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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第13章 vs勇者編
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第131話 別れの頃合い

  ◇◆◇◆◇



 森の際に住む賢者の元に、数人の助手が付いたのは、つい最近の事だった。

 最近は多くの冒険者を受け入れているキフォンにおいて、それは自体は珍しい事ではなかったのだが、その助手の一人が若く美しい、しかし非常にアクの強い性格と言う事で話題を集めていた。


「はぁ? 膝を擦り剥いたくらいで来るんじゃないわよ。唾でも付けてなさい!」

「いや、イライザちゃん。結構痛いんだよ、これ」

「男なら我慢しろってぇの!」


 患者の前に仁王立ちになり、容赦なく罵倒しているのは、コーネロ兄妹の妹、イライザである。

 彼女の性格で人の下に付くのは非常に憤懣(ふんまん)やるかたない事態ではあるが、彼女とて命を救われた恩を忘れるほど恩知らずではない。

 ましてや、これまで兄妹を保護してきたオルテスがロメイに忠誠を誓い、服従しているのだから従う他はない。


 だが生来の性格が変わる訳でもなく、彼女は高慢な態度で患者に接し続けていた。

 それがこの診療所の名物になりつつあるのだ。


「私だって忙しいんだから、余計な手間増やさないで!」

「いや、でも……」

「お前は患者の対応すらできんのか」


 キーキーと喚き立てるイライザの後頭部を、書類の束で叩きながらロメイが診察室から出てきた。

 彼は治癒魔法を使用する時、仄かに発光する性質を持つので、人前で治療する事ができない。

 そこで個室の中に患者を連れ込み、目隠しして視界を封じてから治癒魔法を使う事にしている。

 もちろんそれほど大きな怪我ではない場合は、薬草などで治療を済ましていた。


「ああ、ロメイ先生。いや、イライザちゃんはいつも元気でいいですね」


 待合室のソファに座った三十絡みの男は、ノホホンとした表情でロメイに話しかける。

 その表情に、気分を害したような雰囲気はない。


「済まないな、新米で礼儀がなっておらんのだ」

「若い子が元気なのは、いい事ですよ。それにこれも彼女の味でしょ」

「味とか言うんじゃないわよ、気持ち悪い」

「お前はそっちで正座してろ」


 待合室の隅を指差し、ロメイは冷徹に命じる。

 彼女はもちろんこれに反論しようとするが、雑用を引き受けていたオルテスが取り成して、一緒に部屋の隅で正座を始めた。

 ロメイはそれを見届けた後、男の膝を検分する。

 体格のよい男は、街の大工だ。膝を痛めては、仕事に支障が出るだろう。


「まったく、口が悪くて――」

「街の冒険者に比べたら、まだまだ可愛いモノですよ。今は色んな人が流れ込んできてますからね」

「……ふむ、擦り剥いただけだな。少し回復が遅くなるが、薬草で処置しておこう」

「治癒魔法は掛けてくれないんですか?」

「できるなら自力で治癒した方が体に負担が少ないのだ。魔法と言うのも万能ではないのでな」


 治癒魔法の中には、患部の治癒力を強制的に加速させるモノもある。

 無論、外部の魔力により負担を軽減した治癒魔法もあるのだが、擦り傷程度ではそれを使うのは、魔力がもったいない。

 歩くのはきつそうなので、ロメイは診察室から薬壷を二つ持ち出して来て、その一つからまず傷口を消毒する。

 そして軽く周辺をぬぐった後、もう一つの薬を塗り付け、包帯を巻いて処置を終えた。


「この薬は一晩しか効果が無いから、明日も来てくれ」

「悪いっスね、先生」

「構わん、どうせ患者など滅多に来ん」


 キフォンの街はかなり大きな部類に入る。

 街中には正規の薬師もいるし、治癒術師も多い。街外れにいる怪しげな男の元にやってくる者は、そう多くない。

 それでも彼の腕はゆっくりと街中に広がりつつあり、こうして常連も訪れるようになっていた。

 中には黙っていれば美しいイライザに構いたいだけの客も、現れ始めていたのだ。


「ああ、これ。近所のおばちゃんから貰った大根です。良かったら食べてください」

「治療費なら別にもらうが?」

「これは別っスよ。大根でごまかそうとか思ってませんて」

「それなら遠慮なく頂こう。食い扶持が増えて、実は困っていた」

「あはは、先生も大変だ。いきなり子持ちですもんね」

「あんな無作法な娘を持った覚えはない」


 世間話を切り上げ、ロメイはイライザの元に向かった。

 これからみっちりと説教するためである。



  ◇◆◇◆◇



 洞窟の奥は一見すると行き止まりに見えた。

 だがアロンゾはそれに一切構わず、岩壁に突き進む。するとその身体は、まるで水に沈むように岩壁に消えていった。


「おお、これは俗に言う幻覚魔法!?」

「エルフの魔法ですね。興味深いです」


 その様子に驚く俺と、興味深げに周辺を調べるリニア。

 彼女も魔法を専門としているだけあって、こういう魔法には興味があるらしい。

 珍しく俺から離れて岩壁をしげしげと観察してる様は、いつもの残念さが影を潜めていて、頼もしさすら感じる。

 アロンゾに続いてカツヒトが岩壁に手を伸ばし、抵抗なく手の平が岩に突き抜ける様子を見て、驚きの声を上げていた。


「おお、映画やアニメではよく見たけど、本当にこういうのに遭遇できるとは思わなかった!」

「カツヒト、テンション上がってるな?」

「無論だ。こういうシチュエーションは昔からよく見た物だが、実際に触れる事になるとは……」

「そうか、それはよかったな。いいからさっさと行け」


 手を出したり抜いたりしているカツヒトを、後ろから蹴りつけて先を急がせる。

 周辺の捜査に熱中しているリニアも、猫のように摘まみ上げて俺も岩壁を通り抜ける。

 その先は外に……繋がっているように思っていたが、洞窟の中のままだった。


 幻覚の岩壁の向こうは、巨大な空洞が広がっていて、それでいて松明がいらないほどに光が満ち溢れていた。

 そこはヒカリゴケが天井一杯に広がっている大空洞だったのだ。


「当面はここに隠れ住んで、人間をやり過ごす事にするよ」


 先に幻覚を抜けて待ち受けていたアロンゾが、そう言って手を広げて見せた。

 洞窟内なので、村ほど広くはないのだが、それでも100メートル四方はあるだろう。

 先に逃げ込んできていたエルフ達も、思い思いの場所に荷物を置いて、寛いでいた。


「それはいいんだが……もしこの中に隠れている事が見つかったら、逃げ場がないぞ?」

「それに関しては問題ない。今から別方向に抜け道を掘る」


 エルフ達は自然に干渉する魔法が、特に得手である。

 大地に干渉し、穴を掘り進めるのは、人間でも稀に使う手法だ。

 ひょっとするとこの空洞も、エルフ達が少しずつ掘り進めて作った、秘密の避難所なのかもしれない。


「さすがに木を使った家は作れないが、【土壁(アースウォール)】で家を作る事はできる。湧き水も湧いてるから、水に困る事もない。生活に不便はないはずだ」

「あの村を放棄するのは、もったいないとは思うけどな」

「なに、似たような村をまた作って見せるさ。これまで人間と戦い続けて、村を捨てる事は何度もあった。また同じ事をすればいいだけだ」


 幻想的な建物が並ぶ、風光明媚な光景は捨てるのは非常に残念である。

 もちろんエルフ達の美的感覚からすると、この洞窟にも美しい建造物を作るのだろうが、それにはしばらくの時間が掛かるだろう。

 それでも寿命の長い彼等は、へこたれずに村を作って行くのだろう。


 そんな無常観に囚われながらも、俺達も適当な場所に腰を下ろす。

 一応侵入者に備えて、入り口付近に陣取るのは、いまだファルネア軍を警戒しているからだ。

 俺がシュルジーを投げ捨てた事で、それどころではないと思うのだが、念には念を、である。

 アロンゾは先に避難してきた人や、守備隊の面々と話し合いをするために離れていった。


「そうだ、アキラ……本当にありがとう。ラキアを助けてくれて。ラキアも、助けに来てくれてありがとう。あのままでは危なかった」


 落ち着いて腰を下ろした途端、シノブが俺とラキアに感謝の言葉を告げる。

 シュルジーのしぶとさは、彼女にとってそれほど危険を感じさせるものだったのだ。


「でも、シノブだけでもどうにかなったんじゃないか?」

「私では奴には勝てないから……この剣をもってしても、ダメージを与えられないとは思わなかったが」

「それもかなりの魔剣なんだがなぁ」


 ラキアの魔力にもビクともせず、俺の全力の拳にも耐えきった。

 シュルジーの防御力は俺の全力に匹敵する事になる。それは、まさに異能者と言っていいレベルだ。


「とは言え、奴にダメージを通せるほどの武器を作ると、それは確実に天変地異を起こすレベルの破壊力になるし」

「そんな危険な武器は、さすがに持ち歩きたくない……かな?」


 シノブもさすがに、引き攣った笑顔を浮かべて、武器の強化は拒否する。

 うっかり素振りするだけで地面を斬り裂くような剣は、彼女も持ち歩きたくはないだろう。俺だって嫌だ。


「ところでアキラ達は一体何をやって来たんだ? アロケンの町が滅んだとか……」

「あー、あれな。あれはリニアがな」

「だからー! わたしのせいにしないでくださいよぉ!?」


 あの時岩盤を割るように指示したのは間違いなくリニアなのだ。俺には何の負い目もない。

 そう言う事にしておこう。


「でも岩盤を割れって言ったのはお前だろう?」

「岩盤? なんでそんな物を割る事に……?」


 首を傾げるシノブに、俺は顛末を説明した。

 ワラキアの痕跡を意図的に残す事、そのためにクレーターを残そうとした事、それには岩盤が邪魔だった事などだ。

 その結果、温泉が噴出して町が水没し、地盤沈下を起こして砦が崩壊した事などを報告した。


「という訳で俺のせいじゃないんだ。しいて言えばリニアのせい」

「違いますよぉ! 大体あんな所に源泉が通っているとか思わないじゃないですか!」

「この洞窟の途中にあった湧き水も少し温かかったしからな。こっちまで水脈が来てるのか」

「温泉か……機会があれば入ってみたいな」


 そこへ見当違いの感想を述べてくるカツヒト。

 だが、俺もシュルジーとの戦闘だの、アロケンまでの強行軍なんかも有り、精神的に疲労感は感じつつある。

 アロンとファルネアの一件が片付いたら、アロケンによって温泉を楽しむのも悪くないかも知れない。

 むしろ一度思いついてしまったからには、その誘惑は非常に強かった。


「っていうか、実はもう、問題は片付いてないか? シュルジーは撃退したし、アロケンは滅んだのであろ?」

「ん、そういえば……」


 暢気そうにラキアがそう口を挟んでくる。

 考えてみれば、シュルジーはかなり遠くに投げ捨てたし、その途中にあったファルネア軍も、投げ捨てた余波で蹴散らされていた。

 アロン軍に関しては、こちらに出征する余裕など、しばらくは無いだろう。

 どちらも、かなりの被害を出していて、しかもエルフの村はこの洞窟に隠れ里を作るべく、動き始めている。


「少し名残惜しいが、確かにもう村を離れてもいい頃合いなのかもしれないな」

「先に村を離れたキオさんも気になるし、後を追うにしても遅れ過ぎると合流できなくなりそうだ」


 カツヒトはそう言って水筒の水を呷る。

 後を追うのが俺達だけなら、キオさん達の商隊に追いつくのは可能だろう。

 仲の良かったクリスちゃんの事を気に入っているらしいシノブは、彼等の安全を特に気に掛けている。

 ラキアやリニアも反対している素振りはない。カツヒトの意見は却下である。


「アロケンの町には寄る事はできないが……その北側の岩場でキャンプしてもいいかな?」

「本当か! 我は温泉は初めてだったりするのだ」

「ご主人、一緒に入りましょうね!」

「ズルいぞリニアさん、私も一緒に――」


 さっそく怪しい対抗心を発揮するシノブとリニア。

 全会一致で意見が合ったようなので、俺達は村を離れるように、フーリオに話を通す事にしたのだった。


これでこの章は終了となります。

来週は少しお休みして、10日からトップランナーの連載を再開しようと思います。


それと、こっそりカクヨムさんにテストも兼ねて新連載を先行で公開しているので、よかったらそちらもよろしくお願いします。

作者検索すればすぐ出てきます。

ついでに、あの神様とかもちょろっと出てますw


それではみなさん、よいお年を。

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