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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第14章 温泉旅行編
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第135話 カツヒトの悩み

 狼の襲撃を難なく退けた俺達は、そのままその場で夜を明かした。

 血の臭いや肉の焼ける臭いに引かれて、数回猛獣が襲撃する事件もあったが、今の俺達の敵ではない。

 リニアですら指輪で生命力を強化しているため、最も生命力が低いのはシノブになっている。

 その彼女ですら、熊の攻撃を真正面から受けてもビクともしないのだ。


 翌日、返り討ちになった猛獣があちこちに飛び散っている、わりと凄惨な状況になった周囲は放り出したまま、俺達は出発した。

 荷物は全て【アイテムボックス】に放り込んでいるため、皆身軽な格好のまま軽快に歩を進める。


 馬の全速力よりも速い速度で駆け足を続け、昼過ぎにはアロケン北部にある岩石地帯までやってきたのだ。


「おお。やっぱり、ここまで温泉は来てたんだな」

「いい具合にあちこちの岩場にお湯が溜まってますね。これは今から楽しみです」


 砕けた地下の岩盤がここら一帯まで影響を及ぼしたのか、数か所から温泉水が噴出している場所が見て取れた。

 その噴泉の湯が岩の隙間に溜まって、各所で掛け流しのような状態になっているのだ。


「これは気持ちよさそうだ。ではさっそく――」

「ま、待て、ラキア! いきなり脱ぐのははしたない」


 温泉を前にして唐突に衣服に手を掛けたラキアに、シノブが慌ててストップをかける。

 精神年齢的にはラキアの方が年上なはずなのだが、どう見てもシノブの方がお姉さん風を吹かせている。

 それに俺も、シノブの意見には賛成だった。


「そうだな。まずは今日のキャンプ地を作らないとな」


 ルアダンにあまり早く帰りすぎると、不審がられてしまう。

 ここで数日、人目を忍んでゆっくりと疲れを取ってからルアダンに戻ろうと思っているのだ。

 そのためには、休めるだけの居住空間を用意しないといけない。


「という訳で、その役はリニアの役目だ。頼んだぞ」

「あ、やっぱりわたしの仕事になるんですね」


 この中で最も魔法に習熟した彼女に、ルアダンの山小屋と似たような建物を作ってもらう。

 気を使ったのか、シノブももう一軒の小屋を建て始める。

 彼女曰く、男女で寝る場所は分けないと、色々な意味で危険、だそうだ。

 確かにラキアと言う爆弾を抱える以上、そう言う気配りは必須だろう。


 こうして二つの、いわゆる豆腐ハウスが出来上がった。

 豆腐ハウスとはあるゲームで使われている俗語で、真っ四角な壁と屋根があるだけの建物の事だ。

 この程度の建物でも、数日を過ごすには充分である。


「二人共、ごくろうさん。ああ、そうだ。中ではこれを敷いておくといいぞ」

「あ、昨日の毛皮ですね。ご主人にしては気が利くじゃないですか」

「ご主人にしてはって何だよ。俺は気配り上手な男だぞ」

「これは……アキラから毛皮のプレゼント……」

「変な意味は無いからちゃんと使えよ、シノブ」


 【アイテムボックス】から、昨日なめしたばかりの馬と牛の皮を取り出して渡す。

 なめしたばかりで少々獣臭い点はあるが、短いながらも毛はあるので直に寝るよりはマシだろう。

 他にもそれぞれ夜営用の毛布をもっていたので、これで快適に夜を明かせるはずである。


「こんな事なら昨日の狼の皮も剥いでおけばよかったなぁ」

「アキラ、口調だけ聞けばかなり猟奇な事を口走ってるぞ」

「ウッセーよ、カツヒト。お前も何か役に立て」

「ぐぬ、人が気にしている事を……こう見えても気にしてるんだからな」

「そりゃ失礼」


 カツヒトはスキル的に戦闘に偏りまくっている。

 それはシノブも同じなのだが、彼女は魔法と言う能力もそれなりに高いため、地味に汎用性が高い。

 魔法でちょこちょこと貢献するシノブを、コイツもいろんな思いで見ていたのだろう。


 それからしばらく、俺達は居住空間の整頓に時間を費やした。

 トイレ用の穴を掘り、床に毛皮を敷き詰め、クッションなどを配置して寛げるスペースを作る。

 豆腐のままでは風通しが悪いので、俺は壁に穴を開けて窓を作っておいた。


 窓を塞ぐガラスなどは存在しないが、それはこの近辺ではあまり必要ないだろう。

 盗まれるような物は全て【アイテムボックス】に入れてあるし、俺達を襲って倒せるような獣も野盗も存在しない。

 しいて言えば飛び込んでくる虫が少々厄介ではあるが、それも秋に入りかけたこの季節では数を減らしている。


 女子小屋の方も意見を聞いて、同じように窓を開ける。やはり換気の問題は彼女達も感じたようだ。

 窓の方向をずらす事で、直接中を見れないように配置しておく。

 窓が開きっ放しなので寒いと思われるかもしれないが、近くに温泉が垂れ流しにされているので、想像以上に暖かい。湿気の問題は……まぁ、目を瞑ってもらおう。


「うん、風通しはよくなったかな? ありがとう、アキラ」

「どういたしまして。リニアにだけ働かせるのは主人の品格に問われるからな」

「普通は奴隷は酷使するものなんですけどねー」

「奴隷は主人に夜這いを掛けないんだぞ?」

「そんな常識は知りませーん」

「都合の良い事を!」


 調子のいい事を言うリニアにゲンコツを落とそうとするが、彼女はヒョイヒョイと避けまくる。

 いつもなら素直に制裁を受ける彼女ではあるが、温泉旅行とあってテンションが上がっているのだろう。

 いつもニコニコしている彼女だが、今日は特に満面の笑みを浮かべていた。


「それでどうする? 先に食事にするか、それとも本題の温泉にする?」

「そうだな……」


 これが現代の温泉旅館ならば、この辺は融通が利くのだろうが、この場には俺達しかいない。

 食事の用意をする兼ね合いもあるので、まとまって動かないといけなかった。


「どうせ食事の用意をすると汗をかくんだし、先に食事にしてしまうか」

「そ、そうだな。肉を捌く時に血で汚れるものな」


 昨日捌いたばかりの肉が残っているので、後はカマドを作って焼くだけでもいいのだが、それでも汚れない訳ではない。


「じゃあ、用意が終わったら飯にしよう。風呂はその後って事で」

「うん、じゃあ――ラキアを連れて行くから」


 すでに上半身素っ裸状態で飛び出そうとしていたラキアの首根っこをシノブが掴んで制止させていた。

 疲労の溜まっていたラキアにとっては、温泉は最優先事項なのだろう。





 ちゃぽり、と湯の音が周囲に響く。

 岩の向こうからは少女たちの楽しげな声が聞こえてくる。

 今俺は、岩場にある湯溜まりの中で手足を伸ばして、寛いでいた。

 一足先に身体を洗って寛ぐ俺を他所に、カツヒトが近くの岩に腰かけ、ごしごしと体を洗っている。


「やけに念入りに洗うんだな」

「ん? ああ、昔っからの癖なんだ。アキラは早風呂……って言うのはおかしいか? まぁ、手早いんだな」

「あー、そうだな。社会人は時間が無いんだよ」


 学生時代はゆっくり風呂に使っていた記憶がある。だが卒業して社会人になってからは風呂の時間すらもったいないと感じるようになってしまったのだ。

 特に一人暮らしを始めてからはその傾向が顕著で、洗濯に食事の用意なども一人でする必要があるため、風呂で寛ぐ時間すらない有様だった。

 別に社畜という訳ではなかったが、その目まぐるしさに少々気疲れしていた事は否めない。


 その時の癖か、風呂は早風呂がクセになっているのだ。こうしてゆっくり湯に浸かれるのは、こちらに来てからの楽しみの一つと言える。

 もっとも町によっては、その風呂自体が無いのだが。


 そんな事を思い浮かべていると、ようやくカツヒトが俺の隣に入ってきた。

 俺と同じように大きく息を吐いて手足を伸ばしているが、その表情は冴えない。


「どうした? 何か悩み事か?」

「いや、なんでもないよ。ただ……最近の俺は役に立っていない、と思ってなぁ」


 そう言えば最近のカツヒトは、微妙にその腕を振るう機会を得ていない。

 シュルジーとの戦いでは、シノブの足を引っ張って包囲されてしまう失態も犯していた。

 そしてラキアを助けに行った時は、雪辱の機会すら与えられず留守番をさせられていたのだ。

 あの時の事を、いまだに思い悩んでいるのだろう。


「まぁ、実戦経験が少なかったんだから、仕方ねぇって。シノブも気にしていなかったろ?」

「彼女が尾を引かない性格なのは、よく知ってるよ。そんな事じゃなく……なんていうのかな? 俺はそれなりに強いつもりでいたし、アキラに伝説級の武器すら作ってもらった。それなのにあの体たらくの自分が、どうにも不甲斐なくてね」

「自己嫌悪ってクチかよ。それを言ったら俺の失敗なんて目も当てられないぞ?」

「アキラの場合は強すぎる力故の暴走だから、質が違うだろ。あの無力感は……屈辱だった」


 鉄壁と呼ばれるシュルジ―に手も足も出ずあしらわれ続けたのは、彼にとってかつてない屈辱だったらしい。

 前もって知っていたシノブはそれほどショックを受けていないようだが、奴と初めて戦ったカツヒトは俺が思っていたより衝撃を受けていたのだ。

 いつもならばシノブがアフターケアに走る所なのだが、彼女はそれに気付いていなかったようだ。


「端的に言うと……悔しいんだな?」

「ああ、そうだ。できるなら再戦の機会が欲しいくらいにはな」

「それでも何の手立ても無しじゃ、同じ結果になるだろ」

「そうだな。ならそれまでに腕を上げておかないと……」


 決意の表情で拳を握り締めるカツヒト。

 それを見て、俺は何か手伝えないかと考えた。


「武器を強化するか? それとも、強化値を――」

「それじゃ意味がないよ、アキラ。いや、すでに強化してもらった身で言うのは、アレだけどな。俺は自力で奴を倒したい」

「どこの少年漫画の主人公だよ、お前」


 だがその心意気は悪い気分のするものではない。こういう真っ直ぐな所が、コイツのモテる理由なのだろう。


「だけど……そうだな。俺も今度こそ奴にとどめを刺せるようになっておかないとな」

「剣術スキルか? そう言えばアキラも水臭いぞ。戦闘スキルを覚えるなら、俺達に相談してくれたって……」

「お前が思い悩んでいたのと同じ理由だよ。俺も俺で、意地があんだよ」


 今回俺は剣術のスキルを手に入れた。

 スキルが能力値に与える干渉力は強化値より大きい。

 もっとも俺の場合、刀を持つと弱体化するので、持つ意味はあまりないのだが、それはそれ、これはこれである。

 対シュルジー用に、普通の刀を作っておくのもいいかもしれないな。


「そういえばさ……」

「んー?」


 温泉の魔力か、俺の声もカツヒトの声も、かなり間延びし始めている。

 思考も、それによって迷走し始めていた。


「今度はお前、覗きに行かないのな?」

「ああ、そうだな」


 カツヒトは旅の途中、何度か覗きを敢行してリニアに殴り飛ばされるという事案を引き起こしていた。

 それなのに、今回はまったくそう言う様子が無いのだ。

 いや、最近はまったくそんな仕草を見せていない。


「だってさぁ、あれだよ。ラキアはさすがに……やっべぇじゃん?」

「お前、そろそろ上がれ、語尾がおかしくなってるぞ」

「シノブやリニアさんはまぁ、冗談で済むんだけどね。あの人、スタイル良すぎ。最近背負ってて超思ったし」


 どうやらカツヒトの好みにラキアは直撃したようだった。

 いや、あいつは俺の好みにも直撃してたから、その気持ちは判る。ロリっぽい雰囲気と大人の巨乳を併せ持つ奴は、実に魅力的に見えるのだ。


 カツヒトは滔々とラキアの魅力に語り始めていた。

 どうやら湯あたりし始めているようだが、何かおかしい。


「なぁ、お前ひょっとして、酒とか飲んだ?」

「おう、エルフの村を出る時にワインを少し貰っててなー。さっき、こっそりと」

「バッカ、てめぇ! 俺にも分けろよ!」


 あの村で口にした果実酒の味はよく覚えている。バーネットと相席した時だが、確かに絶品だったのだ。

 それをこいつは一人でガメてやがったのだ。


 俺は結局のぼせるまでカツヒトを締め上げ、どうにか果実酒の強奪に成功したのだった。


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