第14話 戦い終わって――
死屍累々、そう呼ぶにふさわしい状況になった。
俺が手を下したのは、せいぜい100人少々と言うところだろう。
だが俺に向かって駆け込んできていた騎兵達と、逃げ出そうとした騎兵達。
それらがぶつかり合い、踏みつけ、潰しあった結果、その倍以上の被害が出てしまった。
状況も判らず突撃する後方と、俺の正体を知って死に物狂いで逃げ出そうとした前方。
この双方が衝突した結果だ。
「はぁ、どうすんだ、これ……」
ずたずたの服のまま、俺はポツリと呟く。
そこには500人の騎兵を養うための糧食が放置されていた。
死んだ馬の肉なんかも食えるので、まとめて【アイテムボックス】に放り込んでおく。
この【アイテムボックス】と言うスキル、筋力の五倍kgまでの重量を、異空間に収納できると言うとても便利なスキルだ。
身体能力をチートレベルに強化した俺は、ほぼ無制限に収納する事ができる。
しかも内部では時間経過が存在しないので、肉が腐る事も無い。
現在の俺の筋力値は10(+99)となっている。
強化を入れた総合筋力値は一般人のそれを遥かに超え、もはや化け物レベルだ。この+99とは加算値ではなく強化値の事である。
これの5倍というと、ほぼ無制限と同義だ。
賞金の支払い元が無くなったとは言え、解除された訳ではない。代理の支払人が立てば、俺は元通り賞金首に戻ってしまう。
だから、なるだけ目立たないように生きなければならないのだ。
「おーい! お前、なんでこんなところにいるんだ!?」
そこへ響いてきたのは、シノブの怒鳴り声。
振り返ると、街から彼女が馬に乗って駆けてきていた。
「そりゃこっちのセリフだ! お前こそなんでここに来た!?」
俺が叫び返す間に、彼女は俺のそばまでやって来た。
そもそも、ここは敵の進軍ルートである。
そこに単騎で駆け込んでくるという事は……
「シノブ、お前……さては死ぬ気で敵を足止めに来たな?」
「――うっ!?」
図星を突かれたのか、バツが悪そうな表情を見せる。
よく見ると彼女の腰には剣が三本も装備されて、馬には槍や斧まで積んである。
先ほどと違って重武装の甲冑に包まれた上半身といい、完全に戦支度をしている。
「し、仕方ないだろう。領主様はご高齢だ。逃げると言っても、すぐに移動できる訳ではない。ならば、その時間を少しでも稼がないといけない」
「それをお前一人でやる必要は無いだろう」
「だが、私は剣技レベルが高い。私単独でも多分100人程度なら、なんとか……って、この惨状はなんだ?」
「あー……」
そこでシノブは周囲の惨状に気が付いた。
200を超える兵士が馬蹄に潰された有様。
「その……あいつら、歩兵が反乱を起こしたようなんだ」
「歩兵? 騎兵が主体と聞いていたが――」
「ほら、でも、馬の死骸が無いだろう。歩兵が反乱を起こして、体勢が崩れ、騎兵は一度撤退したんだよ、きっと」
周囲にあるのは兵士の死骸のみだ。
馬は後で食料にするため、俺が【アイテムボックス】に放り込んだ。軍糧と一緒に。
これで周囲の状況と辻褄が合うはず――
「な訳無いだろう! そのボロボロの服はどう説明する? それにその血塗れの鍬はなんだ? 大体、こいつ等が来ているのは騎乗用の装備だ。馬はないが、こいつ等は間違いなく騎兵だろう!」
――合うはずも無かった。
あっさりと矛盾を突きつけられ、俺は彼女に両手を上げる。
「悪い、嘘だ。俺が適当に追い払った」
「単独でか!? ひょっとして、魔術系のスキルを【隠蔽】しているのか?」
【隠蔽】……スキルを隠す事ができるスキルか?
いや、その名前からして、いろんな物を隠せるスキルかも知れない。
彼女はそう言うスキルを持つ者を知っていたのか。これは俺も注意しないといけないかもな。
「いや、俺が殺したのは半分以下だよ。それに魔術系のスキルは【干渉】しかない。これは本当」
確かに魔術系のスキル……例えば彼女の持つ火属性魔法なんかがあれば、単独でも多数を相手取る事はできるだろう。
それでもやはり限界はある。
接近され、攻撃される事までは防げないからだ。
ファイアウォールなんて言う、攻性防壁があるなら別かも知れないけど。
とにかく、彼女についての処遇が問題だ。
せっかく助けたのに、口封じに殺すかと考えたのは、我ながら殺伐としている。
だが、彼女は――今では数少ない同郷の人間だ。
「はぁ、もういっか。俺は自分の肉体を【練成】で『強化』してるんだよ」
「な……そんな事ができるのか!?」
「言っとくけど、普通はできないからな? いわゆるチートってヤツだ」
「どうしてだ? 一体どういう事だ?」
「それはナイショだ。誰だって話たく無い事の一つや二つあるだろう?」
「ぐぬ……判った。つまり、お前はその強化された力で敵兵を追い払ってくれたのだな?」
「端的に言えば、そうだ」
ほとんど自滅だけどな。
それと後一つ言っておかねばならない。
「それとな。俺の正体が敵にバレた。そして逃げた敵がそれをあちこちで口にするだろう」
「それは……困るな。お前は有名な賞金首だ。しかも魔神と噂されている」
「ああ、だから俺はここから逃げる」
「なんだと!?」
別にこのアンサラの街に未練がある訳じゃない。
だが、魔神と呼ばれる存在がこの街にいると知られたら、色々と厄介ごとが舞い込んできそうだ。
そうなる前にトンズラ扱くのが一番手っ取り早い。
「ああ、そうだ。これ、あいつ等の軍糧。返す――ってのはおかしな言い方だが、まぁ、渡しておく。後で取りに来い」
ずどんと、数トンはあろうかと言う荷車を、【アイテムボックス】から放り出す。
その重量にシノブは呆けた顔をした。
「これほどの重量が仕舞えるとは、すさまじい筋力だったんだな」
「基本値は10のままなんだがな」
食料なら馬の死骸があるので何とかなるだろう。
それに山小屋に戻れば、幾ばくかの金と着替え、それに保存食もある。
顔が知られていない、別の街に逃げ込むくらいは持つだろう。
「それじゃな。お前に会えて良かったよ」
「お、おい、どこへ行くつもりだ? いくらなんでも街の恩人を追い出したりはしないぞ!」
「お前が良くても、街の人間はどう思うだろうな。俺は『魔神』だぞ? それに、そういう存在は厄介事を引きこむ。お前は警備隊長なのに、火種を抱え込むのか?」
「し、しかし……私は……」
「恩義を感じてくれているのはありがたく思うが、今は黙って見送ってくれるのが一番ありがたい。判ってくれ」
その言葉に、シノブは泣きそうな顔でこちらを見た。
彼女の立場からすれば、俺を呼び込む事がどれほど不利益になるか、理解で来ているのだ。
だからこそ、言葉を返せない。
「私は……すま、ない……」
そう、ポツリと漏らして、今度こそ本当に涙を流す。
「恩人に、言葉しか返せない。私は……自分が、不甲斐ない」
「いいさ、俺が好んで街を出るだけの事だ。他所から俺の事を聞かれたら逃げたって言っておけよ?」
「恩に着る。この礼は、必ず果たす。いつか……いつになっても、必ずだ!」
「期待しているよ」
実際、貸しを作ろうと思ってやったことじゃない。
同郷の少女を救うために、俺が勝手に暴走しただけだ。
だから礼とか言われても、気恥ずかしいだけである。
「あ、そうだ。ついでだから土産も置いて行こう」
「土産?」
首を傾げるシノブを置いて、俺はそこらに落ちている兵士の剣を手に取る。
どうせ彼女は俺の力を知ったのだ。
ならば『彼女を護る』ため、もう一度くらい『やり過ぎ』ても構わないだろう。