第132話 温泉旅行
お待たせしました。再開します。
キオさん達の商隊が出立してまだ一日。俺達の足なら追いつこうと思えばすぐに追いつける距離だろう。
俺もリニアも、シノブやカツヒトですら、その足の速さは並じゃない。
「という訳で、キオさんに追いつけそうなので俺達は出発しようと思う。あの勇者とやらも放り投げておいたからしばらくは戻ってこないだろ?」
「確かにあの勢いなら、森の外まで吹っ飛んだだろうけど……」
彼らエルフの偵察部隊は、残存戦力の確認のため、すでにファルネアの斥候部隊を偵察に出ていた。
そこで彼等が目にしたのは、森の外まで続くへし折られ、抉られた地面。そして死屍累々の遠征軍。
この地で起こった、魔王にも匹敵する強者達の痕跡だった。
「それにしても三人がかりとは言え、あのシュルジーを撃退するとはな」
「おう、シノブとリニアとラキアの合体魔法が無ければ危なかったぜ」
「……そ、そやな」
シノブがアヤシイ関西弁を発しながら、肯定している。
生真面目な彼女としては、アロンゾを騙す事に負い目を感じているのだろう。
ダラダラと不審な脂汗を流しているので、早々にこの場を離れないと、ボロを出すかもしれない。
「しかし合体魔法ねぇ。我らもそんな技術があれば今後の戦闘も楽になるのだが……」
「それは勘弁してくれ。彼女達の切り札なんだ」
「うむ、理解している。強制はできん。深く立ち入るのは、冒険者としてもご法度だしな」
アロンゾには、勇者は女性三人による魔法の相乗効果を利用した攻撃で撃退したと報告しておいた。
これは事実とは違う報告なのだが、そうでも言わないと俺の正体が知られてしまう。
無論、牢番の青年は俺の事を知っているし、斥候部隊の生き残りから俺の正体についての話は、やがて広がるだろう。
それもこの地から離れるまで誤魔化せればいいのだ。
一度離れてしまえば、北部のここへやってくる事はほとんどないのだから。
「ほとぼりが冷めた頃にまた来るよ」
「なぜほとぼりを冷ます?」
「いや、なんとなく、な」
俺も人の事は言えない。うっかり体質なのですぐにでもボロを出しそうだ。
今も俺を制止するためか、俺の尻を左右からカツヒトとリニアが捻り上げている。まったく痛くないが。
あとリニア。効かないからと言って前から捻ろうとするな。下心が透けて見える。
「じゃあ、近くに来たらまた寄らせてもらうよ」
「ああ、歓迎しよう、盛大にな。お前にはまだまだ教えねばならん事がある」
「それは剣術の事だよな?」
「お? おう……そうだな。それ『も』もちろんだ」
そのカクカクと動く腰では説得力がない。
意図を察して、シノブとリニアが俺の前に回り込んでガードしてくれるから構わないが。
小さく唸って威嚇する二人の頭に手を置いてから、俺はアロンゾへ手を差し出した。
別れの際に握手するくらいはかまわないだろう。
「それじゃ、な」
「おう、絶対また来いよ」
「歓迎してくれるならな」
「おまえなら当然歓迎するさ」
俺に続いてカツヒトも握手を交わす。最後にシノブとリニア。
「村の事は残念でした。綺麗な村だったのに」
「なに、あの程度ならばすぐに再建できる。それにこの洞窟も悪くない。創造性を刺激されるな」
「まるでドワーフのセリフです。まぁ、負けないようにしてくださいね」
森の村に執着していたシノブは残念そうに手を握る。だがアロンゾはそれを笑い飛ばした。
リニアも、その楽天的な言葉に呆れたように別れを告げた。
「カツヒトも。次来た時は色々と悪い事も教えてやろう」
「ほぅ? それはなんだか期待してしまうな」
疲労困憊したラキアを背負ったまま、カツヒトも別れを済ます。
こうして俺達はエルフの村に別れを告げた。色々と濃い連中だったが、気の良い連中達だ。
俺がワラキアと知っても、歓迎してくれればいいのだが。
馬車の足と言うのは、現代人が思っているほど早くない。
長時間移動しようと思うと、せいぜい人間の速足程度の速さしか出せない。馬車の最大の利点はその運搬能力と持久力にある。
ましてやキオ達は森の中を子連れである。それ程遠くまで避難できていないはずだと推測していた。
俺達は駆け足で深い森の中を一気に駆け抜け、森を出た所で馬車の痕跡を捜索した。
その途中、ラキアが唐突に我が儘を主張し始めたのである。
「アキラ、アキラ。東の町に温泉が湧いたのであろ? 我はそこで一休みしてみたいのだ」
「唐突だな、オイ」
「ほら、疲れた身体には温泉でノンビリしたいモノじゃないか。それにな! 我、みんなで風呂とか入った事ないし」
「ボッチかよ!」
「そうじゃ」
胸を張ってボッチ肯定宣言したラキアに、俺は反論の言葉を無くさざるを得ない。。
考えてみれば、コイツは元魔王。それも孤高にして最強と呼ばれた央天である。
周囲にいる魔族たちですら彼女を畏れ、近付こうとしなかったらしい。
そんな彼女が、温泉と言う優れたコミュニケーションツールの存在を耳にして、黙っていられるはずがなかった。
しかもラキアの主張に、リニアまで乗り始めたのだ。
「温泉、いいですね! 今になって考えてみると、アロケンを慌てて逃げ出す必要とか無かった訳ですし、こっそり堪能すればよかったかもしれません」
「いやお前、あそこは町が崩壊して避難キャンプまでできてるんだぞ? そんなところで寛げるかよ」
「確かにそうですが、それは町の人に近付いた場合です。私達が近くで勝手にキャンプする分には問題ないのでは?」
「リニア、お前もわりと外道だよな?」
「ご主人ほどじゃありませんとも」
確かに一面湿地帯になっているアロケン周辺だ。人目のない場所の一つや二つは存在するだろう。
しかも温泉は今なお噴出し続けているのだ。
手頃な場所の一つや二つ、探せば存在するはず。
「確かに目立たない場所くらいあるだろうが……いや、今回の殊勲はラキアだし、その労をねぎらう意味で回り道してもいいか」
俺がシノブ達の戦いに間に合ったのは、ラキアが時間を稼いでいてくれたからでもある。
聞くとラキアは、破鎧の勇者の遺物で滅多打ちにあっていたらしい。
その武器を最初から使われていては、シノブ達だけでは危なかったかもしれない。
それにダリルとの契約はエルフの集落に着くまでの護衛である。
それは既に完了させているので、帰路はぶっちゃけて言うと自由にしていい。
キオさんに挨拶だけしておいて、アロケンの方に足を延ばしても罰は当たるまい。
「まぁいいだろう。だけど、ちゃんとキオさんに挨拶してからだぞ。長く一緒に旅をしたんだ。礼儀はきちんとしておかないとな」
「やった!」
リニアとラキアがパンと小気味良いハイタッチを交わていた。
身長差がありすぎてリニアがダンクシュートみたいになってしまったのはご愛敬だ。
シノブもこっそりガッツポーズをしていた。
「でも町が大変なんだろ? 飯はあまり期待できそうにないな」
「あー、確かにそれはあるな。だけど【アイテムボックス】に色々食材が入っているだろ? 久し振りに仲間内で好き放題使って料理するのも悪くないさ」
他の人間とあれこれ工夫しながら食事するのも悪くない。
だが、仲間内だけならば、【アイテムボックス】に入っている大量の食材を使い放題である。
しかも俺の能力で、肉の質なんかを修正すると、ただの焼肉でもバリエーションも増やせるのだ。
そんな計画を立てて痕跡を探していると、一人の男がこちらに近付いてきた。
それに気付いて俺たちはいっせいに戦闘態勢を取る。俺もラキアも、シノブやリニアですら、後ろ暗い事は山のようにあるのだ。
しかし、近付いてきた男の顔に、俺達は見覚えがあった。
バーネットの配下の男だ。
「アキラ、無事だったのか!」
「ああ、どうにか事無きを得たよ。そっちは?」
「こちらは何事もなく、順調だ。俺がここでお前達を待つように命じられたのは半日前だから、まだ何も問題は起きてないと思う」
どうやら彼は、俺達を迎えるためにここに待機させられていたらしい。
背に負った荷物袋には、パンパンに水や食料が詰め込まれていた。おそらくは数日、ここで待機する覚悟でいたのだろう。
「まだ一日も経っていないのに、事を収めてきたのか?」
「ああ、あれからファルネアの斥候部隊も攻め込んできてな。お陰で早く離れる事ができたとも言える」
「ファルネアまで!? 同時となると、あの村単独では抵抗は難しいな」
「ああ、結局村を放棄する羽目になった」
ここまで俺は嘘は言っていない。
ファルネアが攻めてきたのも、村を放棄したのも事実だ。その影響で早く村から出立できたのも、真実である。
「村は放棄したか。まぁ、仕方ないな」
「でもこれからどうするんだ? 村を捨てられたら、今後の商売に関わるだろう。なんだったら新しい避難場所まで案内しようか?」
今後キオさんがエルフ達と取引する場合、彼等の居場所を知らなければ村まで到達する事ができない。
そのために、俺は彼に新しい避難場所――あの洞窟に案内しようかと申し出たのだ。
だが男は事も無げに首を振って、必要ないと断言した。
「そんな必要はないさ。あの森はある程度深くまで入ると、向こうが勝手にこっちを見つけてくれるからな。実はあの村に最初に行った時も、そうやって場所を知ったんだ」
「そう言えば俺達の時も向こうが先に見つけてくれたな」
「ああ、森はなんだかんだ言っても、エルフ達の領域だからな。俺達では、やはり敵わんよ」
そうお互いに報告し合いながら、俺達は馬車を追いかけ始めた。
馬車は半日前にここを通過したらしい。馬車の移動速度からすると、彼のと同行して速度を落としたとしても、数時間で追いつける場所にいるだろう。
俺達だけなら一時間もあれば追いつけるのだが、この男がいてはその健脚を披露する訳には行かない。
軽く駆け足気味の行軍にもどかしさを感じながら、その後を追っていったのである。
男について行く事、さらに数時間後の夕刻。
ようやく俺達はキオさん達の商隊に追いつく事ができた。丁度彼等がキャンプの用意を始め、足を止めていたのもある。
俺的な感覚ではかなり遅れたのだが、バーネットはそう感じなかったらしい。
「おお、アキラか!? 早いな、もう追いついて来たのか!」
「いや、実はな――」
ここで何度目かになる説明を繰り返した。
その後、俺は彼等と別れて東へ向かう旨を告げたのだ。
「東へ? アロケンか。あそこは今、出兵のゴタゴタがあるのだろう? あまり関心はしないぞ」
「いやそれがな。アロケンで大規模な地盤沈下が起きたらしくてな」
「ほほぅ? 詳しく教えてください」
その話に乗ってきたのは、予想外にもキオさんだった。
まさか俺達が原因でとは暴露できない。ここはさも『見てきたように』語ってやろう。
「商人は情報が命ですからね。その災害は現地の人にとってはご愁傷さまとしか言えませんが、我々にとっては儲け話になるかも知れないんです」
「意外と抜け目ないですね」
だが考えてみれば、町を再建するならば必要な物は多い。
食料や水はもちろん、木材や石材、油に釘などの大工道具、衣類に何よりも人手。
必要な物に際限はない。
そこへ大量の荷物を持った商人が通りがかったとしたら……それはもう、大歓迎だろう。
商品は言い値で掃けて、大儲けする事は間違いない。
彼にとっては、商売の大チャンスなのだ。
「ええ、話に拠ると町の下にあった岩盤が砕けて地下水脈の温泉が噴出して、アロケンが水没したらしいですよ」
「水没ですか……そうなると、町は再建せずに放棄する可能性もありますね」
再建ならば大チャンスだが、放棄となると話は変わってくる。
町が無くなるのであれば資材は必要ない。つまりやってきた商人は、まったくの無駄足を踏まされたことになるのだ。
彼にとって、ここは大きな決断の時になる。
だが、俺達にとって一緒に来られては、息抜きにならない。
何よりあの町の騎士団には登録したままである。堂々と町に戻る訳には行かないのだ。
できるなら別行動を取ってもらうとありがたい。
「決めました。私はこのまま迂回して、アロケンに向かいます。ルアダンに戻るのはその後にしましょう」
「そうですか。では俺達は別行動になりますね。バーネット、ダリルとの契約はもう済んでるよな?」
「ああ、完了している。俺達にもう、お前の行動を束縛する権利はない」
「じゃあ、ここで一旦お別れと言う事で。キオさん、長らくお世話になりました」
「名残惜しいですが、しかたないですね。私の商売に付き合わせる訳にも行きませんし。それではお元気で」
俺とキオさんは、固く握手を交わして、別れを告げた。
シノブ達も同様に別れを告げている。特にクリスちゃんと仲の良かったシノブは悲しそうだ。
だがルアダンに戻れば再会できるのだ。
彼等もアロケンに向かうというのだから、方角は一緒なのだが、それだと『俺達だけ』で寛ぐという第一目標が達成できない。
向こうでは避難キャンプには近付かないようにしないといけないだろう。
商隊と別れて南へ向かうふりをしてからアロケンの北側へ。それが俺達の目的地となった。
こうして俺達だけで、湯治に向かう事にしたのだ。
ポンコツ魔神逃亡中!第一巻が2月17日に発売予定です。
そちらもぜひよろしくお願いします。