第127話 鉄壁の戦い
アロンゾの合図で茂みの中から飛び出し、ファルネアの斥候に奇襲を仕掛ける。
斥候兵の人数は5人。こちらの人数も、アロンゾとシノブ、カツヒトの他にエルフが二人いるので5人。
人数の上では互角だが、奇襲を仕掛けた上に、シノブやカツヒトと言う一流レベルの戦士がいるため、一方的な展開になった。
「動くな!」
「な、何者だ!?」
先制して声を掛けるのは、相手を驚かせる効果も狙っての事だ。
実際、内二名は驚愕に硬直し、動きを止めている。
シノブとカツヒトはその二人に突撃して、それぞれの得物を振るった。
殺傷が目的ではないので、狙いは相手の装備だった。
シノブは腰に下げた剣帯を一閃して斬り落とし、柄を使って腹を撃ち、気絶させる。
カツヒトも同じように、敵の武器を叩き落とした上で石突きを使って気絶させていた。
「貴様――エルフの!?」
「悪いが捕虜になってもらう!」
アロンゾが向かったのは指揮官級の男なのか、驚愕しつつも剣を抜き、応戦していた。
彼等の技量は拮抗しているのか、互いに決め手に欠ける状況に陥りつつあった。
それを見てカツヒトは、大きく槍を振って注意を逸らし、牽制を入れていく。
視界に入った槍の動きに、反射的に男が剣をカツヒトに向けようとした。
その隙に死角に回り込んだシノブが男の脇腹を打ち、速やかに気絶させる。
崩れ落ちる男を見て、アロンゾは大きく息を吐き、シノブに向けて礼を述べた。
「すまない、助かった」
「いや、功績はカツヒトの物だ。私は流れに乗っただけだし」
「こういうサポートはなぜか得意でね」
槍を肩に担ぎながら、カツヒトは器用に肩をすくめて見せる。
この時には残りの二人もエルフ達によって捕縛され、戦闘は終了していた。
捕らえた男達の武装を解除し、縛り上げてその場を離れる事になった。
できるだけ早くこの場を離れたいところではあるが、すでに今日は一度捕虜に逃亡されている。
リーガンと言う男もこうして武装解除したはずなのだが、彼はどうやってか地下牢を爆破し逃亡してしまった。
そんな出来事が起こった直後なので、身体検査は特に念入りに行われた。
「ズボンも脱がせて、中を確認しろ。そこが一番物を隠しやすい」
ズボンどころか下着まで剥ぎ取って中を調べる。
尻に手を掛けた所で、カツヒトは限界に達し、視線を逸らせた。それ以上は男の尊厳から見ていられない。
逆にシノブは顔を両手で覆いながらも、指の合間からしっかりと注視していた。
本人は隠しているつもりなのだろうが、周りから見ればバレバレである。
「よし、これで間違いなく何も隠していないな」
「は、はぁ……」
身体の穴と言う穴まで調べ上げられた男に、補佐についていたエルフの男は脂汗を流して、気の抜けた同意を返す。
彼もアロンゾの嗜好は知っているので、驚きはしないが……つい、自身と置き換えて考えてしまったのだろう。
「彼等が戻ると村の位置が知られるからな。あの煙では恐らく本隊にも知られているだろうが……少しでも時間を稼がないと」
「そうですね。彼等の戻らないなら、本隊も警戒するでしょうし」
偵察部隊というモノは、帰還しない事を含めて危険の判断材料にされる。
戻らないと言う事は脅威が先に存在すると本隊に知らせる事にも繋がっている。
元より黒煙を上げられた事で、敵の本隊はこの地にやってくるのは確定的。ならば斥候部隊を先に叩いて危険を知らせておき、その足を鈍らせておくが今回の戦いの意義だ。
「荷造りは済んだぞ。すぐにここを離れよう」
五人を縛り終え、アロンゾが二人、男がそれぞれ一人ずつ担いで立ち上がる。
ズボンまで剥かれているので、シノブは受け持っていない。
カツヒトは全裸の男を担がされて、非常に微妙な表情をしていた。
「よし。いったん村に戻って、それから避難を――」
「それは困るな。私の部下は返してもらおう」
そこへ低い声が割り込んできた。
敵意と威圧感をたっぷりと含んだ声に、シノブは聞き覚えがある。
「まさか、この声……」
「ほう、どこかで見た顔もいるな」
木々の向こうから、現れた一人の剣士。それはかつて戦場で何度か見かけた『鉄壁』と呼ばれた勇者の姿だった。
「鉄壁のシュルジー。なぜこんな所に?」
シノブは剣を抜き放ち、戦闘態勢を取りながらシュルジーに尋ねる。
彼は本来、将軍格の剣士である。最前線のさらに先である、このような場所に現れる存在ではない。
ましてや護衛すらつけず、単独での行動である。
「部下から怪しい煙の連絡を受けてな。斥候部隊が心配になって駆け付けてきたのだよ」
「下っ端まで気を回すとは、相変わらず細かいな」
無駄にプライドが高く、それでいて配下への気配りも忘れない。昔からそういう男だった。
確かに森の中で軍を動かすならば時間が掛かってしまうが、彼一人が単独で動くならばそれほど時間もかからない。
それは彼が隔絶した戦士だからこそ可能な選択なのだが、今回に限っては最悪の選択である。
「確かシノブ……と言ったか? 良い剣士だったと記憶している」
「それは光栄だ。ついでに少し遊んでいくといい。アロンゾ、先に行け!」
「おい!」
「人を背負ってあの男から逃げおおせるのは不可能だ。ここは私が足止めをする」
「ならこいつらを捨てればいい!」
「それを許してくれる相手じゃない」
例え人質である斥候部隊を捨てたとしても、基本的な身体能力に差がありすぎる。
シュルジーは防御に優れた剣士ではあったが、それでも他の能力が人並みという訳ではない。
激戦によって鍛え上げられた攻撃力は、シノブにも匹敵する。
それでも足りないような死線を、彼は掻い潜ってきている。
カツヒトやシノブならともかく、アロンゾ達ではシュルジーから逃れることは不可能だろう。
「潔いな、殺すには惜しい。どうだ、投降しないか?」
「残念だが……私にも帰る場所はあるので、遠慮させてもらう!」
一声叫び、シノブはシュルジーに斬りかかっていった。
斥候部隊を案じて先行していたのだろう、現在シュルジーは護衛の一人も連れていない。
だがいつまでも一人という訳ではない。いずれは護衛が追いつき、数的な優位も崩れてしまう。
そうなれば圧倒的に不利なのはシノブ達の方だ。
それにこれはチャンスでもある。
シュルジーの存在は、ファルネア帝国にとって非常に大きい。
倒すか、できるならば捕らえる事ができれば、彼の国の動きを封じる事ができるかもしれない。
いや、その可能性は大きい。
「でやぁ!」
そこまでを一瞬で判断して、シノブは短期決戦を決めるべく、勝負に出たのだ。
だがシュルジーは剣を翳して、彼女の攻撃を受ける。
シノブとて、超越した戦士の一人である。
その手には魔剣アンスウェラーもあり、攻撃力だけならばラキアすら上回る。それ程の力をもってしても、シュルジーの防御を突破する事は適わなかった。
「クッ」
「どうした? それではかつてのお前の方が強敵だったぞ?」
「ぬかせ!」
唐突に巻き起こった超人同士の戦闘に、周囲の木々が薙ぎ倒される。
これが空振りや剣風による被害なのだから恐ろしい。
巻き込まれまいとアロンゾ達は咄嗟にその場から逃走を計った。それは人質も連れて逃げ去られる事にもなる。
「む、待て!」
「行かせるか!」
後を追おうとするシュルジーと、それを阻むシノブ。
その隣にもう一人、立ち塞がる者がいた。
「一人だけいい格好をするつもりか? 俺にも見せ場を譲ってくれ」
「カツヒト――!?」
気絶し、縛り上げた人質を放り出して、カツヒトがシノブの隣に立つ。
彼の持つビーストベインと言う槍も、アンスウェラ―に匹敵する魔槍である。
そして彼自身の力量も、シノブに勝るとも劣らない。
「チ、増援か!」
「本命と言ってほしいね!」
すかさず胸元に一撃入れるカツヒト。シュルジーはそれを躱そうとすらせず、反撃の剣を振るう。
胸に突き刺さった槍は、だが1ミリも刺さる事なく跳ね返された。
逆に反動で体勢を崩した所へ刃が迫り、かろうじてシノブによって弾き返された。
「うぉっ――と。悪い、シノブ。助かった」
「油断するな。下手したらこいつはアキラより硬いぞ」
「さっき身をもって経験したよ」
シュルジーもまた、シノブの迎撃で体勢を崩している。
だがシノブは深追いせずに距離を取る。カツヒトもそれに従った。
ここでさらに攻撃を重ねても、シュルジーにはダメージを与えられないのだ。
シュルジーもその間に体勢を立て直す。しかし、すでにアロンゾ達の姿は森の奥に消えてしまっていた。
「もはや追う事は適わんか。ならばそこの部下だけでも返してもらおう」
その視線はカツヒトが投げだした人質に向けられている。
せめて一人でも救い出そうと言う考えなのだろう。
だがその行く手をカツヒトが遮る。
「させるか!」
「くどいっ!」
シュルジーの取る戦法はひどく単純だった。
自身の持つ常識外れの生命力を活かして敵の攻撃を正面から受け止め、自分はそのタイミングで反撃するカウンター戦法。
絶対の防御力を自負する彼だからこそできる、無茶な戦い方だ。
だが攻撃の瞬間というのは最も大きな隙を生む瞬間でもある。ある意味、理に適った戦法と言えた。
だからこそ、シノブもカツヒトも、攻めあぐねていた。
すでにアロンゾは撤退しているので、ここで逃げだしてもいいのだが、敵の大将首を目の前にして功名心が先走ってしまったと言える。
「シュルジー様、お一人では危険で――何者だ!?」
「クソ、護衛か!」
「必要ないと言ったのだがな」
恐らくはシュルジーの後を追ってきたのだろう、十人程度のファルネアの騎士がその場に駆けつけてくる。
これで数の有利は消えた。カツヒトやシノブの足なら逃亡し追跡を振り切る事も可能だが……
戦いと逃亡。二つに増えた選択肢。それが逆に、カツヒトの判断を一瞬だけ鈍らせてしまう。
「二人を包囲しろ、逃がすな!」
「逃げるぞ、カツヒト――カツヒト!?」
すかさずシュルジーが指示を飛ばし、騎士たちが即座にそれに反応した。
もはや手加減できる余裕は無い。それは相手の命を奪う領域で戦う事になる。無駄に戦い続けるよりは撤退が得策。そう判断したシノブが即座に指示を飛ばす。
だが、功名心との間に迷いを持ったカツヒトは、その判断が遅れてしまった。
一瞬の戸惑い。それが包囲陣を完成させてしまう。
即座に包囲の一人切り捨て、シノブはその囲みから脱出する。だがカツヒトは躊躇し、中に完全に取り残されてしまった。
「しまった――経験のなさがこんなところで……仕方ない、シノブは先に行け!」
「できるか、バカ! こっちだ、斬り開くぞ!」
かつて輸送部隊の護衛ばかりを務めていたカツヒトは、戦闘の経験は豊富だが殺し合いの経験は浅い。
無論、この殺伐とした世界で戦いを経験した事は何度もある。だがシノブほどの修羅場をくぐった経験がない為、統率された敵に対応しきれなかった。
そしてシノブもまた、仲間を見捨てるような性格ではない。
結局彼女も乱戦の中に戻ってしまい、二人は包囲陣に囲い込まれてしまう事になる。
「優しい事だ。だが戦場では油断だな。部下を死なせなかった事には感謝しよう」
シノブの斬り捨てた一人を除き、部下は無傷。
いや、彼女の倒した相手でさえ、かろうじて息はある。治癒術を使える者がいるならば、数分で復帰できる程度だった。
そして陣形が完成した以上、シュルジーは部下を庇い、シノブ達の攻撃は彼等に届かなくなってしまう。
「詰みだ。大人しく降伏しろ」
「それはまだ早かろう? 楽しそうじゃから、我も混ぜよ」
そこへ上から目線の言葉が投げかけられる。
戦場の空気に似つかわしくない、玲瓏な美声。
深い森の中から、まるで散歩するかのような軽やかな足取りで、美しい少女が姿を現したのだった。