第133話 人すらも超越した『なにか』
久し振りにシノブとリニア、カツヒトとの周囲を気兼ねしない旅が始まった。
あれからラキアも増えて、総勢五人になっている。
これはもう、チョットした冒険者パーティの様な規模と言える。
先を急ぐ旅でもないので、ある程度キオさん達を引き離すまでは駆け足で移動したが、そこからは徒歩でのんびりと目的地に向かう事にした。
目指すは元アロケンの北側にある、ほとんど岩ばかりの荒れ地だ。
アロケンの北側は森と荒れ地が隣接している地帯になっていて、アロケン周辺のように完全に沼地になっていない。
岩の隙間などに温水が流れ込んで、いい感じに温泉になっているかもしれないと、目星をつけたのだ。
もちろん、地勢に詳しくない俺が知っている情報ではない。
この世界の事はリニアにお任せである。
「という訳で、アロケン北部は開拓の手が伸びていない未踏破地帯になってます。北は荒れ地でモンスターの繁殖率も高いため、ほとんど手付かずですね」
「へー、でも森も結構難所じゃないのか? 面倒な熊とかいたんだろう?」
「クリムゾン、ですね。独特の赤毛と返り血で全身が真っ赤な巨熊だそうです。この間討伐されたそうですけど」
クリムゾンと言う巨熊は、運が悪い事にリーガン達斥候部隊と鉢合わせして、あえなく討伐されたらしい。
軍すら退けたという伝説の野獣だが、あの男の技量の前では歯が立たなかったようだ。
あれほど高い修練を積んだ人間を俺も今までに見た事が無いから、致し方ない所だろう。
「軍やエルフ達を向こうに回して暴れまくった野獣も、達人の前では形無しだったか」
「そうなのか? 確かに腕は立ちそうな印象ではあったが……あの勇者よりも強いとか?」
「いや、あれと一緒にするのは問題外だろう?」
直接リーガンのスキルを見た事が無いカツヒトは、その強さをより大きく評価したようだ。
だが、いくらなんでも勇者と比較するのは過大評価が過ぎる。
「そういや、あの勇者……シュルジーだっけ? あいつも大概硬かったな」
「うん? ああ、奴は防御に特化した勇者だからな。私も実戦で何度か戦った事があるが、正直突破口が見当たらない」
シュルジーとの戦いを思い出し、溜息を吐くようにシノブが答える。
その顔には、有り有りと困惑の表情が受かんでいた。
今後、あの男と戦う機会はそれほど無いと思うが、俺と言う爆弾と一緒にいる以上、皆無とは言い切れない。
むしろ一般人よりも遥かに可能性は高いだろう。
「また会う事もあるだろうし、対策は考えておかないとなぁ」
「でも、一振りで森が吹き飛ぶような剣は遠慮するからな!」
「俺もそんな槍は使いたくないぞ」
「わたしも、魔力制御ができなくなるのは、もう勘弁してほしいです」
魔力を強引に引き上げるアイテムのせいで、制御不能になった経験のあるリニアは、特に頭を抱えて拒否していた。
まぁ、俺達もこれから南に戻る訳だし、エルフの攻略に取り掛かってるシュルジーと顔を合わす機会などそうないはずだ。
「にしても、ホント硬かったなぁ、あいつ。俺が全力で殴ったんだぜ?」
「さすがのアキラも、奴の防御は抜けなかったか?」
「いや、多少はダメージは通ってたみたいではあるが……致命傷には程遠い感じだったな」
全力でブン殴るのはもちろん、アンスウェラ―での斬撃も耐え抜いて見せたのだ。
正直この世界に、俺の一撃を耐えうる存在がいた事自体に驚愕している。衝撃波を発生させ、山すら吹き飛ばす一撃を、だ。
「奴は昔から硬くってなぁ。我も奴には苦労したのだ」
相変わらずカツヒトに背負われたままのラキアも、シュルジーには苦労したらしい。
伝えられた逸話から察するに、シュルジーさえいなければ、ラキアの勝利で終わっていた可能性も高いのだ。
シュルジーさえいなければ、タロスは初撃で倒され、ウェイルは逃げ惑うしかなかっただろう。
「それにしても、だよ。ひょっとして、俺のステータスに何か問題でもあったんじゃ――」
俺は、アンサラの畑が収穫を繰り返す事で、強化値を下げていったことを思い出していた。
ひょっとして剛腕を発揮し続けた事で、強化値が下がったのじゃないかという可能性に思い到ったのである。
だがそこには、想像していたのとは違う、別の情報が記載されていた。
◇◆◇◆◇
名前:割木明 種族:人間 性別:男
年齢:24歳 職業:冒険者Lv3
筋力 10 (+99)
敏捷 15 (+99)
器用 15 (+99)
生命 30 (+99)
魔力 10 (+99)
知力 20 (+99)
精神 10 (+99)
スキル:
【アイテムボックス】
【言語理解】
【識別】
【過剰暴走】 Lv1
【四属性魔法】 Lv1
【剣術】 Lv1
◇◆◇◆◇
「おおおお!?」
「な、なんだ、どうしたアキラ?」
突如奇声を上げた俺を、シノブが訝し気に覗き込んでくる。
だがこれが驚かずにいられようか。待ち望んでいたスキルをついに体得する事ができたのだから。
「はは、やったぞ。ついに剣術スキルゲットだ!」
「なに!?」
すでにある【過剰暴走】は【世界錬成】を偽装したスキルである。
そして、四属性魔法は、リニアから教えてもらった各種属性の初期魔法が統合されたものだ。
職業が農民から冒険者に変わってレベルが3に上がったのも、ギルドに登録して、スキルが増えた事に起因しているのだろう。
後、なに気に年齢が二歳増えている……この世界に来て、もう二年か……
「凄いな、記憶して魔力を誘導すれば発展する魔法系スキルと違って、肉体系スキルは体に染み込ませないといけない分、習得が遅いと言われているのに」
「え、そうなの?」
「うん。知らなかったのか?」
なるほど、反復練習が必要になるから、格闘などの戦闘系スキルはなかなか習得できなかったのか。
俺の気が焦りすぎていたようだな。
「じゃあ、無理にバーネットに修練を請わなくても、いつかは覚えていたかもしれなかったんだな」
「なに――バーネットに!? な、なにも無かったんだろうな?」
「何もって何だよ! 無かったよ、有ったら殴り飛ばしてたよ!?」
「そ、そうか。それならいいんだ。うん」
さすがにシノブも、バーネットの危険性は理解していたようだ。
そのバーネットに俺が教えを乞うたと聞いて、何事か発生したのではないかと危惧したようだが、そもそもスキルはなくとも俺とバーネットの戦闘力の差は、天地ほども違う。
無理矢理、俺を『アッー!』するような存在など、それこそ伝説の中にしかいないだろう。
「そうだな。バーネットとの修練もそうだが、実戦経験も大きいんじゃないか? シュルジーと延々斬り合ったんだから、その経験の蓄積量は他と比較にならないだろう?」
そんなシノブの危惧を他所に、カツヒトは冷静に成長の原因を分析して見せる。
ヘルヴォル――あの拳豪のアンデッドとの戦いと、シュルジーとの激戦。俺は数が少ないとはいえ、この世界の超一流と斬り結んできたのだ。
そろそろ剣術スキルを取得できても、おかしくなかったはずである。
「そっか。苦労した甲斐はあったって事か……」
「ご主人、顔がニヤけてますよ?」
「う、うるさいな!」
それこそニヤニヤと笑いながら、リニアが指摘してきた。
レベルが上がり、スキルを取得し、そして気心の知れた仲間とハイキング感覚で旅をする。
この時俺は、幸せの絶頂にあったといっても良かった。
「それにしても、ご主人が剣術を覚えたのは確かにめでたいのですけど、問題は勇者ですよね」
「もう会う事もないだろ? 結構遠くまで投げ飛ばしたぞ、俺」
「シュルジーはそうですけどね。まだウェイルが残ってますし。ほら、行きに擦れ違ったじゃないですか?」
確かに、ニブラスの北側でウェイル達の一行と擦れ違っている。
北上する俺達と擦れ違ったと言う事は、ウェイルは南に向かったと言う事だ。
それは、俺達の生活圏と重なると言う事でもある。
「やっぱ、対策は必要になってくるって訳か。面倒な連中だな」
「特に今は、ラキアがいますからね。ご主人の事は隠せていても、彼女を目当てに襲ってくるかもしれません」
魔王復活の報はすでに世界中に鳴り響いている。
この先ラキアを討伐しに来る連中の急先鋒は、自動的に現存する勇者――ウェイルとシュルジーになるだろう。
シュルジーとアロンの連中には、俺がエルフの村に滞在していると思わせる事には成功しているが、それだって騒動を辿れば、居場所はすぐに察知されてしまう。
ルアダン近辺には、いまだに俺の残した痕跡が多数存在しているのだ。
「うーん、武器――じゃなくて、こう……体の一部だけを強化できれば、楽に戦えるんだがなぁ」
「一部?」
「ああ、腕だけ強化して、攻撃力をアップさせるとかさ」
「できないのか?」
「俺はそこまで細かい部位を指定して強化した事が無いんだよ」
「なら試してみればいいじゃないか」
「そんなもん、怖くて試せるか!」
「なにも自分で試す必要はないだろ。そこらの虫で試せばいい」
そう言ってカツヒトは、近くの森にとまっていたカナブンを捕まえて戻ってきた。
結構離れた場所にあった木から取ってきたというのに、目聡い奴だ。
ちなみに無駄に往復に付き合わされたラキアが、カツヒトの頭をポカポカ叩いていた。いい加減降りてやれよ。
「ほら、この虫で試してみるといい」
「お前な……いや、やってみるけど」
パーツ強化はできるようになれば、俺の大きな進歩に繋がる。
俺が災害を振り撒いているのは、細かな強化の指定ができないからだ。生命力だけを強化できるのならば、振り撒く災害も大きく減少させる事ができる。
筋力を+30、生命力を+99なんて風に強化できれば、それに越した事は無い。
「ま、試してみるか」
俺はカツヒトからカナブンを受け取り、強化を掛けてみる。
目指すは甲殻だけの強化である。腕力だけ強化してしまうと、とんでもない生物が誕生しそうだからだ。
外殻の強化に集中してスキルを発動させてみた結果。
「……っと、どうだ?」
強化を終えたカナブンに、俺は【識別】を掛けてみた。
その結果は……
◇◆◇◆◇
カナブン+99。
魔神ワラキアの眷属。剛力無双、頑健無比、才気煥発。もはや昆虫の範疇に収まる存在ではない。
昆虫はおろか、人すらも超越した『なにか』
◇◆◇◆◇
なんだか虫に非ざる存在が誕生してしまったようである。
「アカン、これは野に放ってはダメな奴や」
思わずアヤシイ関西弁で呟いて、強化を解除しようと試みる。
だがそんな俺の思惑を知ってか知らずか、カナブンは俺の指をこじ開け、宙に逃げ出した。
「あ、おい!」
俺はカナブンを追って手を振るが、すでに虫に有るまじき速度で空高く逃亡していたのだ。
さすがの俺も、空は飛ぶ事ができないので、後を追えない。
「あー、どうしよう?」
「まぁいいんじゃないか? しょせんカナブンだし」
あの怪しい識別の解説文を見ていないカツヒトは、気楽にそんな事を言っている。
だからといって、執拗にカナブンを追い回すのも、さすがに馬鹿らしい。虫の枠を超えたと言っても、しょせんはカナブン。一年もせずに寿命が尽きる存在なのだ。
「ま、いっか」
「いいんですか、ご主人? なんだか、ヤバ気な存在のように思えますが……」
「ま、大丈夫だろう。昆虫の寿命なんて、たかが知れてる。すぐ死ぬさ」
「だといいんですけど……」
結局、部位強化の実験は失敗に終わった。
だがまぁ、それももとより想定内の出来事である。
勇者対策は別の方法で考えるとしよう。