第139話 面倒事
市場は四方に延びる通り沿いに広がっており、騒動のわりに人通りは絶えていない。
むしろ、今後に巻き起こる災いを想定して、買い溜めに走る主婦がいるくらいだ。
そんな事情なので一部品薄な商品も出てきてはいるが、俺が購入する目的は野菜と魚の白子とと言う特殊な物なので、売り切れたりはしていなかった。
大量の荷物を運搬するために、食材の他に荷車も入手しておく。
これは【アイテムボックス】の能力を誤魔化すためと、今後これがあれば色々と便利だと思ったからだ。
荷物だけではなく人も乗せて走れるし、この程度の重量ならば、俺の【アイテムボックス】に放り込んでも負担にならない。
大量の野菜類を荷車に乗せ、こっそりとカツヒトが人目がつかないように【アイテムボックス】に仕舞っていく。
これで明らかに搭載量をオーバーした荷物を購入しても、『荷車に乗せているから』という先入観で、不審に思われるのを避ける事ができる。
「しっかし、いいのかい、アンちゃん。この白子を買ってくれるのは俺としちゃあ助かるが、どう見ても日持ちしねぇぜ?」
「ああ、構わない。食う連中が多いからな。むしろ少ないと行き渡らなかったら、苦情が出ちまう」
「確かにアロケンの有様じゃ、いくらあっても足りないか。でも町まで持たない可能性もあるぞ」
「水系魔法で凍らせるさ。こう見ても水の基礎級の魔法なら使えるんだ」
「へぇ、意外に器用だな。それなら安心できるか」
魚の白子と言うのは、この世界では食材としては意外と知られていないらしい。
つまり、基本的には捨てる部位なのだ。
元の世界でも、欧米では鮭の卵がガンガン捨てられているという話だし、それは地域の嗜好の差というモノだろう。
実際の所、物を凍らせる【凍結】の魔法は俺には使えないのだが、水系魔法は使えるのは事実なので、ウソにはなっていないはずである。
大量購入とあって積み込みは店の人がやってくれている。
それを荷車の上でカツヒトが受け取りながら、整理する振りをして一つ、二つと【アイテムボックス】の中に仕舞い込んで、荷車の容量を増やしていた。
予想以上の荷物が積み込めた事に、店の人も小さく首を傾げてはいたが、追及するほどおかしくは感じなかったようである。
「よし、アンちゃん、積み込み終わったぜ」
「ああ、済まないな、積み込みまでやってもらって」
「気にスンナ。儲けを出したのは俺の方だからな! それよりこの荷車、ヤバくねぇか? ギシギシ言ってんぞ」
「ああ、見た目より丈夫なんだよ」
確かに大量の荷物に荷車は過積載状態になり、今でも壊れそうな軋みを上げていた。
俺はそんな荷車の縁をポンポンと叩くふりをしつつ――強化を施す。
俺達の力を受ける必要があるため、直接触れたのだ。強化値+99の荷車が誕生した瞬間である。
「つーか、これを引く馬もねえんだが」
「そりゃウチの使用人がやってくれるさ」
「使用人とは俺の事か?」
荷馬車の上からカツヒトが不満げな声を返してくる。だが強化した肉体を持つ彼なら、この程度の荷物は軽いはずだ。
それこそ馬車馬のごとく、働いてくれるだろう。
「いいだろ、これも修行だと思えよ」
「いや、俺が求める強さとは少しばかり方向性が違うんだが……」
「精神を鍛えろよ。お前の一番弱い所だ」
「うぐっ」
この場合の精神とは、魔法への抵抗力などに効果を発揮する、能力値の精神力ではない。
どんな苦境にあっても挫けない、自身の心の強さの事だ。
シュルジーに負けた事を引っ張る様では、まだまだ青い。俺なんて、基礎能力だけなら勝てる相手の方が少ないんだぞ。
自覚があったのか、俺に言い負かされたカツヒトが、渋々荷車を引っ張り出す。
山積みの食材を積み込んだ荷車を苦も無く動かす様を見て、周辺の店の人が感嘆の声とともに拍手をしてくれた。
こういう称賛の声も、心のリハビリにはなるだろう。決して俺が楽したい訳ではないのだ。断じて。
この町に辿り着いたのはそれほど遅い時間ではなかった。
それでも大量の食材を買い込んだとあって、すでに日は大きく傾き、今から帰るには少し遅い時間となっている。
無論、俺達ならば夜間でも問題なく移動できるのだが、ただの買い出しに強行軍をしたいとは思わない。
「カツヒト、今日はこの町に泊まっていくか?」
「いいのか? シノブ達も待ってるんじゃないのか?」
「一応シノブの【アイテムボックス】にも食材は入ってるし、リニアがいれば食事には苦労しないだろ」
俺達の中で、リニアはトップの料理の腕を持つ。
俺も料理はそこそこできるが、しょせんは男料理である。随所に雑な処理が入っているため、美味いのはどちらかと言えば、リニアの方に軍配が上がるだろう。
シノブのアイテムボックスに入っている食材と、森にも近いという立地。
狩りをすれば多少の食材は手に入るだろうし、食うに困るという事は無いはずだ。
「だけど、まぁ、連絡くらいはしておくか」
俺は荷車の荷物の陰に入って、スマホを起動してシノブに連絡を入れる。
一応こういう長距離で連絡を取る手段は、ギルドの専有になっているので、人目を忍んだ方がいいだろう。
そもそも本来ならアンテナなどの経由地が必要なはずなのだが、『電話=繋がる』という俺のイメージを受けているため、なぜかアンテナ無しでも繋がるという不思議アイテムと化している。
直接話す場合、電力の消費が激しいので、メールで連絡を済ます。
今のところ、充電できるのが俺くらいしかいないので、節電しないといけないのだ。
すぐにシノブから返信が戻ってくるあたりを見ると、余程待ちかねていたのだろう。意外と食い意地の張った奴である。
俺が帰ってこない事を心配する文面に目を通し、何度かメールをやり取りして翌日に帰る旨を納得してもらった。
「それじゃ、荷車に幌を張ってから荷物は【アイテムボックス】に放り込んでおくか」
一応俺達は全員【アイテムボックス】が使えるが、この世界の住人にとっては希少能力である。
ましてやこれほどの大容量を収納できるとなると、それこそ軍が目をつけかねないほどの能力だ。
そして、町中で大量に買い込んでいるのは、まだ目立っていない。
今のうちに収納しておいて、宿にしけこんでしまえば、気付く者もいないだろう。
表通りから裏道に入り、周囲に人がいないのを確認してから、俺とカツヒトで荷物を収納していく。
俺の【アイテムボックス】には数頭の牛や馬が大量に収納してあるので、さすがに荷車込みでこの重量は辛くなってきたのだ。
全てを収納し、宿を探すべく道を戻ろうとしたところで、俺達は女性の悲鳴を耳にした。
それは微かな悲鳴。通りの雑踏に紛れてしまうかもしれないほどの声。
だが切羽詰まった悲哀だけは充分に伝わってきた。
「カツヒト……」
「ああ、聞こえた。少し離れているようだな」
俺達は素早く確認し合い、即座に通りの奥……路地裏を抜けた先へと向かった。
入り組んだ路地を抜けた先で、ようやく現場を発見する。
「きゃあああああ!」
「ま、待ってください! お金は必ず、必ず来週には!」
「うるせぇ! もう期限は切れてるって言ってるだろ!」
なんともお約束な悲鳴。発生源は表通りからかなり外れた裏道の先だった。
俺と同様にカツヒトもまた、眉をしかめて不快気な表情を露にする。
不快ではあるが……言葉を聞く限り、借金絡みの揉め事かと判断する。そういう事情だとどっちが正しいのかよくわからないので、首を突っ込み辛い。
しばし思案し、俺は見なかった事にした。
「ま、どこにでもある事か」
「おい、見捨てるのか?」
そのまま無視して通りに戻ろうとした俺を、カツヒトが咎める。だが、見ず知らずの他人の、しかも金に絡んだ問題である。厄介な事になるのは間違いない。
それに首を突っ込んで何度災害を起こした事か……だが熱血漢であるカツヒトは、こういう場面を見過ごす事はできなかったらしい。
道の角からそっと覗き込むと、三人ほどのゴロツキが娘の腕を掴んで連れ去ろうとしている場面だった。
そのゴロツキの足にすがる、おそらくは父親であろう男が蹴り飛ばされている。それを見てカツヒトは飛び出そうとしたのを見て、俺は慌てて肩を掴んで制止した。
「おい、自分から巻き込まれに行くつもりじゃあるまいな」
「もちろん、行くぞ」
「よく考えろよ、俺達の立場は……」
「正義の味方を気取る訳じゃないが、それでも助けを求める声を無視するのはできない。少なくとも俺は」
「お前な、それで何度痛い目を見たと思ってるんだよ」
「俺達の『痛い目』は数日で消えるが、このままだとあの娘は『痛い目』を永遠に見る事になるんだぞ」
見ると腕を掴まれている少女は、年の頃なら14、5歳という所だろうか。
地味な服装をしているが、栗色の髪で整った顔立ちの愛らしい少女だ。
対してゴロツキ達の方は正に小悪党と言う風情で、あの連中に連れ去られると何をされるかは……推して知れる。
「あんな娘が悪党に食い物にされるとか、黙ってみていられる訳ないだろう?」
「そうだな、ぜひ仲間に――」
「――あ?」
「冗談だ。いや、確かに許せないな」
俺だって禁欲生活を強いられているというのに、あの雑魚共がいい目を見るとか、許されざる事態ではある。
俺の肯定の言葉を受けて、カツヒトはズンズンと足音高く歩み寄っていく。
それに気付いたゴロツキ共は、彼に威嚇の態度を示した。
「あぁん、何だテメェ?」
「なんか文句あんのか、おお?」
「関係ねーヤツはすっこんでろや!」
腰をかがめ、下からねめつける様にガンを飛ばすゴロツキ。
だがカツヒトはそれに委細構わず、問答無用で前足を蹴り出したのだ。
「ぶぎゅぶるるるるぁああぁぁぁぁぁぁ!?」
カツヒトが本気で蹴りを出したら、それだけで一般人ならば即死するだろう。
悲鳴を上げて地面を抉りながら吹っ飛んでいったところを見るに、おそらく加減はしてあったんだろうな。
それでも道に沿って数十メートルも地面を転がり、行き止まりの塀をぶち抜いてその向こうに消えていく。
塀の向こうで大きな水音がした所を見ると、あの塀の向こうは西側の川に繋がっているらしい。
「や、やりやがったな!」
「ぶっ殺すぞ、ゴルァ!」
唐突に攻撃を加えたカツヒトに、今更のように得物を抜くゴロツキ二人。
町中と言う事もあって、大きな武器は持ち歩いていなかったようだが、それでも人を害するには充分な大振りのナイフ。
カツヒトもそれを見て、ようやく戦闘態勢を取った。
いや、戦う気は最初からあったのだが、構えを取るほどの相手と思っていなかっただけだ。
その状況に、俺も溜息を吐きながら、角から飛び出していった。
男がナイフを構えた段階で俺が飛び出して、そのナイフを握り潰す。
本来なら指の方が切れるはずなのだが、まるでスナック菓子を握り潰すかのようにバリンと砕け散る。
男達から見れば、唐突に俺が現れ、ナイフを握り潰したように見えるだろう。その有り得ない現象に、ゴロツキは呆気にとられて動きを止める。
そして俺は男の頭を鷲掴みにして、そのまま先に飛んでいった男と同じ方角へ放り投げたのだ。
「ふおおおおぉぉぉぉあああぁぁぁぁぁぁ!?」
蹴られた男と違ってダメージが無かったのか、意外と元気な声を上げてすっ飛んでいき、壁の向こうに消えていった。
ついでに穴から水柱が立ったのが見えた所を見ると、無事着水に成功したようだ。
それを見てカツヒトが一歩、最後の一人に間合いを詰める。
あまりにも一方的かつ非常識な戦闘力を示した俺達に、ようやく実力差を実感したのか、男はナイフを落として両手を上げる。
「ま、待て。俺は別にアンタ達に歯向かうつもりは――」
「なら彼女を放して、とっとと失せろ」
「ハ、ハイィ」
相も変わらずノリでそう口走ったのだろうが、それではいけない。
俺は走り去ろうとする男の頭を後ろから掴んで引き留めた。
「待て。カツヒト、お前はそんなだから考えが浅いと言われるんだ」
「え?」
「今回追い払った所で、また出直したらいいだけの話だろう? こういう連中は根から絶たないと、何度でも繰り返すぞ」
「あ――」
「ヒイィィィ!?」
ようやく事の問題点に気付いたのか、カツヒトはマヌケな声を上げた。
同時に男も、自分に降りかかった悲劇を悟ったのか、絶望的な悲鳴を上げていた。
「さぁ、話してもらおうか。お前らの親玉を――」
ニタリと笑った俺の笑顔は、魔神と呼ばれるにふさわしいくらいに、黒く染まっていたのだ。
今週末17日にポンコツ魔神 逃亡中!の一巻が発売されます。
見かけたら、ぜひよろしくお願いします。