奇跡的に生き延びた生存者たちが運び出されてくる。
漏れ聞こえてくる話によると、生き延びる事ができたのは直前の地震で逃げ出そうとした連中が大半らしい。
「なんだ、じゃあ俺のおかげで助かった連中もいたって事じゃないか。そうだろ、カツヒト?」
「そ、そうだよな。俺達は何も悪くないよな?」
目の前の惨劇に脂汗を流したままのカツヒトに、俺は小声で同意を求めた。
それよりも、今回の目的を忘れてはならない。俺達の目的はあくまでレイノルズに鉄槌を下す事にあるのだ。
「すみません、ノーマン議員。俺達は知人の安否を確認しに行きますので」
「ああ、そうだな。この惨事だ、気になるのも無理はなかろう。行ってくるといい」
「はい、ご配慮感謝します。では失礼」
ノーマン議員に手早く別れを告げ、俺達は生存者を確認している警備兵の元へ向かった。
運び出されてくる怪我人達をチェックしつつ、命懸けで救難活動を続ける兵に関係者の振りをして尋ねて回る。
こういう惨状では、俺達のように議員の安否を尋ねて回る秘書達も多いため、目立つ事は無い。
「すみません、レイノルズ議員はどうなりました?」
「この状況だ、詳細は判らん! 向こうに生存者の名前を書きだしたリストを張り出しているから、そっちで確認してくれ!」
白衣を着た老人を担架で運び出しつつ、そう怒鳴り返してくる警備兵。
ちなみに白衣の老人は名札にトラリスと記入してあった。見た感じまだ命はあるが、右手と左足が存在していない。
年齢の事を考えると、このままでは生存はかなり危うい所だろう。
「待ってください!」
俺は警備兵を呼び止め、知人を確認する振りをして老人に手を当てる。
いきなり手足が生え出したらさすがに問題があるので、とりあえず出血だけは止めておく。
これで生存率が大幅に上昇したはずである。
見た所、議員とは関係の無さそうな老人である。見ず知らずとは言え、目の前で年老いたご老体が苦悶に呻くのを放置しておくのも、俺の精神状態的によろしくない。
「すみません、人違いでした」
「そうか。すまないが先を急ぐんだ」
一刻を争う状況と思ったままの警備兵はそのまま老人を連れて、救護班のいる方角へと走り去っていった。
俺達もその後を追うように救護班が治療する一角へ足を向けた。そこに救助者の名前が張り出されているのだ。
続々と患者が運び込まれる天幕の前に、三つの看板が掲げられていた。
そこには死亡が確定した被害者と、生存を確認された被災者の名簿が張り出されていた。
もう一つは生死不明か、現在もきわどい状況にある患者の名前だ。
俺は死亡者のリストを眺めていると、そこにはロジェムス・レイノルズの名前が書き込まれていた。
だが何かの間違いという可能性もある。俺は通りがかりの手の空いてそうな人物を引っ捕まえて、確認する。
「すまないが、ここに貼り出された名前は確実に死亡した者で間違いないのか? 生きてるって可能性は?」
俺の質問に、何度も同じことを聞かれてきたのか、通りがかりの男はげんなりした表情をしながらも答えてくれた。
「ああ、間違いないよ。気持ちは判るが……」
「人違いの可能性は? ほら、まだ事故が起きて一時間程度しか――」
「議員はそれぞれ名札を身に着けていたからな。まず間違えるという事は無いんだ」
「じゃあ、レイノルズは……」
「レイノルズ……? ああ、あの。アイツは――いや、レイノルズ議員は机の下敷きになっていた所を発見されたよ。爆発で落ちてきた天井に押し潰されて、酷い有様だったらしい」
どうやら間違いなくレイノルズは死亡したようだった。
俺は少し途方に暮れた様子でカツヒトを振り返る。
「おい、どうするよ? 標的が死んじまってる」
「まぁいいんじゃないか? 元を辿れば行き摺りの仕事だ。これで被害に遭う女性がいなくなったのなら、それはそれでいいじゃないか」
「そりゃまぁ、そうなんだけどよ。どうにも消化不良な終わり方だな」
「それより早く街を出た方がいいんじゃないか? 俺達がレイノルズの屋敷を襲撃した事はすでに知られている訳だし。それに助けた女性にも、衛士詰所に報告に行くように指示したんだろ?」
そう言えば、あの少女には仮面越しとは言え顔を見られている。
俺達が議事堂にやってきていた事はノーマン議員と警備兵に見られているし、ノーマン議員には素顔すら知られている。
その結果、この惨事を結びつけて考える輩も出てくるだろう。現にすでに、この事件はワラキアのせいという風聞が広まりつつあるのだ。
「そうだな。街中でパニックが起きる前にさっさと逃げ出すとするか。俺の濡れ衣を晴らせないままなのは業腹だが」
「既に一度破壊した議事堂だろう? 今更汚名の一つや二つ大差はあるまい?」
「あるわい! 何言ってんだよ、お前」
少しずつ汚名を晴らそうって立場なのに、議事堂爆破の濡れ衣を着せられるとか、プラスマイナスで考えたらマイナスの方が桁外れに大きいじゃないか。
とは言え、ここで俺のせいじゃないと声を上げたら、その段階で軍隊が襲い掛かってくるか、市民が大パニックを起こして余計な被害が広がってしまう。
ここは苦渋の飲んで、逃げ出すしかない。
元々、レイノルズを粛正したら逃げ出すつもりではあったのだが、微妙に納得がいかない後味がある。
なんにせよ、俺はこうして、クラウベルの町を後にしたのだった。
◇◆◇◆◇
避難キャンプは戦々恐々としていた。
虫神カナブンの降臨により、巨大カブトムシの襲撃は事無きを得たが、その日より間を置かずに昆虫の襲撃が相次いだのだ。
それも巨大な昆虫はもちろん、サイズは普通なのに有り余る能力を発揮する昆虫なども現れていたのだ。
ある日は体長20センチメートル程度のミミズ。だがその掘削能力は桁外れで、避難キャンプの一角を陥没させるほどの穴を一夜にして掘り進めた。
ある日は体長5メートルを超えるクワガタ。近隣の森の大木をへし折りながらキャンプに迫り、村人を恐怖のどん底に陥れた。
ある日は体長3メートルもあるトンボ。凄まじい速度で上空を飛び回り、貴重な食糧を狙っていた。
そして、その尽くをカナブンが退けていった。
だが、それに甘んじている訳にはいかないのだ。
ただでさえ地盤沈下に温泉の噴出。そこへ巨大昆虫たちの襲撃とくれば、もはや座して見ているだけという訳にはいかない。
そこで騎士団は何でも屋の冒険者集団である荒鷲団と協力して、昆虫が飛来してくる北部へ調査団を派遣する事にしたのだ。
およそ三日を掛けて北部を捜査したところ、北部の荒れ地のそばに小さな小屋が二つ作られているのを発見した。
そして、そばの湯溜まりでは、うら若い女性が三名、湯に浸かって寛いでいたのだ。
「おいおい、こんなところに女だけで……何してるんだ?」
「怪しいな、ここは詳しく調べておく必要があるんじゃないか?」
品のない荒鷲団ならともかく、騎士団までもが疲労で理性を失っていた。
その欲求を晴らすべき娼館がすでに無い事や、連日の昆虫の襲撃により精神的に困憊していたことも、多少は関係はあるだろう。
「な、なんだお前達は! 女性の入浴時に失礼だぞ!」
近付いてくる騎士団を見て、シノブが体を隠しながら怒声を上げる。
だが稚い少女の様な彼女の声では、屈強な騎士達はまったく怯まなかったのだ。
むしろその声に情欲を刺激されたかのように、瞳の色を濁らせていく。
「申し訳ありませんが、わたしもご主人以外の人に肌を晒す気はないので、お引き取り願えます?」
「そっちは小人族か。サイズは小さいが、意外とイケるって話だよな」
「マジか? じゃあ俺が最初に調べてやるよ!」
「抜け駆けすんなよ。こういう事は公平に、だな――」
「やかましいわ、ウツケ共が」
涎を垂らさんばかりの冒険者と騎士達を、もう一人の女性――ラキアが一喝する。
全裸のまま仁王立ちで立ち上がり、男達の視線を一手に集める。
そのまましなやかな腕を真横に振り払い、【局所噴火】の魔法を発動させた。
「ぐっぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
小柄だがメリハリのある、妖艶な裸体に完全に目を奪われていた男達は、その広域魔法をまともに受けて吹き飛ばされていく。
後には死屍累々と散らばった男たちが残されるばかり。いや死んではいないが。
「まったく、我も身持ちが堅くなったものよ。あの程度の男では味見する気も起きなくなったわ」
「それはそれでどうかと思うのだが……」
「シノブは身持ちが堅すぎるのだ。まぁその生真面目さにアキラも惹かれているのであろうが」
「そ、そうかな? 私はリニアさんと違って、彼の力になれているとは思えないし、ラキアほど美しくはないし……」
「お主はもっと自信を持つべきじゃな。それよりアレの処理をしてこねばならんのぅ」
ラキアがジトリとした視線の先には、吹き飛ばされて地面に散らばったままの男達の姿があった。
騎士団の男達が次に目を覚ました時、彼等は避難キャンプのそばに放置されていた。
彼等が三日かけて北上した距離を、ほんの数時間で引き戻されてしまったのだ。
実際は敏捷度に優れた女性陣が物理的に担いで数十人を運んだだけなのだが、それは騎士団の知る所ではない。
調査のために三日かけて北上した距離。どれだけ急いでも二日はかかる距離を引き戻された男達にとっては、不可解極まりない出来事に感じられた。
後日、再び調査団を派遣したのだが、今度は怪しい結界によって行く手を阻まれ、先に進む事ができなかった。
この報告を受けて、人々は北に住み着いた女性達は女神で、この地を荒らす人間を諫めるために降臨したと判断した。
そして、虫神カナブンは非力な子供や無辜の民を守るために使わされた神の使いと認識されたのだ。
これを受け、騎士団は北部を決して荒らしてはならない聖地として認定し、北の荒れ地を禁足地として設定したのだった。
これにて一旦章を閉じます。
次はトップランナーの連載に移りますが、帰省のの準備などがあるため、投稿の再開は三月の下旬くらいになりそうです。
それまでしばらくの間、お待ちください。