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ポンコツ魔神 逃亡中!  作者: 鏑木ハルカ
第12章 エルフの集落編
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第124話 アロケン崩壊

いつもより少し長いです。ご注意ください。

 ギルドで紹介されたとおり、砦の入り口で紹介状を見せてみると、あっさりと砦内部に迎え入れてもらう事ができた。

 やはり騎士団の歩兵不足は深刻なようだ。

 イスとテーブルだけが置いてある待合室とは名ばかりの粗末な部屋に放り込まれて30分も待たされただろうか。ようやく人事担当者の手が空いたとかで、面接の部屋に通された。

 そこはそれまで待たされた部屋とは比べ物にならない位豪華な調度品が用意された、立派な応接室だった。

 見るからにふかふかのソファに、カイゼル髭のオッサンが一人座っている。


「副長、歩兵希望者をお連れしました!」

「了解した。ここは私一人で充分だ。お前は下がれ」

「ハッ、失礼致します」


 案内を担当していた騎士が、そう声を張り上げる。カイゼル髭のオッサンは鷹揚な態度でそれに頷き、退室を指示している。

 部下らしい騎士がきびきびした動作で退室すると、微妙な空気が部屋の中に漂い始める。

 確かこういう面接って、薦められるまで席に座っちゃダメだったっけ?


「アキラ君とリニア君……だったかな? どうぞ、座りたまえ」

「はい、失礼します」


 騎士団に長居する気はないが、それでも潜り込まないといけないので、多少は緊張している。

 俺は少し硬い動作で椅子に座り、それにリニアが無言で続く。

 そんな俺達を副長とやらは怪訝な面持ちで眺めやる。


「私は当騎士団の副長を務めている、ケビンという者だ。ところで君はそのマフラーとマスクは外さないのかね?」


 どうやら変装用のマフラーなどを怪しんでいたようだ。確かに面接でこれを着けたままだと、落とされても文句は言えまい。

 俺の正体を知るリーガンがこの砦に戻るまではしばらく時間が掛かるだろうし、、今は外しておいても構わないだろう。


「失礼しました。この町に来るとき、噴泉の熱湯に降られまして……湯を避けるためにこれを着けていたのです」

「ああ、なるほど。だが頭部を隠せないのでは意味がないのではないかな?」

「そうでもありません。こちらの端を頭に巻くことでターバンのように使え、頭を守れます」

「ほう、意外な使い道だな。そちらのお嬢さんはどうやって顔を守ったのかね?」

「マントを頭にかぶりました」


 この世界にターバンがあるのか不明だが、意味は通じたようだった。

 リニアも質問には簡潔に答えている。

 いつもの調子で事を茶化したりはしていない。彼女は空気の読める女性なのだ。その後も無難にいくつかの質疑応答を終えて俺達はめでたく騎士団の歩兵として採用された。


 多少リニアの種族が問題になったが、人手不足の前には些細な問題でしかなかったのだ。小人(リリパット)族の非力さは、歩兵としてあまりにも向いていないからだ。

 だがリニアが見かけ以上の力を発揮できると知って、その疑惑は吹き飛んだようだった。

 その場で採用を通達され、俺達は砦内の宿舎に案内される事となった。


「では部屋に案内しよう。と言っても個室ではなく四人部屋だが」

「あの、よければ俺とリニアは同室になりませんかね? ほら、こう見えてコイツは女性だし」

「ああ、そう言えばそうだったな。良かろう、その辺は配慮しておく」


 いい返事がもらえた事で俺は多少安堵する。

 歩兵として雇われるので、俺達はこの砦の中に部屋を与えられる。

 だがリニアは女性である。万が一男だらけの部屋に放り込まれたら、薄い本的展開が襲い掛かってもおかしくないのだ。

 そこで俺が一緒についている事で、リニアの心労も多少は軽減するだろうと思っての提案だった。


 再び部下の騎士に案内された部屋は四人部屋だったが、中には誰もいなかった。

 ここを二人で使えと言う事だろうか?


「相部屋の人はいないんですか?」

「配慮しろとのご命令だったからな。夜はあまりうるさくするなよ。いろいろ持て余した連中も多い」

「いや、俺とリニアはそんな関係じゃ――」

「ご配慮、感謝しますぅ」


 俺は案内してくれた騎士は不愛想なまま、その質問に答えた。

 何やら勘違いしているようなので、俺がその誤解を正そうとしたところを、リニアが邪魔をする。


「おいリニア、お前――!?」

「わたしはご主人の()()ですのでぇ、求められると断る訳には行かないんですよねぇ」

「チッ」


 わざとらしくしなを作って誤解を助長させるロリババアに、舌打ちで返す騎士。

 いつもならリニアの脳天に拳骨でも落として説教する所だが……だが俺は、ここで一つの重大な事実に気が付いた。


 ここは最前線の城塞都市。

 いろいろ持て余した騎士はもちろん、血気盛んな冒険者に、穴があったら入りたいならず者の傭兵までウヨウヨしている町だ。

 つまり、それに対応するための店なんかも、結構あったりするかもしれないのだ。


「ここが俺の楽園(パライソ)か……!」

「ご主人、なんだか悪い事考えてませんか?」

「あ、いや。そんな事はないぞ」

「貴様、このような奴隷を連れ歩いておいて、まさか他の女に手を出そうなどと考えてはいまいな?」


 驚いた事に俺の欲望ダダ漏れの失言に対して、騎士の方が敏感に反応した。

 どうやらこの町には『その手の店』はかなりの数があるらしいが、それ以上に需要が多いため、取り合いに近い状況が発生しているらしい。

 つまり俺は、『美少女奴隷を連れた羨ましい野郎』であると同時に、『ライバルにならない安全圏の男』と言う立場になっているのだ。


「まぁいい。とにかく、あの噴泉のおかげで街道が完全に埋まっている。一応冒険者ギルドに依頼は出しておいたが、我々騎士団にも出番が回ってくるかもしれない。今の内に身体は休めておけ」

「了解しましたー」


 街道整備などは、本来土木系の民間労働者が受け持つ事が多い。

 しかし緊急で整備せねばならない場合、多方面に多彩な才能を持つ冒険者が駆り出される事は珍しくはないのだ。

 現にルアダンでもシノブやリニアが駆り出されていた。


 そしてそれでも人手が足りない場合は、騎士団から歩兵が派遣される事になる。

 元々こういった裏方の仕事を担当する事が多い歩兵は、そういう役目で派遣される事が結構あるのだそうだ。

 まぁ、事の原因は俺なので、街道整備に派遣される事には異論はない。


 案内の騎士は俺達にそう通達してから、部屋から立ち去って行った。

 改めて部屋の周囲を見て回る。

 そこはまるで地下牢のように、大きめの部屋が並んで作られた、宿舎の一角だ。

 ざっと見るだけで通路の両脇に五つは同じ感じの扉が並んでいる。あれが全部四人部屋だとすれば、この一角だけで40人が生活している事になるのか。


「ご近所のあいさつとか、した方がいいのか?」

「雇われの身なんですから、そんな気を回す必要ないでしょ」


 リニアは俺の腰をぐいぐい押しながら、部屋へ押し込んでいく。

 扉を閉めて鍵を掛けようとして……扉に鍵が無い事に気が付いた。


「ご主人、扉に鍵がありません」

「配慮してくれたんだけど、半端な配慮だな、それは……」


 いろいろと事に及ぶと思って二人だけの部屋にしてくれたのだろうが、鍵が無ければ覗き放題ではないか。

 まず俺は【アイテムボックス】から鉄の塊を取り出して、小型のカンヌキ状に【錬成】し、扉に取り付けた。

 俺達にはいろいろと秘密が多いので、施錠設備は必須なのだ。

 続いて窓にも同じような仕掛けを施し、最後にリニアが風魔法で防音壁を築いて密談準備は完了だ。


「さて、面接の時の反応だと、やはりエルフの村の情報はまだこっちには届いていないようだな」

「そうですね。もし知っていたら街道の整備より先に遠征が行われていたはずです」

「リーガンがクマに襲われていた時に伝令を放ったとしたら、ここまで来るのにあと二日くらいか? 本人が脱獄して戻る場合でも三日。つまりその期間はゆっくりする事ができる訳だ」

「情報が届けばきっと傭兵団にも募集が行きます。おそらくはその次の日か、その次辺りには出征って事になるでしょう」

「侵攻ルートの確認とかしないのか?」


 大群が森の中を進むとなれば、入念な行軍計画が必要になるはずだ。

 情報がもたらされてから二日以内に出兵となると、その時間はないだろう。


「この場合時間との勝負ですから、それほど悠長にはしていないと思います」

「なぜ?」

「ゆったり構えていると、エルフ達が別の場所に逃げちゃうじゃないですか」


 言われて俺も納得した。

 エルフ達は別にあの村に執着する必要はないのだ。彼らが執着しているのは、ユークレスの森そのものだから。

 往復六日、兵力募集に一日。計一週間。それだけでも、時間的にはかなりギリギリな勝負になるだろう。


「と言う事は、進軍を遅らせれば遅らせるほど、避難が(はかど)る事になるな」

「わたし達の任務は重要になりましたね」


 出立する時、アロンゾ達は完全に迎え撃つ気だったので、避難をする気配はなかった。

 だが万が一彼等が劣勢に立たされた時、俺達の足止めは非戦闘員の逃亡の手助けになるはずだ。

 結局のところ、目的自体は変わらない。侵攻軍の足をどれだけ鈍らせるか、それでエルフ達の優位は変わってくるのだ。


「だとすると、この町の情報もできるだけ入手しておいた方がいいか。特に同行する可能性のある荒鷲団の戦力とか」

「そうですね、それと念のため猟熊(りょうゆう)会も調べておきましょう。モンスター退治専門の傭兵団とは言え、戦力にならないとは限りませんから。時間優先の判断を迫られた時、専門分野が違うと言って、従軍を断るとは思えません」


 騎士団が欲しいのは歩兵。つまりは雑事をこなせる者だ。

 だとすればモンスター退治専門の猟熊会であっても、戦力化する事は充分に有り得る。

 うっかり見落としかけていた俺の認識を、リニアが埋めてくれたことになった訳だ。こう言う所では、やはり彼女は頼りになる。


「なら早速、町へ出て情報を集める事にしよう」


 勢い良く立ち上がった俺を、リニアは胡乱げな表情で見やる。

 やめろ、その胡散臭いモノを見る目はなんだか癖になりそうだ。


「ご主人、調べるのは傭兵団の戦力ですよね? 決してイカガワシイ店の場所じゃありませんよね?」

「と、当然じゃないか……この俺がそんな、ふしだらな……な?」

「やっぱりご主人からは目を離せませんね。色んな意味で」

「おい、いくら何でもそこまで信用してないのか?」

「女性関係に関しては。ラキアとか拾ってきちゃうくらいですし」

「うっ、あれは不可抗力だったと主張したじゃないか」


 確かに俺は女性に関してはいささか甘い自覚はある。

 だが、そこまで見境ないと思われていたとは心外である。もっともこの時のリニアの懸念は正解だった訳なのだが。


 こうして俺達は意気揚々と砦から町へと繰り出したのである。

 一応管理の騎士には生活必需品の補充と言っておいた。こういう時に女性がいると、言い訳が立ちやすい。

 男と違って、色々と苦労が多いからな。





 町に出て商店で酒や食料を買いだしつつ、傭兵団の噂を集めてみた。

 騎士団の新人歩兵と言う肩書もあって、肩を並べて仕事する事になるかも知れない連中の話は、思いのほか簡単に集める事ができた。

 まとめてみると、荒鷲団はまさに傭兵団その物であり、多数を相手にする対人戦闘では結構な強さを誇っているらしい。

 その分、損耗も激しいため、人の出入りはかなり多いそうだ。


 対して猟熊会は近隣の森からモンスターを狩りだし、町の治安に一役買っているそうだ。

 そんな役割もある為、民間人からの信頼も厚く、人気も高い。


 おまけで、騎士団に関しては、あまり良い噂は聞かなかった。

 騎士団長がかなり横柄な性格らしく、お高く留まっているという印象があるそうだ。その分歩兵達は苦労が多いので、同情されている面もある。


 そうやってしばらく町をうろついていると、妙な地響きが足元から湧き上がってくるのに気が付いた。

 これは噴泉の時のそれと似ているが、少し規模が大きいような気がする。


「地震?」

「なんでしょうね? ご主人、なにかやらかしました?」

「ずっと一緒に居ただろ! どこに何かする余裕があったんだよ!?」

「ヤダ、ずっと一緒だなんて、ロマンティックですね」

「お前という奴は……」


 やがて地響きはベキベキメキメキと派手な音を鳴らし始め、他の町人達もその異変に気付きだした。

 そして、変異は突然訪れた。


 がくりと地面が傾き、まるで穴に落ちるかのような錯覚を受ける。

 正確には町全体が森側に落ち込んだような形になったのだ。

 もちろん急造した石造りの民家などはひとたまりもない。そして勢いよく繁栄したこの町は、そういった民家が非常に多かった。


「なんだ! どうした!?」

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「家が! 俺の店が!?」


 あちこちで沸き上がる悲鳴。

 町全体を襲った謎の傾斜は次第に角度を増していき、被害もまた際限なく広がっていく。

 もはやまともに残っている建築物は皆無と言っていい。


 そしてトドメは民家と同じ様に、音を立てて崩れ落ちていく砦だった。


「ご主人――砦が!」

「なんで……なにがあった? これは、まさか地盤沈下か?」

「ひょっとして……地下水脈が一気に吹き上がったせい?」


 そこまで言われて、俺はようやく気付いた。

 日本でも水脈が枯れて地盤沈下する現象はよくある。

 この町でも、噴泉の影響で岩盤の下にある水脈が激減し、そこにできた空間に地盤が落ち込んだ可能性は充分にあった。


「まさか……俺のせい?」

「ご主人、逃げましょう」

「お、おう」


 滞在時間、わずか数時間。

 俺にとって最短記録が更新された瞬間だった。



  ◇◆◇◆◇



 ポイポイと畜魔石に魔力を籠めていくシノブ。

 これはこわい棒に魔力を籠める作業と似ているため、彼女にとっては慣れた物だった。


「凄まじい魔力だな。普通は一日に3つも魔力を籠めれば、疲労困憊するものなのに」

「慣れているからな。っと、メールだ」


 彼女の様子を、アロンゾは驚愕の視線で見やる。

 そんな彼に事も無げにシノブが返すと、タイミングよくスマホの呼び出し音が鳴り響き始めた。


「それはなんだ?」

「これか? 通信用の魔道具だ。さすがにこれは渡せないぞ」

「欲しいとは思うが、そこまで欲張ってはいないぞ」


 そう言って手早くスマートホンを操作し、送られてきたメールに目を通す。差出人はアキラから。

 本当はアキラ本人の声を聴きたい所なのだが、通話を行うと色々な魔法設備に干渉が起きているらしい。

 時間的に定時連絡の頃合いなので、なにも不思議な事はないのだが、アキラからのメールだと思うと、シノブの表情は自然とほころんでしまう。

 だがその微笑も、次の瞬間には凍り付いた。


「拝啓、町が――滅びました?」


これで、この章はいったん終了とさせていただきます。

次は来週からトップランナーの更新に移るつもりです。

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