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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第15章 アロン共和国編
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第138話 ハギスの町へ

 あれから数日。


 俺は毎日のように昆虫に強化を施しては逃げられていた。

 効果の方もあまり芳しい結果は出ていない。

 一部の昆虫は大きさが巨大になったり、能力が強化されたりと、発生した効果もバラバラだったのだ。

 この違いが何によって発生しているのか、それすら掴めないでいた。


 シノブ達も順調にラキアの鍛錬を受けていた。

 しかし、毎朝紅潮して潤んだ瞳で食事に出て来るので、俺の精神は微妙に攻撃を受けている気分だ。

 もっとも最近はカツヒトが修行と称して闇影片手にユークレスの森に出征しているので、俺が一人になる時間が多い。

 おかげで賢者の扉も、容易に開く事ができた。


 カツヒトはカツヒトで、あれから思う所ができたのか、修業に精を出している。

 元々カツヒトは片手に槍を持ち、もう片方で魔法陣を描く戦闘スタイルだ。

 そこへ闇影を片手に持つ事で、魔法を封じると同時に身体能力をセーブする事ができる。

 本当に危険な状態になれば闇影を棄てればいいので、比較的安全に苦戦を演出できるという訳だ。


 そんな、ある意味穏やかな日々が続き、旅の疲れも癒されつつある朝。

 俺は非常に危険な事態に気付いたのである。


「唐突だが、野菜が尽きた。後ラキアの飯もない」

「な――なん、だと……!?」


 生ものであるラキアの食料、白子だがこれは【アイテムボックス】で永久保存できる。

 だが、量がそれほど確保できていなかったのだ。

 特にニブラスで仕入れて以来、補充ができていない。エルフの里でも、滝つぼから取れたマスなどから少量手に入れた程度だった。

 肉類はカツヒトが森で暴れて来るから補充が利いているし、大量のストックがあるから問題ないのだが、野菜類の補充が追い付いていない。

 ここいらで本格的に補充しないといけない。


「木の実なんかでごまかす事はできるだろうが、きちんと野菜があった方がいいだろ。それに毎日バーベキューもな……飽きるじゃん?」

「むむ、確かに……」


 五人の中で一番偏食なラキアがその提案を聞いて考え込む。

 彼女の食事は、基本的に茹でるか揚げるかのどちらかがメインになってしまうために、バリエーションが少ない。

 そのために調味料や添え物は、味のバリエーションを増やす上で非常に重要な要素になるのだ。


「確か南に行ったところに避難キャンプがあるのだろう? そこに買い出しに行ったらどうだ?」


 シノブはこの窮状を聞いて、早速打開策を提示してきた。

 だがそれは、今回に限っては不可能だろう。


「いや、キオさんがそろそろ到着する頃だ。それに物資が不足している場所に大量の買い出しに行くのは、さすがに迷惑だろう」

「そう言えば、着く頃か。さすがにここでバッタリ再会するのは、少し気恥ずかしいな」

「そもそも俺達はそのままルアダンに向かうって言っちまったからな。ここで合流したら『何してんだ』って聞かれてしまう」


 キオさんと別れた場所から、ルアダンは南の方角で、避難キャンプは東に位置する。

 方向があまりにも違いすぎる。ここまで違うと言い訳はできないだろう。


「それなら、ここからさらに東に進んだところに町がありますよ。少し遠いですが、わたし達の足なら問題ないでしょう」

「へぇ?」

「ただ、完全にアロンの勢力圏に入ってしまいますので、ご主人は少し顔を隠さないといけないかも知れませんね」


 俺はアロンで完全に賞金首として復活してしまっている。

 その手配書は初期の頃のままなので、今の顔と多少違うから言い逃れはできるだろうが、そもそも似顔絵なんて似てない場合もある。


「これは久しぶりに、マフラーとマスクの出番か」

「いや、それは余計に怪しくなるのでやめてくださいヨ……」

「じゃあ、俺以外の面子で買い出しに行くのか?」


 俺は食卓に着いた面子を見回した。

 素直なのはいいが、箱入り過ぎて騙されやすいシノブ。考えが浅くて利用されやすいカツヒト。トラブルを見るとむしろ喜んで首を突っ込みそうなリニア。そしてあらゆる意味で問題外なラキア。


「うん、ダメだな」

「失敬だな! 私だって買い出しくらいできるぞ」

「ルアダンで真っ先に騙されたのはお前だろ」


 顔を真っ赤にして立ち上がって反論してきたシノブに、俺はビシリと指差して指摘した。

 そもそもここまで出張する原因になったのも、シノブが元である。

 彼女もその自覚はあるのか、しおしおと席に戻った。


「じゃあ、やはりわたしが行くしかないですね!」

「お前はアロケンの被害を忘れたのか」


 コイツの諫言に乗ってアロケンを水没させたのは、記憶に新しい。

 いや、コイツ一人のせいにするのはさすがに酷かもしれないが。

 

「だから、あれはわたしのせいじゃないですってば!」

「まぁお前一人のせいにする気はないけどな。トラブルを起こしたらしばらくは大人しく身を隠すのが、潜伏するコツだぞ」

「さすがトラブルのスペシャリストですね。引き際を心得てます」

「なんだとぉ!」


 リニアを引っ付構え、そのコメカミに拳をぐりぐりと抉り込む。

 さすがの彼女も俺の手からは逃れられない。


「みぎゃああああぁぁぁ!?」

「それでは、我が行くのはどうだ? 我の食事が不足しているのだから、それが道理であろ?」


 ウメボシを決められているリニアを誰一人助ける事無く、会議が続けられた。

 まぁ、これもいつもの光景ではあるのだ。今更リニアの折檻で心配する者など一人もいない。


「いや、そもそもラキアに買い物なんて……無理だろ?」

「無理だな」

「無理だ」

「ひ、ひどい!?」


 俺の発言に、間髪入れず同意を返すシノブとカツヒト。

 だが、ラキアが向いてない理由は他にもあるのだ。具体的に言うと、彼女は美少女過ぎるからである。

 月の光を集めたかのような艶やかな銀髪に、ミルクを垂らした豆茶のような、薄褐色の肌。完全に整った容貌に情欲を刺激するスタイル。

 そんな彼女が男共をトラブルに巻き込まないはずがない。


 その上、彼女のサキュバスと言う種族特性も問題だ。

 恐らく彼女は、男に誘われたら即乗っていくだろう。そして枯れ果てるまで食い尽くす。

 そうなるともう、トラブルの予感しかしないのだ。


「そうなると消去法的に俺になるな」

「カツヒトか……まぁ、お前もお前で心配な面はあるんだが……」

「結局、誰にしても不安が残るんだから、この辺で妥協しておけ」


 確かにカツヒトの言う通り、個性の強いメンバーばかりなので、誰を出しても不安は残る。

 ここは妥協してカツヒトと俺で行くべきだろう。


「じゃあ、カツヒトと俺でその町まで行こう」

「大丈夫ですかぁ? ご主人もこの世界には慣れていないでしょう?」

「少なくとも大人ってだけで、多少信頼はしてもらえるからな。それにお前ら女はなんだかんだで面倒を巻き起こす」

「それは心外だぞ、アキラ! 私は別にトラブルを起こしたくて起こしている訳じゃ――」

「いや、これは言い方が悪かったよ。つまりな、お前らは揃いも揃ってかなりの美少女揃いだから、トラブルが向こうから寄ってくるんだよ」

「うっ……それは、確かに心当たりが……」


 中でもシノブは一番まじめな性格をしているので、トラブルメーカー扱いは心外だったようだが、女性は美しいというだけで狙われるのがこの世界の常である。

 いや、元の世界でも、ナンパなんかでトラブルになるケースは存在したか?

 ラキアはもちろん、シノブはスレンダーな少女特有の魅力があるし、リニアも合法ロリ……いや、体型はそれほど幼くはないんだが、サイズが……とにかく、その手のジャンルの男性には魅力的に映るだろう。

 彼女達を連れて回ると、その手の輩にやっかまれる事も少なくない。

 だがカツヒトは男だ。

 多少目立つ風貌――こう言っちゃなんだが女にモテる顔をしてはいるが、トラブルの発生率は彼女達より格段に低いはずである。

 そういう訳で俺はカツヒトと買い出しに行くべく、町の詳細をリニアから聞き出し始めたのだった。





 カツヒトを引き連れて、俺は荒野から街道へ南下し、そこからさらに東へ向かった。

 距離にしてはおよそ百キロ。本来なら馬車にして三日ほどの行程になる。

 だが俺もカツヒトも、強化された脚力があるので、二時間もあれば到着できる距離だったのだ。


 多少迷いはしたが、それでも二時間半後には町の入り口に到達していた。

 なぜ迷って三十分程度で済んだのかというと、迷ったと判断した時に垂直飛びで上空に飛び上がり、町のある方向を確認していたからである。

 その度に反動で地面に小規模なクレーターができてしまったが、これは不可抗力というモノだろう。


 到着した町はハギスと言う町だった。

 城壁に囲まれたオーソドックスな造りの町で、アロケンに繋がる宿場町として急激に栄えてきたらしい。

 その入り口まで来たのだが、どうも町の様子が騒々しい。


「なんだ……?」

「さぁ? 門衛にでも聞いてみたらどうだ?」


 俺とカツヒトは気楽な様子で、門番の元に近付いていく。

 二人共冒険者としての資格は持っているので、町に入るのに何の問題もないはずである。

 ただしそれは平時における場合に限ってだ。町に問題が発生した場合、各ギルド支部の判断が優先される。


 近付いてきた俺達を見て、門番が職務に戻るべく、立ち塞がった。


「ハギスへようこそ。旅行者か?」

「冒険者です。食料の買い出しに来たんだ」

「ああ、アロケンか……噂はここまで届いているよ」


 俺の答えを聞いて、勝手にアロケンへの食料運搬の仕事と勘違いしたようだ。

 俺達が提出したギルド証をざっと確認して、道を開ける。


「なんだか騒々しいみたいだけど、なにかあった?」

「ああ、さっきから妙な震動が響いてきてな。ここもアロケンのように水没するんじゃないかって、戦々恐々してるんだよ」

「震動……?」

「うむ、定期的に足音みたいに地面が揺れてな原因は今も調査中なんだが……民衆も怖がってるから、騒動は起こさないでくれよ」

「ああ、わかった。そうだ、食料だがどこに行けば手に入る? 野菜とか魚を入手したいんだが」

「それなら西通りがいいな。野菜はどの通りでも手に入るが、魚は川沿いの西通りが一番品揃えがいい」

「そっか。サンキューな」


 丁寧に案内をしてくれた門番に、礼代わりのチップを投げながら、門を通る。

 道中、門番の話からこの町に何が起きているのか、カツヒトと推測した。


「何かがこの町に近付いているのかな?」

「地面が揺れるほどの震動なんて、余程の大きさだぞ。大型恐竜サイズじゃないとそうは揺れないだろ」


 街路を行く住人達も、どこか忙しなく往来している。

 表情も、どこか張り詰めたものを感じさせた。

 

「そんなに巨大な生物が町に近付いているなら、いくらなんでも発見されるだろ。なんにしてもさっさと食料を調達して、立ち去った方が良さそうだ」

「そうだな。進んでトラブルに首を突っ込む必要もないか」


 カツヒトがそう結論付け、俺達は市場の並ぶ通りに向かっていった。

 この町は海からは遠いが、湖から流れ出た川が近隣を流れているため、淡水魚がよく獲れるのだ。

 俺はさっそく、食材を物色し始めたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 突如町を襲った震動に、ハギスの町は急遽調査隊を各地に派遣した。

 震動元と思しき場所に調査隊が到着したのは、すでに日が傾き始めた頃になってからだ。

 その時間になって、ようやく震動の発生源と思われる場所を特定する。

 そこには数メートルにも及ぶクレーターが大地に刻まれていたのだ。


「な、なんだ、これは……」

「このサイズのクレーターを作るって結構な重量が必要だよな?」

「足跡……じゃないよな?」

「いや、でも中心には足跡っぽい後もあるぞ」


 恐る恐るクレーターに近付き、周辺を調べ始める調査隊。

 掘り返された土の湿り具合から、間違いなくごく最近作られたクレーターと判断できた。

 それが数百メートルおきに、定期的に存在していたのだ。


「これは……タダゴトじゃないぞ……」

「まさか、ワラキアか?」

「アロケンを潰して、更に東にやってきたというのか?」

「だが、ワラキアと共和国は遺恨がある。ひょっとしたら、本格的に攻め込んできたと言う事も充分に――」

「だとしたら……アロンが滅ぶぞ!?」


 表情を戦慄に染めながら、調査員が口にした。

 その恐怖は徐々に他の隊員達にも感染していく。


 この情報は、即座にアロン共和国の首都に届けられる事になる。

 首都クラウベルはこの報を受け、北部戦線に防衛戦力を結集させるべく、軍を動かす事になった。

 南部の独立派も確かに危険な存在でもあったが、それ以上にワラキアの存在を畏れたのである。


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