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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第13章 vs勇者編
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第130話 アロンゾに導かれた穴の奥

 ◇◆◇◆◇



 翌日、ファルネア帝国皇帝の元に、続々と被害報告が上がっていた。

 玉座に着いたまま、副宰相の報告に耳を傾け、眉根を寄せて頭痛に耐える。

 ちなみに宰相はシュルジーの帰還に直撃し、今も治療院で入院中だ。


「主要街道の三か所が寸断、河川橋梁が二か所破壊、街壁及び城門の被害も大きく、修復にしばらく時間がかかるでしょう」

「うむ、国庫から災害用の非常予算を持ち出し対応させよ」

「それと帝都の民家が城門までの二十八軒が粉砕。途中集落の民家にも大きな被害が出ているようです。同様に農作地に関しても被害は甚大と思われます。正確な数値はまだ出せませんが」

「帝都の民家には代替施設に避難させ、立て直しを保証させよ。集落の住民に関しては被害状況を視察した後に税の軽減を持って対応」

「御意に」

「エルフの討伐軍は?」

「いかんせん距離があまりにも離れており、指揮官のシュルジー殿が帝都まで飛ばされております。情報を把握するにも時間がかかると思われますが、その被害は小さくはないでしょう」


 農地の被害、寸断した街道によって経済的な損害は計り知れない。

 それらのインフラを修復する費用は、帝都の財政を大きく圧迫する事になるだろう。

 人的な被害に関しても同様だ。南方に派遣し壊滅した軍に加え、東に派遣したエルフの討伐軍も大きな被害を出した事だろう。

 

「はぁ……で、シュルジーの容体は?」

「彼の方があれほどの手傷を追ったのは初めてですので、念のため安静にして頂いています。胸と手足の骨折と内臓へのダメージは治癒魔術で癒しましたが、頭部へのダメージは予断を許しませんので」

「頭はすぐに症状が出ない事があるからな。引き続き経過を観察させよ。シュルジー卿は我が国の宝である」

「ハッ、医師には最優先で看護するように命じておきます」


 勇者と言う存在は、それほど大きな影響力を持つ。

 特にアロン共和国と戦端を開けば、その戦力の有無は大きい。

 もしシュルジーが戦線から離脱すれば、ウェイル率いるアロン軍が優勢になってしまう。


「アロンの動静は?」

「ウェイル卿がニブラスから首都に帰還したと言う情報が入りました。どうやらヒドラと戦闘状態に入ったようです」

「ヒドラ!? 災害級の魔獣が現れたと言うのか?」

「ウェイル卿の手によって討伐された模様ですが」

「さすが……だな」


 本来ヒドラは軍を持って対応して、ようやく討伐できると言う魔獣である。

 それを単独で討伐できると言うのは、さすが勇者と言う所だ。


「それでニブラスから首都に帰還したのか」

「おそらく、無傷とは行かなかったのでしょう」

「アロンにとっては災難だが、この時期に向こうの勇者も怪我を負ったのは幸運だったな」

「は、誠に」


 両国の勇者が運悪くほぼ同時に戦線を離脱した。

 もしこれが片方だけだったならば、大きな戦闘が起きていたかもしれない。

 その事実に思い到り、皇帝ミューレンはより大きなため息を吐いたのだった。



  ◇◆◇◆◇



 シュルジーを投げ飛ばした俺は、ようやく周囲の惨状に目をやる余裕ができた。

 そこはラキアの攻撃魔法でも跡形もないほど荒れ果て、しかも俺とシュルジーの攻撃の余波で、森であった痕跡すら残っていない荒野と化していた。

 周囲は動物の鳴声一つせず、静寂に包まれている。


「まぁ、これで鳴き喚く動物がいたら、逆に驚きだ。ラキア、大丈夫か?」

「ああ、アキラが来てくれて助かったぞ。我も今回は、さすがにちょびっと危ないかと思ったのだ」

「そういう状況じゃなかったと思うのだが……本当に大丈夫なんだな?」


 ラキアの身体をペタペタとまさぐり、異常を捜そうとするシノブ。

 その様子は中々に百合百合しくて、非常に眼福ではあるのだが、今はこの地を離れる事の方が先決だ。

 シュルジーの奴は部下を連れて来ていたらしい。それはつまり、他に部隊が存在するという事でもある。

 増援を連れて来られるのも厄介だし、ここらで俺も撤退するとしよう。

 あの面倒くさい男と再戦など、考えたくもない。


 こうして俺は、シノブとラキアを連れ、エルフの村へ帰還する事になった。

 すでにエルフの村はもぬけの殻だが、彼等がどこへ移動したか判らない以上、あの場で迎えを待つしかない。


「ラキア、本当に身体は大丈夫なのか?」

「うむ、少々キツかったが平気だ。まさか破鎧の武器を持ち出して来るとは思わなんだ」

「あの戦槌か?」

「ああ、グランドクロスと言う名の祭器だそうだぞ」


 未だ心配そうに調子を尋ねるシノブに、ラキアはグランドクロスについて説明していた。

 彼の持つ戦槌は、かつてこの世界の神を祀った際に使われていた祭祀用の物だったそうだ。

 勇者タロスの筋力があまりにも高いため、彼の破壊力を受け止める武器が存在しなかったらしい。

 そこで、彼に特別に下賜された武器だったそうだ。


「それを形見分けとしてシュルジーが受け取っていたと?」

「そのようだな。我との戦いではウェイルが功を上げる事ができなかったので、これに反対する事ができなかったのだそうだ」


 力無く歩くラキアを、俺は背に背負ってやった。


「おお? 悪いな、アキラ」

「ぐぬぬ……これは仕方ないな」


 シノブは多少異論があったようだが、彼女を守るために身体を張ったラキアを責める事はできなかった。

 今回の殊勲は、間違いなく彼女なのだから。


「おお、アキラの背は意外と逞しいな。実に食欲が刺激される」

「よせ、お前の食欲は性欲に直結してるじゃねーか」


 ラキアの外見は俺の好みにダイレクトヒットしているが、さすがに食われる側には回りたくない。

 やはりしばらくはシノブ達に監視してもらう必要があるだろう。

 でないと、俺の初めては寝てる間に食われてたって事になりかねない。




 村に戻ると、リニアとカツヒトが俺達を出迎えてくれた。

 今度は人質を逃がすような真似はしていない。あの二人から一般人が逃げ出すのは、さすがに無理があるだろう。


「ご主人、無事だったのですね!」

「アキラ、戻って来たか! 勝敗はどうなった?」

「ああ、勝った……と言えるのかな?」


 リニアはこの世界の住人だけあって、シュルジーと言う男の恐ろしさを知っている。

 だから戻ってきた俺に、真っ先に飛びついて喜びを表した。

 そしてシュルジーのしぶとさを身を持って体験したカツヒトも、勝利を宣言した俺に尊敬の視線を送る。


「いや、勝った訳じゃないんだ。さすがに硬くて俺もダメージらしいモノが与えられなくてな」

「アキラでもダメだったのか!?」

「そ。んで、あのままじゃ勝負が付きそうにないから、振り回して放り投げた」

「放り投げたって……ああ、アキラの腕力で投げたらかなり遠くまで飛んでいくな」

「おう、森がちょっと割れた」

「……………………は?」


 エルフ達には、ユークレスの森に大穴が開き、その先が真っ二つに割れた事は……まぁ、内緒にしても仕方ないので、謝っておこう。

 勇者を撃退するための代償なのだから、よしとしてくれるだろう。


 村に戻ってしばらく待っていたら、アロンゾ達が俺達を迎えに戻ってきた。

 彼もシュルジーの迎撃に出ていたのだが、シノブ達が時間を稼いでいた間に村人を先導して避難していたのだ。


「おお、シノブにカツヒト! 無事だったのか。それにアキラも戻ってきていたか」

「ああ、ラキアたちと力を合わせて、シュルジーは撃退する事に成功したぞ」

「なに!? あのシュルジーに勝利したと言うのか?」


 俺の報告にアロンゾは驚愕を浮かべる。

 それ程にこの世界では、勇者の肩書は大きい。


「ああ、シノブにカツヒト、それにラキアと俺の四人がかりでな」

「それでもスゴイ快挙だぞ。相手は魔王すら退けた英雄なのだからな!」


 実際は俺がシュルジーを投げ捨てて、無効試合(ノーゲーム)に持ち込んだと言うのが正しい所だが、撃退には違いあるまい。

 それに俺一人で勝ったと言うより、四人がかりと言った方が説得力もあるだろう。

 彼は俺が魔神である事も、ラキアが魔王である事も知らないのだから。


「残念ながら倒したとは言えないけどな。せいぜい時間切れで退いてもらったってのが真実だ」

「充分だ。我々にとって、勇者の派遣と言うのが最も恐ろしい事態だったからな。ここで撃退できたのなら、ファルネア帝国もそう簡単に次に送り込んでは来るまい」


 勇者と言う切り札を何度も跳ね返されては、その威厳自体が地に落ちる。

 ファルネア帝国にとって、それは勇者の価値の喪失に等しい。

 彼等はその名声と威厳によって、人を惹き付けている。


 俺達はアロンゾの案内の元、森の中を進んでいった。

 やがて俺が訓練していた広場にある洞窟までやってくると、迷いなくその中に入っていく。


「おい、ここに入るのか?」

「ああ、何か問題が?」


 ここに入るのは、バーネットとアロンゾの艶めかしい声を聞かされた身としては、少々どころでない抵抗がある。

 その出来事を知らないシノブ達は、可愛らしく首を傾げて不思議そうにこちらを見ていた。

 ちなみにまだラキアの体調が戻らないので、俺が背負ったままである。

 背中から妖しい柔らかさといい匂いが漂ってきて、変な気分になりそうだ。


 アロンゾが【光明(ライト)】の魔法を唱え、周囲を照らし出す。

 エルフは闇を見通す暗視の能力があるそうだが、俺達は持っていない。そのための配慮だ。こういう所は実に気が利く。これがイケメンの気配りか。嗜好が男専門な所が、実に残念な奴だ。

 俺はそれを見て、息を漏らした。


「ああ……」

「ん、どうかしたのか?」

「いや、なんでもないぞ」


 俺はその場を誤魔化し、洞窟内に足を進めた。

 単に魔法の使用法に閃きを得ただけで、この場では関係のない事柄だ。


 洞窟内は意外と広く、足場もそれなりに整地されていて歩きやすい。

 だが人の手が入ったものではなく、何年も何度も往復したが故にできた一種の獣道みたいな歩きやすさだ。

 洞窟は分かれ道なく真っ直ぐに伸びていて途中で広い空洞に辿り着いた。

 その一角からは天井付近から水が(したた)り落ちていて、一メートル四方の水溜まりを作っている。

 その広場でアロンゾは一旦足を止めた。


「ここは中間地点の休憩所になっていてな。滝が流れ落ちて泉を作っている。そこで水を補給したり、身体を洗ったりできるぞ」

「ああ、それでこの中で……」


 あの時テカテカスッキリしたバーネットたちの身体は汗ばんではいたが、綺麗な状態だった。

 おそらくここで身体を洗っていたのだろう。


「泉は身体を洗うのに使ったりしていたから、直接口に付けない方がいいぞ。流れ落ちる滝から水を汲むといい」

「そうなのか?」


 早速泉で水を補給していたシノブが、慌てて滝の方へ水筒を移動させた。

 バシャバシャと水を撒き散らしながら補給をしていたシノブは、不思議そうに首を傾げてアロンゾを振り返った。


「ここの水、なんだか温かいな。そういえば滝壷の水もそれほど冷たくなかったし」

「そういえば、ほんの僅かだが温かみがあるんだ。それが身体を洗うのに、実に都合がいい。火照った身体を冷やし、それでいて冷やし過ぎない絶妙な温度でな」

「我も、滝壷で泳いでいた時に感じたな。冷たさがそれほど負担にならなかった。普通に気持ちいい温度だったぞ」

「ひょっとすると、この近くで温泉でも湧くのかもしれないな」


 アロンゾの何気ない一言に、俺はビクリと身体を硬直させる。

 隣を見ると、リニアも直立姿勢で硬直していた。


「ななななな何を言っているのかな? この近辺で温泉なんて湧く訳――ないじゃないですか?」

「アキラ、なぜ丁寧語なんだ? しかも疑問形?」

「あ、いや。なんでもない。な、リニア?」

「なぜこっちに振るですか!? わたしは何も知りませんよ、アロケンの町の事なんて!」

「そこでなぜアロケンが出て来るんだ?」


 わざとらしいくらい綺麗に口を滑らせるリニア。

 俺はその頬をやさしくつねり上げながら、口を閉じさせる。


「ふぁふぃふぉふふんふぇふか!」

「リニアはすこーし黙っていようなぁ? お前は面白い方向に走りたがるから!」

「ご主人、横暴です!」


 リニアは両手を振り上げて抗議を示すが、ここはスルーしておく。

 アロケンの大惨事はいつかは話さないといけない事だが、こんな状況で話したくはない。

 できるならば、腰を据えて落ち着いた状態で……言い逃れしたいのだ。


「いいか? 今追及されたら、余計なことまで口走ってしまうかもしれないだろ」

「あー、落ち着いて説明したい出来事でしたからねぇ」

「アロケン……そう言えば、聞いておきたい事が――」

「それは落ち着ける場所についてからな!」


 俺は手を振ってシノブの追及を躱し、誤魔化しておく。

 その隙にラキアが俺の背から飛び降り、泉に向かって歩き出した。

 勢い良く服を脱ぎ棄て、泉の清水で身体を洗い始める。


「おっ、おい!?」

「うむ、気持ち良いぞ。アキラも入るか?」

「じゃなくて! 男もいるんだ。少しは恥じらえ!」

「アキラはあっち向くんだ! カツヒトも見るんじゃない!」

「ご主人は見ちゃダメです!」

「うぐぉ!? 目潰しするなぁ!」


 即座に前に立ちふさがり俺達からラキアを隠すシノブと、俺の目を閉ざすべく目潰し攻撃を仕掛けるリニア。

 アロンゾの話では、この先に洞窟の広場があり、一旦そこに集落を再建する予定なのだそうだ。

 俺達はその手前まで来て、ようやく人心地ついたのだった。


穴の奥(意味深

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