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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第13章 vs勇者編
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第128話 勇者対魔王

 まるで森の中を散策する美少女、そんな雰囲気すら漂わせて、気楽に近付いてくるラキア。

 その姿を目にして、シュルジーは驚愕に目を見開いた。


 反面、兵士達は彼女の正体を知らないので、一体何事が起きたのかと戸惑っている。

 彼等が何者か知らない者からしてみたら、戦場に少女が一人迷い込んだようにしか見えないのだ。

 だがその戸惑いも、シュルジーの漏らした一言で驚愕に変わる。


「まさか……央天魔王……ラキア、か?」


 低く小さな、だが彼のハッキリとした滑舌の聞き取りやすい声が、その場に響く。

 その言葉の内容が脳に染み込むと同時に、彼等は恐慌に染まっていった。

 目の前に歩み寄り、腕を組んで仁王立ちになったあの少女が、世界を混乱に巻き込んだ魔王だと認識する。


「魔王だって――!?」

「バカな、シュルジー様が倒したはず」

「いや、南方の魔王だって復活したのだ、央天だって――」

「タロス様が命を投げ打って倒した相手だぞ、今タロス様は……」


 かつてラキアにとどめを刺した『破鎧』と呼ばれたタロスはすでに居ない。

 シュルジーは防御は完璧な存在ではあるが、攻撃に関してはそれほどの能力を持たない。

 つまり、彼女を倒せる存在はすでに無いのだ。その事実が彼等を混乱の渦に叩き込んだ。


「う、うわああぁぁぁぁぁ!?」

「魔王、魔王だ!」

「シュルジー様、に、逃げ……助けて!」

「クソ、このままやられてたまるか! せめて一太刀――」


 逃げる者、(すが)る者、立ち向かう者。

 シュルジーが驚愕に指示を忘れたが故に、その場は混沌に支配された。

 だがそれも一時に過ぎなかった。混乱に我を取り戻したシュルジーが、一喝したのである。


「落ち着け、痴れ者どもがぁ!」


 自らは自失しておいた事はいったん棚上げしておき、彼は即座に指示を飛ばす。

 彼の知る央天魔王の攻撃は、敵も味方も、自分すらも巻き込んで周囲を吹き飛ばすモノだ。

 この場にいる部下達を避難させねば、自分との戦闘に巻き込んでしまう。


「護衛共は一旦退け、殿(しんがり)は俺が引き受ける!」

「そんな、シュルジー様!?」

「退けと言った! お前ら全員を俺に守らせるつもりか!」


 その一喝により、兵士達は平静を取り戻した。

 混乱の極みにあって、なお正気を取り戻させる程のカリスマを発揮するのは、さすがの指揮力と言える。

 彼等はその場にいるとシュルジーの足を引っ張るという事実に気付き、整然と防御体型を取り、その場を離れ始めた。

 さすがは護衛を受け持つエリートだけはある。


「もう終わったかの?」


 その場を離れた護衛達を見届け、ラキアは腕組みを解いた。

 まるで大道芸でも眺めていたかのような風情だが、その目には剣呑な光が宿っている。


「さて、こちらもその者達を退かせてもよいかの?」

「構わん。貴様との戦いに第三者は不要」


 シュルジーも護衛を見逃してもらったと言う事実は理解している。

 彼女が本気で彼を倒す気ならば、護衛ごと吹き飛ばせばよかったのだから。


「そういう訳じゃ。シノブもカツヒトも退くがよい」

「だが――」

「コヤツとは因縁があるでな。それに我も――自身の特性から他の者がいては全力を出せん」


 シノブもカツヒトも、アキラの強化を受け常人離れした生命力を持ってはいる。

 だがそれを上回るほどの攻撃力を、ラキアは発揮する事ができる。

 それに耐え得るシュルジーとラキアとの戦いの場に、彼女達がいては足手まといにしかならない。

 その事実に気付き、シノブはその場を去る事を決断した。


「判った。カツヒト、行くぞ」

「しかし……」

「これから始まるのは、私達では手を出せない領域の戦いだ。私達がいては、ラキアの重荷になってしまう」

「クッ――」


 何度攻撃を繰り返しても傷一つ付かなかったシュルジーと、一声で周囲を吹き飛ばせるラキア。

 その戦いに自分たちが参加できない事を、カツヒトはようやく悟った。

 奥歯が砕けかねないほど強く噛み締め、その場を立ち去ろうと踵を返す。

 その背にシュルジーから声が飛んだ。


「待て」

「あ、なんだよ」


 苛立ちを隠せず、カツヒトは常にないほど険の籠った視線を返した。

 それを受け流しながら、シュルジーは地面の一角を指差す。


「彼も連れていけ。貴様らに身柄を預けるのは業腹だが、部下達も存在を忘れていたようでな。情けない話だ」


 シュルジーが指差した先には、カツヒトが担いでいた捕虜が一人地面に転がっていた。

 護衛達が撤退する時、回収するのを忘れていったのだ。

 だが彼等を責めるのは、酷という物だろう。それ程までに、この世界に置いての魔王とは恐怖の対象になっているのだ。


「ああ、死なせるのも後味悪いからな」


 半ば負け惜しみを籠めて、カツヒトは捕虜を回収していく。

 そしてようやく二人だけになった森の中で、ラキアとシュルジーは対峙した。


「懐かしいの。二人ほど足りんが」

「一人は貴様の手によって倒されただろう。歳をとってボケたのか?」

「む、我は若返ってピチピチじゃ! 試してみるか?」

「サキュバスの誘いに乗るほど、愚かではない!」


 そう叫んで、シュルジーは自らの剣を捨て去った。

 彼の攻撃力は一般人よりは遥かに優れてはいるが、それでもラキアの防御を突破できるほどではない。

 それなのに、攻撃の要とも言える剣を捨てる行動を、彼女には理解できなかった。

 怪訝な表所をするラキアを無視して、腰の後ろから一つの戦槌(ウォーハンマー)を取り出すシュルジー。

 十字架をかたどった特異な形状をしたそれに、ラキアは見覚えがあった。


「それは……あの男の――」

「そう、破鎧の勇者、タロスが装備していた戦槌『グランドクロス』だ」


 破鎧の勇者。彼の攻撃力は確かにラキアの防御を貫くほどに高かった。

 だがその攻撃を受け止める武器もまた、相応の能力を要求される。

 彼が装備していた武器。それだけで桁外れの能力を有している事が知れる。

 現にラキアは、あの武器の一撃で前世を終えている。


「ち、面倒な物を……仲間の遺品を漁るとは、浅ましいとは思わなんだか?」

「形見分けと言ってほしいな。私も自分の欠点は理解しているからな」


 攻撃力に難のあるシュルジーにとって、手っ取り早く攻撃力を上げる方法はより良い武器を装備する事だ。

 そのために世界で最強の攻撃力を持つシュルジーの武器を求めた、それだけに過ぎない。


「相方のあの男は何も言わなかったのか? 貴様だけ益を得るなど、公平では無かろうに」

「あの戦いにおいて、ウェイルは見るべき点が少なかったからな。強くは出てこなかったよ。我の強いあの男にしては珍しく、な」


 そう言い捨てておいて、戦槌を構える。


「それにあの男の武器はあくまで剣だ。スキルも剣技だったしな。私にその縛りはない」


 三人の勇者の中で、唯一シュルジーだけが戦技系スキルを持っていない。

 だからこそ武器の種別を問わずに、何でも装備できる。

 自身の不利を悟って、ラキアは防御の魔法を展開していく。常時自分の周りに魔法障壁を浮遊させ、自律的に防御させる魔法だ。


「【浮動盾(オートガード)】の魔法か。準備ができたなら……行くぞ!」

「来い、魔王の真価を見せてやろう」


 こうして二人の決戦が、幕を開けた。





 戦いが始まり、何度交錯したか判らない。それを数える(いとま)すらない。

 周囲の木々はすでに吹き飛び、まるで開拓された荒野のような様相を呈している。

 それ程高速で、破壊力が溢れ、見境のない戦闘が続いていた。


 戦技系を持たないシュルジーは、武器によって攻撃力を底上げしていたが、命中力までは補えていなかった。

 彼の攻撃はことごとく【浮動盾】によって防がれ、ラキアの身体には届かない。


 逆にラキアもまた、シュルジーを攻めあぐんでいた。

 彼女の範囲魔法攻撃は周辺の敵を見境なく攻撃するが、シュルジーの防御力はラキアのそれを上回っていた。

 魔王すら超越する防御に、彼女は有効打を見つけられずにいたのだ。


「ブチのめしてやろうかと思っておったが……いい加減飽きてきたわ。おぬし、そろそろ死ぬ気はないか?」

「ふざけるな。貴様を放置しては、人類の存亡に関わる。貴様こそ、ここで死ね!」

「もはや目的は果たせぬであろうに。エルフの村はすでに移動を開始しておる。貴様が駆け付けたところで、もはやもぬけの殻よ」

「貴様を討伐できるならば、エルフの集落などより、よほど手柄になるわ!」


 軽口を叩きながらも、ラキアは周辺ごと【局地噴火(イラプション)】の魔法で吹き飛ばす。

 それをまるでそよ風のように受け止めながら、シュルジーは戦槌を叩き付け、それを【浮動盾】が受け止める。

 状況はすでに膠着状態に入っており、双方に打開の手段はない。


 シュルジーは命中力を補う手段が無く、ラキアは攻撃力が不足している。


 だが足止めと言う目的を果たしたラキアは、すでに戦いからの離脱を検討しており、逆にエルフ以上の獲物を見つけたシュルジーは戦意にあふれていた。

 互いのモチベーションの差が出たのかどうか、ラキアの盾の制御がわずかに甘くなる。飽き性の彼女の気質が出たのかもしれない。

 その隙をついて、ラキアは戦槌の一撃を肩口に喰らってしまった。


「ぐぁっ!?」

「油断したな、魔王!」


 激痛には慣れていないラキアはその一撃を受け、もんどり打って地面に転がった。

 その隙を突くべく、詰め寄り、戦槌を振り上げるシュルジー。

 ラキアに馬乗りになり、その顔面に打撃の雨を降らせる。


「これで貴様も終わりだ!」

「させるか!」


 とっさに前方に盾を集中させ、攻撃を受け止めるラキア。

 だがシュルジーは盾の防御などお構いなしに、戦槌を振り下ろし続けた。

 盾の防御のおかげで、彼女にダメージは通らない。しかし、超常の攻撃力を受け、次第にラキアの背が反動で地にめり込んでいく。身動きが取れなくなり、ラキアの打つ手が次第になくなっていった。

 別種の魔法を使おうとしても、続け様の攻撃がそれを許さない。


「クッ、これは不味いかもな――」

「不味いではない、終わりだと言った!」


 ここが勝負どころだと知り、シュルジーも全力を振り絞り、戦槌(グランドクロス)を叩き付ける。

 なす術もなく地に埋まるラキア。これが通常の相手ならば、攻撃の合間に反撃もできるが、シュルジーの攻撃は間断なく続き、その隙を与えない。


 前世での戦いで、彼のしつこさは身をもって知っている。

 どれほど攻撃を加えても、ただひたすら耐え抜いてしまう防御力と精神力は、特筆すべきものだ。

 これがムラッ気のあるウェイルだったのならなんとでもなるだろうが、実直な性格はその緩みを許さない。

 このままではラキアの方が先に集中を切らしてしまう。盾の制御をしくじり顔面に戦槌を受けては、さすがの彼女も無事では済まない。

 その未来を察知して、ようやくラキアは己の危機を認識した。


「おのれ、離れろ、小僧! 食事以外で男に乗られる趣味はない!」


 腰を跳ね上げ、シュルジーを押しのけようと試みるが、足を絡められそれすら適わない。

 シュルジーもラキアが息絶えるまで、離れるつもりはなかった。


 だが唐突にそのシュルジーがラキアの上から消えた。

 いや、何者かに横合いから蹴り飛ばされたのだ。

 何が起こったのか理解できず、半ば地にめり込んだままラキアは目を瞬かせた。


「おい、人の女に勝手に乗っかてんじゃねぇぞ」


 そこに掛かる、聞き覚えのある声。

 降り注ぐ逆光の中から現れたのは、魔神と呼ばれる男――ワラキア、その人だった。


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