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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第15章 アロン共和国編
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第141話 首都侵入

 突如町中で発生した火柱に、住人達が驚愕の表情で天を見上げる中、俺達はバァレ氏の待つ宿に帰還した。

 娘のトリィちゃんも一緒に俺達の帰りを待っていてくれた。こういう待遇は、悪い気はしないな。


「あ、おかえりなさい!」

「おかえりなさい。無事でしたか……よかった!」


 溌剌とした声で迎えてくれるトリィちゃん。バァレさんも心底心配していたような表情で、なんだか新鮮な気分だ。

 俺が心配された事なんて、シュルジー戦以来じゃないか?


「ああ、ただいま」

「ウォーレン商会は見ての通りだよ。もう君達が脅かされる心配はないと思う」

「あれは一体……何があったのでしょう?」


 天に届かんばかりの火柱は、この裏通りからでも確認できる。それに目をやり、俺とカツヒトは目くばせした。

 今、俺達は必要がなくなったので、仮面とマフラーは外している。

 何より、あの襲撃の件で目撃者は近所の者しかいない。しかも轟々と燃え立つ火柱を背にした朧気な姿を見せただけだ。

 仮面を外した俺達を、あの襲撃者と同一視する人間はいないだろう。


 ならばここは、しらばっくれた方が今後のためになるだろうか?

 どうせあれも、いずれはワラキアのせいにされるだろう。最近の傾向では、大災害は大抵俺の仕業とされている。

 この先、俺の素顔を知る二人を放置しなければならない以上、詳細を教えるのはあまりよくない気がする。


「あー、あれな。俺が突入した直後に急に火柱が上がったんだ。見ろよ、カツヒトなんて火が燃え移ったせいで慌てて消火したんだぜ」

「お? あ、おう。あの時は死ぬかと思った」


 運よくと言うか、幸いと言うか、カツヒトは俺の【創水(クリエイトウォーター)】によって水浸しになっている。しかもそのままトイレのごとく押し流されていたので、大した影響を受けていない。

 これを巻き込まれた証拠として利用しよう。


「最初、俺達が殴りこんでいったんだ。順調に連中を制圧して、ようやくウォーレンを締め上げ終えた時に、急に火柱が事務所を包み込んでな」

「そうそう。きっと何者かが後から襲撃を掛けてきたんだろうな。俺達とは別口の!」


 カツヒトも俺に慌てて追従するが、喋るたびにバァレ氏の疑惑の視線が深くなる。

 これ以上はあまりよろしくないかも知れない。


「と、とにかく。ウォーレン商会は根こそぎ燃え尽きた。あの状況だと、借用書なんかの書類も燃え尽きてるはずだから、君達はもう心配ないよ」

「そう……ですか?」

「ただ、更に後ろの黒幕の存在が発覚してね。俺達はそっちに向かおうと思ってるんだ」

「え?」


 俺の言葉に目を瞠らせたのはカツヒトだった。

 当初の予定では、俺はこの宿で一泊し、翌朝シノブ達の元へ戻ろうと思っていた。

 ついでにシノブ達への連絡も明日の朝にするつもりだった。

 しかし話を聞くと病根はまだ残っている。これを放置しておくと、せっかくの骨折りが無駄になってしまう。病は根こそぎ絶たねばならない。

 つまり、クラウベルまで出張する必要がある。


 ならば急がねばなるまい。少々派手にやりすぎてしまった。

 この報せが首都に届けば、心当たりのある連中は雲隠れする可能性がある。取り逃がさないためにも、一刻も早く首都に向かう必要がある。

 俺はカツヒトの首根っこを抱え込み、その耳元で状況を説明してやる。


「おい、いいか? あの火柱は俺達のせいだと発覚するのは時間の問題だ」

「事実だから仕方ないよな」

「昼の妙な振動の件と言い、また俺のせいにされる可能性は、すこぶる高い」

「濡れ衣なのにな」


 いくら俺でも、地震まで起こせるわけないじゃないか。まったくヒドイ風評被害だ。

 この世界の人間は、一部を除いて、悪意に満ちている人間が多過ぎる!


「そこで一刻も早く、この町を離れようと思う」

「なぜだ? 俺達に辿り着くまで一晩くらいの猶予はあるだろう? さすがに徹夜で移動は俺もキツイのだが」


 最初からするとわかっている徹夜ならば意外と耐えれるが、唐突にぶっ込まれた徹夜は精神的に効く。

 カツヒトもそれを知っているから、今回の提案に反対しているのだ。


「お前、あの娘に汚物を見るような目で見送られたいか?」

「まさかそんな……」

「ワラキア関係になるって事は、そう言う目で見られることが多いって事だ」

「……………………」


 カツヒトも俺の眷属として認識されている一面もある。

 コイツの場合、俺と違って名前だけなのだが、それでも悪名は轟いている。もしそれを知られてしまったら、いくら命の恩人でも、彼女の目が濁る事は充分にありうるのだ。

 単純だが一本気なコイツにとって、それは結構精神に来るだろう。


「それに俺達と関わった事で、彼等にも迷惑がかかるかもしれない。今出発すれば、俺達が泊まっていた事はあまり知られていないはずだ」

「……そう、だな。わかった、今夜中に出立しよう」


 ワラキアに宿を貸した、その事実だけでも迷惑をかける可能性は、充分にある。

 それを理解して、カツヒトは俺の意見に同意した。


「そう言う訳だから、俺達はもう出発するよ。ああ、宿泊費の方は――」

「そんな! 助けていただいた方にお代を頂くなど、できません!」

「そう? じゃあありがたく」


 一泊しておらず、金銭の授受も無いとなれば、完全に無関係を主張できる。この申し出は、俺の意向にも沿っているので、ありがたく受け取っておいた。

 非常にも聞こえるかもしれないが、俺はそう言い捨てて荷物をまとめに部屋に戻る。とは言っても荷物は常に【アイテムボックス】に収納してあるので、その振りだけだ。

 そうして親交を温める間もなく、慌ただしく俺達はハギスの町を出たのである。





 夜道を俺は荷車を引いて、疾走していた。

 この荷車は昼間運搬用に購入し、+99の強化を施した逸品である。その頑丈さはまさに鉄より硬く、丈夫だ。なので俺の疾走にも問題なく耐えてくれた。

 荷車を使って仲間を運びながら交代で移動すれば、昼夜を問わない移動が可能になる。この発想があったからこそ、俺は荷車を購入し強化したのである。

 そして今、荷台にはカツヒトが寝袋にくるまって乗っかっていた。


「なぁ、アキラ……」

「なんだ?」


 荷台のカツヒトが切なそうにこちらに声をかけてきた。

 今回の出来事、まだまだ未熟なコイツには堪えたかもしれない。

 魔神なんて呼ばれていては、助けた相手に恐れられるなんて日常茶飯事なのだが。


「今回の事はあまり気に病むな。よくある事だ。俺にとってはな……」

「いや、荷台が魚臭いんだが」


 そう言えば、昼間白子をしこたま積み込んだ荷台だったな。だがそこは空気読めよ。


「あ、ああ。後で洗っておこう。って気にしてないのか?」

「なにをだ?」

「あの親子だよ。助けた相手に白い目で見られる可能性。俺と一緒に居たら、これからも頻繁に起こりうる事だ」

「ああ、今更……キフォンでもニブラスでも散々やらかしていたじゃないか」

「そりゃ、そうだが」


 考えてみれば、コイツとの付き合いもかなり長い。

 その長さだけならばシノブより長いと言っていい。この世界ではリニアに次いで付き合いが長いのだ。


「まあ、夜逃げみたいでいい気分ではないが、それでもあの親子が助かったというなら、無駄じゃなかった。それで充分だろう?」

「くっそ、テメェ、カツヒトの分際でイケメンな発言しやがって!」

「なんだよ、それは」


 シュルジーとの一件で心が弱っている所へ今回の事件だ。落ち込んでいるのではないかと心配したのだが、そうでもなかったようだ。


「寝ないんならシノブにメール打っておいてくれよ。帰るのはもう数日遅れそうだって」

「そりゃいいけど……直接話せよ」

「なんだか、ギルドの通信魔法に干渉して、ヤバい事になってるらしいんだよ、そのスマホ」

「またやらかしてしまったのか?」

「うるせーよ!」


 俺のアバウト極まりない通話機械の設定がどうやらギルドの通信網に悪影響を及ぼしているのは、すでに知っている。

 だから俺達はメールでしかやり取りできないのだ。

 だが異常なまでの高速移動ができる俺達にとって、現在地や状況を知らせる事ができるこの機械は、必須とも言える存在である。

 現にこの荷車も、俺とカツヒトが交代で昼夜を問わずに移動すれば、朝には首都のクラウベルに到着できる速度で疾走している。

 一日で共和国を横断できるのだから、誰がどこにいて、何をして、どこに向かうのか、管理するモノが必要になってくるのだ。


 そうして途中で一度カツヒトと交代を行い、強行軍でクラウベルまであと少しと言う所までやってきたのである。

 ガタガタと寝苦しい荷車が停止し、カツヒトが俺を揺り起こす。


「アキラ、起きろ。クラウベル城壁が見えてきたぞ」

「おぅ……もうか。あんまり寝た気分じゃないな」

「当たり前だ、揺れる荷車の上で、交代してまだ2時間程度だからな」


 まだ夜明け前である。この時間なら街門は開いていないので、街に入る事はできない。

 距離はあるが、街門を閉ざした状態のクラウベルの街壁が見えてきていた。

 壁の一部が妙に新しいような気がするが……考えてみれば、俺の一撃で壁が壊れた事があったっけ。確かキフォンに行く前だったか?


「ごくろうさん、街に入るのも時間がかかりそうだから、お前も寝ておけよ」

「そうさせてもらう。だがその荷台の上は嫌だからな!」

「まぁ、かなり臭い事は事実だけどな」


 魚臭いのは確かだが、それでも地べたで寝て虫に刺されるよりはいいと思うのだが。

 まぁ、そこは人それぞれか。むしろ魚の臭いに釣られて、俺の方が野犬に襲われる可能性だってある。

 そう言えば、ラベンダーとかに除虫効果があるとか聞いた事がある。

 今度虫よけのアイテムとか考えてみるのもいいかもしれない。


 俺達がそうやって仮眠の準備を整えていると、街の方で少し動きがあったようだ。

 まだ日も登っていない時間だというのに、街門が開いて、数えきれないほどの人間が雪崩出てきたのである。


 しかも全員が武装しており、隊列の動きも滑らか。

 恐らくは職業的な軍人。それがあれだけの速度で移動するとなると、怒声などが響くものだが、そう言った声は全く聞こえてこない。

 明らかに人目を忍んだ軍事行動である。


「なんだ、あれ――」

「カツヒトも気付いたか? どう見ても怪しいよな」

「聞きに行ってみるか?」

「……いや、やめておこう。俺達はこれから街中で騒動を起こしに来てるんだぞ。ここで軍隊に顔を覚えられるのはマズイ」

「それもそうか……別行動で後をつけるか?」


 カツヒトは軍の行動が気になるようだ。

 確かにハギスの町で派手に動いたから、それに関する軍事行動だと思えば、おかしな部分はないんだが……


「どうにも完全武装してるのが気になるんだよな。災害支援って感じじゃない」

「じゃあ――」

「でも別行動はよくない。人手はそれだけで力だ。野外の基本行動は二人一組(ツ―マンセル)だぞ」


 俺一人でも、そりゃ悪人を一人締め上げるくらい、どうとでもなるだろう。

 だが不測の事態と言うのは、常に起き得るもの。そういう時にサポートする人間がいるのといないのでは大違いである。

 俺もなんだかんだ言って、カツヒトの事は信頼していた。


「そうだな、ここは気になるが一旦無視しておこう。だがアキラ、それはそれとして……今がチャンスじゃないか?」


 カツヒトがそう口にして悪い笑みを浮かべていた。

 考えてみれば、今、街の警備は『見つからないように軍を出す』事に腐心していて、外部からの侵入に関しては甘くなっている可能性があるのだ。

 警備の配置を動かせば、それだけで監視網に穴ができる。


「おっ、よく気付いたな。よし、今のうちに潜り込むか」

「承知!」


 監視の目を掻い潜るには荷車は邪魔になる。

 俺はそれを即座に【アイテムボックス】に仕舞い込み、隠密行動を開始した。

 

 軍は隠密行動を取っているだけあって、その周囲は監視の目が厳しい。

 だが逆に言えば、そこに負担がかかっている分、他の場所にしわ寄せが出ているはずである。

 俺とカツヒトは徒歩で大回りに移動し、街の反対側に移動した。

 本来ならば、それだけで侵入する時間が無くなってしまうのだが――そこはそれ、俺達の健脚である。


 少々深めの藪にまぎれて監視の目を掻い潜り、街壁のそばまでやってくる。

 後は街壁に【錬成】で穴を開けてしまえば、潜り込むのは簡単だ。


 人目が無いのを確認しつつ、穴から街の内部に忍び込む。

 ついでに開けた穴は元通り塞いで、侵入の痕跡を消しておくのも忘れない。非常時で逃げる事態に陥った時は、壁ごとぶち破って逃げればいいんだ。開けておく必要もあるまい。

 こうして俺達は、ついにアロン共和国首都クラウベルの内部に侵入したのだった。


ポンコツ魔神 逃亡中!の書籍第一巻は、明日発売でーす(週刊〇潮のCM風に)

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