第126話 帝国接近
アキラの力でメールを使用できるようになり、最初に受け取ったメールが『町が滅びました』である。
それを受けたシノブは頭の上に盛大にクエスチョンマークを浮かべても、無理はない話だった。
あまりの唐突さに思わず、畜魔石の魔力補充の手を止める。
その様子にただならない気配を感じ、アロンゾがシノブに状況を尋ねる。
「どうした? 何か問題でも起こったのか?」
「問題と言うか……うん、確かに大問題ではあるんだが……」
日本語で書かれたメールはアロンゾには読めない。なのでシノブは、その内容を直接アロンゾに告げる事にした。
本来なら機密にする方がいいのかも知れないが、守備隊を率いるアロンゾには状況を知らせておいた方がいいだろう。
「どうやら砦のある町――アロケンが崩壊したらしい」
「ハァ!?」
唐突に戦争中の相手が滅んだと聞き、ポカンと口を開いて自失するアロンゾ。
数秒、硬直してから再起動し、再びシノブに詰め寄った。
「どういう事だ!? 一体何があった?」
「それは知らされていないのだが、アキラのする事だから、そう言う事もあるだろう」
拳一つでトーラス王国を滅亡に追い込んだ男なのだ。
シノブもその事実は知らされているので、町一つ滅ぶくらいなら『アキラならやりかねない』と納得してしまう。
「いや、剣もろくに使えなかった男に、そう言う事もあるとか言われても――」
「アキラの真価は剣じゃない。バカにするな」
「いや、馬鹿にしたつもりはない。不快に思ったのなら謝ろう」
アロンゾも狼狽して口が過ぎたと認識し、ここは素直に謝罪する。
本気で謝罪していると感じれば、シノブも後に尾を引く性格ではないので、作業を再開するべく次の紫水晶へと手を伸ばした。
なんにせよ、アキラとリニアの足ならば一時間もせずに戻ってくるはずなのだ。詳細はその時に聞けばいい。
一旦はそう思い直したのだが、今度はそこへカツヒトが飛び込んできた。
彼は右手にスマホを握り締め、慌てた風にシノブに詰め寄った。
「おい、シノブ! メールを受け取ったか!?」
「落ち着け。どうせアキラの事だから、いつもより派手目にやらかしてしまったんだろう」
「そ、そうか? そうなのか? それでいいのか……?」
落ち着いたシノブの様子を見て、カツヒトも過去のアキラの行状を思い出す。
確かに町が滅びてもおかしくないトラブルを頻発させていたと思い到り、ストンと用意されていた椅子に腰を下ろした。
「なんだ、よく考えてみれば『いつも』のアキラじゃないか」
「だろ?」
「おいおい、町が一つ滅んでるんだぞ……」
「まぁ、それがアキラだ。諦めろ。アキラだけに」
「……………………」
駄洒落を飛ばしリラックスするカツヒトに、アロンゾも言葉を失って黙り込む。
「カツヒト。どうせ来たんなら、補充手伝ってくれ」
「クッ、せっかく逃げ出したのに……ラキアはどうしたんだ?」
「立て続けに三つ水晶を破裂させたから、追い出した。危なくてそばに居られない」
彼女達なら特に被害はないのだが、砕けた水晶が散らばった床を歩くのは気持ちの良い物ではない。
普通の人間なら最初の爆散で血まみれになるか、破片を踏んで足がズタズタになってしまう。
そのまま数分、黙々と魔力の補充作業を続ける。すると今度は、別のエルフが作業場に駆け込んできた。
「アロンゾ、大変だ!」
「どうした、こっちも大概タイヘン……ああ、そうだ。他の連中にも知らさないとな」
「それどころじゃ無い、ファルネア帝国の斥候兵が森の東側に!」
「なんだと!?」
最初、呆然とした口調でおざなりに対応していたアロンゾだが、ファルネアの斥候と聞いて、即座にいきり立った。
数に劣るエルフ達にとって、隠れ里の位置は隠し通さねばならない。
「正確な場所は?」
「洞窟の辺りに出没したのを、子供達が見つけたらしい」
「こちらは見つかったのか?」
「いや、子供達は洞窟の中に隠れてやり過ごしたそうだから、見つかってはいないはずだ」
「そうか。それで敵の人数は?」
「確認できたのは5、6人らしい。恐らくはもっといるだろう」
「多いな――」
矢継ぎ早に質問し、それに答えるエルフの男。
事態はかなり緊迫しているらしい。
その様子を見て、シノブは真っ先にキオ達の事が心配になった。彼等は早朝に出発している。
もしまだ村から離れていなければ、戦闘が起きると巻き込まれる危険性がある。
「キオさん達はどうなんだ? 確か朝早くに出発しただろう?」
「それは大丈夫だ。森の外まで見送る事はできなかったが、方向が違う。南に抜けたから、巻き込まれる事は無いだろう」
キオ達が安全圏まで避難していると聞いて、シノブは安堵の息を漏らす。
「ならその対応は俺が向かうとしよう。タダ飯を貰っているだけでは気分が悪いからな」
「いや、そこまで……」
反射的に断ろうとして、アロンゾは少し思案した。
帝国の斥候兵は、今までと違って人数が多いらしい。共和国の偵察部隊とは質が違う。
それは後方に本隊がいる可能性を示唆している。
「そうだな。すまないが協力を頼む。まだ村の位置は知られていないが、放置していい物じゃない」
アロンゾも、バーネットからカツヒトの力量については聞いていた。
実際、彼の所作には、武を嗜む者の仕草が随所に見受けられる。アキラとは違い彼なら戦場に出しても大丈夫だと判断したのだ。
「待て。カツヒトが行くなら私も行こう」
シノブもカツヒトに続いて立ち上がり、斥候部隊の迎撃に出ようとする。
その時、ずしんと腹に響く轟音が響き渡った。
「なんだ!?」
「アロンゾ、地下房の方から煙が――!」
「地下……あの男か!」
昨日捕らえたアロンの斥候の男。アキラからはかなりの実力者と聞いていたが、自力で脱走を図ったのだろう。
瞬時にアロンゾはその事態に思い至り、そして最悪の状況を悟る。
「しまった、煙が……これではファルネア側にも場所が知られてしまう!」
今もなお濛々と立ち上がる煙は、木々の間をすり抜けて空へと昇っていた。
あれでは遠目からもここに何かがあると知られてしまう。
アロン共和国の密偵にファルネア帝国の動向が知られていたとは思えないが、二国の斥候の接近が最悪のタイミングで重なっている。
「くそ、アロンの男の追跡は後回しにしろ! まずは火を消せ。ファルネアにまで位置を知られてしまうぞ」
「ハッ!」
報告に来た男がアロンゾの命に答え、即座に駆け出していく。
どのみちアロンに場所を知られた以上、この村は放棄せねばならない。
だが一般人を抱えている以上、その移動はすんなりと行くものではない。
アロンだけなら森を利用した戦闘で押し返す事も可能だが、ファルネアまでとなると話は違う。
「せめて民間人の避難まで時間を稼がなければ……」
「そうなると、ますます斥候を逃がす訳には行かなくなるな。俺の出番も増えるという物だ」
「ああ。済まないがこき使わせてもらうぞ」
「こちらから申し出た事だ、気にするな」
カツヒトとアロンゾが拳を打ち合わせて気炎を上げる。
シノブも椅子に立てかけていた剣を腰に下げて戦闘に備えていた。
「もう少し待てば、アキラも帰ってくると言うのに――間が悪い」
「シノブはアキラがいないと不安になったか?」
何かを揶揄するかのように声を掛けてくるカツヒトに、シノブは不快気な視線を返す。
確かに最近はアキラの元で『安全な』戦闘を繰り返していたが、彼女は元々最前線に出張っていた猛者だ。
戦いを恐れていると思われるのは非常に不愉快である。
「バカにするな。二年前の戦乱に比べれば、斥候の迎撃戦くらい、どうと言う事は無い」
「今はアキラの剣も……あるしな」
カツヒトの言葉が一瞬開いたのは、身体能力の強化の事を言及しようとしたのだろう。
だがこの場にはアロンゾがいるので、口にできなかったのだ。
「ああ。コイツがあれば大丈夫だ。それより早く行こう。見失ったら後が厄介だ」
カツヒトに弱気を見抜かれた事をごまかすように、シノブは作業場から足早に出ていったのだった。
アロンゾの案内で、森の中を駆け抜け、斥候の迎撃へ向かう。
ついてきたのは彼と、彼の配下の10名程度のエルフ達。それとシノブとカツヒトの二名だ。
ラキアがいれば心強かったのだが、元々が自由な気質の彼女はどこにいるのか見つける事ができなかった。
「まさかラキアまで見つからないとはな」
「まあ、彼女の事なら心配はいらないだろう。そこらの戦士より強い」
「そうなのか? 見た目はかなりか弱そうなのだが……」
シノブ達の会話を聞いて、エルフの男が一人、声を掛けてくる。
エルフ族の中にあっても、彼女の美貌は桁が違っていたのだ。そんな彼女の美貌に惹かれ、仲を取り持ってほしいと願う男達も多い。
アキラの存在が無ければ、ここで一大ハーレムを築いていたかもしれない。
「魔力が桁外れなんだ。私よりも遥かに」
「そ、そうなのか。確かに魔法力は簡単に見分けがつく物じゃないしな」
その他にも基礎身体能力も頭抜けているのだが、これは内緒にしておく。
魔法主体と知らせておいた方が、違和感なく彼女の強さを納得できるだろう。
「それより道は合っているのか? やけに迷いなく進んでいるが……」
「洞窟の付近に出没したのなら、崖の影響もあって進路は限定される。それにあの煙を見て確認しに来ないはずがない。おそらくは近い場所に――」
そこまで説明したところで、アロンゾは言葉を切る。
代わりに指を口元に運び、静かにするように要求してきた。
「なにが――」
「シッ、アロンゾが何かを見つけたんだ」
それを理解できなかったカツヒトが、疑問を口にするが、シノブが制止する。
森に馴染んだ彼独特の感覚が、何かを掴んだのだとシノブは判断したのだ。
「いたぞ。あそこだ」
そう言って森の一角を指差すが、シノブ達には何かいるようには見えなかった。
いや、僅かにもぞもぞと、茂みが身じろぎするように揺れている。
それが森林迷彩を纏った斥候兵だと気付くのに、時間が掛かってしまったのだ。
「あんなところに――」
「派手に動いていない所を見ると、煙の出所を調べるか、帰還するかでもめているようだな」
「確かに現状では二択か」
通信用のアイテムでもない限り、煙の位置を報告するか、それともさらに詳細に調べに行くかしか選択肢はない。
そして、その選択肢はどちらも正解なのだ。
煙が上がると言う事はその下には火元があると言う事で、森の中でそれが上がった場合、大半は人の手によるものだ。
この森に限って言えば、それはエルフである可能性は高い。その情報を持ち帰るだけでも、無駄足にはならない。
そしてその内情をさらに詳細に調べる事もまた、彼等の職責には反しない。
安全に今の内に情報を持ち帰るか、それともさらに詳細に調べるかで意見が分かれる事も理解できる。
「だがこれは好機でもある。意見が分かれた事で奴らは足止めされている。だから俺達が追い付く事ができた。それに意見が分かれると言う事は共和国とは違い、指揮系統の統一が不十分と言う事だ」
アロン共和国の部隊はリーガンの強いリーダーシップにより、アレックスが離脱する事ができた。
だがここでグズグズしていると言う事は、ファルネアの斥候部隊はそこまでの統率力がないと言う事になる。
そこに奇襲を掛ければ、迎撃か逃亡か、はたまた足止めして連絡員を逃がすかの判断でもたつく事は確実だろう。
つまり襲撃側であるアロンゾ達の安全性がさらに上がると言う訳だ。
「この機を逃がす訳には行かん。捕縛するぞ」
「おう!」
カツヒトは、声を潜めながらも、アロンゾの判断に強く応えたのだった。




