第123話 求人
熱湯の雨から逃れるように俺達はアケロンの町に逃げ込んだ。
この町は砦の周囲を取り巻くように広がっているため、やや高台になっている。
そのため、噴泉による汚泥の被害は、町まで届いていなかったのだ。
それでも街道が泥に埋まってしまった影響は出ている。町中は騒然とした雰囲気に包まれているようで、その騒々しさは街門にまで届いていた。
もちろん、ここは軍が管理する砦のお膝元なので、出入りの際には身元確認が入る。
だが俺達は仮にも冒険者ギルドの所属者で、しかも今はエルフ達との戦争中。多くの傭兵を募集しているため、多少の怪しさは見逃してもらえるはずだ。
「おい、そこの二人。ずぶ濡れでどうした――いや、あの噴泉の関係者か?」
「被害者という意味では関係者ですけどぉ……いきなり降りかかってきて困ってるんです」
頭からたっぷりとお湯をかぶった後に全力疾走したため、俺達は濡れ鼠になって凍えていた。
気化熱が体温を奪っていったため、熱かったのも最初だけだったのだ。
できるなら早く着替えて暖かいベッドにもぐりこみたい所だが、そんな怪しい風体を門番が見逃すはずがなかった。
眉をひそめて問い詰める門番に、愛想よくリニアが答える。ついでにぐしょ濡れの胸元を引っ張って見せたりするサービス振りだが、門番は小人族は守備範囲ではなかったようだ。
興味なさそうに鼻を鳴らして、尋問を続行した。
「本当に通りがかっただけか? あの噴泉で町は大騒ぎになってるんだ。何か知っていたら報告しろ」
「本当にそばを通ってたらいきなりドンって音がして水柱が吹き上がって、熱湯が降って来たんですよ。もう何がなんやら……」
「お前達もそうか……いや、知らないならいい。ギルドの登録証に関しては何も問題はなかったから、中に入っていいぞ」
半ば城塞都市の様相を呈しているアロケンの町は城壁によって守られている。
これはトーラス王国との戦争時代の名残である。
もっとも常時出入りする商人と傭兵の為に身元確認が追い付かず、見ての通りザルなチェックしか為されていないのが現状だ。
「はぁい、お仕事お疲れ様ですぅ」
「さまーっす」
交渉のすべてをリニアに投げっ放して、俺は彼女の後に続いた。
そんな俺に門番は鋭い声を飛ばしてくる。
「おい、そこのお前」
「は、はい?」
後ろ暗い所のある俺は、その制止の声に思わずびくりと背筋を伸ばした。
恐る恐ると言う風情で振り返ると、渋い顔をした門番が目に入る。
「こういうやり取りまで奴隷任せというのは感心しないぞ。ちょっとは自分の口で話せ」
「あ、はい。申し訳なく……」
「それにそんな子供を奴隷にするというのも感心せんな。できるだけ早く解放してやれ」
「俺もそのつもりなんですけどねぇ……」
「なんだ、問題があるのか?」
意外と世話焼きな声を掛けてくる門番に、今度は俺が渋い顔を返す。
リニアは解放してやろうかというと、ものすごい剣幕で反対してくるのだ。
「ダメですよ! これは私とご主人の絆なんです、絆! 判ります?」
「え、お、おぅ……?」
「ご主人はヘタレでチキンな所がありますから、こういった『縛り』が無いと逃げ出しちゃうんです。だからさっさと手を出してもらわないと――」
「あー、もう行っていいっすかね?」
なんだか横道に逸れまくったリニアの抗弁をぶった切って、俺は通行の許可を求めた。
このままではクジャタと同じように、ロリコン疑惑が定着してしまいそうだからだ。
リニアの剣幕に押されていた門番も、今度は邪魔することなく首肯してくれた。こうして俺達は、アロケンの中に潜り込む事に成功したのである。
なんだか無駄な騒動だけ起こしてしまった気もしないでもないが……
アロケンの町にも冒険者ギルドは存在する。ただしそれは支部という形ではなく、出張所という体裁の、最低限度の施設だけだ。
それは、ここはまごう事なき最前線で、何時緊急避難せねばならないか判らない場所だからだ。
そんな場所なのに、無理にギルドを作る必要もないと思うかもしれないが、傭兵達も冒険者資格を持っているものも多く、最低限のサポートを取れる体制を取っておく必要があるのだ。
そんなギルドの出張所に俺達は真っ先に顔を出す事にした。
無論、途中の物陰で服は着替えておくことも忘れない。濡れ鼠でこんな物騒な町の物騒な人間が集まる場所に顔を出したら、いつゴロツキに絡まれるか判った物じゃないからだ。
人目を気にしつつ物陰に隠れ、俺とリニアは交代で着替えを行う。
一応レディファーストと言う事でリニアを先に着替えさせたのだが、コイツはコイツで余計な事を口走り始める。
「ご主人、見たかったら見てもいいんですよ?」
「ダマレ、身長をあと60センチ伸ばしてから言え」
「それは種族差別発言です!?」
なんて冗談を飛ばしてくるので、思った以上に時間が掛かってしまった。
そのため通行人の何人かに怪訝な表情でこちらを眺められたりもしたが、その度にリニアが――
「あっ、ご主人、ダメですよ、こんなところで……ちゃんと宿で続きを――」
「うるさいわ!」
なんて言いやがるから、変な誤解を与えてしまったようだ。
もっともそのせいで、こちらに興味を無くして通り過ぎてくれたのだから、良かったと言えるのだろうか?
とにかく俺達は乾いた服に着替え、さっぱりした表情で物陰から出てきたのである。
その表情がまた、通行人の誤解を助長してしまった気もしないでもなかった。
幾人かは顔を寄せ合って、汚物を見るような目で俺を睨み付けてきたのだ。リニアは体型的には成人のそれなのだが、基本的にマントなどを着こむ事が多いので、身長から子供と勘違いされやすいのだ。
もっとも、そんな視線を飛ばしながらも足を止める者はいなかった。彼等も、街道が封鎖されてしまったために、自身の面倒を見るので精一杯なのだ。
とにかくそんなやり取りをしつつもギルドの出張所に顔を出す。
ここは冒険者としての通常の業務の他に、傭兵の斡旋も行っているらしい。
本来は傭兵と冒険者では少し業務が違うのだが、それを埋める橋渡し的な役割をしているのだとか。
エルフとの小競り合いが続くこの場所では、結構な需要があるらしい。
掘っ立て小屋のような出張所の中に入ると、ガランとしたカウンターが目に付いた。
他の町の支部とはあまりにも違いすぎる光景に、俺は思わず足を止めてしまう。
「こう言う所では、傭兵に斡旋してもらったらこっちには用がなくなるので、ギルドは寂れちゃうんですよ」
そうリニアが補足してくれる。
冒険者を傭兵に斡旋した後の処理については、騎士団や傭兵団の預かりとなってしまうため、冒険者ギルドでの仕事は無くなってしまうのだそうだ。
そして近隣でモンスターなどが出ても、そういった戦力が仕留めてしまい、その素材なども各部署で買い上げてしまうので、冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いているらしい。
それでもここに出張所を置かなければならない理由は、俺達のような新規の傭兵希望の冒険者が後を絶たないからだ。
モンスター退治で名を挙げる冒険者ももちろん多いが、こういった傭兵として活躍し、騎士に召し上げられるのもまた、出世の一つのコースだ。
その道筋を提示してやるために、出張所は必要なのだとか。
リニアからそんな説明を受けてから、俺はくたびれた様子のオバサンが待つカウンターへ向かった。
胡乱げな表情でこちらを見るオバサンに、ギルドの登録証を提示しながら目的を告げる。
「傭兵の斡旋をしていると聞いて来たんだ。紹介してくれるかい?」
「ああ、少し待ちな」
ぶっきらぼうな口調でこちらにそう告げて、書類の束を取り出し、手慣れた仕草でめくり始める。
傭兵の斡旋はこの出張所ではメインの仕事ではあるが、ギルドには傭兵団や騎士団から支払われる、最低限の収入しか入ってこない。
彼女達にとっては、わりの合わない仕事である。
それでもギルドの規約に冒険者のサポートという文字がある以上、断る訳には行かない。
いくつかの書類を精査したところ、三つの書類をこちらに提示してきた。
「今空いてる募集は、アロンの騎士団の歩兵と、荒鷲団、それと猟熊会だね」
騎士団とはその名の通り、騎兵が主力の武装集団だ。
もちろん歩兵だって存在するが、国から任命された騎士はこぞって騎兵になりたがる。これは一種のステータスであり、騎乗しない騎士は騎士足らないという認識にもよる。
だが戦争では歩兵と言うのは重要な役割を持つ裏方でもある。
戦力の水増しはもちろん、戦地の構築、市街の制圧、罠や障害物の排除など、歩兵がいないとこなせない戦況も多い。
労苦の多い裏方、それが歩兵なのである。
そんな裏方仕事だからこそ、騎士団には歩兵の成り手が少ない。
公式な戦力による募集なので踏み倒しなどはないだろうが、逆に一攫千金も狙い難いのがこの募集なのだ。
俺はここに来る前にリニアにその辺りの事情を聴いており、侵攻の際に参加するであろうこの騎士団の歩兵として参加するべきだとは聞いていた。
「どこも、まだ募集は締め切ってないはずだから、尋ねてみるといいよ」
「『はず』って、確認してないのか?」
「この間、大規模な魔術障害が起きてね。情報系の伝達魔法に支障が出てたんだよ。お陰で何をするにしても書類仕事さ」
「……へぇ?」
オバサンは面倒くさそうに書類を振って、不満を漏らす。
詳しく聞いてみると、なんだか心当たりがある時期のような気がしないでもない。
「ご主人、このタイミングって……」
「言うな。まだ確定事項じゃない」
「ん? なんか心当たりがあるのかい?」
「いや、なにも。それよりなんだい? その荒鷲とか猟熊とかってのは」
伝達魔法の障害時期が、俺がスマホを魔改造した時期と被っていた事は、ここでは忘れておこう。
実際、それが原因かどうかは、まだ不明な訳だし。
話を逸らす意味でも、元の話題に引き戻しておく。だが、他の条件も聞かずに決めてしまっては、このオバサンに怪しまれてしまう可能性も有る。
そこで念のため、他の募集も聞いておく事にした。
「荒鷲団は、まぁ何でも屋だね。騎士団の歩兵が少ない時はここから何人か借り出されるよ。他にも周辺のモンスターを狩ったり、賞金首を狙ったり、色々さね。その分損耗は他より早い。猟熊会は周辺のモンスター狩り専門の傭兵団さ。こういう連中がいてくれれば、騎士団も一々治安のために兵を割かずに済むからね」
「ふぅん……で、騎士団は?」
「一番わりに合わない所さ。お役所仕事の下請けだから、他よりは安定した報酬があるだろうが、一発当てた報酬は荒鷲よ低いだろうね」
「……公務員みてぇだな」
「あん?」
「いや、こっちの事」
俺はリニアと相談する振りをしながら、確認を取る。
「リニア、やっぱり騎士団でいいか?」
「荒鷲でも村に派遣はされるかもしれませんが、確実性を期するなら騎士団の下っ端に潜り込む方がいいでしょうね」
「だよな?」
俺達の目的は、今後行われるであろうエルフの村への侵攻部隊へもぐりこむ事だ。
そのためには騎士団に潜り込むのが最適解だろう。荒鷲の場合、騎士団に派遣されるかは運しだいになってしまう。エルフの森に攻め込むとなれば、実入りも大きいと見られ、結構な競争率になりかねない。
そうなると古株が顔を利かせて、俺達が割り込めなくなる可能性も有る。
なお、猟熊会に入るのは問題外である。金を稼ぐならここが一番いいんだろうけどな。ユークレスの森は意外と危険生物が多いから。
「って訳で、騎士団への紹介をお願いします」
「は、騎士団? 儲けは少ないよ、本当にいいのかい?」
「ええ、今は大金より堅実な報酬が欲しいんで」
そう言いながら、意味あり気にリニアの首を指差して見せる。そこには隷属の首輪が存在していた。
それを見てオバサンは何か事情があるのだろうと勝手に察してくれたようで、用意されていた紹介状にサインを書き込み、俺とリニアの登録番号と氏名を記入した書面をこちらに渡してくれた。
まぁ、好き勝手に察してくれるように、俺が誘導したんだけどな。
「ハァン……なるほどね? まぁいいさ、事情は人それぞれだからね。こんなところに来る連中は皆なんか抱え込んでるもんさ。ほら、これを持って砦に行きな。後は向こうが勝手に取り継いでくれるはずだよ」
「ありがとな」
俺はオバサンに一礼して、書類を受け取る。
これで騎士団に潜り込む準備はできた。歩兵不足の騎士団の事だ、俺達はほぼ間違いなく、エルフの森の侵攻部隊へ配属させられるだろう。
次の話で、この章は終わる予定です。